“凶刃” “豪槍” “守護神”
旋風が通り過ぎる時に似た音が、角鬼の首のあたりを掠める。
気にも留めないで棍棒を頭上に振りかざした角鬼だったが、首のあたりにチクリと、熱を持ったかのような違和感を感じると動きを止め、そのシワだらけの首の、熱を感じたあたりに手を当てる。
角鬼のガサつく掌に、ぬるりとした感触。
角鬼が首から離した掌を見ると、掌は自身の赤い血で、真っ赤に塗られていた。
「はい4体目ぇ!次!次ィ‼︎サクサクいくぜぇ‼︎」
首から血を噴き出しながら倒れていく角鬼に背を向けて、ヨーカーは次の標的を見定めると、遥か東の地の密林に生息するという“斑豹”を思わせるような、しなやかな瞬発力で駆け出していく。
そのままヨーカーは2体の角鬼の間を身軽に駆け抜ける。すれ違いざまに彼が振るった武器の白刃がキラリと閃いたかと思うと、角鬼は2体とも、先ほどと同じように首から赤い血を噴き出して倒れた。
「5!ろくぅ‼︎こりゃあ余裕で2桁逝っちゃうねぇ‼︎」
どうやらヨーカーは倒した角鬼の数を数えながら、どこまでカウントアップできるのかに挑戦しているらしい。そんな彼の声は弾んでいる。心の底から戦闘を楽しんでいるようだ。
《エンシェント・ディバウアーズ》の一行は、迷路のような入り組んだ通路を抜けた後、柱が立ち並ぶ幅の広い、長い廊下のような場所に出ていた。
廊下の横にはこれまた通路につながる入り口がところどころに開いており、廊下の中ほどまで一行が進んだあたりで、その入り口のあちこちから角鬼たちが姿を現し、一行を取り囲んだのだった。
中央に固まった後衛のメンバーを取り囲むように、前衛のヨーカー、ボードゥアン、シュベルツ、エルスチンの四人が角鬼たちに立ちはだかる配置で戦闘は開始された。
「はい7ぁ!もいっちょ!こ・れ・で・はちぃぃィィ‼︎」
角鬼たちはヨーカーのスピードにまるでついて行けていないようだった。ヨーカーは脅威的なバネと瞬発力によって一瞬で間合いを詰め、防御が意味をなさない稲妻のような速さの一閃で角鬼たちを斬り伏せていく。
「ちょわぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎ きゅううぅぅぅ‼︎」
異様なテンションの掛け声とともに、ヨーカーは目の前の角鬼を袈裟斬りに斬りつける。角鬼は手にした棍棒で頭上から振り下ろされる白刃を防ごうとはするのだが、その防御よりも速く、一閃が角鬼の肩口から脇腹を通り抜ける。
一閃が通り過ぎてからワンテンポ遅れて、角鬼の体から血が噴き出したかと思うと、その体は二つに分断されて崩れ落ちた。
ヨーカーの武器である“刀”と呼ばれる片刃の湾曲した剣は、一般に使用されている剣など比較にならないほどの切れ味を持っていた。
ほとんど力を使わず、軽く振り抜いているようにしか見えないその“刀”の刃に撫でられると、まるで元々くっついていたところが離れるかのようにしてパックリと傷口が開き、そこから血が噴き出すのだ。
ヨーカーの常人離れしたスピードと、驚くほど簡単に致命傷を与える“刀”の組み合わせによる攻撃は、あたかも狙われた者の命を刈り取っていく死神の鎌のようであり、いつの間にかヨーカーは、観客や冒険者たちから“凶刃”の二つ名で呼ばれるようになっていたのだった。
「いくよぉ!逝っちゃうよぉぉぉ‼︎ あそれ、じゅ……」
ヨーカーが次の標的だと、近くの角鬼に狙いを定めたその瞬間、“豪槍”シュベルツが繰り出した槍が、その角鬼の頭部を貫いた。
貫かれた衝撃で角鬼が被っていた仮面は割れて弾け飛び、絶命して脱力した角鬼の体が、槍の穂先にだらりとぶら下がる。
「シュベルツ‼︎‼︎ てんめえぇぇ‼︎ なぁんで邪魔するんだよぉ‼︎‼︎」
カウントを中断されたヨーカーはシュベルツに食ってかかる。不満と怒りを全身で表現しようとしてはいるのだが、仮面を被ったヨーカーの表情が見えないので、その怒っている様子は、どうにも滑稽に見えてしまうのだった。
「阿呆、お前だけ皆から離れすぎだ。ほっといたら殺しに夢中になったまんまどっか行っちまいそうだから、こうしてわざわざ連れ戻しに来てやったんだろうが」
シュベルツはヨーカーの怒りなどまるで気にしない様子でそう言って、足の裏で角鬼の頭部を踏みつけながら槍の穂先を引き抜いた。
それを聞いたヨーカーのジタバタとした動きが、ピタリと止まる。
「あれ?……ほんとだ。悪ぃ悪ぃ。ちょっと気持ち良くなりすぎてたわ…………あ‼︎ちょっと待て‼︎ 俺は殺しに夢中になんかなってねえ‼︎ 斬るのに夢中になってたんだ‼︎ 人を快楽殺人鬼みたいに言うんじゃねえよ‼︎ 失敬な‼︎」
「何が違うんだよ、同じ事だろうが。良いから戻るぞ。……あんまりコーネリアをカリカリさせるんじゃねえよ。こっちにまでとばっちりが来るだろうが」
こうしてシュベルツがヨーカーを連れ戻しに、チームの本隊から離れられるという事は、本隊の方も襲撃してきた角鬼をすでに撃退してしまっていると言う事だ。
