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第一話・「何か言いたそうね?」

 事件というものは、大体巻き込まれるものが相場だと思っていたが、どうやらその認識は改めなければいけないようだ。

 日のさえぎられた狭い高架線下で、俺は大きなため息をついた。

 そうだ。事件は巻き込まれるのではない、巻き起こすのだ。


 主に……この馬鹿が。


「リニオ、何か言いたそうね?」


 栗色の髪の毛を頭の左右に結わえる少女が、ジロリとした視線を向けてくる。小顔に怒気を溜めて、これまた小さな鼻をフンと鳴らす。反抗心がむき出しだ。


「ふむ、キズナよ、聞こえていたのか。良かった良かった、その耳は飾りと思っていたぞ」

「馬鹿なことをぶつぶつとうるさいわね。聞こえているわよ、当たり前じゃない」

「だったら、飾りであったのは耳ではなく、脳みそみたいだな。記憶力の著しい欠如。物覚えの悪さ。反省の無さ。過ちを二度繰り返す愚かさ。数え上げればきりがない……まさに総合して、脳みそが飾りというわけだ」

「こっ、この……っ!」


 ぐぐぐ、と拳が握りしめられる。ふん、相変わらず気が短い奴め。


「キズナ怒ったか? いや、俺としたことが、少々口が過ぎたな。訂正しよう、耳ではなく脳みそが、『御』飾りだったのだな」

「それで訂正したつもり……?」

「ダメか? 馬鹿弟子よ」

「ダメに決まってるでしょうがっ! 馬鹿リニオ!」


 罵声が俺の耳をつんざくとほぼ同時に、キズナの頭の上を拳が通り過ぎていった。舌打ちしながら、キズナは後方へステップする。目の前には見るからに筋骨隆々の男が巨体を揺らして攻撃の機をうかがっていた。銀のウォレットチェーンが男の動きに連なってじゃらりと揺れ、身に纏うレザージャケットは内側から押し上げられる筋肉に、ギリギリと耳障りな悲鳴をあげている。男の後ろには細身の男がもう一人いて、同じレザージャケットとウォレットチェーンを着用している。

 見たところおそろいのようだが、いかんせんペアルックとは趣味が悪いな。


「ふん、ペアルックなんて趣味が悪いわね」


 ……。


「ペアルック、馬鹿なキズナと、同感想。リニオ悲しみの字余りだ」

「どういう意味よ」


 ぺちゃくちゃと話し続ける俺とキズナに虫酸が走ったのか、男が体勢を低くして拳を繰り出してくる。キズナはそれを軽くいなしながら、男の懐に潜り込む。小柄なキズナとレザージャケットの男は、まるで子供と大人。一撃でも攻撃を受ければ、骨の一つや二つは持っていかれそうな歴然とした体格差。それでもキズナは物怖じもせずに男の腹部に掌底を見舞う。


「五七五で風情を詠む行為だ。お前の出身国である倭国には、そんな文化があったと記憶しているが」


 掌底を受け、ぐらりと地面に膝をつく男を尻目に、腕を組んで記憶の検索を始めるキズナ。


「あー……そんなのもあった気がするわ。……待って、思い出すわ」


 それは今思い出さなければいけないことか?


「おい、女……。おとなしく寝ていれば軽い怪我で済んだのだぞ」


 立ち上がった男に深いダメージは見られない。


「キズナ、男が何か言っているぞ」

「思い出し中なんだから、ちょっと待って」

「それを言うべき相手は、俺ではなく男だと思うのだが」


 俺の忠告も聞かずにうんうん唸っているキズナに、男の怒りが沸点に達したらしい。限界まで握りしめられた拳が、うなりを上げる。


「我慢の足らない男って、嫌われるわよ」


 空気を読めないお前も嫌われると思うがな。

 キズナの顔面ほどもある拳が、高速で獲物を捕らえようとする。組んでいた腕を解くキズナは、立ち居振る舞いを一瞬で戦闘態勢へと移行。上体を左に傾け、男の拳を避ける。傾けた上体はそのまま地面へと倒れる軌道を描くが、その前に左手を地面に着け、身体を投げ出すようにして右足を振り抜く。片手逆立ちのような格好のまま、キズナは器用に男の顔面へブーツのつま先をめり込ませた。男の鼻がひしゃげ、鼻骨が折れる鈍い音が響く。


