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第一六話・「足手まとい」

「出て行きなさいと言っているのです。キズナの力など必要ありません。敵が何人でかかってこようとも、いかに強大であろうとも、私が全力を持って排除します。主を守るのは従者である私の役目。誰にもその責務に荷担してもらおうなどとは思いません」

「ちょ、ちょっと! よく考えてみなさいよ、どう見てもここは、キズナ様助けてくださいの所でしょうが!」


 どんな所だ、それは。


「足手まといの病人を連れて戦った結果がさっきのピンチじゃないの?」

「足手まとい? 一体誰のことを言っているのか分かりかねますが」

「足手まといは足手まといよ」


 頻出する単語に、うるわがぴくりと反応する。


「足手まといなんて一人しかいないじゃない」


 キズナの指先が美しい少女を捕らえる。


「エリスよ、エリス。あんたの大好きなご主人様よ」


 ベッドにいるエリスが唇を噛むのが見えた。うなだれ、涙をこらえるその様はか弱い少女そのもの。細い指先が真っ赤になるほどぎゅっとシーツを握りしめて、キズナの口撃に耐えている。同情心のままにキズナを注意し、エリスを慰めてあげたくなる構図が出来上がる。


「エリスは確かに【恩寵者】かもしれないけど、病気でせっかくの魔力もパー。あげくに急に苦しみだして倒れる始末。敵がいなくなった後だったから良かったものの、戦闘中ならこれが命取りよ。足手まといならまだしも、まといすぎて手足ももげちゃうわ」


 しかし、俺はエリスに同情したりはしなかった。

 キズナの口の悪さは天下一品。口よりも先に手が出るでもなく、口と手が同時に出る短気な損気。憎まれっ子世にはばかるを地でいく親不孝ならぬ、師匠不幸者。……等々、注意すべきことはたくさんあるが、おおむね言っていることに間違いはないのだ。

 足手まといは、自分が足手まといと理解するところから始まらなくてはいけない。少なくとも、うるわが戦っている最中に敵に身をさらして、状況を悪化させることは万に一つもあってはならないことだった。

 足手まといには足手まといなりのやり方がある。エリスにはそれを理解して欲しかった。

 ……ま、キズナがそれを教えようとしているかには、あえて言及しないでおこう。


「うるわ、アンタは見てみないふりでもするつもり? これが足手まとい以外のなんだっていうの? はっきり言ってあげる。エリスはただのお荷物。捨てるも運ぶも面倒な大荷物――」


 部屋の空気がうるわを起点に動く。


「六回です」


 五本の指を突き出した後、ゆっくりと親指を折る。

 ガラスにヒビが入るような緊張感。うるわの身体からじわりじわりと漏れだしているのは、紛れもない鬼気だ。


「六回、キズナはエリスを傷つけました」

「足手まといを足手まとい言って何が悪いって言うの? わざわざ嘘をつく所じゃないでしょ、ここは」

「八回」


 うるわの数えているフレーズが何であるのか俺が理解するのと同時に、キズナが不敵に笑う。


「足手まとい」

「……九回」


 キズナが腕をだらりと下げる。

 一度体中の力を抜いて、ゆっくりと体中を戦闘モードに移行させる。動きのないこの部屋で、静と静が激しくぶつかり合う。エリスは悲痛な顔をしていたが、気がついたように素早くペンを走らせて、一枚の紙をうるわに渡そうとする。うるわはエリスの紙を受け取ろうとはせずに、エリスに背を向け、キズナに鬼気をぶつけ続けていた。


「ちなみに、回数が繰り上がるとどうなるわけ?」

「二度と拾い上げることの出来ない、大事なものを落とすことになります」

「へー、二度と帰れない場所に落ちるんじゃなくて?」

「どちらでも意味は同じでしょう」


 不遜な笑みがキズナに広がる。まるで悪戯を見つけた子供。


「足で――」


 うるわが呼吸を止める。


「かいのよ、私。こう見えて」


 お前はいっぺん地獄で命を探してこい。

 にしても……息苦しい部屋になったものだ。部屋中には静電気のような緊張感。ややもすれば肌が焼け焦げてしまいそうだ。キズナは俺を無視して、うるわはエリスを無視とは……。お前達二人に、反面教師という言葉を教えてやりたいぞ。

 胸ポケットから這い出た俺は、キズナの首の裏に回り込んで隠れるように耳打ちした。


(これ以上は止めろ、キズナ。ここはそういう場所ではない)

「どこならいいの?」


 うるわの眉間にわずかなしわが刻まれる。キズナの独り言を訝しがる反応。投げかけられた疑問文が自分に対してではないと理解する眉の動き。


(馬鹿者、目の前の二人は敵ではないのだぞ。ここはお前が引け)


 舌打つキズナに、俺は大きなため息をつく。キズナが肩を怒らせるように急にきびすを返すから、俺はその勢いに振り回されて首の裏から転げ落ちてしまう。

 天井、床、天井、床……そして着地に失敗し、床にびたんと叩き付けられる。腹部に泣きたいぐらいの痛みが走った。

 散々だ。何って、師匠である俺の扱いが。


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