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第十一話・「狩りの時間だ、ベイビー」

 ふらりふらりと訪れたのは調理場。ぶら下げられているフライパンとお玉のぶつかる金属音が、真っ暗闇の調理場に響いた。

 ふむ、たまにはハムスターらしく野生に目覚めて生きるのもいいだろう。時代はワイルド。整えられてないひげも、無造作に乱れる体毛も魅力大なのだ。時代はワイルド。斜に構えて、つぶらな瞳をまぶたで半分隠し、鋭い睨みを利かせる。俺を縛るものはナッシング。孤高の一匹狼……もとい、一匹鼠さ。

 その名も――グレイト・ワイルド・ハムスター・リニオ。

 お、おおっ……この上なく……イカしているっ! ふぅ、どきどきするぜ。

 そうだ、決め台詞なんかあってもいいだろう。そうだな……決め台詞、決め台詞、時代はワイルド……。


「狩りの時間だ、ベイビー」


 言ってみた。ヤバすぎるではないか……自分の魅力が恐ろしい。最後は、組み合わせて使ってみよう。自ら応用編に挑む向上心、さすが俺。時代は俺を選んだな。


「ごほん。あー、あー」


 喉の調子を整えて、いざ。


「俺の名前はグレイト・ワイルド・ハムスター・リニオ。狩りの時間だ、ベイビー!」


 ………………。

 …………。

 ……。

 決まった。

 ……――その時だった。

 ニャ〜ゴ。


「狩りの時間だニャン」


 ぞくり。背筋も凍るような声。

 耳元でささやかれた声だった。身も心も刻まれるような戦慄。

 おそるおそる周囲を見る。

 ……気のせいか……? 

 右側から鋭利な刃物で引っ掻いたような音が聞こえる。

 ……気のせいじゃない……っ!

 今度は反対側から、瓶が転がる音。目をこらすと、調味料が転がっている。俺は急いで身を引き締める。何者かが動く気配がしたからだ。だが、気配はすぐに消え去った。何者かが調理場にいて、気配を絶った。気配を絶つこと……それは偶然や、気まぐれでそうするのではない。気配を消す理由があって消したのだ。明らかに何者かは俺の存在に気がついている。そして、現在進行形で俺を捕捉している。

 ――確実に狙われている。

 全身の神経を研ぎ澄ます。耳を逆立て、ありとあらゆる音を拾う。水道の口からしたたる雫の音。大気の揺れ。もはや、しっぽは敵を捕らえるアンテナと化した。闇に紛れた暗殺者が何者かは分らない。敵は今、この膠着状態を利用して、俺という獲物に対しタイミングをうかがっている。舌なめずりをし、爪を研ぐ。迎えるは緊張の絶頂。強襲のタイミング。

 初撃。

 またたく赤光。張り詰めた糸が切れる。殺気が爆発し、空気が揺れた。

 俺は身をひるがえす。今し方俺のいた場所は、三又の武器によって切り裂かれていた。俺の脳裏によぎるのは、俺の身体から吹き出る血潮。戦慄が身体から汗を噴き出させる。

 ……やはり、コイツか!


「避けるとはなかなかやるニャン、グレイト・ワイルド・ハムスター・リニオ」


 猫。俺の最大最強の天敵。

 黒き悪魔は、舌なめずりをし、その鋭利な獲物を誇らしげに見せつける。右手の爪をぺろりとなめると、今度は左手にも爪を出現させる。


「ちょうど退屈していたところニャ、グレイト・ワイルド・ハムスター・リニオ、遊んでくれるかニャ?」


 そう……世の中はだまされている。猫かわいー、猫か〜わ〜い〜い〜、などと言って頬をゆるませ、鼻を伸ばす。ぬこだの、萌えだのと言って愛称を付け、愛玩化する。愚かな人間はこいつらを手放しでもてはやすが、それはまやかしだ。その証拠に、こいつらは慈悲もなく狡猾。それでいて惚れ惚れするくらいに俊敏で……残忍。

 俺の視界から猫が消える。俺は視認する余裕を無くし、調理場から躍り出た。


「頑張って逃げるニャ、グレイト・ワイルド・ハムスター・リニオ、本気になってくれないと面白くないニャン。猫と鼠の絶対的な差を知らないわけではないニャ? グレイト・ワイルド・ハムス――」

「わざと言っているだろうっ!?」

「バレたニャ」


 舌なめずりをする猫。細められた目。おれは一目散に逃げ出した。

 師匠としての威厳? それが何の武器になる!

