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第十八話・「逢いたくて逢いたくて」

 部屋を出て行こうとするうるわが、ノブを握ったところで俺を見下ろしてくる。


「エリス、退屈でしょうが、この実験動物をお願いします。実験動物も、このままでは寂しくて死んでしまうでしょうから」


 誰が実験動物だ。誰が退屈だ。誰が寂しくて死んでしまうだ。俺を兎と一緒にするな!

 ワンパンチ、ツーキック、スリーテールの必殺コンボを繰り返してうるわを威嚇する。うるわは不届きにもノーリアクションで出て行った。

 寂寥感が心の隙間を吹き抜ける。

 ツッコミのないボケほど寂しいものはない。まさに、その……あれだ。

 ……寂しくて死んでしまいそうだ。

 認めたくないがな!

 俺は床を踏みならして不機嫌をあらわにする。身体が人間でない分、踏みならす床の音が迫力に欠ける。これでは俺が怒っていると伝わらないではないか。

 ぷりぷりと怒っていると、エリスが手招きしているのが見えた。

 何だ? 遊んで欲しいのか?

 ベッドに横になっているエリスの膝の上に乗る。

 エリスよ、そんな構って欲しそうな顔を容易く向けるものではない。俺が悪いお兄さんだったらどうするのだ。我を忘れて連れて行かれてしまうぞ。

 エリスは手のひらで優しく俺の頭を撫でてくる。しばらくそうした後、エリスは思い出したようにベッド脇の机の引き出しを空ける。重そうに一冊の分厚い本を取り出すと、俺に読み聞かせるような体勢で表紙を開けた。

 年季の入った古めかしい本。

 西暦、年月日、天気……毎回同様の書き出しで始まり、思いの丈を綴っていく書物。


『今日は、一日中ベッドの上で本を読んでいた。小説というものは本当に面白い。時間が過ぎているのを忘れてついつい読みふけってしまう』


 ――日記。


『気がついたら夜。一日はなんて早いのだろう。でも、その方がいい。明日になれば(日付が変わってもう今日だけれど)あの人がやってくる。会いたくて会いたくて……。逢いたくて逢いたくて(この漢字を使ってもいいのかな、ドキドキ)……心が身体の中を駆け回っています。時間を潰すという言葉があるけれど、本当に潰れてしまえばいいと思いました。あの人にこのことを言ったら笑われるかな。ねぇ、リニオ先生?』


 懐かしいな、先生とは……当時は今以上に大陸中を飛び回っていたし、様々な研究もしたし、無茶もした。忘れられない火遊びもしたしな。ふふふ……じゅるり。おっと、いけないいけない。俺としたことが思い出しよだれを。いやいや、俺も若かった。今ももちろん若いがな。

 誰に言い訳するでもなく、俺は心の中で独りごちた。


『今日、うるわが怒っていたので、なぜかと尋ねると、先生と話しているのが気にくわなかったみたい。うるわったら、何でそんなにツンツンするのかしら。普段はあんなに物静かにしているのに。でも知っているの。うるわは本当は表情豊かなこと。私が紙を渡すとうるわは本当に真剣に読んで私の話を聞いてくれ、色々なリアクションを返してくれる。ちょっとだけ微笑んでくれたり、ちょっとだけ眉をぴくりと上げてちょっとだけ首をひねったり、ちょっとだけ怒ったり、ちょっとだけ嫉妬したり、ちょっとだけ悲しんだり……。誰も気がつかない些細な表情の変化を読み取るのが本当に楽しくて仕方がない。だから、ときどきうるわをからかったりしたくなるときがある。うるわ、ごめんね、いつもありがとう。そんなうるわが本当に嬉しい』


 エリスの細い指がページをめくれば、ページの上には過去の場景が浮かぶのであろうか、懐かしさを色とりどりの表情に託すエリス。


『先生が、この町を離れると聞いて目の前が真っ暗になった。先生が大陸中を飛び回っているのは知っていたけれど……もう少しこの町にいて欲しかった。先生に熱を上げている使用人が、次は倭国に行くらしいと話していた。最近、倭国と大陸側の仲があまりよくないと伝え聞くので、先生には本当に気をつけて欲しい』


 エリスにとっては無意識の顔色だろう。俺はそれを見ているだけで、まるで倭国が世界に誇る四季の美というものを、あたかも目の前で見ているような錯覚に陥ってしまっていた。


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