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驚愕と疑念


(そ、そんな馬鹿な‼︎ ただの噂ではなく、本当に存在していたとは……)


 臨時の大会運営事務局となっている観覧席に設置されたクリスタルモニターの映像を見つめたまま、マンチェットはあまりの驚愕に、身体が震えるのを止めることができないでいた。


(間違いなく、組合ウチの冒険者じゃない。人並外れて大きな体格をした冒険者も居ないわけじゃないが、その中にもあれほどの重装備をした者は居ない。さすがに俺も管理している冒険者を一人の漏れも無く記憶しているわけではないが、あれほど分かりやすい見た目なら、見かけたら絶対に記憶に残るはずだ)


 マンチェットはゴクリと大きく喉を動かして唾を飲み込む。

 大会前、水面下で組合内部や冒険者の間に流れていた「いい加減な」としか言いようのない噂は、突如として「大会に闖入ちんにゅうしてきた謎の人物」という具体的な形を持って、マンチェットの目の前に今、現実として存在していた。


(一体何者なんだ?噂通り、本当にたった一人なのか?なぜ大会のまっ最中というタイミングで現れた?……この大会では組合の者しか知り得ない情報が漏れていたり、組合を蚊帳かやの外にして物事が進んでいたりする事が少なくなかったが、もしかすると、これも運営内部の誰かの差し金なんじゃないのか?)


 マンチェットは完全に疑心暗鬼におちいってしまっている自分を自覚しているが、これまでの経緯を考えれば、それは仕方の無い事と言えた。今の彼は大会の運営委員会そのものに、ぬぐう事のできない不信感を抱いている。


 マンチェットは思わずルナルドに視線を移す。

 もしこれが誰かの謀略なのだとしたら、容疑者の筆頭に来るのは間違いなくあの男だ。

 もちろんマンチェットにルナルドの思考が読めるはずも無いのだが、しかし当のルナルドは、驚愕に目を見開いてクリスタルモニターに見入っていた。彼はマンチェットに見られている事にもまったく気付いていない。

 間違いなく「の状態」と思われるルナルドの驚いた表情からは、わざとらしい演技をしているような様子はうかがえない。つまりは、彼も知らなかったという事だ。

 であれば、おそらくではあるが、ルナルドが裏で糸を引いている可能性は限りなく低いと言える。


(となると、あれは本当に偶然あの場に居合わせた部外者なのか?“キラー”でもないようだし……そうなるとやはり“密猟者”か何かという事になるのだろうか?だとしても……たった一人⁉︎ たった一人で潜っていると言うのか⁉︎ 冒険者チームでさえ全滅してしまうような、この危険なダンジョンに⁉︎)


 大空間に仕掛けられた「隠者の眼」。そこから送られてくる俯瞰ふかん視点に映っている“ドラセルオードの怪人”は、変わらず角鬼ゴブリンたちと戦闘を続けている。


 それはマンチェットの目から見ても驚異的な戦闘能力だった。角鬼ゴブリンの集団を前にして、ひるむ様子など全く見受けられない。大きさからすると本来は両手で扱うべきウォーハンマーを片手で軽々と振り回し、角鬼ゴブリンたちを次々と血祭りに上げていた。


 その戦いぶりを見るに、あの“怪人”はかなり「場慣れ」しているようだ。確かにあれほどの強さであれば、噂通り一人でダンジョンを徘徊はいかいするなどという危険極まりない行為も、もしかしたら可能になるのかも知れない。


 マンチェットはそんな事を考えながら、クリスタルモニターの映像と観覧席に居る者たちへと、交互に忙しく視線を移動させる。それと同時に、広場から聞こえて来る実況役の声や観客の歓声も聞き逃すまいと、彼の全神経を集中させていた。


 とにかく自分に飛び込んでくるありとあらゆる情報を余さず拾い集め、一体何が起きているのか、本当のところを知らなければいけない。先ほどからマンチェットの思考はその一念に染まっている。


