決戦開幕
ドラセルオードの街を上空から眺めると、今夜の街に灯る明かりの数は、普段に比べれば格段に少ない。
夜の闇に包まれた建物がひしめき合って並ぶ中、ところどころにポツリ、ポツリと小さな光が灯っているのみだ。
しかし町の中央だけは、周囲の暗さとは反対に、煌々(こうこう)と輝いている。
言うなればそれは、いつもは街全体に散らばっている明かりが、まるで今夜は中央に集まって、凝縮されて固まっているかのようにも見える。
そしてその様子は、あたかもドラセルオードの街に潜在するエネルギーが、中心の一ヶ所に集中している事を暗に表現しているようでもあった。
「快進撃!快進撃です‼︎ これでこそランキング上位チーム‼︎ これこそが数多のダンジョンを攻略して来た歴戦の冒険者たち‼︎ 本来ダンジョン攻略では禁止行為である爆薬の使用ですが、あえてそれに踏み切る事で、そこから一気に戦闘の潮目が変わりました‼︎」
中央広場に実況役の声が響く。
彼女の声は心なしか弾んでいるように感じられる。数チームの全滅によってやや意気消沈していた彼女は、角鬼の“大攻勢”の勢いを受け止め、さらには見事跳ね返した冒険者たちの奮闘に、かなり大きく勇気づけられたようだった。
勇気づけられたのは彼女だけではないようで、中央広場の放映会場に詰めかけた観客たちは、クリスタルモニターに映る映像の中で、冒険者たちが激しい爆発の連続に続けて怒涛の攻勢を開始すると、今までを更に上回る盛り上がりを見せた。
大会の進行中も観客の数はジワジワと増え続け、いつの間にか中央広場の人だかりは、大会が開始された段階から比べると倍近くまで膨れ上がっている。
設置された席は一つとして空きが存在しない。通路にも人が溢れかえり、空いているスペースなど、ほとんど見当たらなかった。
観客の熱狂は、もはや凄まじいを通り越して、ほぼ狂気的と言えるほどのものになっている。
賭け札を握りしめたままクリスタルモニターの大画面に向かって絶叫する若い男。
画面に“美戦士”リリアーネの姿が映るたびに、手を取り合ってきゃあきゃあと歓声を上げる乙女たち。
興奮のあまり、自分が失禁している事にも気付かないままに大声を張り上げ続ける年老いた男性。
観客たちは皆が皆、画面の中の冒険者たちに完全に感情移入しており、彼らによる角鬼に対しての完全勝利を望むという一点において、この放映会場の空気は一色に染まっていた。
しかし、それだけの理由では、観客たちの熱狂を説明するには不充分なようにも感じられる。
「戦う冒険者」という対象へ無意識のうちに自己を投影しているという事。
この戦いが、人間と角鬼という種族の優劣を決めるものになると、彼らが無意識のうちにそう思っているであろう事。
それ以外にも、例えばこの場に居る者のほとんどが、払い戻される配当金を目当てに少なくない金額を賭けているという、現実的な利害も理由の一つとしては有るだろう。
だが、それらは理由の一つとして挙げる事はできても、今現在の観客たちの様子から見て取れる、異常な熱狂を説明できる本質的な部分では無いように思えた。
それが何かは判別できないが、観客たちの異常な興奮と熱狂の、深い深い底の部分に、彼らを駆り立てる何かが確かに存在している。
それは一体、何なのだろうか?
