黒い三連撃
観覧席に座る一同を包む空気は、まるで凍りついているかのようだった。
彼らが見ているクリスタルモニターには、大空間内の橋の上や袂に転がっていたり、橋の欄干に覆いかぶさったまま動かない、数分前まで冒険者チーム《ゴールデン・ラット》のメンバーだったものたちの、首無し死体が映し出されている。
それは大空間に設置された「隠者の眼」から送られて来ている映像だった。
観覧席には、定点に設置してあるもの、冒険者チームのサークレットのもの、それら各視点からの映像を切り替える事ができる装置が、クリスタルモニターと一緒に設置されている。
「な……何だったのだ?あの脅威生物は……?」
驚愕の表情のまま固まったカーモーフ会長がポツリと呟く。
彼の指示を受けた担当スタッフが装置を操作して、先ほどからクリスタルモニターの映像を大空間内のものに固定していた。
「いやぁん……ウソでしょおぉ、アイツら、殺した後に首を切り落としてたじゃなぁい……」
まるで作ったような怯えた声でそう言ったルナルドは、丸い頭の中央に寄った顔を、不快そうに歪めている。
「……あれがビクターが言っていた角鬼の“強化種”、“戦士”です。やはり居たか……予想はしていたが、実際に見ると、やはり脅威的な戦闘力だ」
忌々しそうに、苦々しそうに、絞り出すようにブランドンが言った。
その言葉を聞いたカーモーフ会長は、ハッと何かに気づいた様子で運営のスタッフに指示を出す。
「放映会場のクリスタルモニターには、この視点の映像が映らないように、切り替えられないように操作しろ!今すぐにだ‼︎」
カーモーフ会長らしからぬ剣呑なその大声に、スタッフは慌てたように指示に従い動き出す。
観覧席にしばらく前まで漂っていた観戦ムードはすっかり鳴りを潜めてしまい、代わりに緊迫した空気が張り詰めている。
「あ、あんなに強いのか、例の“戦士”というのは……ランキング上位チームが、ものの数分も持たずに一方的に全滅させられるとは……これでは、もしかすると、大会そのものが成立しないのではないのか?……」
そう言ったチェイミー卿は顔面蒼白といった顔色で、その表情は恐怖に歪んでいる。
「私も同感です。このままでは冒険者たちにとって非常に危険だと思います。今からでも、大会の中止を検討するべきではないでしょうか?」
マンチェットは今しかないと思い切った様子で、おそらく彼以外のこの場の関係者たちが、誰一人として望まないであろう提案をする。
「いや、まだ突出して包囲された1チームが全滅させられただけだ。それは早計というものだろう。もう少し状況を見てから判断するべきだ」
しかしカーモーフ会長は、大会続行の姿勢を崩さない。
大会開催のためにかかったコスト、そして目の前の観客の熱狂を考えれば、やはりそう簡単には、中止という判断を下す事はできないようだ。
広場のそばの運営事務局が入っている建物、その大きなバルコニーに設営された観覧席からは、広場の全体を視界に入れる事ができる。
そこにひしめく超満員の観客たちは、そこまでの狂騒を生み出すエネルギーが一体どこから来ているのか不思議になるほどの、相変わらずの熱狂ぶりだった。
そんな観客の歓声を割るように、実況役の声が「公示人の口」から響き渡る。
「おっと!ここで3番モニターに《フーリガンズ・ストライク》の様子が映し出されました‼︎彼らの快進撃はどこまで続くのでしょうか⁉︎…………っと、?……あれは一体なんでしょう?あの大きな影は……」
その実況を聞いて観客の多くが、実況役が追っているであろう映像に注目する。
クリスタルモニターの画面の隅に脅威生物のシルエットが映し出されると、観客席からどよめきが湧き起こった。
「あれは‼︎‼︎…………やはり‼︎やはり出ましたね!皆さん、あれが角鬼の“強化種”、“戦士”です‼︎」
緊張を感じさせる解説役のビクターの声が、どよめきに被せるようにして広場に響き渡った。
「なんだ、あのデカいのは?……何ともすげえのがお出ましだな」
《フーリガンズ・ストライク》メンバーの一人が言う。
円形の、やや狭めの部屋に踏み込んだ彼らを待っていたのは、まるで角鬼の体を引き伸ばしたような、大きな体躯をした脅威生物だった。
部屋の中にはその1体のみが居るだけだったが、小さな角鬼の体格に見慣れたメンバーたちには、否応なくその大きな体からかなりの迫力が感じられる。
