怪 人 見 参
ボードゥアンはコーネリアを守りながら、四方八方から襲いくる角鬼たちの攻撃を、防ぎつつ、押し返しつつ、チームのメンバーと合流すべく、移動を続けていた。
彼は構えているカイトシールドを、まるで延長された手のような器用さで取り回しながら、角鬼の攻撃を受け止め、弾き飛ばし、絶妙な角度でいなしていく。
さらにはカイトシールドによる防御と併せて、体当たりと前蹴りを使って敵との絶妙な距離を保ち、間合いに入った角鬼の頭部目掛けて全金属製のメイスを振り下ろす。
周囲を角鬼に取り囲まれながら、コーネリアには指一本触れさせない。
“守護神”の面目躍如と言って良い働きだ。
一方、守られているコーネリアは、精神集中と詠唱に時間の掛かる「マナの霰弾」ではなく、より早いペースで発動できる「マナの矢」を、器用にボードゥアンの防御の隙間から、角鬼にピンポイントで撃ち込んでいる。
見事な連携だったが、それでも取り囲む角鬼たちにはまるで怯む様子が無い。
装備が異なる角鬼たちは、襲ってくるタイミングに緩急を付けたり、明らかにこちらが死角を作るように誘導するような方向から攻撃して来る。やはりただの角鬼よりも数段手強い。
その手強い角鬼たちは取り囲んでいる角鬼全体の半分ほどで、残りの半分は爆発で戦意を挫かれていたはずの雑魚たちだった。
角鬼側は軸となる「精鋭の個体たち」に、戦意喪失していた雑魚たちが戦線復帰して加わり、数を増す事によって、より勢いを増している。
角鬼の攻撃を凌ぎながら周囲を見渡すボードゥアンは、冒険者側の圧倒的不利と、追い詰められつつある現実を、まざまざと見せ付けられていた。
(これは……まずいな。孤立したが最期、そこかしこで冒険者が押し潰されている。角鬼側にはほとんど損耗が無い一方で、こちら側ばかりがじわじわと数を減らしている)
大空間内の戦況は極めて厳しい状況にある。ある意味孤立しているとも言えるボードゥアンとコーネリアを襲って来る角鬼の攻撃は、だんだんと激しさを増していく。
(ここまで来て何という窮地だろうか。……聖ヴァンダレイよ、聖マカタイアよ、あなた方の加護を、どうか我に与えたまえ)
ボードゥアンが心の中で、彼が信仰する聖人に祈りを捧げたその時だった。
「ボードゥアン‼︎‼︎」
いきなり聞こえてきたコーネリアの大声に反応してボードゥアンが振り向くと、彼女の背中越しに、“戦士”がこちらに向かって突進してくるのが見えた。
ボードゥアンは即座にコーネリアと体を入れ替えて、彼女をその背中に庇う。
(万事休す、だな。せめて彼女だけでも……)
ボードゥアンはカイトシールドを構えて重心を落とした。
「カウンターシールドバッシュ」であの“戦士”を弾き飛ばしてほんの僅かでも隙を作り、そこからコーネリアを逃す。そして取り囲む角鬼たちを何とかこの場に釘付けにして時間を稼ぐ。
彼の頭脳は瞬間的に作戦を立案した。自身を犠牲にする作戦だったが、他に良い考えは浮かばなかった。
覚悟を決めたボードゥアンはみるみるうちに大きくなる“戦士”の体躯とその動きに、視線の焦点を合わせる。
「どりゃせえぇぇぇぇぇいぃ‼︎‼︎」
不意にヨーカーが焦点の外、“戦士”の横から奇声を発しながら飛び出してきたかと思うと、驚異的なバネで高く跳躍し、“戦士”の頭部へ飛び蹴りを食らわせた。
続けて現れたシュベルツが、さらに追撃で“戦士”に向かって槍を繰り出す。
“戦士”は完全な不意打ちでもらった飛び蹴りに大きくその体勢を崩されたが、すぐに持ち直すと、シュベルツの追撃を手に持った鉈のような武器で打ち払った。
「無事だったか⁉︎ コーネリア!ボードゥアン!何とかギリギリで間に合ったな‼︎」
シュベルツが“戦士”と武器を交錯させながら大声で言う。
ヨーカーは“刀”を数閃、大袈裟に振るって、取り囲んでいた角鬼たちを少し離れた場所へと追い払った。
絶体絶命の危機に合わせたかのように救援に現れたチームメンバーの姿に、コーネリアはほっと胸を撫で下ろす。
