トップチームの実力
角鬼の“戦士”が、手にした大きな棍棒を振るう。振るわれた棍棒の先端の速度は途轍もない速さだが、ヨーカーはそれをなんでもないかのように、ゆらりとした動きで難なく躱す。
目標をとらえられなかった棍棒の重量に引っ張られて、“戦士”の体勢が僅かに崩れた。隙ができたその脇腹を、ヨーカーが握る“刀”の、冷たく光る刃が撫でる。
すると“刀”の刃が通った線に沿って、“戦士”の脇腹から赤い血が噴き出した。
「ガアァァぁぁァァaah‼︎‼︎」
堪らず“戦士”が悲鳴のような鳴き声をあげる。
それを聞いたヨーカーの背筋に、ゾクゾクと、鳥の羽根で撫でられるような快感が疾った。ヨーカーは微かに、ぶるりと体を震わせる。
並の冒険者なら角鬼の“戦士”の巨体を前にすれば、その迫力に否応なく体が萎縮してしまうはずだが、ヨーカーの中にはそんな恐怖心は微塵も湧いてこない。
いくら“戦士”が武器を振るう速度が尋常ではなく、その迫力が凄まじいとは言え、結局のところ当たらなければどうという事は無いのだ。
むしろヨーカーにしてみれば、“戦士”のその大雑把な動作は、振られる武器の軌道がどこを通るのかを、これ以上ないほど分かりやすく教えてくれる。
武器がどこを通って行くのかが分かっているのだから、あとはその通り道から自分の体を避けてやれば済む話だった。
これならむしろ、人間の技術的に熟達した戦士の方が、ヨーカーにとっては遥かに手強い相手と言えた。
「すげえだろ、この“刀”の切れ味。力なんか振るために込めれば充分なんだぜ。あとは刃筋を立てて、“刀”の重さに任せて当てさえすりゃあ、スパッと斬れちまうんだ」
ヨーカーは言葉が通じない相手に、彼が握る武器の自慢をし始める。
ヨーカーの“刀”と角鬼の棍棒。確かに武器の性能の差は歴然だが、“刀”が持つ性能を充分過ぎるほどに引き出しているヨーカーの技術もまた、並大抵のものでない事は明白だった。
「ギョウぅゥゥアアァァぁぁぁahァァ‼︎‼︎」
“戦士”は何とかして劣勢を覆そうと、デタラメに棍棒を振り回し始める。その必死さは、自分よりも体が小さいというのに、その小ささに不釣り合いな危険を振り撒く敵を前にして、“戦士”の中に湧いた恐怖の表れなのかも知れない。
しかし“戦士”が繰り出す必死の猛攻も虚しく、ヨーカーはひらりひらりとその攻撃を躱し続ける。
そして何撃目かで、またしても“戦士”の体勢が大きく崩れたのを見るや、爆発的な瞬発力で“戦士”に接近し、コンパクトな動作で“刀”を振り抜いた。
一瞬の間が空いたあと、“戦士”の大きな仮面のすぐ下から、まるで噴水のように勢いよく赤い血が噴き出し始める。
噴き出す血を何とか止めようとしたのか、“戦士”は武器を放り出し、両手で首のあたりを押さえるのだが、鋭利な刃で切り開かれた傷口から溢れ出る血液は、お構いなしに“戦士”の手の指の隙間からとめどなく流れ落ちていく。しばらくして2、3歩ヨタヨタとふらつくと、“戦士”はどう、と音を立てて地面に倒れ込み、そのまま動かなくなった。
「“極楽蝶”のように舞い、“煉獄蜂”のように刺す、ってな‼︎ なかなか斬りごたえがあったぜ、褒めてつかわす!」
ぶん、と一振りして血糊を飛ばした“刀”を肩に担ぐと、倒れ伏した“戦士”の巨体を見下ろしながら、上機嫌でヨーカーは言う。その弾む声には、彼の高揚がありありと表れていた。
「さてさて、仲間のみんなはどんな様子かな?苦戦してるなら助けてあげなくちゃなんだが……」
「隙あり」とばかりに襲いかかってきた角鬼数体を、まるで埃でも払うかのように斬り捨てながら、ヨーカーはあたりを見回す。
見れば、彼からさほど離れていない場所で、シュベルツが“戦士”と戦っている。