その脅威生物は、頭部には大型の生物の頭蓋骨を加工して作ったであろう仮面を被り、片手には大きな棍棒のような武器を持っていた。その棍棒の太くなった先端には、一般的なナイフほどもある大きさの棘のような金属片が、何本も打ち込まれている。
「ゴルるるrrゥウアアアアああぁぁァァァ‼︎‼︎」
大きな脅威生物は、部屋に入ってきた《フーリガンズ・ストライク》を威嚇するつもりなのか、大きく咆哮して、持っている棍棒を大きく振り回した。
「確かにでかいが、あの体はどう見ても人型の構造だ。死角も同じようなものだろう。いつも通り“三角包囲”を仕掛けるぞ、行け‼︎先手必勝だ‼︎‼︎」
ダイソンが大声で指示を飛ばす。大きな脅威生物を前にしても、《フーリガンズ・ストライク》のメンバーたちは、まったく臆するような様子を見せない。
指示を受けてメンバーの一人とリリアーネが、並んで脅威生物へ突撃して行く。
近付いて来る敵を迎撃しようと、脅威生物は棍棒のような武器を横にひと薙ぎする。大きな動作に似合わない速さの、凄まじい迫力を持つ振りだったが、リリアーネともう一人は、どちらもヒラリと身軽に跳躍してそれを躱すと、脅威生物から少し距離を置いた位置に着地した。
並んで突撃したリリアーネともう一人は、それぞれ違う方向に跳躍して脅威生物を跳び越し、距離を開けて背後を取るような形になっている。
このままでもリリアーネともう一人が後方から、残る三人のメンバーで前方から、二手に分かれて挟撃できる配置になっていたが、前方の三人のうち、一人が脅威生物の前に進み出る。
結果、リリアーネと他の二人のメンバーを頂点にした三角形の陣形で、武器が届かないギリギリの間合いを保ったまま、脅威生物を囲むような状態になっていた。
包囲に参加していないダイソンは槍を腰にためて構えたまま脅威生物の様子を観察しており、もう一人は小型のクロスボウにボルトを装填し始めている。
大きな脅威生物は囲まれている状況を嫌がったのか、方向転換しながらニ、三歩動こうとするが、三方向から向けられる槍の穂先に牽制され、結局その場から大きく動けないようだ。
囲んでいる三人のメンバーそれぞれを、キョロキョロと忙しそうに見回して、自分が置かれている状況に戸惑っているように見える。
ボルトの装填が終わり、クロスボウを脅威生物に向けて構えたメンバーを見ると、ダイソンが合図する。
「行くぞ!攻撃開始‼︎‼︎」
その大声が部屋に響いた瞬間、三角形の陣形で包囲していた三人は、脅威生物に向かって同時に突撃を開始した。
大きな脅威生物は、同時に自分へ向かって突進してきた三人を迎撃しようと、慌てて棍棒のような武器を振ろうとするが、その瞬間、脅威生物の胸部にクロスボウから放たれたボルトが深々と突き立つ。
その衝撃で、脅威生物が振るった棍棒は、込められた力が迷子になった様子で虚しく空を切った。
その隙へ三方向から突き出される槍の穂先が迫る。
一撃目は脅威生物の太腿へ、股関節近くの、人間なら大きな動脈が通っているであろう箇所を貫く。
二撃目は心臓目がけて繰り出された。脅威生物は空いている方の手でなんとかそれを防ごうとして、大きな手を穂先に貫かれる。
咄嗟に急所への攻撃を防いだ脅威生物だったが、そのガラ空きの頭部を、三撃目、リリアーネが鋭く突き出した槍の穂先が、見事に貫通した。
脅威生物が仮面として被っている、大型の生物の頭蓋骨の目の部分から侵入した槍の穂先の先端は、勢い余って反対側の骨を突き破っていた。
ほぼ同時、ではあるが、刹那のタイミングをずらした三連撃でそれぞれ急所を狙う、《フーリガンズ・ストライク》の代名詞と言える連携攻撃の前に、脅威生物の大きな体躯と怪力は、何の役にも立たなかった。
攻撃した三人は脅威生物の体から素早く槍を引き抜くと、退がって距離をとりながらも、再び槍の穂先を脅威生物へと向けて、残心の構えを取る。
その瞬間、脅威生物の大きな体は糸が切れた操り人形のように、刺された箇所から血を噴き出しながら、地面に垂直に落下した。
リリアーネが回転させながら引き抜いた槍の穂先が、脳の中枢神経を壊滅的に抉っていたのだろう。
奇妙な体勢で床に倒れた脅威生物は、まだ戦意が萎えていないのかピクピクと体を震わせていたが、しばらくすると動かなくなった。
「思ったよりもあっけなかったな。俺たちに遭遇した、自身の不運を呪うが良い……」
それを見たダイソンは、微笑を浮かべながらそう呟いた。