表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/117

トップチームの実力


 角鬼ゴブリンの“戦士ウォリアー”が、手にした大きな棍棒を振るう。振るわれた棍棒の先端の速度は途轍とてつもない速さだが、ヨーカーはそれをなんでもないかのように、ゆらりとした動きで難なくかわす。


 目標をとらえられなかった棍棒の重量に引っ張られて、“戦士ウォリアー”の体勢がわずかに崩れた。隙ができたその脇腹を、ヨーカーが握る“カタナ”の、冷たく光るやいばが撫でる。


 すると“カタナ”のやいばが通った線に沿って、“戦士ウォリアー”の脇腹から赤い血が噴き出した。


「ガアァァぁぁァァaah‼︎‼︎」


 たまらず“戦士ウォリアー”が悲鳴のような鳴き声をあげる。


 それを聞いたヨーカーの背筋に、ゾクゾクと、鳥の羽根で撫でられるような快感がはしった。ヨーカーはかすかに、ぶるりと体を震わせる。


 並の冒険者なら角鬼ゴブリンの“戦士ウォリアー”の巨体を前にすれば、その迫力に否応なく体が萎縮してしまうはずだが、ヨーカーの中にはそんな恐怖心は微塵みじんも湧いてこない。

 いくら“戦士ウォリアー”が武器を振るう速度が尋常ではなく、その迫力が凄まじいとは言え、結局のところ当たらなければどうという事は無いのだ。


 むしろヨーカーにしてみれば、“戦士ウォリアー”のその大雑把な動作は、振られる武器の軌道がどこを通るのかを、これ以上ないほど分かりやすく教えてくれる。

 武器がどこを通って行くのかが分かっているのだから、あとはその通り道から自分の体を避けてやれば済む話だった。

 これならむしろ、人間の技術的に熟達した戦士の方が、ヨーカーにとってははるかに手強てごわい相手と言えた。


「すげえだろ、この“カタナ”の切れ味。力なんか振るために込めれば充分なんだぜ。あとは刃筋を立てて、“こいつ”の重さに任せて当てさえすりゃあ、スパッと斬れちまうんだ」


 ヨーカーは言葉が通じない相手に、彼が握る武器の自慢をし始める。

 ヨーカーの“カタナ”と角鬼ゴブリンの棍棒。確かに武器の性能の差は歴然だが、“カタナ”が持つ性能を充分過ぎるほどに引き出しているヨーカーの技術もまた、並大抵のものでない事は明白だった。


「ギョウぅゥゥアアァァぁぁぁahァァ‼︎‼︎」


 “戦士ウォリアー”は何とかして劣勢をくつがえそうと、デタラメに棍棒を振り回し始める。その必死さは、自分よりも体が小さいというのに、その小ささに不釣り合いな危険を振り撒く敵を前にして、“戦士ウォリアー”の中に湧いた恐怖の表れなのかも知れない。


 しかし“戦士ウォリアー”が繰り出す必死の猛攻も虚しく、ヨーカーはひらりひらりとその攻撃をかわし続ける。

 そして何撃目かで、またしても“戦士ウォリアー”の体勢が大きく崩れたのを見るや、爆発的な瞬発力で“戦士ウォリアー”に接近し、コンパクトな動作で“カタナ”を振り抜いた。


 一瞬の間が空いたあと、“戦士ウォリアー”の大きな仮面のすぐ下から、まるで噴水のように勢いよく赤い血が噴き出し始める。


 噴き出す血を何とか止めようとしたのか、“戦士ウォリアー”は武器を放り出し、両手で首のあたりを押さえるのだが、鋭利なやいばで切り開かれた傷口からあふれ出る血液は、お構いなしに“戦士ウォリアー”の手の指の隙間からとめどなく流れ落ちていく。しばらくして2、3歩ヨタヨタとふらつくと、“戦士ウォリアー”はどう、と音を立てて地面に倒れ込み、そのまま動かなくなった。


「“極楽蝶ごくらくちょう”のように舞い、“煉獄蜂れんごくばち”のように刺す、ってな‼︎ なかなか斬りごたえがあったぜ、褒めてつかわす!」


 ぶん、と一振りして血糊ちのりを飛ばした“カタナ”を肩に担ぐと、倒れ伏した“戦士ウォリアー”の巨体を見下ろしながら、上機嫌でヨーカーは言う。その弾む声には、彼の高揚がありありと表れていた。


