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致命の一撃


 マーテルは悲痛なおも持ちのまま、クリスタルモニターの画面を食い入るように見つめている。

 画面には彼女にとって見ているだけで苦痛を感じるような映像が、もう随分と長い時間、映し出され続けている。しかし彼女はそこから目を離す事が、どうしてもできないでいた。



 画面の中ではヒャクリキの苦戦が、ただひたすらに続いていた。状況は完全に冒険者有利となっており、冒険者たちが一方的にヒャクリキを攻撃し続ける展開が延々と繰り広げられ、当のヒャクリキは反撃すら満足にできない有り様だ。


「ああ、照明が消えてしまって真っ暗な画面では一体何が起きてるのか分かりませんでしたが……ついに《フーリガンズ・ストライク》が囲みましたな。あの“怪人”もなかなかにしぶといですが、やれやれ、さすがにこれで決着となるでしょう」


「しかしそうなると、またしても《エンシェント・ディバウアーズ》は勝者の座を逃すワケですか……。囲みのすぐ外で何やら“凶刃”がうろちょろしておりますが……やはり諦め切れないのか、余程よほど悔しいと見えますな」


「守備重視の安定したスタイルで一時代を築いた《エンシェント・ディバウアーズ》も、いよいよ後進に席をゆずる時が来たという事なのでしょう。つまりは世代交代、これからはスピードの時代ですな」


 観覧席のどこからか、そんな声が聞こえて来る。

 その言葉の通り、もはや決着は時間の問題と言えた。


 完全に他人事ひとごとのように響くそれらの言葉を聴きながら、マーテルは予感していた。

 これから間違い無く、その目に見るであろう絶望的な光景を。


 そう、あの時と同じく、彼女の願いなど何ひとつ意味を成さずに訪れる無機質な現実、「ヒャクリキの死」という現実を、マーテルは予感している。

 それもヒャクリキに訪れるのはあの時よりもひどい、多勢に無勢の、一方的な戦いによる帰結としての無慈悲な結末、“哀れな死”だ。


 これではヒャクリキは、まるで狩りの獲物そのものではないか。

 しかしこの会場の観客たちは今まさにそれを楽しみ、熱狂している。


 マーテルは時折「自分の感覚のほうがおかしいのかも」と考える誘惑に負けそうになる。しかしそのたびに「そんなはずが無い!」と自分を叱咤しったする。


 そうだ、こんな事はどう考えてもおかしい。どう考えても間違っている。

 彼女は自分に言い聞かせるように、強く心の中でその思いを繰り返すのだった。


 こんなおぞましいものを見世物にして、それに大勢で熱狂する。

 これが異常でないのなら、何を異常と呼べば良いのか?

 矮小わいしょうな個人の想いなどお構い無しだ。そのちっぽけな想いは圧倒的な熱狂にかき消されてしまい、祭りの時のような陶酔とうすいひたされて、皆が皆、明らかにおかしくなってしまっている。


 確かにこの会場に居る観客たちが、ヒャクリキに対して直接手を下しているわけでは無い。

 しかし観客たちの熱狂、その無意識かつ無責任な意思の集合体こそが、この《ドラセルオード・チャンピオンシップ》という大会を現実のものとして形作っており、その結果、ああしてヒャクリキが冒険者の猛攻にさらされている事は、疑いようのない事実だった。


 弱い者、孤立する者、攻撃の標的に定められた者。


 それらを無責任な熱狂が寄ってたかって攻撃し、蹂躙じゅうりんする。攻撃する者たちは熱に浮かされ、狂気を自覚しないままそれに酔っており、半ば夢見心地のようにも見受けられた。


 攻撃される者の小さな悲鳴は聞こえない。誰の耳にも届かない。

 この大会だけではない。この社会において、日常の多くの場面、市井しせいのあちらこちらで、弱い者たちは理不尽な仕打ちに耐えている。

 悲鳴すら届かないのであれば、弱い者たちは一体どうすれば良いのだろうか?

 攻撃の犠牲になる者たちは、一体何によって救われると言うのだろう?


 マーテルはこれまでの人生の中で何度も直面して来たその疑問に、ついぞ答えを出す事ができなかった。


 そのたびに胸の奥を通り過ぎる、くらくて苦い、どろりとした感情。この感情は、一体どう扱えば良いのだろうか?