 時代はワイルド? 腹の足しにもならん!

 グレイト・ワイルド・ハムスター・リニオ? ごめんなさい!

 俺は生きたい。もっと生きていたい! ただそれだけなのだっ!

 人の気配の無い食卓を駆け抜ける。前足と後ろ足をフル回転。テーブルの下を全力疾走。

恐怖に背中を焼かれて振り返れば、猫はいない。そうそう簡単にあきらめてくれる奴とは思えないが……。


「甘いニャ〜ン!」

「テ、テーブルの上からだとっ!?」


 俺が調理場から逃げ出すのをあらかじめ予期していたとしか思えないタイミング。テーブルに上がる瞬間を見逃していた俺にとっては、致命的な隙であった。俺は何とかその場を転がることで、最初の爪をやり過ごす。床には三条の傷が走った。猫は眼球の動きだけで起き上がった俺を捕らえ、間髪入れずに左の爪での一撃に移行する。死にものぐるいで身体を投げ出す。俺の腹に赤みが走った。飛び散る血。中空に赤い稜線が走る。床と同じ三つの線。意思さえも引き裂くような、猫の酷薄な眼光に、俺は生きた心地がしない。


「あっけないニャア」


 コイツ、笑ってやがる……っ!

 俺は黒き暗殺者と相対しながら、頬袋を汗が伝っていくのが理解できた。猫はゆっくりと俺との間合いを計ってくる。確実に獲物をしとめられる位置へと移動しつつある。しなやかな身体の中には、必殺の瞬間のために蓄積されていく力が見える。


「所詮、ねずみは狩られるだけの下等な生き物でしかないニャ」


 余裕からだろうか、軽口を叩き、俺の出方をうかがっているようだ。自らの優位性と食物連鎖に基づいた力の差を知っているからこそ出来る、圧倒的な勝利への構想。俺はその構想を打ち壊す算段すら出来ずに、口内にたまった唾液を飲込むしかない。

いや、駄目だ。あきらめるには早すぎる。他に何が出来る。

攻撃力、耐久力、スピード、どれも目の前の天敵には及ばない。


「……これは、最後の手段として取っておきたかったんだがな……!」


 不敵に笑ってみせる。猫はそんな俺の笑いに疑問を感じたのか、わずかに顔をかしげる。


「追い詰められたねずみに噛まれたところで、猫の勝ちは揺るがないニャ」

「ふん、果たしてそうかニャ?」


 猫の真似をして馬鹿にする。猫の平静が怒りに乱れる。


「さっさと餌になるニャン」


 身を低くして攻撃態勢をとる猫。奴のバネは一級品だ。避けるのは不可能。


「やれるものならな」


 ハムスターの俺がなぜキズナの師匠としていられるのか。

 なぜキズナを助けるなどと大口を聞くことが出来るのか。


「窮鼠猫を噛む、その本当の意味を――」


 教えてやろう!


「……リニオ、何遊んでるのよ」

「キズナっ!」


 最高のタイミングでやってきたキズナの生足に飛びつくと、最速で胸ポケットまでよじ登る。


「ちょ、くすぐったいじゃないっ……!」


 定位置である胸ポケットに飛び込むと、一転して猫を見下ろす形になる。ふふふ、こうなってはさすがの猫も襲っては来れない。どうだ、参ったか。


「そうだキズナ、俺に逆らった罪をあの猫に教えてやるがいい! 身に刻んでやるがいい!」

「ニャオ〜ン」

「あら、可愛い猫じゃない。よしよし……人慣れしているし、いい猫じゃない」

「何をしている! キズナ! 奴は俺を食べようとしたのだぞ!」


 制服の襟元をつかんで揺さぶる。


「馬鹿じゃないの? こんなに人慣れしているもの、そんなことしないわよ。リニオはすぐにそうやって猫を目の敵にして、本当に臆病者なんだから」


 中腰になって猫のアゴを撫でるキズナ。ごろごろと喉を鳴らしてキズナの足下にすり寄ってくる猫。飼い主と愛猫の構図が出来上がっていた。


(人間なんて、チョロいもんニャ。それにしてもねずみのくせに虎の威を借るとは卑怯ニャ)