「さてさて、仲間のみんなはどんな様子かな?苦戦してるなら助けてあげなくちゃなんだが……」


「隙あり」とばかりに襲いかかってきた角鬼ゴブリン数体を、まるでほこりでも払うかのように斬り捨てながら、ヨーカーはあたりを見回す。

 見れば、彼からさほど離れていない場所で、シュベルツが“戦士ウォリアー”と戦っている。


 “豪槍”の二つ名で呼ばれるシュベルツは、その二つ名通りの激しい槍捌きで“戦士ウォリアー”と正面切って、互角に張り合っていた。


 いや、互角以上だった。“戦士ウォリアー”の大きな武器の一撃は、鋭い槍の動きにいなされ、弾かれ、シュベルツにはかすりもしない。

 むしろお互いの武器が交錯する度に積み重なっていく、体幹の安定感の差から生じる“戦士ウォリアー”の隙を、シュベルツの槍の穂先が的確に突いていく。

 

 シュベルツは“戦士ウォリアー”の急所をいきなり狙うような事はせず、着実に機動力から奪っていく作戦を選択したらしく、執拗しつように“戦士ウォリアー”の脚を狙って槍を繰り出している。

 何度も脚を攻撃された“戦士ウォリアー”は、ついにはたまらず地面に片膝をついて、その移動を封じられた。

 “戦士ウォリアー”は膝をつきながらも、腕の力だけで武器を振り回して何とかシュベルツを攻撃しようとする。


 しかしシュベルツはその攻撃をかいくぐり“戦士ウォリアー”の死角へと飛び込むと、落ち着いて“戦士ウォリアー”の頭部と首がつながっている箇所を槍の穂先で貫いた。

 脊髄を切断された“戦士ウォリアー”はびくりと大きく痙攣けいれんしたあと、重力への抵抗を失い、そのまま地面に崩れ落ちるのだった。


「……俺様ほどじゃ無いけどやるじゃねえか、助ける必要まったく無えな」


 シュベルツの戦いぶりを見たヨーカーが素直に感心した様子で呟く。

 ヨーカーもそうだが、驚く事にシュベルツもまた、1対1の戦いで見事に“戦士ウォリアー”を撃破して見せた。

 守備面と状況への対応力を重視した《エンシェント・ディバウアーズ》の編成ではあるが、この二人を主軸としたチームの攻撃能力も、数多あまたある冒険者チームの中でトップクラスと言って差し支えないものだった。


「さて、それじゃあ本隊のみんなに加勢しますかね……」


 ヨーカーがそう呟いた瞬間、いきなり本隊の近くに煙幕が立ち昇った。




 煙幕弾が破裂して拡がった煙によってさえぎられた方向へ目がけて、コーネリアは“魔素マナ霰弾さんだん”を放つ。“魔素マナの矢”よりもやや小さく収斂しゅうれんされた魔素マナ飛礫つぶての雨あられが、急に視界をふさがれて立ち尽くした数体の角鬼ゴブリンを貫いた。


 コーネリアは“魔素マナ霰弾さんだん”を再び発動するため、休む間も無く精神を集中させ始める。

 それを妨害しようと彼女に襲い掛かろうとする角鬼ゴブリンは、彼女をカバーするエルスチンが左手に構えた大盾に攻撃を防がれ、代わりに右手のロングソードの斬撃をお見舞いされるのだった。


 そのそばで背中合わせになって死角をカバーし合う二人、射手のミントは射程の長いやや大型寄りのクロスボウで、救護役のアンネは小型のクロスボウで、それぞれ角鬼ゴブリンを撃ち続ける。


 クラウスは煙幕弾を使ったあとはメンバーたちから少し離れて、ショートソードとマンゴーシュの二刀を器用に振るい、仲間から離れて孤立した角鬼ゴブリンを1体ずつ確実に仕留めて回っていた。


 そうしてメンバーたちが戦っていると、次々と襲いかかって来る角鬼ゴブリンたちを押し退けて、数倍も大きな体躯たいくの“戦士ウォリアー”が、メンバーが固まっている場所へ向かって突撃して来る。

 射手のミントを狙った、なたのような大きな武器の一振りは、ミントの体をとらえる直前で“戦士ウォリアー”の目の前に立ちはだかったボードゥアンが構えるカイトシールドに、正面から受け止められた。


 盾にほどこされた聖人の加護のおかげだろうか、“戦士ウォリアー”の、一般的な成人男性のおよそ3倍はゆうに有ろうかという体重を乗せた強烈な一撃を持ってしても、ボードゥアンの体勢はびくともせずに崩れない。

 それどころか続けて打ち込まれる“戦士ウォリアー”の攻撃を、軽くいなすかのようにしてボードゥアンは防ぎ続ける。


 攻撃の効果がまったく無い事に焦ったのか苛立いらだったのか、“戦士ウォリアー”は今までの攻撃よりもさらに大きく武器を振りかぶると、渾身の力で振り下ろそうと“溜め”の動作に入った。