 どうにかして片付けたくても、その方法がどこにも存在しないのだ。




 画面の中ではヒャクリキを取り囲んでいた《フーリガンズ・ストライク》のメンバーたちが戦術を変え、今度はほとんど一列に連なるかのようにしてヒャクリキに突撃し始めていた。

 攻撃した者は列の最後尾にまわり、続けて次に控えた者が攻撃していく。それが何度も繰り返される。まるで金属の輪が連なる一本の鎖のように。


 ヒャクリキは後ろに退がりながら必死で攻撃を回避しようとしているが、その試みはまるで成功していない。致命傷こそ避けているが、次々と体のあちこちを槍の穂先に貫かれていく。



 見ていられない。

 しかし目をらす事ができない。


 苦しい。苦しい。


 こんなのは……こんなのはあんまりだ!



 じわじわとなぶられ、削られていくヒャクリキの姿を、マーテルはまるで自身がそうされているかのような苦痛の中で見つめている。


 苦しくても、どうする事もできない。

 見ているだけで辛いにも関わらず、まるで呪われてでもいるかのように、なぜか画面から目を離すことができない。


 ああ、自分はまたあの時と同じように、地面に横たわったヒャクリキを見つめたまま、どうしようもない無力感に襲われるのだろう。


 マーテルはそう予感していた。



 しばらくすると、《フーリガンズ・ストライク》の戦術がまたしても変化する。今度は続けて二人ほどが攻撃した後、列の最後尾に回るのではなく攻撃の勢いそのままに、ヒャクリキの背後へ回り込んだ。

 そしてヒャクリキを、三人の冒険者が三角形を描く形で取り囲む。


 この大会中マーテルも何度か目にした、彼ら《フーリガンズ・ストライク》の必勝の流れ(プロセス)

 あの三角形の包囲が、ついにヒャクリキを捕らえていた。






 ほとんど同時に、わずかにタイミングをずらした刺突がヒャクリキを襲う。


 初撃はヒャクリキの太腿ふとももを狙って突き出された。しかしその突きは太腿ふとももを覆うチェインメイルと、城砦じょうさいの土台を思わせる太腿ふとももそのものの頑健さに、弾かれるかのようにしてらされた。


 二撃目は腹部目掛けて突き出される。ヒャクリキはそれまでの攻撃をしのいでいたのと同じように、腰を切って刺突の方向に沿って体を横向きにすることで、槍の穂先に貫かれるのを避けようとした。

 その結果、ギリギリでかわした槍の穂先がブリガンダインの革をかすめて通り抜けて行った。


 その瞬間、ヒャクリキは理解する。なぜ敵は三人がほぼ同時に重なるようにして攻撃して来たのか。

 脚と体幹を狙って突き出される攻撃を防いだ事によって、ヒャクリキの動きは現在の座標に固定されてしまった。こうなってしまうと、この体勢から大きくは動けない。


 つまりこの三方向からの一斉攻撃の初撃と二撃目は、その攻撃で標的を仕留めると言うよりは、標的をその場にい止める事が目的の、言わば布石なのだ。


 標的を仕留める本命は三撃目、その三撃目を確実に当てるための戦術が、この三人同時の攻撃であり、それ以前の三人による三角形の包囲なのだという事を、稲妻がはしるような一瞬のうちに、ヒャクリキは理解する。


 次の三撃目で仕留めに来る!


 理解したのと同時にそれに気付いたヒャクリキは、三撃目を繰り出そうとする三人目である“あの女”に目の焦点を合わせた。


 女の視線とヒャクリキの視線がぶつかる。

 女の瞳には強い光を放って輝く、明確な「殺意」が宿っていた。


 限り無く「終わり=死」に近付いた状況のせいだろうか?

