表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/99

第十話・「雨、結構強いわね」

 雨は激しさを増していた。

 エリスを連れて飛び込んだ宿。雨音を聞きながら、キズナは廊下の壁に体重を預けている。


「雨、結構強いわね」

「そうだな」


 窓の外、町並みが灰色に染まっている。雨が打ち付けられる屋根や道は白く薄ぼんやりとしていて、雨の強さを思わせた。窓を滑り落ちていく濁流が、ガラスに映り込むキズナの顔を歪ませる。歪むキズナの顔を雨だけのせいにするのは、いささか傲慢と言えた。


「雨、続くのかしら」

「続くかも知れないな」


 扉の外に閉め出されてから三十分は、中から苦しげな細いうめき声や、せわしない作業音が雨音に紛れて聞こえてきていた。一時間近くが経過した今は、落ち着いたのか、雨音だけが耳孔を満たしている。思い出したように会話する俺とキズナは、まるで時報のようであった。


「今日中には止むのかしら」

「止むかも知れないな」


 意味のない会話の向こうに、先程の光景がよぎる。

 耳を刺すような瓶の音を境目に、落着しかけていた空気が一変した。苦しげなエリスの顔は上気し、雨にも負けないくらい大粒の汗が噴き出していた。身体は痙攣し、痛みに耐えるように丸められた身体。歯をがちがちと交錯させ、一見すれば恐怖にうちひしがれているようでもあった。雨は容赦なくエリスの小さい身体を打ち、髪の毛の金色を鈍らせようとした。


(病はいまだ治らずか……)


 異変は一目瞭然だった。ありえないほどの魔力の放出。青白い大量出血……例えるならばそれが適当か。通常の人間ならば一瞬で干からびてしまうほどの魔力が、エリスの穴という穴――口、耳、鼻はもとより、涙腺から、毛穴に至るまで――から漏れ出している。

 流れ出る青白い魔力量は恐ろしく大きく、見るものの意思を溺れさせる。人から漏れだした膨大な血液で溺れる光景、まさにそんな感じだった。


「リニオ、あの子、【恩寵者】よね」


 流れ出る青白い魔力を見て理解したのであろう。


「ああ、彼女は【恩寵者】だ。お前と同じ、な」

「私と同じ、ね……」


 どこが、と言いたげなキズナの言葉の捨て方。


「そう言えば、キズナ。今日、詠唱魔法を使用していたな」


 気分がめいりそうになる空気をほぐしてやろうと、俺は話題を提供してやる。師匠たるもの、そのぐらいの配慮は当然だ。俺は空気の読める男であるからな。


「何よ、こんな時に魔法講義でもする気? 勘弁してよ」

「こんな時だからこそ、とは思わないのか?」

「思わないわよ」


 相変わらずみもふたもない奴だ。


「今回は、この世界に住まう者ならば誰でも知っていること。誰もが出来る不思議でもなんでもないことについてから復習してやろう。そうだな……今回は魔法であり、その根源。魔力というものについてだぞ」

「うえ」


 おい、吐き気を催すように舌を出すのを止めろ。黙って拝聴できないのか、痴れ者め。


「ごほん……いいか、魔力が人々にとって初めから持ち得たものであるのに対して、魔法は最初から持ち得ていたていたわけではない」

「知ってるわよ、それくらい」


 当然だ。復習だと言っているだろうが。口を挟むな。


「――古より胎動する風の精霊よ、我が盟約に従いその力を眼前にて示せ……だったか? キズナが、ただ唯一たった一つだけの、魔法は」

「い、言い回しが引っかかるわね……!」


 眉をぴくりと上げる。


「初歩中の初歩である魔法で申し訳ない。恨むのならばキズナの成長の遅さを恨んでくれ」

「誰に謝ってるのよ」

「いや、何となく謝ってみた。……とにかく、魔力を魔法として変換するには、精霊の力を借りる必要がある。我々の祖先である古代人が、世界を司る精霊と契約を結んだことが魔法の始まりだ。もともと人間が持っていた魔力を、精霊の力を借りて魔法に変換し、やっとそれなりの力として行使できるようになったのだ」


 胸ポケットから飛び出して、窓枠の上に立つ。指導者たるもの、やはり胸ポケットの中などではなく、教壇に立たねばな。溢れる威厳がもったいない。


「キズナが使用した詠唱魔法でも、レザージャケットの男が使った単詠唱魔法でも、基礎は同じだ。魔法の行使に際して、文字列が詠唱者の周りを覆っていたことを覚えているだろう。それこそ古代文字であり、今では遠い歴史に埋もれた言葉なのだ」