「痛そう」


 張本人が何を言う。


「ぐっ……ブーツのつま先に鉄板だと……小賢しい真似を……!」


 鼻を押さえる男の手から血が漏れ出す。


「あ、蹴ったら思い出したわっ! さっきのあれ! 五七五のやつ!」

「ほう、言って見ろ」

「ふふん、あれは――」


 あれは?


「――演歌よっ!」

「御飾りがっ!」

「ええっ!? 演歌じゃないのっ!?」

「お前には二つの意味で拳を入れた教育が必要らしいな!」


 俺、上手いこと言った。参ったかとばかりにキズナを見やる。


「……。……?」


 理解してないっ!? くっ……キズナには高度すぎたか……っ! ああ、くそ、誰かに気がついて欲しい。今のところに感心して欲しい。もしくはツッコミが欲しい。うずうずうずうず。この狂おしいジレンマが、やるせない。だからって、それをこの馬鹿弟子にいちいち説明するのは面倒すぎる……と、俺が葛藤に頭を悩ませている視界の隅。

 鼻血を垂らしたままの男が、両手にはめたレザーグローブに力を込めていた。レザーが絞られる耳障りな音を皮切りに、男の拳の周りを淡い白光が覆い始める。微細な文字列がレザーグローブの周りを明滅しながら取り巻く。文字列はあっと言う間に周回速度を増し、男はそれごと打ち出すように拳を振り抜いた。


「キズナ、見ろ」


 それは、この世界に住まうものならば誰もが知っている普遍的な力の源……魔力。それを解き放つ行使としての形を、人は口をそろえてこう呼んだ。


 ――魔法。


「そうこなくっちゃ」


 打ち出された魔力が、俺たちを押しつぶそうと高架線下を駆けめぐる。その魔力をまとった空気は、まさに巨大な波の衝撃。

 高架線下、道端に落ちるゴミを巻き込んで空気が渦を巻く。石柱がきしみ、上からぱらぱらと砂が落ちてくる。ゴミが散乱し、魚の骨が俺の顔をかすめていく。波は外壁にひびを走らせながら、俺たちに急接近。

 ふむ……なかなかの魔力量、敵はそれなりの訓練を受けていると見た。


「あれが魔法だぞ、キズナ。偉大なる某師匠、その弟子である愚かな某弟子には満足に使いこなすことが出来ない魔法だぞ。偉大なる某師匠、その弟子である愚かな某弟子には満足に使いこなすことが出来ない魔法だぞ。おい、聞いているか、キズナ。魔法だぞ、キズナ。偉大なる某師匠、その弟子である愚かな某弟子には満足に使いこなすことが出来ない――」

「潰すわよ」


 某弟子の将来を危惧する俺に、まるでげんこつでも落とすかのような怖い声が振り下ろされる。

 直後、左右二つに結った髪の毛を振り乱して、キズナが壁を蹴りつけて舞い上がる。軽やかに、そして、しなやかな身のこなしで高架線下に奔騰した魔力の波動をやり過ごす。栗色の長い髪の毛が、舞い上がるキズナに従いながら美しい流線を描いた。


「ところで、キズナ。潰すって何をだ? 男には潰されて困るものがいくつかあるんだがな。たとえばメンツとか」

「どちらか無くなっても、男性機能的に問題ないわ」


 いいえ、どちらも大切です。


興味を持って下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。久しぶりの連載になります。基本的には毎日更新ですが、時々二日にいっぺんになるかも知れません。しばらくの間お付き合いいただければ光栄です。

評価・感想はもれなく作者の栄養になります。

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