「俺様と愉快な仲間たち、見‼︎参‼︎ やっぱりヒーローはここぞってタイミングで登場しなきゃだよなぁ!」
続け様に数体の角鬼が、ヨーカーの“刀”の餌食になる。チェインメイルとバシネットを装備した角鬼が反撃するが、装備の隙間を狙ったヨーカーの鋭い刺突に、あえなく体を貫かれた。
「コーネリア!」「良かった!無事だったのね!」
見れば救護役のアンネと射手のミントも合流していたようで、コーネリアの近くまで駆け寄って来た。二人とも体のあちこちを怪我しており、ところどころに血が滲んでいる。ミントはこの大会用に新調した革鎧をダメにされたのか身に着けておらず、鎧下のダブレットの襟が大きくはだけていた。
「コーネリア、エルスチンが……エルスチンが……」
目に涙を溜めながら、鼻声でミントが言う。
ボードゥアンもコーネリアも、その言葉だけでチームのメンバーを失った事を理解した。盾持ちのエルスチンは、アンネとミントを庇って戦死したのだろう。
「クラウスもおそらくだけど、ヤツらにやられてしまったようね。もうずっと姿が見えないわ……」
アンネが小型のクロスボウを周囲の角鬼に向けて牽制しながら、力のない声でそう言った。
「ゴホッ……そう……二人とも。……悔しいわね。あの煙幕弾さえ無ければ……孤立しないように皆で固まっていれば、こんな事には……」
コーネリアの声は暗い。苦楽を共にしてきたチームメンバーを二人も失ってしまった。リーダーとしての自責の念に、彼女はその身を焼かれている。
「しっかりしろ、コーネリア。あいつらを失った事を悲しむのは、ここから生きて帰った後でもできる事だ。こうして合流できたんだ、二人の死を無駄にしないためにも、俺たちは必ず生きてこのダンジョンを出るぞ。さあ、指示をくれ」
ボードゥアンはいつもの落ち着いた声で言った。少々冷たい物言いにも感じられるが、確かに依然として危機的な状況が続いている事には変わりない。
少しずつ数を増しているかのようにも感じられる角鬼たちにまわりを囲まれ、さらにその中から“戦士”の大きな体がにょっきりと突き出ている。
数の多さに調子付いているのだろうか、自分達の有利を信じて疑う様子のない角鬼たちは、どの個体も獲物を追い詰めた捕食者のような雰囲気を漂わせていた。
コーネリアは唇を噛んで少しの間俯いていたが、気持ちを切り替えたのか顔を上げると、メンバーたちを見回した。その眼差しには迷いを断ち切った者特有の、力強い輝きが宿っている。
「そうね。生きて帰るわよ……ゴホッ……みんな。こうなった以上はダンジョンからの撤退も視野に入れて……ゴホッゴホッ‼︎……何⁉︎ さっきから話そうとすると、どうにも咽せるんだけど……」
コーネリアはそう言うと、さらに二つ三つ、大きく咳き込んだ。
「煙のせいだな。コーネリア、あんた敏感だから咽せちまうんだよ。実際さっきからここの空気、かなり悪くなってきてる。」
シュベルツが応えて言いながら、上を指差した。角鬼の攻撃から身を守るのに必死だったコーネリアは今の今まで気付かなかったが、確かに水晶の光を遮るようにして、大空間内には煙が充満している。
煙はなぜ今まで気付かなかったのかと思ってしまうほどの量だった。煙幕弾の煙幕など比較にならない。煙の色も煙幕弾のような白ではなく、灰色に近い黒煙だ。
シュベルツは元々鼻と口を顔に巻いた布で覆っている。おそらくその分空気の悪さに耐えられるのだろう。そしてヨーカーも仮面を被っているからか平気そうだが、確かに顔を覆っていないアンネとミントには、先ほどから何度か小さく咳き込む様子が見られた。コイフの上に鼻当て付きの兜を被っただけのボードゥアンは、鼻も口も露出しているのに、どう言うわけか平気そうだ。
「ほら、あそこから煙が流れ込んでるんだ。黒煙だし、何かがダンジョンの奥で燃えてんのかな?あんまり酷くなるようだと、そのうち呼吸ができなくなるかも知れねえ。」
シュベルツが指差す方向を変えると、その先には今なおモクモクと煙を吐き続けている通路の入り口があった。位置からすると、ダンジョンの奥へと向かう通路の入り口のようだ。その入り口に近付くほど、漂う煙の色は濃くなっている。