 しっぽをぐるぐると振って、魔法詠唱時の文字列の動きを真似てみせる。言って聞かせるだけでなく、視覚的にもイメージさせる。前者だけでは教育者の配慮に欠けるというものだ。


「先程、精霊の力を借りると言ったが、その借りたものこそが古代文字。大昔、精霊と人とが交わした言葉、その言葉が文字化されたものと言われている。残念ながら、聡明な俺ですら解読することはできないが……けれど、推論の域を出ないなりに、分りやすく解釈するとしたらこうだ」


 両手をぱんぱんと叩いて、重要なところだと気がつかせる。ハムスターでなかったら、テストに出しているところだ。頻出問題なので配点は少なめに。俺は応用問題に配点の重きを置く指導者なのだ。生徒達には解けないまでも部分点をあげることによって評価してやりたい。ちょっとした親心だ……と、話がそれたな。


「魔力を言葉に乗せて文字に宿し、文字から魔法へ変換する。それぞれに順を追って魔力を伝導させていくことで、ようやく魔法は発現に至る。その始まりが詠唱魔法。そして、それを発展させたものが単詠唱魔法というわけだ」


 結露で湿った窓ガラスを黒板代わりに、魔法の発展図を書いていく。ハムスター体型なので文字は少し細かくなってしまうが、そこは愛敬。逆に、黒板を大きく使ったりできるし、落ちていく水滴で血文字のようになってしまわないだけ感謝して欲しいぐらいだ。


「いいか、キズナ。人間は生まれながらにして魔力を持って生まれるが、一方で、身体に宿す魔力の量は、成長するにつれて増えていく。多かれ少なかれ、人間らしい魔力量を得て成長は止るのだ。しかし、全ての物事には例外が存在する。それが膨大な魔力を持った者」


 キズナを見、閉められた扉を見る。


「魔法を人間に与えた神にも等しき存在――精霊。その精霊から、恩寵を受けし者……それが、お前やエリスのような【恩寵者】だ」

「……またの名を、戦争の道具、とも言うわね」


 目を閉じ、ニヒルな笑いを浮かべる。まぶたの裏に映るのは、灰と瓦礫にまみれたキズナの故郷……倭国の光景だろうか。俺は特に何も発せず、何事もなかったかのように講義を再開する。


「【恩寵者】を判別するのは至極簡単。魔法や、魔法具を使えばいい。魔法具であれば、白い光が灯れば一般人。青い光が灯れば【恩寵者】ということになる。お前の持つ魔法刀【川蝉】がそれを証明してくれている……とまぁ、魔法と【恩寵者】については、このような感じか」

「静聴ありがたく思いなさいよね」

「断言する。それはお前の言う台詞ではない」


 キズナが組んだ腕を外して廊下を歩いていく。歩きながら大きく伸びをして大あくび。

 頼む、そういうことは俺の見ているところでしないで欲しい。頑張った俺が、少なからず傷つく。確かに少し説明調になってしまった感があるが、それでも分かりやすいように尽力しているのだぞ。


「どこへ行くのだ?」

「トイレよ」


 キズナに続いて女子用トイレに入っていく。個室の扉を開けて、ミニスカートに手をかける。


「む? どうした、しないのか? 俺は気にしないぞ」

「そう。じゃあ……み、見ていけば?」

「そうだ、用事があったのだった。いざ行かん、新たなる恋人(ひまわりの種)探しの旅へ!」


 顔を赤くするぐらいならば、そんな冗談は言うな。俺まで伝染するではないか。

 そそくさとトイレを飛び出す。


「……。なによ、やけに素直に出て行って……。いつもなら何か言うくせに。頑張って冗談言った私が馬鹿みたいじゃない」


 キズナがなにやらぶつくさ言っていたが、漏れそうになれば文句の一つや二つ出るだろう。この際だ、トイレに一緒に流してしまうといい。


「俺としたことが、下ネタか」


 肩をすくめて自己嫌悪。だが、そんな俺もまた絵になるものだ。世の中には、何をやらせても絵になる存在が必ずいる。それがまさに俺。偉大なるリニオ・カーティスなのだ。


「キズナにそれがわずかでも理解できれば、もう少し師匠を敬う心を持つのだろうが……」


 まぁ、残念ながら今はただのハムスターだ。それも仕方なかろう。


「……いや、ただの、ではないか」


 時々通りかかる従業員に見つからないように調度品の影に隠れる。少し小腹が空いたな。大か小か分からないキズナの元へ戻るか、少し歩き回って探すか……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