「死への誘い」
あたりは真っ黒な闇に覆われていた。
目を閉じているからだろう。黒い闇の世界が広がるばかりで、見えるものは何も無い。何の音も聞こえて来ない。
ヒャクリキの、微かな意識だけが、そこに在った。
体が動かない。
と言うよりも、体の感覚が全く無い。
大きなトカゲのような脅威生物の口から噴き出された、あの黒い液体を浴びた事だけは覚えているが、それ以外の記憶や、ヒャクリキの意識そのものが、もう、朧げで、どうにもおぼつかなくなっていた。
微かな意識だけが、その揺らぎを止める事なく、微弱な思考を織り続けている。
残念だ。
ヒャクリキはそう思う。
最後にあのトカゲにお見舞いした、ウォーピックが突き立つ感触が、まだ微かに残っている。
その感触は、すでに感覚が無くなった手に残っているのか、それともヒャクリキの脳に刻み込まれているのだろうか。
それは今のヒャクリキには判別できない事だった。
残念なのは、あのトカゲを仕留められたのかどうか、それをこの目できちんと確かめられなかった事だ。
もちろんヒャクリキの中に残った感触から、彼の攻撃が敵の命に届いた事を確信してはいるのだが。
体が動かない。そして自身の意識の存在が、どんどん弱くなっていくのをヒャクリキは感じている。
(俺はこのまま、死ぬのだろう)
ヒャクリキは確信している。これまで死に臨んだ経験など無いが、それでも自分の命が尽きようとしているのを、ヒャクリキは強く感じていた。
死への誘いのただ中に、彼は置かれている。
あのトカゲは最期を飾るに相応しい強敵だった。
ヒャクリキが戦士として与えられた能力、勇気、そして倒すに値する強敵。
そう、全てが噛み合った、最期を飾るに相応しい戦いだったと、微かな意識の中でヒャクリキは振り返る。
力を振り絞り、出し尽くした満足感と、最期まで戦い抜くことができたという、ささやかな安堵感が、ヒャクリキの意識を満たしていた。
(思っていたよりも早かったが、これで、間違い無く“マハイ・ベージ”に迎えられる……我ながら、よく戦った。肉体に縛られる苦しみに満ちた生とも、これでおさらばだ)
ザラスは冥界の深淵の混沌からヒャクリキの魂を掬い上げ、マハイ・ベージへと連れて行き、偉大な戦士たちの列に、彼を加えるだろう。
不滅の肉体を手に入れて、「闘神の兵団」の一員として全宇宙の最期の時である「神々の戦争」を戦う。
そして彼の魂の栄光は、永久に宇宙の歴史に刻まれるのだ。
ヒャクリキにとって、この世界で想像しうる最高の名誉が待っている。
あとはマハイ・ベージで技と魂を磨き続け、いつか来る「神々の戦争」に備えるだけだ。
段々とぼやけていく微かな意識の中、ヒャクリキは彼がこれまで信じ、縋り続けて来たその期待に、胸を躍らせるのだった。