 極限まで高められた集中力によって、女の動きがヒャクリキの目にはハッキリと見て取れる。

 女の視線、女の腰にためられた槍の向きと、槍の柄を握る両手の動き。

 それらから判別できる、女が狙ってくるヒャクリキの体の部位、それは……。


 かわしていたのでは間に合わない。

 ヒャクリキは反射的に左手に握ったウォーハンマーを、突き出される槍の穂先目掛けて突き出した。



 金属どうしがぶつかり合う鈍い音が響く。



 交錯こうさくの瞬間、ぶつかった衝撃で火花が散る。

 突き出されたウォーハンマーに妨害されて、女の槍の穂先は目標であるヒャクリキの頭部かられ、くうを切り裂く。

 しかしれた穂先のやいばは、その途上でウォーハンマーを握るヒャクリキの左手の人差し指と中指とを、刺突の勢いにまかせて斬り飛ばした。


「外した⁉︎ そんなバカな‼︎‼︎」


 女が、まるでそう言っているかのような驚愕の表情で大きく目を見開く。


 ヒャクリキの視界の中、斬り飛ばされた人差し指と中指は手袋の革一枚で未だ左手と繋がっており、まるで何かの飾りのように、ぶらんと宙を泳いだ。


 ぶつかった衝撃で半ばしびれている左手の感覚のせいだろうか、ヒャクリキは指がちぎれたにも関わらず、その痛みを感じない。

 むしろ武器が交錯こうさくするほどの近い距離に置かれた、攻撃を外して無防備な体勢の敵を認識して、にわかに体内の血液が沸騰するのを感じた。


 今度はこちらの番だ。ああ、目に物見せてやるぞ!


 その作り物のように綺麗な顔を潰してやる!


 そう、例えるなら、まるで種をくために自身を弾けさせた植物の果実のように、ド派手で凄惨なカタチにつぶしてやる‼︎ つぶしてやる‼︎‼︎


 薬指、小指、そして親指。その3本の指だけで保持しているウォーハンマーを、ヒャクリキは頭上でくるりと鎚頭あたまを回すようにして握り直す。

 そして目の前に居る女の顔目掛けて、力一杯、横薙ぎにウォーハンマーを振り抜いた。



「‼︎⁉︎」



 ヒャクリキは一瞬、不思議に思う。

 なぜウォーハンマーを振り抜いたのに、この女の顔は綺麗なままでつぶれていないのか⁉︎ 一体、何がどうなっている⁉︎

 ヒャクリキの左手には攻撃が命中した手応てごたえが確かに残っている。


 その疑問の答えはすぐに見つかった。左手に握っていたはずのウォーハンマーが消えていた。


「ぐあっ!」


 ウォーハンマーが消えている事に気付くのと同時に、標的の女のすぐそばで、三角の包囲の一角だった他の冒険者が、肩口のあたりを押さえてうずくまる。なるほど、この冒険者が盾となってヒャクリキの攻撃から女をかばったらしい。

 そして攻撃が命中した際の衝撃で、指3本分の握力だけで握っていたウォーハンマーは、ヒャクリキの手の中からすっぽ抜けてしまったようだった。


 またしても思うような攻撃の成果が出ずに軽い落胆と苛立いらだちとを覚えたヒャクリキだったが、その一瞬の隙を突いて、今度は包囲に参加していなかった冒険者がフォローとばかりに攻撃してきた。


 ヒャクリキは慌てて後ろに飛びすさり、その刺突をかわす。

 槍のリーチの外に逃げるため大きく飛んだヒャクリキは、着地の衝撃をその疲労した脚で吸収することができずに、なかば尻餅をつくような形で地面に膝立ちの体勢でうずくまってしまった。


 これはマズい!武器を手放してしまうとは。早く、早く拾わなければ‼︎


 ヒャクリキが焦りの中で、どこかに飛んで行ったウォーハンマーを探しながらそう思った、その時だった。



「よっしゃ外れた‼︎ 途切れたなァ‼︎‼︎ ここで!ついに!俺様オ・レ・サ・マ!とうじょーう‼︎‼︎」



 目の前の黒い装備の冒険者たちの影から、一つの影がその頭上に飛び出す。


 何かと思ってヒャクリキが空中高く飛び出した影を良く見てみれば、あのエルフの男、ヨーカーが、あの奇妙な形の剣を大上段に構えた体勢でこちらに飛びかかって来るところだった。


「なっっ‼︎ コイツ‼︎ ボクを踏み台に‼︎‼︎」


 叫ぶような女の声があたりに響く。

 おそらくヨーカーはヒャクリキを囲んでいる包囲の外から、助走を付けた上であの女を踏み台にして跳躍したのだろう。とんでもない高さにまで飛び上がっている。跳躍が描く放物線が地面と接触するであろう着地点は、まさに今ヒャクリキが膝立ちのまま動けないこの場所だった。



「喰らえマンブ野郎!ひっさつ‼︎ か・ぶ・と割りィィィィィ‼︎‼︎‼︎」



 ヨーカーは跳躍から落下する勢いそのままに剣を振り下ろす。


 まだ手の中に残っていれば、ヒャクリキはその攻撃をウォーハンマーで防いだはずだった。

 しかし今手元には何も無い。ヨーカーの攻撃を防ぐ手段が無い。

 動いてかわそうにも、今の膝立ちの状態では動けない。


 ここからどうする?どうすれば良い?