 そう、マンチェットは冒険者組合の責任者として、そしてかつて冒険者を志した者として、“真実”の蚊帳かやの外に締め出された状態、言うなれば「何も知らないただの間抜け」のままでいるわけにはいかなかった。



 マンチェットは続けてこの場に居る者たちの顔から顔へと、その表情から何かを読み取れはしないかとすがるような思いで、次々に視線を移動させていく。この場に居るものは皆が皆、クリスタルモニターの映像に視線を釘付けにしているようで、誰も彼もがその顔に驚きの表情を貼り付けていた。


 すると一つ、気になる表情がマンチェットの目に止まる。

 その表情は、彼の居る場所からさほど離れていない場所に有った。


 普段の状態でも人並外れて鋭利で冷たい、まるでナイフの刃のようなその目つきをさらに鋭くとがらせて、クリスタルモニターの映像に見入っている男が居る。

 まるで映像の中の“怪人”を、その視線で刺し貫かんばかりにして見入っているその男。


 それは冒険者たちにとっての「生ける伝説」である、ブランドン・“ハーケン”・エフロイドその人だった。


 マンチェットは思わず戦慄する。ブランドンの目つきとその表情は、どう見ても尋常なものとは言い難い。

 その鬼気迫る表情からは、まるで「殺気」と呼んでも差し支えないような、異様な気魄きはくがぐいぐいと伝わって来る。


「いやまさか、そんな……馬鹿な……あいつは、あいつは確かに……確かにあの時くたばったはずだ……まさか……まさかそんな事が…………馬鹿な!絶対にあり得ない!」


 ブランドンはブツブツと、小さく口を動かしながら確かにそう呟いた。


 小虫の鳴くような、くぐもった声だったが、マンチェットの耳はその言葉を聞き逃さなかった。

 そして同時に、ある予感がまるで稲妻のように彼の脳裏をはしり抜ける。



 間違いない。ブランドンは何かを知っている。

 “真実”に近い場所に存在する何か。その何かを、この男は間違いなく知っている!



 驚きと疑い、さらにはかすかな怒りと焦り、そんな名で呼べるような、様々な色を複雑に混ぜながら浮かべて歪む、ブランドンの表情。マンチェットはその表情の中に、さらにある感情が混じっている事を感じ取る。


 ささやかな、ほんのわずかな色ではあるが、そこには「恐怖」、

 そう、「生ける伝説」と呼ばれるブランドンにはまるで似つかわしくない、そう呼ぶべき感情がにじんでいる事を、マンチェットの視線は確かに感じ取っていた。



 マンチェットに見られている事にも気付かず、ブランドンは変わらず映像に目を釘付けにしている。


 その尋常でない目つき、表情の向こうに、“真実”に近付くための何かが存在する。

 何の確証もない、もしかしたらただの気のせいかも知れない予感ではあるが、マンチェットはブランドンの表情から、その何かをすくい上げる事ができるような気がしてならない。


 マンチェットはひそかな、それでいて鋭い視線と意識をブランドンの表情に集中させたまま、静かに深く、大きく息を吸い込んだ。





 マーテルは座っていた椅子から立ち上がり、観覧席の手すりから下に落ちんばかりに身を乗り出して、広場のクリスタルモニターの映像に見入っていた。

 彼女の視線の先には、画面の中で角鬼ゴブリンたちを相手に奮戦を続ける“怪人”の姿が映し出されている。

 そんなマーテルの姿を、彼女の近くに座っている者たちは目を丸くして見ているが、彼女はそんな視線にも全く気付く気配が無い。



 マーテルの顔には今、しばらく前まで貼り付けていた沈鬱ちんうつな気分を隠すための無表情ではなく、隠しようもない驚愕を明確に示す表情が、ハッキリと浮かんでいた。

 その表情は普段の柔らかなクリーム色ではなく、やや青ざめた色をそのきめの細かい肌に浮かべており、見開かれた目はまるで吸い込まれんばかりに、その視線を“怪人”へと釘付けにしている。


 マーテルはその瞳に“怪人”の姿を映しながらもなかば無意識のうちに、苦い感情をともなってよみがえる、かつての記憶を辿たどっていた。



 あの時から、果たしてどれほどの時間が経っただろうか?

