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角鬼たちの巣


 ヒャクリキが振り抜いたウォーハンマーの鎚頭あたま角鬼ゴブリンの頭部をとらえ、命中した部分を鎚頭あたまの形そのままにぎ飛ばす。

 頭部に赤い血の花を咲かせながら即死した角鬼ゴブリンは、ボロ雑巾のように吹き飛んで、床に倒れて動かなくなった。

 ヒャクリキは続けざま、さらに3体の角鬼ゴブリンをウォーハンマーで殴り飛ばす。

 一撃で標的を死に追いやるヒャクリキの攻撃にたじろいで、目の前の角鬼ゴブリンたちはその動きを止めた。

 それを見たヒャクリキはきびすを返すと、また走り出す。

 動きを止めていた角鬼ゴブリンたちは、慌ててまたヒャクリキを追いかけ始める。



 そんな流れを何度も繰り返しつつ、ヒャクリキは角鬼ゴブリンの集団から逃げ続けていた。

 急いでいるとは言え、もう少し慎重にルートを選択するべきだったと、軽い後悔をヒャクリキは覚えるが、それは「時既ときすでおそし」というものだった。

 潜る時には角鬼ゴブリンたちにほとんど遭遇しなかったという油断も有ったとは思われるが、あの手製の松明たいまつを見た時に気付くべきだった。

 自分の軽率さに軽い苛立いらだちを感じながら、ヒャクリキはそう思う。



 ヒャクリキは、間違いなく角鬼ゴブリン氏族クランの“巣”という危険な領域に、迂闊うかつにも足を踏み入れていた。



 自分達の縄張りをおかされたからだろう。角鬼ゴブリンたちの追跡はかなりしつこい。

 もう随分と長い時間、追跡から逃れるためにヒャクリキは走り続けている。


(しかし、何とも凄まじい数だ…………)


 果たして何体の角鬼ゴブリンが追ってきているのだろうか?おびただしい数の角鬼ゴブリンたちが、ヒャクリキから少し距離を空けた地点からずらっと並んで、通路を埋め尽くすようにお互いで押し合い、へし合いしながら、大騒ぎしてヒャクリキを追いかけて来る。

 少なくとも、時々確認のために後ろを振り向くヒャクリキの視界の中では、角鬼ゴブリンたちの列が途切れる最後尾を見ることができない。


 後ろの角鬼ゴブリンたちに追い付かれないようにしながら、複雑に枝分かれする通路の地上へ戻るルートを選択し、さらには冒険者たちとの鉢合わせも避けなければいけない。

 足と同じくらいに忙しくヒャクリキの頭脳も働いていた。


 重装備で走り続ける事は、ヒャクリキにとってはさほど苦ではない。彼はまだ10代だった頃から傭兵として、その後は冒険者として、日常の中を武装した状態でずっと走ってきた。

 冒険者稼業から足を洗った後も、主に肉体労働と呼べる仕事を転々とし、仕事が終わった後は傭兵時代に覚えた鍛錬を、ほとんど毎日行ってきたのだ。


 そんじょそこらの人間とは、体の作りからして違う。


 だからこそ、ひょんな事で再会した、昔居た職場で知り合ったかつての同僚との会話から「密猟組合」の存在を知り、自分で彼らに接触した結果、ダンジョンへ潜る事になってもすぐに対応できたのだ。


 それはヒャクリキにとっては自慢でも何でもない、当たり前の事だった。

 なぜなら彼は自分の事を、戦士として生まれ、戦士として生き、戦士として死ぬ運命さだめの人間だと、自分自身で強くそう思っているからである。


 むしろ闘神ザラスの冷たい眼差まなざしは、常に自分を見ているのだ。鍛錬をおこたり、満足に戦うことができなくなったような戦士に、マハイ・ベージ行きの資格など、ザラスが与えるはずが無い。


 偉大な先祖の戦士たち、すなわち神々の戦争に備えて、マハイ・ベージで技と魂を磨き続ける“闘神の兵団”の列に加われない死後の世界など、ヒャクリキにとっては想像するだけでも震えが来るほどの、恐ろしい不名誉に他ならなかった。


(ザラスは間違いなく、他の戦士たちよりも厳しい目で俺の戦士たる資格を見極めようとしているだろう。俺には厳しく見られるだけの理由が有る……)


 そう思いながら、後ろを走る角鬼ゴブリンたちが距離を詰めてきたのを感じたヒャクリキは、体を反転させて角鬼ゴブリンたちに向き直り、ウォーハンマーを振るって数体の角鬼ゴブリンを殴り飛ばした。


 狭い通路で戦う限り、囲まれる事は無い。ヒャクリキの攻撃の間合いは角鬼ゴブリンたちのそれよりもはるかに深く、そして長い。ヒャクリキにとっては間合いに入って来た角鬼ゴブリンを、ただただ“つぶし”ていくだけの、至極しごく単純な作業だった。

 相手が動くか動かないかの違いこそあれど、メケどりの解体となんら変わらない、ただの作業を繰り返しているだけである。

 今のヒャクリキは本気で戦う時には被るコイフもバシネットも被らず、緩めたそれらの紐とバンドだけを首に引っ掛けて、まるで僧帽フードのように頭の後ろにぶら下げている。

 必要も無いのにバシネットを被ったところで、視界が悪くなり、鬱陶しいだけだ。


(こんなものは戦いとは言えない。こんなもので、ザラスを満足させられるはずが無い!)


