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王手


「ああぁ‼︎ ズッけぇぞ‼︎ そいつを追い込んでたのは俺らじゃねぇか‼︎‼︎」


 外野から飛んで来るヨーカーの抗議の声などまるで聞こえていないかのように、黒い装備に身を包んだ冒険者たちはヒャクリキを攻撃し始めた。


(何なんだ?コイツら。皆同じ装備でそろえているのか?)


 見たところ五人組は同じ意匠の防具で身を固めているようだ。特に彼らが装備しているブリガンダインはヒャクリキが装備している無骨なそれとは違い、より薄い革素材で、よりしなやかに体に合わせて動き、そして野暮を自覚しているヒャクリキのつたない美的感覚でも分かるほどに、洗練されたデザインだった。

 黒いブリガンダインは表面に塗られたツヤのある染料によるものか、頭上から降り注ぐ照明ボルトの光を反射し、ところどころキラキラと輝いている。


 敵の攻撃はその全てが、投擲用かと思うほどに短い槍による刺突だった。

 ヒャクリキのまわりのいたる所、方向から、鋭い刺突が襲い掛かって来る。


 それは先ほどのヨーカーと槍を持った男の連携攻撃がまるで児戯じぎに思えてしまうような、怒涛どとうの波状攻撃だった。

 敵は常に移動しながら位置を変え、ヒャクリキを中心にして取り囲む輪の状態の包囲を崩す事無く、次々と細身の槍の穂先を突き出して来る。


 ヒャクリキはそれらの攻撃をかわすだけで手一杯の有り様だ。

 敵の攻撃と攻撃の間は途切れる事無く繋がっている。これでは回避に専念するより他に無く、反撃するタイミングが訪れない。


 いや、実際のところ、ヒャクリキは襲い来る怒涛どとうの攻撃を前に、それらを満足にかわせてなどいなかった。

 細く鋭い槍の穂先の先端が、ヒャクリキの体のあちこちに小さな穴を空けていく。


 幸いにもそれらの槍の攻撃は、ヒャクリキの体の急所が集まる正中線に向けられたものでは無く、致命傷を与えようとするような刺突ではない事は明白だった。

 どちらかと言えば遠間からチクチクと突き刺して、着実にヒャクリキを消耗させる事が狙いの攻撃だ。


 ヒャクリキはわずかに残った体力を振り絞りながら、敵の攻撃を被弾する数を少しでも減らそうとして忙しく動き続ける。

 しかしそんな奮戦も虚しく、ヒャクリキの体には一つ、また一つと、次々に小さな穴が開いていくのだった。


(これはマズい、マズいぞ‼︎ 反撃できない‼︎ これは明らかに何らかの、それも、かなりの訓練によって磨かれた連携攻撃だ‼︎ 完全に敵の手の内、カタにめられてしまっている‼︎)


 ヒャクリキは自身を襲う脅威に戦慄する。


 この連携攻撃そのものも厄介だが、それに輪を掛けて恐ろしいのは、明らかに疲弊しているヒャクリキに対してもまるで油断する事無く、むしろ確実に仕留めるため、さらに消耗させようとしてくる敵の戦術、敵の慎重さだった。


 これでは反撃の糸口さえつかめない。

 このままではジワジワとなぶり殺しにされてしまう。


(致命傷を避けるには動き続けるしか無い!止まったら終わりだ‼︎ しかし動き続けたところで削られ続ける事には変わり無い……どうすれば良い?どうすれば良いんだ⁉︎)


 脱力状態から抜け出したとは言え、とっくに疲労の限界を通り過ぎているヒャクリキの体は、思うようには動いてくれない。

 疲労だけではない。全身のいたる所に散らばる大小様々な傷と、そこからの流血がジリジリと体力を奪い、体の動きを鈍らせていた。


 突き出される槍の穂先を、ヒャクリキはすんでの所でウォーハンマーを振って払いのける。するとその瞬間、かわしようの無い、防ぎようの無い角度から、別の穂先が突き出される。


 そのたびにぶすり、ぶすりと、ヒャクリキの体に穴が空いていく。

 ヒャクリキは必死で体を動かしながらも、耳に聞こえて来る音が遠くなり始めた事に気付いていた。バシネットを脱いだというのに、視界が狭くなっているようにも感じられる。


 どうにも感覚がにぶり始めているようだ。おそらく流血が続いているからだろう。


(駄目だ。打てる手立てが無い。状況は悪化していく一方だ……)