 そう考える一瞬の間に、ヨーカーの斬撃が頭上から降って来る。

 死の予感と足音は、いきなりヒャクリキの背後にピタリと現れた。


 なぜか視界に映るもの全てがゆっくりと動いている。


 覆いかぶさるようにして頭上から落ちてくるヨーカーの体。


 その手に握られた奇妙な剣の白刃が、ヒャクリキの脳天目掛けて落ちてくる。


 ヒャクリキは反射的に首を傾けてその白刃から逃れようとするが、限界を通り越した疲労のせいだろうか?動くのは首から上だけで、体そのものは動こうとする意志について来ない。


 脳天への直撃こそまぬがれたものの、ゆっくりと落ちる白刃が、ヒャクリキの視界の中、首の左側の付け根へと迫る。


 白刃が首まわりを覆うチェインメイルの、その金属の輪を断ち切って行く。ヒャクリキがそれを見た瞬間、いきなり流れる時間が一瞬で加速した。



 ヨーカーの体重を乗せて落下する物理エネルギーを利用した斬撃は、まさに“凶刃”の名に相応ふさわしい結果をもたらした。

 湿って絡みつくような音とともに、ヨーカーの「カタナ」がヒャクリキの肉厚な体を、まるで薪割りの斧のように斬り割って行く。


 首の付け根から侵入した冷たい鋼の白刃は、ヒャクリキの鳩尾みぞおちのあたりまで肉を切り裂き骨を絶ち、一気呵成いっきかせいに侵入し、ヨーカーの着地とともに、それこそ薪の途中で止まった斧のような状態でようやく停止した。



 ヒャクリキは不思議な感覚に包まれている。

 とてつもない衝撃が自身の体を貫いた。これは“痛み”なのだろうか?


 分からない。


 確かに感じられるのは、「死」がついに自分を捕まえて、その冷たい腕の中に自分を抱え込んだ事だった。


 これがザラスの腕なのだろうか?

 これがザラスの、「死の抱擁ほうよう」なのだろうか?


 ヒャクリキには分からない。

 まるで世界の時間が停止してしまったかのようだ。



「んああぁぁぁぁ‼︎‼︎ やっべえ!やっべえよ‼︎ なんだこの手応てごたえ‼︎‼︎ たっ!たっ……!たまんねええぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」


 ヨーカーの声が聞こえる。

 一気に高揚を突き抜けて、狂気へと到達したかのような奇声だ。

 しかしその声も、ヒャクリキには遠く聞こえる。まるで現実感が無い。


「見ろよ!これ‼︎ こんな!こんなに深くまで‼︎ 俺の、俺様のが‼︎‼︎ 挿入はいって‼︎ 挿入はいっちゃって‼︎‼︎ 挿入はいっちゃってるよぉぉぉぉお‼︎‼︎‼︎」


 ヨーカーの体がブルブルと震え始める。

 斬撃の感触がもたらす快感の中で、いつも通り標的から噴き出す血飛沫ちしぶきによって追撃とばかりに襲い掛かって来る、少しおもむきが変化した更なる快感をヨーカーは待っている。


 ヒャクリキの首の横から鳩尾みぞおちにかけて縦にざっくりと開いたクレバス、そこから大量の血飛沫ちしぶきが自身へ降りかかる。

 そう考えただけで、その快感への期待だけで、ヨーカーは失神しそうな絶頂へと自身が昇り詰めていくのを感じていた。



「こっ!こんなの…………こんなの初めて!初めてだぜ‼︎ こんな手応てごたえ‼︎‼︎ たまんねえぇ!たまんねぇYo‼︎‼︎ あっ……ヤバっ!…………イッ……イ、ぐ……」



 狂気にとろける、常人には聞くに耐えないような声をヨーカーが上げたその時だった。



 ざっくりと切り裂かれたヒャクリキの大きな体、そこに開いた大きな傷口から、大量の「黒い霧」が、勢いよく噴き出した。


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