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第一四話・「それは私の台詞です」

 背後から種を捕捉、後ろ足の筋力を最大限にまで高め、跳躍。俺は宙を舞い、腕を最大限に伸ばす。

 もう少しだ。もう少しで届く。

 だが、可憐な乙女の姿をした小悪魔は、ぎりぎりのところで種を遠ざける。種の表面をかすめるだけに終わった俺の指は、恍惚の残滓を残して空を切った。

 ……むむむ……貴様、このリニオを愚弄する気かっ!? 許さん……許さんぞ、エリス!

 俺は空を切った体勢のまま、エリスの手のひらに着地する。そのまま、ひまわりの種の行方を探る。いまだ左手の指先にひまわりの種がある。対して俺は右の手のひら。

 その距離で、俺からひまわりの種を奪われないとでも思ったか? だとしたら、甘いな。

 俺は、後ろ足二本立ちの体勢から、フリーだった両腕を地面に着く体勢へ。

 知っているか? ハムスターは四足歩行なんだぜ?

 前足と後ろ足。膂力、加速力はこれで二倍と化した。俺はエリスの右の手のひらを駆け、手首を通り、さらに速度を上げる。シャツを纏う腕を駆け上り、肩へ。エリスがくすぐったそうにしているが、それはこの際どうでもいい。うなじを通れば、感度の良い肌がぴくりと跳ね上がる。身体が弾む度に落ちる色っぽい息や、エリスから香る甘い魔性に頭がくらくらしてくるが、俺はそんな誘惑には、今は、乗ったりしない。それが分別のある大人というものだ。首元にたどり着くとロングヘアーが目の前を塞いでいる。俺は黄金の滝に突っ込むと、そのまま純白のうなじを突っ切り、反対側の滝を突き出る。左肩にさしかかるが油断はしない。勝利の余韻というものを戦いの途中で味わおうとすることは、敗北に等しい。現実の戦いに勝利宣言などないのだから。誰かが勝利と言ってくれるわけでもない。たとえ勝利したとしても、それは兵士……戦士……兵士?

 ……もう、どちらでもいい。

 とにかく戦士にとっては、勝利は次なる勝利までのスタートにすぎない。余韻を味わうのは二流。

 そうだ、戦士には勝利も敗北もない。戦い続けることが存在証明なのだから!

 左手も半ばにさしかかったところで、俺は最後の跳躍のために後ろ足に最大限の負荷をかける。たわむ筋肉。俺は戦場(エリスの身体)を駆ける疾風になる。身体を取り巻く風の音に視界がかすみ始めたとき、それは起こった。

 左手にあったはずのひまわりの種が、今度は右手に移動していたのだ。俺は驚愕する。何が起こったのか、少ない時間の中での判断を余儀なくされる。導き出した答えは簡単だった。纏っていた風を、身体を反転させることで捨て去り、元来た道程を最高速で引き返す。うなじを通り、右手へ引き返す。来た道を引き返した時間は、行きにかかった時間の半分。俺だからこそ出来る、まさに神業だった。しかし、二度の驚愕に、俺は戦慄さえも覚えた。

 ひまわりの種が、右手から左手へ、瞬間移動しているではないか。

 それが二度三度と続き、さすがの俺も少しずつではあるが体力を消耗しつつあった。本来ならば、消耗は漠然とした不安や、絶望を生み出す。……が、俺は逆に失った体力を、ある感情が補填するのが分った。自分を突き動かそうとするのが分かった。あえて一言で言おう、プライドだ。

 ……やるな、エリス……ならば俺も最大限の称賛を持って応えよう……。

 この根比べ、貴様は最後までついてこられるかっ!


「まったく、何を本気になって遊んでるのよ、あの馬鹿は」


 腕を組んで見下す体だが、キズナの声質はどこか不機嫌。


「あんなの、ただひまわりの種を右手から左手に持ち替えているだけじゃない。それすら気がつかないって、よほど欲に目がくらんだのね」


「うぐ……エリスのあれほどまでに楽しそうな笑顔……! 私とトランプをしているときにはあのような笑顔など見せたことなどないというのに……! わ、分かりました、手品ですねエリス……手品なのですね。投げたコインが入ったのは右か左か、そのような遊びがあなたの好みだったのですね……!」


 ちくちくとした嫉妬の視線が、エリスの身体を駆ける俺に突き刺さる。


「ふん、あんな遊びぐらい……私がいつでもやってあげるっていうのよ」

「かような遊びでエリスが喜んでくださるのなら、私が延々とやって差し上げるのに」


 一拍の時を経て。


「……ん?」


 キズナがうるわを見やる。


「……なんです?」


 キズナとうるわ。二人、見つめ合う。


「真似しないでくれない?」

「それは私の台詞です」


 俺が何十回という往復運動に疲れ、遺憾ながら痛み分け宣言を心の中でしていると、キズナとうるわが、顔を接近させてにらみ合っていた。不謹慎だぞ、二人とも。一時的に落ち着いたとはいえ、病人がいるんだ、戦うのなら外でやれ。


(しかしながら)


 エリスが満足そうに俺を見てくる。

 い、いいか、俺が遊んでやったんだぞ、それを忘れるな。

 決して遊ばれていたわけではないからな。

 そこが大事だからな、勘違いするんじゃないぞっ!

 ぐったりと下身体をエリスの膝の上に横たえて、俺は休憩する。いまだに降り続く窓際に怠惰な視線を向けると、ベッドの脇に置いてある机が目についた。

 机の上には名も知らぬ花々が無造作に花瓶に生けられている。湿気のせいでけだるげに見えるのは、俺自身がけだるげだからだろうか。それはともかく、俺が目についたのはそこではない。

 花瓶に隠れるようにして一冊の分厚い手帳のようなものを発見したのだ。その上には長方形の魔法具らしき物が乗っている。

 集音部と記録部に別れているところからして、おそらく音声録音型の魔法具。魔力を通せば、中の媒体に音声を記録、再生が可能という珍しい代物だ。

 ふむ、エリスの病気からして、うるわの持ち物だろうな。しかし、かつてどこかで見たことがあるような、無いような……まぁ、疑問の解決は後でもいいだろう。

 今は疲れを癒す方が先決だ。


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