 このままでは、今はかろうじて動いている左手と両足もそのうち動かなくなる。それとも意識が朦朧もうろうとし始めるのが先だろうか。


 また敵の槍の穂先の先端が、ヒャクリキの体にわずかに突き入れられる。

 敵に突かれるたびに痛みを感じはするのだが、全身の傷によって痛みの情報が渋滞しているヒャクリキの痛覚神経は、それらの痛みが体のどの箇所から送られてきているのか、それをいちいち把握する事をめてしまっているようだった。

 もはや体のどこが痛いのかなど、ヒャクリキには分からなくなっている。


 代わりにハッキリと知覚できるのは、腹部の傷のあたりを覆う燃えるような熱だった。これは痛むというよりは、とにかく熱い。



 ふっと敵の連携攻撃が途切れた。五つの黒いシルエットは一旦攻撃の手を止めてヒャクリキの様子をうかがいながら、まわりをゆっくりと回るようにして移動し続けている。


 そのうちの一人にヒャクリキの目が止まった。

 黒い装備こそ同じだが、その存在は他の四人と比べて明らかに浮いていた。長身ではあるが、その骨格と動きを見るにどうやら女の冒険者らしい。長く伸ばした黒髪を後ろで結び、いく束かの前髪をまるで飾りのようにゆらゆらと垂らしている。

 褐色の肌はヒャクリキのそれとは違ってきめが細かく美しく、女が年若い事を示していた。色も柔らかい小麦色だ。唇は化粧で何か塗っているのだろうか、薄い桃色をしており、光を反射して濡れるようなツヤで輝いている。


 女は視線をヒャクリキに向けたまま、その桃色の唇にかすかな笑みを浮かべた。


(チッ、余裕たっぷりだな。……それにしてもコイツら、良いように小突き回してくれやがる。まあ、俺が反撃しないんだから攻撃し放題なのは当たり前だが……こんなのは面白く無い、面白く無いぞ!)


 腹の底の黒いおりのような塊が、ふつふつと沸き立ち始めた。

 ヒャクリキの黒い瞳にくらい光がともる。


 その瞬間、いきなり死角から突き出された敵の槍の穂先が、先ほどまでの攻撃よりもやや深くヒャクリキの脇腹に突き立った。


「ぐむッ!」


 うめくような声を漏らしたヒャクリキの顔目掛けて、さらに続けて別の槍の穂先が突き出される。

 攻撃して来たのはあの女だ。

 ヒャクリキは咄嗟とっさに首と腰の軸を無理やり(ひね)るようにして、その一撃をかろうじてかわした。


 いや、やはりかわしきれない。槍の穂先の鋭利な刃は、ヒャクリキの眉の少し上の皮膚をかすめて切り裂いた。


 ヒャクリキは敵の攻撃をかわす事で崩れたバランスを整えながら、数歩たたらを踏むかのようによろめいた後、敵に向かって身構え直す。

 しかし敵は五人ともヒャクリキに対する包囲を崩さないようにしながら動き続けているため、標的が定まらない。


(これではまるで尾長狼ウリアキィの群れにいたぶられる獲物だな。くそったれが!)


 額に開いた傷口から、血がじわりとにじみ出す。

 そして額に浮かんだ汗に混じると重力に引かれて、たらりと流れて落ちる。

 太く濃い眉の毛で防ぎきれずに流れてくる血が目に入り、ヒャクリキは片目を忙しくしばたたかせた。


(しかしコイツら、攻撃の質が変わったな……)


 先ほどまでよりも敵の刺突の鋭さが増している。攻撃に乗せられている殺気が大きくなっている。

 どうやら敵はいよいよと言うべきか、チクチクと削るように攻撃するのは終わりにして、ヒャクリキを仕留めに掛かる気になったらしい。

 気付けば敵の包囲、ヒャクリキを取り囲んだまま周囲をぐるぐると回っているその輪も、明らかに小さくなっている。


(ふん!来るなら来い。さっきまでよりも踏み込んで来るなら好都合だ!そちらが肉を突くなら俺はお返しに骨を砕いてやる!脳髄を叩き潰してやる‼︎)


