リジェネイター
ヴァルソリオ城の食堂、その壁に設置された巨大なクリスタルモニターの画面には異常が発生していた。
画面全体に映し出された映像が波打つように揺れ、ところどころに黒い線のような模様が現れては消えて行く。
それらの現象はまるで目に見える雑音のようだ。本来であればその鬱陶しさのせいで映像に集中できなくなりそうなものだが、しかしレエモンはあまりの驚愕に、画面から目を離す事ができなかった。
「これは…………魔素の異常による干渉妨害⁉︎ ウチで使ってる魔導脳と魔導回路は特別製なのよ⁉︎ それを持ってしても耐えられないなんて……一体、何が起きているの?」
“お嬢様”がぼそりと呟く。レエモンには彼女の呟きが理解できないが、彼女をして驚くべき事象が発生している事は間違いないようだ。
「これほどの異常だと、魔導協会で使ってるようなのじゃあ、ひとたまりも無いでしょうね……。放映会場は今頃大騒ぎなんじゃないかしら?」
“お嬢様”は食い入るように画面を見つめている。その目は真剣そのものだ。その真剣さは、この大会を観戦して来た間を通しても見る事ができなかったほどのものと言える。どうやら今起きている現象はよほどの事であるらしい。
「それにしても……あれは一体何なの?あの“怪人”から煙みたいなのが噴き出した途端にこの有り様……間違い無く“あれ”が原因よね。これほどの魔素の異常なんて、“魔術”の発動程度じゃ起きるはずがないわ……。という事は……あれは……まさか…………そんな‼︎ ……まさか私は今、“魔法”をこの目で見ていると言うの‼︎⁉︎ 信じられない‼︎‼︎」
いつの間にか大きくなっている“お嬢様”の声からは、彼女の驚愕と興奮が伝わって来る。レエモンには彼女が言っている事の意味はさっぱり分からないが、驚愕を抑える事ができない点に関しては、レエモンも全く持って同じだった。
その理由は画面の中、ウォーハンマーを冒険者たちに向かって突き出しているヒャクリキに有る。
“凶刃”と呼ばれていたエルフの冒険者がヒャクリキに放った斬撃。それはどう見ても、間違い無く致命傷をヒャクリキに与えたはずのものだった。レエモンは確かにその目で見た。ヒャクリキの体は縦に深々と、それこそあわや真っ二つに割られんばかりに切り裂かれたはずなのだ。
レエモンはその瞬間、
(ああ!ヒャクリキの旦那!……終わったな。しかし……これで“怪人”と自分、つまり旦那と“密猟組合”との繋がりは露見しない……。旦那を失うのは正直痛いが、結果得た安全の方が格段に大きい。そう、良かった。これで良かったんだ……)
と、内心ホッとするとともに、自分を納得させていた。
しかし、しかしである。そう考えた矢先に、レエモンの視界の中で不可思議な、およそ現実とは思えないような現象が起きた。
“お嬢様”が言うように、あの煙のようなものがヒャクリキの体から噴き出した途端、なぜかその切り割られた大きな体は、まるで時間を巻き戻したかのように元通りにくっ付き、一撃によって即死したはずのヒャクリキは、何事も無かったかのように立ち上がったのである。
さらにそれだけでなく、ヒャクリキはその体に突き刺さったままになっていた剣を自分で引き抜いて、尚も平気な様子でいる。到底、普通の人間にできるような芸当では無い。
理解できない。意味不明だ。
何が起きているのだろうか?
自分は今、夢でも見ているのでは無かろうか?
考えてみれば今自分が居る、このヴァルソリオ城の城門をくぐって以来、その目で見る物も、出会った人物たちも、まるで現実感の無い、不可思議なものばかりだった。
やはり自分は悪い夢でも見ているのだろうか?
気持ちが悪い。もしそうなら、夢なら早く覚めてくれ!
そんな事を考えているレエモンの視界の中、クリスタルモニターの揺れて波打つ画面の中で、ヒャクリキは冒険者たちに向かって突撃して行く。
体のまわりに未だ黒い煙のような、霧のような何かをまといながら突撃して行くその姿は、まるで……
「……怪物…………」
レエモンの口から、その言葉が無意識に飛び出した。
“お嬢様”とレエモン、画面の中の光景に完全にとらわれてしまい、それ以外の周囲に意識を向ける余裕が全く無い二人の近くで、もう一人、同じく食い入るように画面に目を釘付けにしている人物が居た。
それは椅子にぐったりともたれかかった体勢のまま、苦しそうに小さく呼吸を繰り返す枯れ木のような老人、執事アントニオである。
主人を愚弄するかのような“お嬢様”の言葉と態度に我を忘れて激昂し、そのせいで卒倒しかけた彼の表情は、やはりくたびれたままだった。
しかしその白く伸びた眉の下に光る、クリスタルモニターの画面を睨み付けるかのようにして凝視している彼の眼光は、とても老人のものとは思えないほどの凄みを帯びている。
「な……なんという事か…………。間違い無い、あれは…………あれはまさしく……“リジェネイター”‼︎‼︎」
老人は額に脂汗を浮かべたまま、苦しそうな呼吸の中から途切れ途切れに言葉を絞り出す。
「なんという事だ……恐るべき……恐るべきドラゴンの業を、人の身でありながら現すとは…………。何が……一体、何が起きようとしているのだ……嗚呼……恐ろしや…………恐ろしや…………」
それはまるで蚊の鳴くような、小さな掠れた声だった。
老人の小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。