そして、いつの間にか発生していた異常に気付いたコーネリアに合わせるかのように、大空間内にはある変化が起こりつつあった。
充満する煙のせいだろうか、この大空間のいたる所で角鬼たちがざわつき始めている。攻撃の手を止めて、キョロキョロとあちこち見回したり、まるで人間のようにくしゃみや咳をする個体が現れ始め、それらにつられたかのようにそのまわりの角鬼たちが、落ち着きなくうろうろとあたりを動き回っている。
まるで流行り病が伝染するかのようにして、角鬼たちの間に動揺が拡がっていた。
コーネリアは気付く。いつの間にか自分達を取り囲んでいる角鬼たちの数が減っている。
見れば角鬼は、1体、また1体と囲みを離れて、煙を吐き出す通路の入り口へと向かっていた。残った角鬼たちからは襲いかかってくる気配が感じられない。
大きな体躯が目立つ“戦士”もその場に突っ立って、その顔(正確には大型動物の頭蓋骨を被った頭部)をあの通路の入り口に向けている。
角鬼たちの注目を集める煙の発生源を、いつの間にか角鬼たちに倣うようにして、コーネリアも見つめていた。
彼女が見つめる先の、ダンジョンの奥へと向かう通路の入り口の前には次々と角鬼たちが集まって、集団になりながら囲みを作り始めている。
(ああ、そうか……ダンジョンの奥には間違いなく角鬼たちの巣があるはず。自分達の棲家に異常が発生したかも知れないとなれば、それは気になるし、動揺するに決まってるわね……)
集まった角鬼たちは吐き出される煙を嫌うのか、そこからある程度の距離を取り、入り口を中心にして半円を描くように壁を作って何やら騒いでいる。
持っている武器で入り口の方を指しながら、鳴き声とも言葉ともつかない声でわめいているその様子は、まるで異常を目の前にして、どうしたら良いのかを相談しているかのようだった。
大空間内のあちこちから聞こえていた戦闘音の響きは、いつの間にか小さくなっている。角鬼たちも冒険者たちも、ほぼ全てが現在発生している異常事態に気付いたのだろう。
代わりに入り口前の角鬼たちのわめき声が、コーネリアたちが居る場所まで届いている。
そうやって、いつまでガヤガヤと騒ぎ続けるのだろうかと思われた角鬼たちだったが、しばらくすると話がまとまったのか、それとも覚悟が決まったのか、集団の中から5体ほどが進み出ると、いまだ煙を吐き出す通路の中へと果敢にも飛び込んで行った。
入り口のまわりに集まった角鬼たちは騒ぐのを止めて急に静かになったかと思うと、聞き耳を立てて煙で見えない通路の奥の様子を探っているようだ。
ダンジョンの奥で、一体何が起きているのか?
異常の原因次第では「ダンジョンからの撤退」という決断を即座にしなければいけないコーネリアも、角鬼たちと同じく、固唾を飲んで様子を見守っている。
(それにしても、こんな事になってしまってはもう、順位どころではないわね。無事に戻れたとしても、大会の結果は一体どうなるのかしら?)
コーネリアがそんな事を考えていたその時だった。
いきなり彼女の耳に、通路の奥から響いてくると思われる、悲鳴のような声が飛び込んで来た。
思考に沈みかけていた彼女の意識が、目の前の現実へと引き戻される。
悲鳴は続け様に何回か聞こえて来た。
まるで何かに襲われたような、断末魔とも言えるような悲鳴だった。
悲鳴は通路に飛び込んで行った角鬼たちのもので間違い無いだろう。
入り口の前の角鬼たちがまた騒ぎ始める。そして今度はすぐに、数体が続けて通路の中に飛び込んで行った。
結果は同じだった。しばらくすると、やはり角鬼の悲鳴が聞こえて来る。今度は先ほどよりも声が大きい。そしてやはり、通路に飛び込んで行った角鬼たちは、1体として戻って来なかった。
間違いない。煙が充満して何も見えない通路の奥に、“何か”が居る。
そしてその“何か”は、おそらくだが角鬼と敵対する存在である可能性が高い。
もしかすると、角鬼よりもさらに凶悪な脅威生物が潜んでいたのだろうか?