 ヒャクリキの大きな体に重なるようにして、灰色の感情がむくりと頭をもたげた。


 額の傷から鬱陶うっとうしい流血の侵入を受けても、ヒャクリキの目、その瞳の光は曇らない。

 いや、それどころか鈍くくらい光ではありながらも、その輝きはさらに力強さを増して行く。


 ヒャクリキは考える。

 敵が安全地帯からチクチクと連携攻撃を仕掛けて来るなら今まで通りの展開が続くかもしれないが、仕留めに掛かって来るのならどこかに反撃のチャンスが必ず有るはずだ。


 腹の底の黒い塊が、チロチロとドス黒い炎を上げ始める。

 そこへ灰色の感情が、少しずつ、少しずつべられていく。

 少しずつ、少しずつ、ゆらめくドス黒い炎は勢いを増していく。

 その感覚はまるで腹部の傷の熱と同調するかのようにして、ヒャクリキの内側を焦がしていく。



 いいぞ、そうだ。

 燃えろ、燃えろよ。

 もっと、もっと!もっと激しく‼︎



 目に血が入ろうが、全身の傷が痛もうが、体が思うように動かなかろうが、もはやそんな事はどうでも良い。



 ……つぶしてやる。ああ!つぶしてやるぞ‼︎


 貴様らを、みじめで哀れな、冷たい肉塊に変えてやる‼︎‼︎



 黒い装備の五人はヒャクリキのまわりでゆっくりと歩を進めながら、槍を腰だめに構えた。やや上体を前傾させて、いつでもヒャクリキを攻撃する事が可能な構えだ。

 またあの連携攻撃でヒャクリキを襲って来るのだろう。


(やってやる……目に物見せてやる!)


 コイツらは自分達が狩る側だと安心し切っているかも知れないが、思いも寄らない“獲物の反撃”で、無様ぶざまに慌てふためかせてやるぞ!


 噛み締めている奥歯が、ギシリと不快な音を立てる。

 燃えるような腹の底、沈殿した黒い塊から、ドス黒い炎が勢い良く噴き出す。

 ヒャクリキは指先をめり込ませんばかりにして、ウォーハンマーのを強く握り締めた。




攻撃開始アトゥーケ‼︎‼︎」


 その声と同時に、弾かれたように敵が動く。


 ヒャクリキは続け様に繰り出された2方向からの刺突をかわした。


 思った通り、敵の攻撃は先ほどまでの遠間から繰り出す探るような、突っつくような攻撃とは打って変わって、致命傷を与えようという意思を明確に感じられる、鋭く、力強いものへと変化していた。


 ヒャクリキの反射神経であればかわせないような攻撃ではないが、厄介なのは刺突が折り重なるようにして襲って来る波状攻撃だ。

 体をどう動かすかの判断を誤れば、たちまち何本もの槍の穂先がヒャクリキの身体を串刺しにするだろう。


 攻撃をかわしたヒャクリキの体を目掛けて、さらに続けて繰り出される刺突がいくつも襲い掛かる。

 ヒャクリキは下半身に意識を集めて骨盤を大きく動かす事で体をひねり、それらの刺突をギリギリでかわしていく。

 そのたびに敵の槍の穂先がヒャクリキの戦闘服と皮膚を切り裂いていく。


 敵は明らかに攻撃の際、より深く踏み込むようになっている。つまりその動きは自然と大きくなっていた。

 常人離れしたヒャクリキの動体視力はその動きを刹那せつなの刻みで脳に投影し、脳が攻撃を回避するための最適な体の動きと体重移動をこれまでの戦闘経験から導き出して反射神経に伝え、反射神経が大きな体を駆動させる指令を瞬時に伝達する。


 続け様に繰り出される攻撃の最中さなか、数手先の敵の攻撃に貫かれるかも知れない恐怖に精神を焼かれながらも、突如ほんのわずかに生まれた空白の時間を、ヒャクリキは見逃さなかった。


 その空白の時間、敵の攻撃の隙間を突いて一瞬だけ全身の動きを“回避”から“攻撃”へと反転させ、ヒャクリキはコンパクトに、鋭くウォーハンマーを振り抜く。

 ウォーハンマーの鎚頭あたまは鈍く、重い風切り音を立てながら、ヒャクリキの周囲の空気を切り裂いた。


 き手ではない左手で武器を振るう上に、わずかな隙間を狙った苦し紛れの反撃なので元より命中するとは思っていなかったが、綺麗な顔をした女は後ろに飛び退すさってあっさりとヒャクリキの一撃を回避した。


 しかしその一撃は、ヒャクリキがまだ力を残している事を敵に示すには充分な鋭さだったようだ。途端とたんに五人組の顔から嗜虐しぎゃく的な微笑が消え、表情が真剣なものへと引き締まる。


「!……お前たち、油断するな‼︎ コイツはまだ“死にたい”にはなっていない!それに俺たちの攻撃の“間合い”だけじゃなく、“拍子”も読み始めている!思ったよりも手強いぞ‼︎」


