第一五話・「こ、このクソメイドっ……!」
「エリス、戯れもそこまでにしませんと、お体にさわりますよ」
うるわの声が近付いてきた。膝の上で手足を伸ばしてうつぶせる俺の首根っこがむんずと捕まれる。な、何という無礼な!
「この野蛮な生き物はキズナの範疇でしょう。きちんとしつけていただかないと困ります」
言葉の丁寧さとは裏腹に、宙ぶらりんにされたままキズナに向かって放り投げられる。キズナは横着して胸ポケットを広げるだけで受け止めてみせる。
俺を使ったボールゲームか、貴様ら。妥協案として、せめてゴール側にある程度のクッション性を持たせてくれないと痛くて敵わないな。なぁ、キズナ、当事者としての意見を聞かせてもらおうか……ん? どうしたキズナ? いつもの憎まれ口はどうした?
キズナの顔をのぞき込む。キズナの視線は手元に落ちていた。
『お医者様は』『先天性魔力失調症』『特殊な手術をしなければ』『助からない病気です』
折り重なったエリスの意思。扇を広げるように持ちながら、キズナは何度も読み返しているようだった。
「……使えるわね」
口の端が嫌らしいカーブを描く。
ああ、何か嫌な予感がするぞ。
(馬鹿弟子よ、お前がそんな顔をしている時は、大概ろくなことが起きない)
(言っていることが分からないわね。助けろと言ったのは、リニオよ? あの時点で、半ばこうなることを予測していたんじゃない?)
(ふむ、予想していなかったわけではないが)
(それともアンタはこのまま二人を捨てておくの? 病人一人護衛一人じゃたかが知れてるし、相手は鍛えられた魔法使い。いくら金はあっても、殺しに来てる敵には無意味。お金ではどうにもならないのよ)
エリスの言葉を持つ手が震える。
(見通しは暗い。だとしたら私は放ってはおけないわ。放っておけるはずないじゃない)
俺は感動したぞ。そのような自己犠牲精神をお前が持ち合わせて、
(最高の金ずるだし)
いるわけはないか。
知っていたよ。キズナがこういう奴だってことぐらい知っていたさ。悲しいほどに。
「何をこそこそしているのですか?」
怪しむような視線を向けてくる。表情は真っ平らであるが、視線の色で何となく分かった。空気の読めないキズナはお構いなしに腕を組んでふんぞり返る。少なくとも、これから人にお願いしようとする人間の態度ではないな。
「これは提案なんだけど」
「却下です」
即答か。
「これは提」
「却下です」
「こ、このクソメイドっ……!」
『お願い、聞いてあげて』
水掛け論に陥りそうになる二人をエリスが仲裁する。
「仕方がありませんね。エリスが願うのならば、聞いてあげることぐらいはしましょう」
キズナは怒りが心頭しそうになるのをギリギリでこらえると、仕切り直しに、ごほんと咳払いをする。
「これは提案なんだけど、私たちが護衛してあげるってのはどう?」
不純な動機をぶら下げた提案が、部屋の空気の動きを止めた。エリスは満更でもないようにうるわの背中にちらりと視線をくれる。うるわはその視線を受けながら、ゆっくりと言葉を精査しているようだった。……にしても、キズナめ、密かに俺を員数に含めたな。
「今一度申し上げます。却下です」
判で押したような回答。
「いいですか、これはキズナに言っているのではありません。エリス、あなたに申し上げているのです」
キズナにはため口、エリスには謙譲語か。小憎らしい使い分けをするメイドだ。それとも、メイドとして当然の使い分けなのか。ベッドで身を起したエリスの手を取り、跪くような姿勢でうるわは言葉を紡ぐ。
「エリスを守るのは私だけで十分なのです。キズナのような野蛮な女の力を借りずとも、必ずハイザーゼンの国立病院まで護衛いたします。エリスが余計な心配をされることはこれっぽっちもありません」
都市ハイザーゼン、大陸一の首都エレイドの中核を担う衛星都市で、開発技術に特化した研究都市という顔を持つ。エレイドが設立したシンクタンクのかかえる多くの技術者は、大陸中からかき集められた選りすぐりばかり。大陸でも唯一、魔法を使った最新鋭の手術も可能な大病院だ。そこならばエリスの病気も治せるかも知れない。うるわはそう踏んでいるのだろう。ここからならば、列車で一日の行程。やきもきする距離ではない。
「いいですか。エリスは私が守ります。この命に代えても」
「のわりには、さっきの男達相手に苦戦していたようだけど? うるわが命に代えるのは勝手だけど、命で払いきれずに借金はいただけないんじゃない?」
得意の軽口。
「結局のところ、借金のかたにされるは主人であるエリスなんだし? あいつらの口ぶりだと、他に仲間もいるみたいじゃない。あいつらが頭じゃないとすると、戦力の構図からしてうるわだけでは到底、返済が追いつかないと思うわよ。借金に次ぐ借金で破産がいいとこ。残念ながら再生法も適用されないわ。命は一つ、やり直しはきかないのよ」
手をひらひらさせておどけるキズナ。挑発とも取れる行為。
「そ、こ、で! 今なら格安にしてあげてもいいのよ? そうね、私とリニオ三食昼寝付で手を打ってあげるわ。どう、金銭面でも親切な提案だと思わない?」
キズナめ、なんてぶしつけな奴だ。おやつもつけるように言うといい。
「出て行きなさい」
「……は?」
キズナの口が半開きになる。耳にした言葉をかみ砕けないといった様子だ。
興味を持って下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。
今回は、少々個人的なお話を。興味のない方は、読み飛ばしてください。
私は毎年あるライトノベルの小説賞に応募しております。前回は三次落選してしまいました(言い換えれば、良くも悪くもその程度の実力です)。この小説も小説賞小応募用に書いているものです。何年か前、純文学を書いていた頃は某小説賞にて最終選考に残ったこともありましたが、結果は落選。自分のこれまでの集大成と思っていただけに何となく限界を感じてしまいました。
それからしばらく小説から離れていましたが、このサイトを見つけるにつけ、再度執筆を開始しました。書き始め、現在まで続けられている理由は一つです。読んでくださる方からのコメントの何と心強く、励まされることか。面白いですと言っていただける方もいれば、自己満足のクソ小説とおしかりを受けたこともあります。丁寧に一つ一つご指摘いただいたこともあります。ありがたすぎて、みんな大事にとってあります。
数少ない私の小説の読者の皆様と出会えたこのサイトを少しでも盛り上げられるように、明日からも尽力を欠かさずに頑張っていきたいと思います。
頑張ります。頑張ります。頑張ります。
それではまた明日……今日は、決意表明のあとがきでした。
評価、感想、作者の栄養になります。