 しかしその雑な動作を見逃さなかったボードゥアンは、少し腰を落として後ろに引いた足に瞬間、力を込めると、“戦士ウォリアー”の攻撃が激突するよりも一瞬早く、全体重を乗せて体ごとカイトシールドを押し出す。


 “戦士ウォリアー”が振り下ろした武器の、インパクトのタイミングよりもほんのわずかに早くカイトシールドが攻撃を受け止めたかと思うと、まるで何かが爆発したかのような衝撃が大きな武器を伝い、“戦士ウォリアー”の巨体を後ろに弾き飛ばしたのだった。


 盾で防御しながら体当たりの要領で攻撃してきた敵を押し飛ばす。

 これこそがボードゥアンが得意とする、「カウンターシールドバッシュ」と呼ばれる盾を使った防御術だった。


 自身の巨体からすればあまりにも小さなカイトシールドに弾き飛ばされ、後ろに転んで尻もちをついた“戦士ウォリアー”は、一瞬何が起きたのか理解できずに混乱しているようだった。

 転んでいる事に気付いた“戦士ウォリアー”は立ち上がろうとしたのだろう、武器を持っている側の手を地面について体重を乗せるが、その途端とたんに“戦士ウォリアー”の上体は何故かそのままぐらりと地面に倒れて突っ伏した。


 見れば武器を握っている手と肘の間が折れて、ぐにゃりと曲がっている。


 先ほどの武器と盾の激しい衝突の衝撃で、“戦士ウォリアー”の腕の骨は折れてしまっていたらしい。


「ぎゅオアアァァぁぁぁァァアッ‼︎‼︎……」


 “戦士ウォリアー”は横倒しの体勢のまま、急に襲って来た腕の痛みに悲鳴を上げるが、その悲鳴はボードゥアンが振り下ろすメイスの追撃が“戦士ウォリアー”の頭部を仮面ごと粉砕した事によって、ピタリと止んだ。



 角鬼ゴブリン側の戦力の中で、攻撃の主軸を担っていたであろう“戦士ウォリアー”3体は、こうして“凶刃”、“豪槍”、“守護神”によって、3体ともがあっけなく倒されてしまったのだった。


 そうなるともはや角鬼ゴブリンたちにできる事など何も無く、残された小さな“兵士ソルジャー”たちは我先にと撤退を始める。

 角鬼ゴブリンたちはコーネリアが放った“魔素マナ霰弾さんだん”を背中に浴びながら、ほうほうのていで逃げて行く。

 大物を仕留めたことで一旦は満足したのか、それらをヨーカーが深追いするような事も無く、角鬼ゴブリンの集団との戦闘は、《エンシェント・ディバウアーズ》の完勝という形で幕を下ろしたのであった。



「ふん、“戦士ウォリアー”だか何だか知らないけど、私たちにかかればこんなものよ。相手が悪かったわね」


 自信に満ち満ちた表情で、コーネリアが言う。その声からは、やや興奮しているような調子がうかがえる。


「いやー、やっぱアレぐらいじゃないと斬りごたえがねえよな。俺様としちゃ、早く“おかわり”が欲しいところだぜ」


「みんな怪我はしてない?装備と物資を確認したら、すぐに出発するわよ。あの“戦士ウォリアー”が相手じゃ、《フーリガンズ・ストライク》もそんなにサクサクとは進めないはず。今回は絶対に追いついてみせるわ」


 ヨーカーの言葉を完全に無視してコーネリアが指示を出す。どうやら彼女の中で、今大会は勝てるという確信のようなものが芽生えたようだった。


「コーネリア、運営が何かアナウンスしてるわ。重要事項みたいだけど……」


 その時、射手のミントが彼女の腰に提げた「公示人の口」を指差しながら、コーネリアに報告して来た。

 それを受けて、コーネリアだけでなく、メンバー全員が「公示人の口」から流れてくる言葉に耳を傾ける。


『大会運営から冒険者の皆様に緊急の連絡があります。ただ今攻略中のダンジョン内において、“大攻勢ヴァイオレイター”が発生する恐れがあります。各チームは他チームとの合流を目指して、ただちに運営の担当者からの指示に従ってルートを進んで下さい。……繰り返します。大会運営から冒険者の皆様に緊急の……』


 その言葉を聞いたメンバーたちは、お互いの顔を見合わせる。


「“大攻勢ヴァイオレイター”ですって⁉︎……そんなの、ダンジョン内で起こる事があるの?……」


 コーネリアが、緊張感に満ちた、真剣な表情で呟いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