コーネリアはより注意深く、煙を吐き出す通路の入り口を凝視している。吐き出される煙の動きには、目で見てわかるような変化は起きていなかった。
角鬼たちはもはや分かりやすく動揺していた。今度は10体以上が、列になって通路へと入って行く。
するといくらもしないうちに、また悲鳴が聞こえて来る。悲鳴が聞こえるたび、その音はだんだんと大きくなっているのが分かる。
そう、音の大きさの変化から推測すると、その“何か”は間違いなく、通路を通ってこの大空間へと近付いて来ている。
一際大きな悲鳴が聞こえた。かと思うと、通路の入り口から何かが飛び出した。
投げ出されたボロ雑巾のように床に転がったそれは、何とか立ちあがろうとしてガクガクと体を震わせた後、その場に崩れ落ちる。
その何かはコーネリアの予想通り角鬼だった。仮面に覆われていない後頭部から大量の血を流している。傷口は派手に肉を削ぎ飛ばされており、それは例えるなら、まるで毒々しい赤い色をした花が、そこに咲いているかのようだった。
コーネリアは目を見開いて入り口の煙の動きを凝視する。
しばらくすると、入り口から吐き出される煙が大きく揺れ、そこから一つの大きな影が、ゆっくりと姿を現した。
その影はどうやら人間のようだった。
離れた場所に居るコーネリアにも分かるほどの、そうそう街中でも見かけないような大男だ。(おそらく男で間違いないだろう)
影のように見えたのは、その大男の全身が、煙の煤によるものなのか、黒一色に煤けているからだった。
大男はその右手にウォーハンマーを握り、その左手は角鬼の頭部を掴んでいる。
掴まれている角鬼の首から下は力無く垂れ下がり、踵を地面に引き摺られていた。あれはどう見ても、死んでいる。ピクリとも動かない。
入り口に集まっている角鬼たちは、突然現れた謎の大男を前にして、どの個体も呆然と突っ立って固まっている。
不意に大男は左手に掴んだ角鬼を、目の前へ無造作に放り投げた。角鬼たちの前に投げ出されたその死骸の頭部は、握り潰された果実のように無惨に崩壊している。
投げ出された死骸から、大男へと、見ている者たちの視線が移動する。
大男はその全身を、完全装備と言っていい堅固さで武装していた。
無骨な意匠のブリガンダイン、金属製のポールドロン、膝までを覆うチェインメイル、その隙間から覗く鎧下の戦闘服は生地の分厚さが見て取れる。さらには両手両足に、ゴツい革手袋に重厚な革のブーツを履いている。
腰のベルトには小型の魔煌ランタンを着けており、影のような黒ずんだ全身の中、そこだけがポツンと青白く発光していた。
不気味な大男だった。その不気味さの正体、理由の多くを占めるのは、何と言ってもその頭に被っているバシネットだろう。
鈍く黒光りするバシネットの前面を覆う面当ては、まるでのっぺりとした仮面のような、何とも不気味な意匠で作られていた。
「冒険者、なのか?装備は冒険者と言うよりはまるで傭兵のようだが……たった一人だけ?まさか、一人だけでダンジョンに潜っているのか?そんな馬鹿な……」
コーネリアの横からボードゥアンの声が聞こえて来る。
不気味な大男だった。不気味な、仮面のような面当てに覆われて、その表情を見る事は叶わない。
あの黒い影は、あの重装備の下に居るのは、果たして本当に人間なのだろうか?
そう思った時、コーネリアの頭の中で、何か歯車が噛み合うかのような音が鳴った気がした。
「嘘でしょ……まさか……。本当に、本当に存在していたの?面白半分に流された、ただの噂じゃなかったと言うの?……」
大男はゆっくりと首を動かし、どうやら大空間内の様子を確認しているようだ。
それを見たコーネリアの背筋に冷たいものが疾り、嫌な汗が頬を伝って落ちる。
「あれが……まさか、あれがそうなの?あれが……」
チームのメンバーたちが息を呑む声が聞こえて来る。
コーネリアが呟く声は、自然と大きくなっていく。
「あれが噂の、“ドラセルオードの怪人”⁉︎」
不気味な仮面が、不意にコーネリアの方を向いた。