「貴様も猫を被っているだろうがっ!」

(猫だし、当然ニャ)


 うぐ……猫も杓子も馬鹿ばっかりだ。


(次会ったときが最後ニャ、グレイト・ワイルド・ハムスター・リニオ)


 グレイトもワイルドも皮肉にしか聞こえん。猫がキズナの足下から離れ、厨房の方に戻っていく。しっぽをふりふりして優雅に去っていくその後ろ姿を、俺は辛酸をなめる思いで見送るしかない。


「さ、最後にしてやるのは俺の方かも知れないぞ」


 風に吹かれたら消える勇気。潰れるほど振り絞り虚勢を張る。


「猫を殺せば七代祟るニャ」


 それだけ執拗ということか。空恐ろしい……。

 厨房の中へと消えていった猫。あまりの自由度に、宿の衛生管理が心配になる。


「リニオ、震えてるの?」

「震えてなんかない! いいかキズナ、よく聞くのだ。彼奴等きゃつらは恐ろしい。先程相対したあの眼光。強靱で柔軟な体躯。狡猾な頭脳。あげく、鋭い爪を振りかざし必殺とばかりに襲いかかってくるのだぞっ!? 彼奴等は、キャッツらは……キャッツらは……キャッツ……」

「そうそう、うるわがエリスが落ち着いたからって」


 無視!?

 ……いや、俺は別に構わんぞ。悔しくなんかないぞ。虚しくなんかないのだぞ。

 俺は胸ポケット深くに潜り込み、キズナの貧しくも温かい胸の中でうずくまろうとする。迷子になった子供が母親を見つけた瞬間、今までこらえていた涙を爆発させて、愛ある胸に飛び込んでいくのと少し似ているかもしれん。……いや、やはりそうではない。これは単なる気まぐれに過ぎないのだ。

 猫にもてあそばれた悔しさに悶々としながら、胸に耳を押しつけると、キズナの内側からハイペースな心臓の鼓動が聞こえてきた。酷使した体に、酸素と血液を送り込もうとする心臓の動き。まさか、こいつ……俺を捜し回っていた……のか? まさか、猫に襲われている俺を……助けるために……?


「さっきのシャレ、面白かったわよ」


 む。


「彼奴等とキャッツらをかけたんでしょ?」


 どくんどくん、とくんとくん……。

 キズナの心音。急いだ代償。酸素を得ることによって次第に落ち着いていく。


「黙れ、お前に何が分かる。俺のありがたい講義もろくに聴かない、物覚えも悪く、いまだに単詠唱魔法も使えない浅学非才めが。あげくに第二次性徴を忘れてきた愚か者ときている」

「仮にも弟子にそこまで言うわけ!?」

「仮ではない、正式に弟子だ馬鹿者。お前が望めば……弟子の上に……まな……をつけてやらんでもない……という冗談はさておき! まぁ、お前は超がつく程の馬鹿だからな、馬鹿故に教え甲斐があるということなのだ」


 いつになく落ち着きのない饒舌になってしまう。師匠としての威厳はどこへやらだ。


「ま、そういうことにしておくわよ……グレイト・ワイルド・ハムスター・リニオ?」


 口角をあげるキズナの嫌らしい笑み。


「うぐ……なぜそれを知っている」

「なぜって、誰かさんが大声を上げていたから」


 ……前言撤回、やはりこいつはただの大馬鹿者だ。


興味を持ってくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。

先日、わざわざメッセージをくださった方がいます。続編を期待してくださっている方で、読んでいてかなり栄養になりました。この場を借りて感謝を。さて、いつか話したとおり、この作品は前身である『魔法とキズナと身体の関係』を再構築したもので、完全に続編というわけではありません。多少、本編の都合上で加筆されているところはありますが、似て非なる物語です。あれはあれ、これはこれとして、楽しんでいただけると嬉しいです。あえて言うなら外伝的という所でしょうか……。わがままばかりでスミマセン。いつか、完全なる新作を執筆できたらと思います。長々と申し訳ありません。

評価、感想、栄養になります。

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