“豪槍”の二つ名で呼ばれるシュベルツは、その二つ名通りの激しい槍捌きで“戦士”と正面切って、互角に張り合っていた。
いや、互角以上だった。“戦士”の大きな武器の一撃は、鋭い槍の動きにいなされ、弾かれ、シュベルツにはかすりもしない。
むしろお互いの武器が交錯する度に積み重なっていく、体幹の安定感の差から生じる“戦士”の隙を、シュベルツの槍の穂先が的確に突いていく。
シュベルツは“戦士”の急所をいきなり狙うような事はせず、着実に機動力から奪っていく作戦を選択したらしく、執拗に“戦士”の脚を狙って槍を繰り出している。
何度も脚を攻撃された“戦士”は、ついには堪らず地面に片膝をついて、その移動を封じられた。
“戦士”は膝をつきながらも、腕の力だけで武器を振り回して何とかシュベルツを攻撃しようとする。
しかしシュベルツはその攻撃をかい潜り“戦士”の死角へと飛び込むと、落ち着いて“戦士”の頭部と首がつながっている箇所を槍の穂先で貫いた。
脊髄を切断された“戦士”はびくりと大きく痙攣したあと、重力への抵抗を失い、そのまま地面に崩れ落ちるのだった。
「……俺様ほどじゃ無いけどやるじゃねえか、助ける必要まったく無えな」
シュベルツの戦いぶりを見たヨーカーが素直に感心した様子で呟く。
ヨーカーもそうだが、驚く事にシュベルツもまた、1対1の戦いで見事に“戦士”を撃破して見せた。
守備面と状況への対応力を重視した《エンシェント・ディバウアーズ》の編成ではあるが、この二人を主軸としたチームの攻撃能力も、数多ある冒険者チームの中でトップクラスと言って差し支えないものだった。
「さて、それじゃあ本隊のみんなに加勢しますかね……」
ヨーカーがそう呟いた瞬間、いきなり本隊の近くに煙幕が立ち昇った。
煙幕弾が破裂して拡がった煙によって遮られた方向へ目がけて、コーネリアは“魔素の霰弾”を放つ。“魔素の矢”よりもやや小さく収斂された魔素の飛礫の雨あられが、急に視界を塞がれて立ち尽くした数体の角鬼を貫いた。
コーネリアは“魔素の霰弾”を再び発動するため、休む間も無く精神を集中させ始める。
それを妨害しようと彼女に襲い掛かろうとする角鬼は、彼女をカバーするエルスチンが左手に構えた大盾に攻撃を防がれ、代わりに右手のロングソードの斬撃をお見舞いされるのだった。
その側で背中合わせになって死角をカバーし合う二人、射手のミントは射程の長いやや大型寄りのクロスボウで、救護役のアンネは小型のクロスボウで、それぞれ角鬼を撃ち続ける。
クラウスは煙幕弾を使ったあとはメンバーたちから少し離れて、ショートソードとマンゴーシュの二刀を器用に振るい、仲間から離れて孤立した角鬼を1体ずつ確実に仕留めて回っていた。
そうしてメンバーたちが戦っていると、次々と襲いかかって来る角鬼たちを押し退けて、数倍も大きな体躯の“戦士”が、メンバーが固まっている場所へ向かって突撃して来る。
射手のミントを狙った、鉈のような大きな武器の一振りは、ミントの体をとらえる直前で“戦士”の目の前に立ちはだかったボードゥアンが構えるカイトシールドに、正面から受け止められた。
盾に施された聖人の加護のおかげだろうか、“戦士”の、一般的な成人男性のおよそ3倍はゆうに有ろうかという体重を乗せた強烈な一撃を持ってしても、ボードゥアンの体勢はびくともせずに崩れない。
それどころか続けて打ち込まれる“戦士”の攻撃を、軽くいなすかのようにしてボードゥアンは防ぎ続ける。
攻撃の効果がまったく無い事に焦ったのか苛立ったのか、“戦士”は今までの攻撃よりもさらに大きく武器を振りかぶると、渾身の力で振り下ろそうと“溜め”の動作に入った。