 おそらく十年は超えているだろう。

 そんな遠い昔の記憶ではあるが、しかし彼女の眼は覚えていた。


 あの大きな身体、あの大きな背中を。

 力任せに、それでいて途轍とてつもなく速く、鋭く、武器を振り抜くあの一閃を。

 自身の体重と装備を合わせたかなりの重量を支えながら、それでいてそんな重さをまるで感じさせないほどに体幹を安定させ、素早い足運びを見せる、あの強靭な足腰を。


 彼女の長い耳も覚えていた。

 そう、あの野獣の雄叫おたけびを思わせるような、鼓膜をビリビリと震わせる咆哮ほうこうを。


 忘れる事など、できようはずも無い。



「そんな、そんな事って…………ヒャクリキ……本当に……本当にあなたなの?ヒャクリキ?」


 驚愕に固まって茫然ぼうぜんとした表情のまま、マーテルは口だけを動かして呟く。


 マーテルは目の前の映像の中で繰り広げられている光景が確かに現実のものであると、信じる事がどうしてもできなかった。

 まるで何か、悪い夢でも見ているかのような心持ちだ。


 無理も無い。


 キュルケゴルダ迷宮で遭遇した凶悪なカースドラゴンから彼女を危機一髪で救ったあの男は、そのカースドラゴンの「謎の黒い液体(呪い)」を全身に浴びて、彼女が治療する事すらできないままチームから蹴り出され、間違い無くあの場で息絶えたはずなのだ。


 どう頭をひねってみても、あの時石畳に力無く横たわっていたあの大きな体と、今画面の中で暴れ回っている“怪人”の大きな体とを矛盾無く結びつけられるような考えが、マーテルには思い浮かばない。


 では画面の中の“怪人”は、あの男ではないのだろうか?

 あくまで他人の空似というもので、全くの別人なのだろうか?


 しかしマーテルの記憶に刻まれているあの男の幻影と、画面の中の“怪人”は、まるで炭紙を使って転写した文字や記号のように、重ねるとピタリと一致するのだ。


 “怪人”は面当てを備えたバシネットを被っている。あのバシネットを脱いでくれさえすれば……もしくはバイザーも兼ねているであろう、あの不気味な面当てを上げて顔を見せてくれさえすれば、マーテルの疑念の答えが出るのだが……。


(あの人が生きているはずが無い。そんなはずは無い。それは分かっているけれど……分かってはいるのだけれど……)


 マーテルはそのまま身じろぎをする事も無く固まって、画面の中の“怪人”とその戦いから、目を離せないままでいるのだった。






「きゃあああぁぁ‼︎‼︎ 何⁉︎ 何⁉︎ 何なの⁉︎ あいつ‼︎ ……スゴい‼︎ 凄いわ‼︎ いきなり出て来たかと思えば、たった一人‼︎ たった一人で、“ちんちくりん”どもをつぶしてるじゃない‼︎‼︎」


 興奮のあまり腰掛けから立ち上がった“お嬢様”は、もはや半狂乱といった有り様でその細腕をぶんぶんと振り回しながら、ぴょんぴょん、どたどたとその場で飛び跳ねてはしゃいでいる。


 “道化”と呼ばれた小男は床にちょこんと、アントニオと呼ばれている老執事は椅子の背にもたれる形で座っており、彼らは相変わらずくたびれた様子のその顔に、ゲンナリとした表情を浮かべている。



