第一二話・「エリスの意思」
「本音を隠さず言えば、アナタの輩をエリスに近付けることなどしたくはないのですが……エリスの意思ですので」
病室代わりになっている部屋に招き入れられる。
「本音を隠したことなんてないくせによく言うわよ」
ドアを開けて待つうるわとすれ違いざまに視線をぶつける。物騒な二人だな。
「エリス、キズナを連れてきました」
ベッドに横になっていたエリスが上体を起して微笑んでくる。雨の中で倒れた人間とは思えないすっきりとした笑顔だった。普通の人間なら致死相当の魔力を消耗したはずだが、それでもこうして笑っていられるのは【恩寵者】としての特性のおかげだろう。
エリスは首から提げたペンダントのケースを空けると、そこからペンと紙を取り出して、さらさらと文字を書き綴る。
『変なところをお見せして』『すみません』
二枚目の紙の中央には、一言謝罪の言葉。
「病気なんでしょ? 仕方がないわよ。もしかして、会話できないのもそのせいなの?」
エリスに悲しみの帳が落ちる。表情を隠そうとして失敗した、そんな感じの少し困ったような仕草だった。
「それにエリスが答える義務はありません」
エリスを背に隠すようにして一歩前に出る。
「ふ~ん、理由は別にあるってわけね。別にいいわよ、言わなくて。それほど興味があるってわけでもないし」
あっけらかんとしたキズナの態度。
『お医者様は』『私の病気を』
感情を隠し通すことが出来ないところを見ると、エリスもまだまだ少女と言う表現がふさわしいようだな。俺としては、エリスには処世術や手練手管などという世俗にまみれた事柄を一勝身につけないままに育って欲しいところだ。欲を言えば、育って欲しいところは別にあるのだがな。
『先天性魔力失調症』
文字を書く手が震えていた。
『特殊な手術をしなければ』
その先を書く手が何度も紙を無駄にする。
「エリス、あえてその先を言葉にする必要は」
うるわの心配を、首を横に振ることで制する。再度、ケースに入った紙に目を落として意思を書き込んでいく。ゆっくりと心を込めるように。しっかりと伝えるように。
『手術をしなければ』
ようやくキズナに差しだした紙の文字は震えており、頼りなかった。
『助からない病気です』
悲しげに笑ってみせる。キズナも少し驚いているのだろう。日課の冗談や軽口を発せずに、渡された紙をじっと見つめ続けている。たくさんの文字が綴られ、キズナの手に渡る。何気なく発する言葉も多い。すみません、残念ながら……。そんな言葉は日常に溢れ、気にも留められずに使い捨てられ、いつ言ったかなど考える前に容易に忘れられていく言葉達だ。だが、エリスが紙に書いたこの言葉は、この世にしっかりと根を張り、大きな存在として息づいている。
古来、文字には霊威が宿るとされ、言葉通りの事象がもたらされると信じられたこともあった。魔法の先進国である倭国は古くからそういった研究が盛んであったため、霊の霊妙な働きによって幸福をもたらす国……という意味で確かこう呼ばれていた気がする。
言霊の幸ふ国、と。
文字によって幸せが訪れると信じて……。