 数体の角鬼ゴブリンを死体に変えると、ヒャクリキはまた角鬼ゴブリンたちに背を向けて走り出す。今度はもう少し距離を稼ごうと、走るスピードを大幅に上げた。


 そのまましばらく走っていると、角鬼ゴブリンたちの鳴き声がかなり遠くなったあたりで、ヒャクリキの視界に、隙間から光が漏れる、大きな扉が映った。


 このまま狭い通路で角鬼ゴブリンたちを引き連れていてもらちが開かない。そう考えたヒャクリキは漏れている光を目指して方向を変えると、走っている勢いそのままに、その大きな扉を蹴破って、光の中へと飛び込んだ。





 その大きな部屋の中にはそこかしこに大きな蝋燭ろうそくが立てられ、先端にゆらゆらと炎を揺らしていた。

 それとは別に、4つほど、大きな篝火かがりびかれている。

 部屋のあかりは篝火かがりびだけでも足りているようなので、蝋燭ろうそくはこの部屋が他の部屋とは違い、特別な空間である事を示すためのものであるらしい。

 何やら妙な甘ったるい匂いが、部屋全体に漂っていた。


 炎の熱を感じさせる光で満たされた部屋の中の光景が、ヒャクリキの視界に飛び込んでくる。


 まず目を引いたのが部屋の奥にそびえる、禍々(まがまが)しい巨大な像だった。

 おそらくは角鬼ゴブリンをベースのモデルとして、いびつな角を生やしたり、蛇のようなものが巻き付いたり、角鬼ゴブリンには無い翼が生えているデザインだった。


「邪神像」とでも呼ぶのが相応ふさわしいと思われるそれの足元にある、何かの動物の骨で作られた大きな椅子に、ローブのような衣装をまとった、大きな体躯たいく角鬼ゴブリンが脚を組んで、ヒャクリキの方を向いて座っている。

 まるで何かの王様を気取っているかのようだ。


 そしてその王様気取りの大きな角鬼ゴブリンの前に、3体の普通の体格をした角鬼ゴブリンが、やはりヒャクリキの方を向いて座っている。

 ただ、その3体ともが普通の角鬼ゴブリンで無いことは、それらがごちゃごちゃと身に着けている腕輪や首飾りなどの装飾品や、肌を露出させない衣装から見て取れた。

 これらはどうやら呪術師か何かのように見える。


 しかし、この部屋の床の多くを占領しているのは、ヒャクリキに背を向けて、王様気取りと呪術師に向き合うように座っている、大きな体躯たいく角鬼ゴブリンたちだった。

 ざっと見ても20体以上が、大きな体をピッタリと寄せ合って、窮屈そうに、それでいてかしこまったような様子で座っていた。


 あとは部屋のすみの方に普通の角鬼ゴブリンたちも、ちょこちょこと何体か座っている。


 ヒャクリキは大きな体躯たいく角鬼ゴブリンには見覚えがあった。《ドラゴン・ベイン》の参謀役の男は、確か“戦士ウォリアー”とか呼んでいたはずだ。

 あの頃、ヤツらと戦った時には何度も怪我を負わされるどころか、殺されかけた記憶すらある。単純な筋力だけなら、力自慢のヒャクリキでもかなわない強敵だった。



 扉を蹴破って部屋に入ってきたヒャクリキに驚いたのか、角鬼ゴブリンたちの視線が一斉にヒャクリキに集まる。


「……どうやら、お邪魔のようだな……」


 ヒャクリキは片方の口角を上げてシニカルな微笑を顔に浮かべると、今入ってきた、扉が外れた入り口から再び元の通路へと、弾かれたように飛び出した。


(やってしまった!よりにもよって、“巣”の中心に飛び込んでしまうとは‼︎)


 飛び出した部屋の中から、そしてヒャクリキの背中の遠く向こう、通路の奥からも、角鬼ゴブリンたちの鳴き声の大合唱が聞こえて来る。

 おそらく部屋の中に居た奴らも、通路を追って来ている角鬼ゴブリンに合流して、ヒャクリキを追って来るだろう。


(マズいな、余裕の無さから、どんどんドツボにハマって行っている気がする……)


 ほとんど脅威生物モンスターと遭遇しなかった「潜り」の行程から一転して、とんでもない数に追われる羽目になった「帰り」の行程に、ヒャクリキは湧き出る焦りを抑えることができなくなり始めていた。


 ヒャクリキは走りながら、コイフとバシネットを頭に被り、それらの紐とバンドをしっかりと締めて、脱げないように固定する。視界が狭くなるので、面当てだけは上に跳ね上げておく。

 さらには手に持ってかかげていた魔煌まこうランタンを、腰のベルトの留め具にめ直して、片手を自由にした。

 事ここにいたっては、いつ本格的な戦闘になっても対応できるよう、準備しておかなければならない。


(これでは冒険者たちを警戒するどころではない、まさかこんな事になってしまうとは‼︎)


 そんな事を思ったところで他にどうする事もできないヒャクリキは、大勢の角鬼ゴブリンたちの足音を背中に引き連れたまま、ひたすら通路を駆け続けるしか無いのであった。


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