 レエモンはしかし、そんな彼らや“お嬢様”の方を見る事もなく、先ほどからクリスタルモニターの大画面に視線を釘付けにされていた。


「……“ドラセルオードの怪人”、ですって⁉︎ 良いじゃない‼︎ 不気味な見た目にピッタリ、まさにその通りの、とても良い名付けだわ‼︎」


 “お嬢様”の、興奮を隠そうともしない声が聞こえてくる。

 しかし今のレエモンには、“お嬢様”の方へと意識を向けられるような余裕が全く無い。


 “ドラセルオードの怪人”、そう呼ばれている画面の中のあの大男が身に着けているあのブリガンダイン、薄い板金製のポールドロン、チェインメイル、そしてあの、不気味な面当てを備えたバシネット。


 煙ですすけて鈍く黒光りしてはいるが、それら“怪人”の装備全てにレエモンは見覚えが有った。そしてそれこそが、彼が視線を画面に釘付けにされている理由でもある。


 あれらの装備一式の外観は、まさに修繕費用を立て替えたレエモン自身が受け渡しの現場に立ち会った、ヒャクリキの防具と寸分違わず同じ形状なのだ。


(いやいや、嘘だろう⁉︎ 何かの間違いだよな⁉︎ 偶然の一致だよな⁉︎ まさかあれだけの素材を持ち帰ってくる旦那が、たった一人でダンジョンに潜ってるワケが……そんなワケが……無い……よな……)


 そう思いながらも、レエモンは“怪人”の装備だけでなく、その大きな体のシルエットにも見覚えが有る事に気付いていた。


(マズい‼︎ マズいぞ‼︎ もし仮に、仮にだ、これが仮の話であるとして、もし万が一……あの“怪人”がヒャクリキの旦那だったとして……その“怪人”がこんなダンジョンで一体何をしていたのか?誰がどこからどう見てもその答えは“盗掘”、もしくは“密猟”だ‼︎ マズい‼︎これはマズいぞ‼︎‼︎)


 決して“仮の話”などではなく、“万が一”などというのは甘い期待でしかなく、どう考えてもあの“怪人”がヒャクリキである事はほぼ確実と言って良い状況なのだが、レエモンはどうしても、素直にそれを認める事ができなかった。


 現在行われている戦闘も、いずれ終わる。

 もし戦闘終了後に“怪人”ことヒャクリキが冒険者に捕縛され、執行官のところへ連行されたとしたら……もし執行官による「尋問」と言う名の拷問に屈して自白を引き出されたとしたら…………芋づる式にレエモン、さらには密猟組合にまで、執行官の捜査の手が迫る事態になったとしても、何ら不思議な事ではなかった。


 そうなればもはや商売どころではない。執行官だけでなく組合からも、下手ヘタを打ったレエモンは口封じと証拠隠滅のために追われる羽目になる。


(いや、まだだ……まだあの“怪人”がヒャクリキの旦那だと決まったワケじゃない。いや、いっそあの“怪人”がこの戦闘で戦死してくれたら…………)


 レエモンは思わずそんな事を考える。


 しかしその場合、もし認めたくない予想の通りに“怪人”がヒャクリキだったとしたら、レエモンは貴重な素材の有力な入手先を確実に失う事になってしまう。

 そうなった場合、この先“お嬢様”の要求に応えるのはかなり困難になる事は明白だ。せっかく、これ以上は無いと言えるほどの特上の大口顧客とコネクションを築くきっかけを得たというのに、それをフイにしてしまう恐れが出てくる。


 どう転んでも自分にとって望ましくない結末が待っているという現在の状況に、レエモンは頭をきむしりたくなる衝動を必死で抑えていた。



「うふふふふ、またまたどんでん返し、形勢逆転ね。なんて面白い、なんて素晴らしい大会なのかしら⁉︎ 嗚呼ああ、この戦いには一体、どんな結末が待っているの⁉︎」


 レエモンの苦悩とは対照的な、まるで踊るように弾む声で、“お嬢様”は歌うようにそう言うのだった。


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