 ヒャクリキを能面のような顔で見下ろしていたあの男が声を上げた。

 その言葉を聞く限りはどうやらこの男がこの五人組のリーダーのようだと、ヒャクリキはそう判断する。


「完全に読まれる前に決着させる‼︎ “流星ミチォール”から“三角包囲トロイツァ”にかけろ‼︎ 行くぞ‼︎‼︎」


 リーダーらしき男はヒャクリキには意味不明な指示を他のメンバーに飛ばした。


(決着させる……か、ふん!良いな。好都合だ。俺の体もそろそろ限界だからな。さっさと白黒つけようじゃねえか)


 緊張を保っているからこそ何とか敵の攻撃をかわし続けていられるが、実際のところ今のヒャクリキの身体は、気を抜けば今にも倒れてしまいそうな状態だった。


 現実には目の前の五人組を首尾良く倒せたとしても、他の冒険者たちが新たな敵として控えている。

 状況はやはり絶望的と言って良い。

 しかし、目の前の一人を倒さない限り、敵の数は一向に減ってはいかない事には違い無い。


 戦いとはそういうものだ。酷く現実的な、個人の希望や願いなど一切通用しない、ある意味非常に無味乾燥なものであると言える。


 敵はふたたびヒャクリキに向かって攻撃を開始する。


(‼︎……コイツら、今度は攻撃の仕方を変えて来た⁉︎)


 敵は先ほどまで、ヒャクリキをゆるく包囲した配置のまま移動し続け、そこから連携して攻撃を繰り出して来た。

 しかし今度は五人ともが、重なるように固まってヒャクリキ目掛けた一定の方向で突撃し、次々と畳み掛けるように槍を突き出して来る。


 ヒャクリキはほとんど後ろに退がり続ける形で何とか敵の攻撃をかわし、いなしていく。

 一つ槍の刺突をかわしたら次の刺突が飛んで来る。

 攻撃した敵と入れ替わるかのようにして次の敵が、ヒャクリキの目の前に現れ、間髪入れずに攻撃して来る。

 それはまるで敵の攻撃をつなぎ合わせて形作られる、一本の鎖のようであった。


 休む暇もなく続く敵の攻撃を、ヒャクリキはかわし切れない、いなし切れない。

 満身創痍のボロボロの肉体には、さらに新たな傷が追加されていく。


(と、途切れない、だと⁉︎……何なんだ⁉︎ この攻撃は⁉︎ まさか俺が倒れるまで、永遠に止まらないのか⁉︎)


 止まらない。

 敵の攻撃が途切れない。


 無味乾燥な戦いの現実は、いよいよヒャクリキを飲み込もうと首をもたげ、大きな口を開けて牙をき出しにする。

 ヒャクリキは必死で体を動かしながら、それでも反撃の機会をうかがっている。



 ヒャクリキの足がもつれる。いよいよ肉体が言う事を聞かなくなり始めた。

 さすがに敵はそれを見逃さない。

 今までは攻撃した敵は一旦いったん横にれて、鎖の最後尾に回っていたのが、今度は急に、突撃の勢いそのままにヒャクリキの左横を駆け抜けて背後に回ってきた。

 それに気を取られながらも、次の一人の攻撃を受け流す。

 するとそのもう一人も、今度は右横を駆け抜けて背後へと回る。


 次に正面に現れたのはあの女だ。

 そのまま正面の女と他二人の敵、合わせて三人が、ヒャクリキのまわりを一定の距離を置いて、三角形で囲むような位置取りで包囲した。 


「“三角包囲トロイツァ”完成!“王手プラヴェーチ”だ‼︎ リリアーネ‼︎ 行けっ‼︎‼︎」


 リーダーらしき男が叫ぶ。


 ヒャクリキの“勘”が、最大音量で警報を鳴らす。

 何か来る。何が来るのかは分からないが、とにかくこの状況はマズい。

 それだけは分かる。


 急に湧きあがった嫌な予感が、べったり貼り付いて離れない。

 ヒャクリキはそれを振り払おうと、動かない足に無理やりカツを入れて何とか不気味な三角の包囲を破ろうとするのだが、包囲している三人の敵は見事にヒャクリキの動きに合わせて移動し、その包囲を崩さない。



 徒労に気付いたヒャクリキが足を止めたその瞬間だった。


 ヒャクリキを囲んでいる三人は、一斉同時にヒャクリキ目掛けて突撃を開始した。


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