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若者の主張


 “お嬢様”は、またしても腰掛けから立ち上がり、仁王立ちになってクリスタルモニターの画面に目を釘付けにしている。


「やるじゃない。あまり好きにはなれないチームだけど、あの連携攻撃はいつ見ても本当に見事だわ」


 好きになれない理由はリリアーネの存在が大きな部分を占めるのだとは思うが、「良いものは良い」と素直に認める「人の上に立つ者としての器」とでも言うべきものを、“お嬢様”は確かに備えているようだった。

 そんな彼女のクリスタルモニターを見るその目は、翡翠ひすい色の瞳をこれまで以上に強く輝かせている。


「それにあんな脅威生物モンスターが隠れていたなんてね。初めて見るわ、あんなの。……まさか、あの1体だけなんて事は無いでしょうね。きっと、もっと居るわよね。もし私の期待を裏切るような事があれば、ダンジョンごと“燃える水”を流し込んで、燃やし尽くしてやるんだから」


 さらりと恐ろしい独り言を言い始めた“お嬢様”だったが、レエモンは彼女のそういった発言にも、もうあまり衝撃を受けなくなり始めていた。


(彼女のいう通り、確かに連携攻撃も見事だったが、その前段階の“三角包囲トロイツァ”の練度と完成度が、かなりのものだ。あれでは、かけられた標的はひとたまりもないな……)


 画面の中の“後輩たち”が見せた素晴らしい「仕事」に、レエモンは感心していた。

 “三角包囲トロイツァ”を破られてしまうと、その後の連携攻撃はほとんど意味を失ってしまう事を、元“不死隊”である彼は知っている。


 ダイコーン帝国軍において、“不死隊”内でのみ継承される、数多くの連携攻撃の基本であり、最高傑作でもある“三角包囲トロイツァ”。

 標的が脅威生物モンスターであっても、人間と変わらず有効である事に、レエモンはささやかではあるが、不思議な感動を覚えていた。


「見た事の無い新種の脅威生物モンスターの登場。スターチームの出現。“ダンジョンコンクエスト”の可能性は拡がるばかりね。だからヴァルソリオ家(うち)も投資するべきなのよ!どうしてお父様はあれほどかたくなに私の提案を退しりぞけるのかしら?」


 弾む声とは裏腹に、不機嫌そのものの表情で“お嬢様”は言う。


「……わたくしのような古い人間の言葉とお笑い頂ければ幸いですが、僭越せんえつながら、このような新しい娯楽は何が面白いのか、やはり理解しかねます。旦那様も同様ではないかと、わたくしはそう思います」


 執事アントニオがくたびれた顔で“お嬢様”の言葉に応える。

 その言葉を聞くと、“お嬢様”はうんざりしたような表情で続けた。


「っていうか、あの人はヴァルスラッグ家(本家)が怖いだけでしょ?冗談じゃないわよ、私はゴメンだわ。あの人みたいに、本家ににらまれないよう、ビビり散らかして生きていく人生なんて……」


「“お嬢様”アァァァァァァ‼︎‼︎‼︎」


 またしても執事の表情が般若オーガのものへと変化する。


 “お嬢様”の言葉遣いも彼の逆鱗に触れたのだろうが、現当主である彼女の父親への義理や、積み重ねてきた関係性から、執事アントニオは、彼女の侮辱的な発言を見逃す事ができないようだった。


「どうせ次の一族会議にも出席しないで、代理の私を行かせるつもりなんでしょう?あの人は。だったら私だって、ただの伝令扱いなんてたまんないから、会議で正式な議題として、“ダンジョンコンクエストへの出資”を提案するわ‼︎」


 “お嬢様”が強い口調で重ねて言った言葉を聞いた執事は、般若オーガの形相のまま、さらに何か言おうとするが、その枯れ木のような体をびくりと震わせると、力無く片膝をついてその場にうずくまった。

 彼の表情は苦しそうに歪み、体がわなわなと震えている。


「あわわわ……アントニオ‼︎薬、薬!」


 それを見た“道化”が慌てて水差しと真鍮製のタンブラーを持って執事に駆け寄る。

 執事は苦しそうな表情のまま、懐から取り出した丸薬を口に含むと、“道化”から受け取った水を四苦八苦しながら飲み込んだ。


 しばらくすると震えも止まり、落ち着いたようだが、苦しそうに肩で息を続けている。


「“鉄鞭てつべんのアントニオ”も、年齢としには勝てないのね。嗚呼ああ、可哀想……。お願いだから無理しないで。私はまだ、あなたに鬼籍きせきに入る事を許してはいないわ」


 痛ましい執事の様子に、さすがに心が痛んだのか、“お嬢様”の言葉は優しい声色に変化していた。

 彼女の眼差しは真剣なものに変わっており、落ち着いた声には確かな意志がにじみ始める。


「お父様やあなた、古株の使用人たちがどう思おうと、私は私の望みを貫き通すだけよ。残念ながら、時代と世界を動かしていくのは私を突き動かしているような、“みなぎる情熱”なのだから……。あなたたちのような年寄りじゃあないわ」


 自身の内に湧いてくる罪悪感を、あえて振り払うかのような様子で“お嬢様”はそう言った。

 そして何事も無かったかのように腰掛けに座り直すと、使用人に葡萄酒ワインとつまみを持って来るように命じる。


「レエモン、付き合わせておきながらこんな醜態を見せてご免なさいね。お詫びにあなたの明日の帰りは、馬車で街まで送らせるから、許して頂戴ちょうだい


 レエモンに向かってそう言う彼女の顔は涼しい顔だ。けろりとしている。


 ヴァルソリオ家という巨大な館を支える大黒柱となる宿命を背負った“お嬢様”。

 間違いなく大黒柱たり得るであろうその精神力に、レエモンは改めて粛然しゅくぜんとした心持ちになるのであった。


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