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“怪人”の噂


「そ、それはつまり、冒険者チームが全滅していたという事実をダンジョンの発表とあわせて公表するという事でしょうか?」


 広報班の担当者もルナルドの発言に戸惑っているようだ。


「そうよぉん。そうすれば観客にダンジョンの危険性をダイレクトに伝えられるし、観客は脅威生物モンスターに恐怖と怒りを感じるでしょう?その結果、そこに挑む冒険者チームに自然と感情移入できちゃうから、イベントを盛り上げるとっても刺激的なスパイスになると、ワタクシはそう思うのねぇん」


 委員たちから「なるほど」「確かに」といった声が聞こえてくる。


 マンチェットは「冒険者チームの全滅という悲劇を宣伝に利用する」という案について、さすがにそれは倫理的にどうなのかと思ったが、事故が起きたのは組合の責任でもあるという後ろめたさから、その疑問を表明することが出来ない。


「“全滅”、とは言われているけどぉ、一人生き残ってるんでしょう?確か救護役の女の子だったかしらぁ?酷いわよねぇ、若い可愛いらしい子がそんな目に遭うなんてぇ」


(‼︎‼︎‼︎)


 マンチェットの顔に驚愕の表情が浮かぶ。なぜそれを知っている⁉︎


「男の子三人のうち二人は見るも無惨なバラバラ死体、一人は行方不明、その一人もたぶんだけど死んでるわよねぇ。女の子たちは三人とも、逃げたり抵抗したりできないように手足の腱を切られたあと角鬼ゴブリンたちにさんざんなぶられた挙句、一人を除いて殺される。ショッキングな話だけどぉ、それだけに宣伝効果はバッチリだと思うのぉ」


 マンチェットの顔を冷たい、嫌な汗が流れていく。間違いなく組合から情報が漏れている!

 どこから?一体どこからだ⁉︎


「初耳だが、確かな情報なのか?それは」


 カーモーフ会長がマンチェットを見て言った。


「はい、間違いありません……。その女性は現在“神殿”の救護院で治療を受けております……」


 絞り出すようにマンチェットは答える。別に情報を隠していた訳ではないが、結果的に報告が遅れてしまった事に対してあまり良い印象は持たれないだろう。


《ドラセルオード・チャンピオンシップ》、その舞台として攻略目標に決定したダンジョンに、内部の最終チェックと「隠者の眼」「隠者の耳」を設置するため先遣隊を組合から派遣したのが昨日の事だ。

 先遣隊は脅威生物モンスターに遭遇する事も無く目的の作業を終えると、一人の女性冒険者を救助して戻って来た。


「最近の若い冒険者たちはダンジョンの危険性について、認識がかなり甘い印象があります。良い教訓として彼らを引き締めるためにも、公表するべきかと私は思います」


 驚く事に元冒険者であるブランドンがそう発言した。「伝説」である彼の一言によって会議室内の空気は一気に「公表」に傾いていく。


「決まりだな。その生き残りの冒険者の証言も交えて、広報班は今日の発表で使う映像を作成するように。必ず間に合わせるのだぞ」


 カーモーフ会長の決裁が降りる。


「かしこまりました。ではトリダーさんにご協力いただいて、その女性に取材に向かいます」


 憂鬱な仕事が増えた。戻って組合長にどう報告したものか……。

 マンチェットは白髪の混じり始めた頭を抱えるのだった。





 その後の会議はサクサク進み、締めに向かっての雑談の時間になっていた。


 委員会のメンバーとはいえ、この場に居る皆それぞれに贔屓ひいきの冒険者チームというものはある。今回の優勝チームはどこか?という話題を中心に、さまざまな情報が飛び交っていた。


 正直マンチェットとしては早く会議を終わらせてもらいたいのだが、この場の有力者たち、特に出資者スポンサーないがしろにはできない。時たま飛んでくる質問に答えて相手をするのも仕事のうち、と割り切るしかなかった。


「そういえば私が懇意こんいにしている冒険者から聞いた話なのですが、ここ最近、あちこちのダンジョン内に“怪人”が出没するらしいですな」


 一人の委員が何気なくそう言った。


「おお、その話なら私も聞いた事がありますぞ。なんでも“怪人”が目撃された近くでは、必ず冒険者の遺体が見つかるとかなんとか……」


 それは冒険者組合の中でも最近噂になっている、マンチェットの耳にも入ってきている情報だった。


「目撃者の証言によれば、その“怪人”は一人だけでダンジョン内を徘徊はいかいしているとか……そんな事が果たして可能なのでしょうか?」


 噂話の参加者の一人がそう言うと、聞いていた者たちの目が一斉にブランドンに向けられる。


「……不可能ではない、と思います。……私が現役だった頃、と言っても駆け出しの頃までですが、確かにソロでダンジョンに潜る冒険者も居るには居ました。ただ、正直言って危険過ぎますし、戦利品を独占できる以外のメリットがまるで無いので、私ならそんな事は絶対にしませんね。自殺行為です」


 ブランドンの口から出る言葉には確固たる説得力が有る。


「ではその正体は単なる狂人か、それとも“キラー”どもの輪にさえ入れないような人でなしか。いやはや、なんとも興味をそそられる話ですな」


「とはいえ今のところ冒険者たちの目撃証言だけでしょう?本当に存在するのですか?その“怪人”とやらは」


「では冒険者たちが口裏を合わせて嘘の情報を流していると?……うーん、それも有り得そうな話ですな」


 マンチェットまで上がって来ている情報も目撃証言ばかりで、現時点では組合の認識としてもその存在についてはあくまで“噂“の域を脱していない。


 イベントの開催が近付いたタイミングで拡がった噂だ。おそらく一部の冒険者たちが面白半分に流した、いわゆる「狂言」だろうとマンチェットも考えている。


「冒険者チームの全滅に“怪人”の噂。いやいや、今年も盛り上がりそうで何よりですなあ」


 出資者スポンサーの一人が言ったその言葉を聞いて、マンチェットは「いい気なものだ」と冷たく心の中で呟くのだった。


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