しかしその雑な動作を見逃さなかったボードゥアンは、少し腰を落として後ろに引いた足に瞬間、力を込めると、“戦士”の攻撃が激突するよりも一瞬早く、全体重を乗せて体ごとカイトシールドを押し出す。
“戦士”が振り下ろした武器の、インパクトのタイミングよりもほんの僅かに早くカイトシールドが攻撃を受け止めたかと思うと、まるで何かが爆発したかのような衝撃が大きな武器を伝い、“戦士”の巨体を後ろに弾き飛ばしたのだった。
盾で防御しながら体当たりの要領で攻撃してきた敵を押し飛ばす。
これこそがボードゥアンが得意とする、「カウンターシールドバッシュ」と呼ばれる盾を使った防御術だった。
自身の巨体からすればあまりにも小さなカイトシールドに弾き飛ばされ、後ろに転んで尻もちをついた“戦士”は、一瞬何が起きたのか理解できずに混乱しているようだった。
転んでいる事に気付いた“戦士”は立ち上がろうとしたのだろう、武器を持っている側の手を地面について体重を乗せるが、その途端に“戦士”の上体は何故かそのままぐらりと地面に倒れて突っ伏した。
見れば武器を握っている手と肘の間が折れて、ぐにゃりと曲がっている。
先ほどの武器と盾の激しい衝突の衝撃で、“戦士”の腕の骨は折れてしまっていたらしい。
「ぎゅオアアァァぁぁぁァァアッ‼︎‼︎……」
“戦士”は横倒しの体勢のまま、急に襲って来た腕の痛みに悲鳴を上げるが、その悲鳴はボードゥアンが振り下ろすメイスの追撃が“戦士”の頭部を仮面ごと粉砕した事によって、ピタリと止んだ。
角鬼側の戦力の中で、攻撃の主軸を担っていたであろう“戦士”3体は、こうして“凶刃”、“豪槍”、“守護神”によって、3体ともがあっけなく倒されてしまったのだった。
そうなるともはや角鬼たちにできる事など何も無く、残された小さな“兵士”たちは我先にと撤退を始める。
角鬼たちはコーネリアが放った“魔素の霰弾”を背中に浴びながら、ほうほうの体で逃げて行く。
大物を仕留めたことで一旦は満足したのか、それらをヨーカーが深追いするような事も無く、角鬼の集団との戦闘は、《エンシェント・ディバウアーズ》の完勝という形で幕を下ろしたのであった。
「ふん、“戦士”だか何だか知らないけど、私たちにかかればこんなものよ。相手が悪かったわね」
自信に満ち満ちた表情で、コーネリアが言う。その声からは、やや興奮しているような調子が窺える。
「いやー、やっぱアレぐらいじゃないと斬りごたえがねえよな。俺様としちゃ、早く“おかわり”が欲しいところだぜ」
「みんな怪我はしてない?装備と物資を確認したら、すぐに出発するわよ。あの“戦士”が相手じゃ、《フーリガンズ・ストライク》もそんなにサクサクとは進めないはず。今回は絶対に追いついてみせるわ」
ヨーカーの言葉を完全に無視してコーネリアが指示を出す。どうやら彼女の中で、今大会は勝てるという確信のようなものが芽生えたようだった。
「コーネリア、運営が何かアナウンスしてるわ。重要事項みたいだけど……」
その時、射手のミントが彼女の腰に提げた「公示人の口」を指差しながら、コーネリアに報告して来た。
それを受けて、コーネリアだけでなく、メンバー全員が「公示人の口」から流れてくる言葉に耳を傾ける。
『大会運営から冒険者の皆様に緊急の連絡があります。ただ今攻略中のダンジョン内において、“大攻勢”が発生する恐れがあります。各チームは他チームとの合流を目指して、直ちに運営の担当者からの指示に従ってルートを進んで下さい。……繰り返します。大会運営から冒険者の皆様に緊急の……』
その言葉を聞いたメンバーたちは、お互いの顔を見合わせる。
「“大攻勢”ですって⁉︎……そんなの、ダンジョン内で起こる事があるの?……」
コーネリアが、緊張感に満ちた、真剣な表情で呟いた。