その事を理解しているヨーカーも、シュベルツも、特に慌てる事なく本隊の場所まで、ゆったりとした足取りで戻って行く。
ヨーカーが戦っていた角鬼たちは、いつの間にか撤退したらしく、姿を消していた。
「それにしても、残念ながら出て来るのは角鬼ばっかりだけど、異様に数が多いよな、今回は。そこは楽しめるからありがたいぜ」
世間話のような口調でヨーカーが言う。
「確かに多いな。でも冷静に考えたら、ドラセルオードの街からそれほど離れてないダンジョンにこれだけ結構な数の角鬼が潜んでるって、ある意味危険じゃねえのかな」
シュベルツが応えて言う。確かにその通りだが、今後はこのダンジョンも“ダンジョンコンクエスト”の攻略対象として利用されるだろうから、むしろ大会を運営する者たちの中には、新しい鉱脈を見つけたかのように喜ぶ者も居るだろう。
“ダンジョンコンクエスト”の隆盛によって、ここ数年は各地のダンジョン周辺に潜む脅威生物の脅威は自然と低下し、結果的に主要都市近郊の治安は改善されていく傾向にあった。
なり手が増える一方である冒険者人口の受け皿として、新規のダンジョン発見の必要性は、今後ますます高まって行くだろう。
ダンジョン攻略だけでなく、秘境探索や、そこに生息する野生の脅威生物の討伐の中継など、やり方次第で「娯楽」としての冒険者稼業は、さらなる発展の可能性を充分に秘めていると言えた。
二人が本隊の方に戻って来ると、ボードゥアンとエルスチンがお互い向き合い、それぞれの盾を自身の前に立てかけて跪いた体勢で固まっていた。まわりに居る他のメンバーは装備の確認をしたり、疲労回復用の水薬をあおったりしている。
ボードゥアンは跪いた体勢のまま、片手に聖符らしきものを掲げて、目を閉じて何やら唱えている。
これは彼が掲げている聖符、“聖ヴァンダレイのイコン”に描かれた聖人の加護を、彼らの盾に付与する祈祷だった。
聖人の加護など眉唾ものだと考えるメンバーも居るが、ボードゥアンだけでなくエルスチンまでもが「間違いなく効果が有る」と証言するのだから、攻略中の貴重な時間が勿体無いなどという理由で、この行為をやめさせる事はできなかった。
何よりボードゥアン自身が、チームメンバーを庇う事に徹した時の、その堅牢な守備力と防御力によって、“元”神殿騎士としての実力と、彼の信奉する聖人への信仰と霊験の強さを証明して見せていた。
観客や冒険者たちから彼につけられた“守護神”の二つ名は伊達ではない。
これまでの攻略で、ボードゥアンはその名に恥じない活躍を続けている。
「悪ぃ悪ぃ、俺様ちょっと、夢中になりすぎちゃってさ……」
ヨーカーのまるで悪びれる様子もない言い訳を、彼を見る事もなくコーネリアは片手を上げて制した。
機嫌が悪いのかとシュベルツは軽く警戒するが、どうやら彼女は射手のミントが腰から提げている「公示人の口」、そこから流れてくる実況の声に耳を澄ましているらしい。
「…………角鬼の“強化種”、戦闘に特化した“戦士”の存在。《フーリガンズ・ストライク》が撃破したらしいわ。私たちの前にもいつ現れてもおかしくない。ここからは一層、警戒を強めるわよ」
攻略開始前から、ダンジョンに潜り始めてしばらくの間、どう見ても不安定だったコーネリアの精神は、数度の戦闘を経ることで、すっかり調子を取り戻したらしい。
完全にいつもの“ランキングトップチームの司令塔”の顔に戻っているのを見て、シュベルツはこれならいつも通りの攻略ができると安心する。
「ってえ事はぁ……その噂の“戦士”とやらと戦えるかもって事だよな!うっひょーー‼︎俺様、ワクワクしてきたぞ‼︎早く!早く行こうぜ‼︎」
何も考えていないかのようなお気楽さでヨーカーが言う。
そのお気楽さに、またぞろコーネリアの機嫌が悪くなるのではないかとシュベルツはヒヤリとするが、そのタイミングで祈祷を終えていたボードゥアンが声をかけてきた。
「ヨーカー、わざわざ出向かないでも向こうから来てくれたようだぞ」
その声でメンバーたちがまわりを見回すと、再び入り口から現れ始めた角鬼たちに混じって、大きな体躯の、一目で“戦士”だと分かる脅威生物が3体、姿を現していた。
「いよっしゃああぁぁ‼︎‼︎ 斬らせろ‼︎ 斬らせろよ‼︎ なんてでけえんだ‼︎ あんなの斬ったら、一体どんな感触なんだろうな⁉︎いやっほおぉぉぉい‼︎」
歓喜の声を上げて、ヨーカーが敵に向かって走り出す。
「ヨーカーとシュベルツがメインで攻撃、クラウスは敵を撹乱。ボードゥアンはアンネとミントを守護。エルスチンは私を守りなさい。行くわよ‼︎私たちの実力を、脅威生物にも、観客にも、いやと言うほど見せつけてやるわ‼︎‼︎」
独走したヨーカーに苛立つでもなく、リーダーとして落ち着いて発したコーネリアの指示に、メンバーたちの精神は一瞬で戦闘モードへと切り替わった。