「どのチーム、どの冒険者も、まさに上位ランカーの肩書きに恥じない戦いぶりを見せてくれています‼︎ 度重なる波乱が巻き起こる今大会ですが、果たしてこのまま冒険者と角鬼軍団との戦いは、ついに決着となるのでしょうか⁉︎ 」
クリスタルモニターの大画面には大空間内に設置されたもの、冒険者が身に着けているサークレットに内蔵されているもの、それら両方の「隠者の眼」から送られてくる映像が変わらず映し出されている。
同じく「隠者の耳」が拾った音も、「公示人の口」から鳴り響いている。
いくつもの視点とリンクしているそれぞれが拾った音。
観客の熱狂が形を持ったかのような歓声。実況役の声。
それらが重なり合い、ごちゃごちゃと混ざり合って、冒険者たち同士の会話や情報のやり取りを聞き取るのは困難な状況になっていた。
そんな状況の中だった。
不意に「公示人の口」から、野太い、やや耳障りにも感じられるような何かの音が、大音量で放映会場に鳴り響く。
「隠者の耳」が拾った、大空間内の空気をビリビリと振動させているであろうその音は「公示人の口」を通す事によってより雑音の混じった、ざらついた乱暴な響きとなって、状況に何かしらの変化が起こった事を観客たちに告げて来た。
「おっと⁉︎ 何でしょうか、この音は?……角笛、の音?」
実況役が怪訝な声を上げる。
おそらくは冒険者の視点であろう、画面に映し出される映像の一つには、大空間内を流れる水路の入り口と出口にあたる大きな穴、トンネルの奥から新たに出現した角鬼たち(ゴブリン)の姿が映っている。
先ほどの音の正体がその角鬼たちが鳴らした角笛のものであろう事は、映像を見ている誰もがすぐに理解できた。
新手の角鬼たちは、今まで出現していたものとは違い、どう言うわけかどの個体も元は人間の、おそらくは冒険者が身に着けていたであろう兜や、その鎧に手を加えて作ったであろう装備に身を包んでいる。
手に持っている武器も原始的なものではなく、元々は人間が使っていたであろう金属製の刃や打撃部位を備えた武器がほとんどだった。
さらに集団の中には、やはりと言うべきか、“戦士”も3体混じっている。
そんなまるで人間の兵隊ごっことでも言いたくなるような格好をした角鬼たちの登場を受けて、放映会場の歓声は一層大きく唸りを上げた。
「なんと!なんとなんと‼︎ 膠着する戦況を打破し、一斉に攻勢へと転じた冒険者たちでしたが、このままの勢いで角鬼の軍勢を殲滅するかと思われたその矢先、またしても角鬼側の新たな増援が姿を現しました‼︎」
「……あれはおそらくですが、“氏族”の中でも年長の個体を集めて作られた精鋭部隊ではないかと思われます。装備にも特徴が表れていますが、どの個体も、今までの角鬼とは体つきが少し違っているように見えますね」
激しい戦闘に解説をする余裕もなかったのか、しばらく押し黙っていた解説役のビクターだったが、ここに来てようやく口を開いた。
「冒険者たちが爆薬を使ったように、角鬼側も切り札を使うという事でしょうか?見るからに手強そうな相手ですが……」
実況役の声には再び不安の色が混じり始める。
「逆に言えば、精鋭部隊を投入するという事は角鬼側の戦力にも、もうほとんど余裕が無いのではないかとも思います。幸い、冒険者側には未だ一人の戦線離脱も出ていません。ここを凌げば“大攻勢”を終わらせる事ができると、私はそう思います」
実況役とは対照的に、何らかの確信が込められた力強い声で、ビクターは言い切った。
希望的観測も混じった意見であることは否めないが、それを聞いた観客の歓声はさらに勢いを増す。
「なるほど‼︎ さあ!ここが大一番‼︎ ここが大詰め‼︎ 上位ランク冒険者チームの、いえ‼︎ 私たちの英雄の真価が!今!まさに問われようとしています‼︎ 年に一度の祭典に相応しい、いえ!二度とは観られないような戦いに、我々は立ち会っているのかも知れません‼︎‼︎」
放映会場全体を包み込む熱気と興奮の渦。
熱狂した観客が見守るクリスタルモニターの映像の中で、おそらく決戦となるであろう戦いの幕が、ついに切って落とされた。