殺戮劇
それは文字通りの「惨劇」だった。
《ゴールデン・ラット》は図らずも大きな体躯の脅威生物と、強化された武装に身を固めた角鬼たちによる挟撃に遭ってしまった。
大きな脅威生物3体のうちの1体が急に近付いてきたかと思うと、手にした大きな鉈のような武器を振るい、メンバーの一人が斬り飛ばされて宙を舞う。
それを見た残りのメンバーは戦慄した。人間一人の体重が浮いてしまうとは、何という馬鹿力なのだろうか。
その見上げるような体高の脅威生物の体躯は、遠目に見れば細く見えるものの、近付かれると見た目以上の迫力と圧力を放ち、ジリジリとさらに距離を詰めながら《ゴールデン・ラット》のメンバーたちを圧倒して来る。
小さな角鬼たちと同様に、仮面がわりにその頭部に被った大型の生物の頭蓋骨は、よく分からない生物の毛皮や鳥の羽根などで飾られているが、その頭蓋骨の目にあたる部分の、ポッカリと空いた穴の奥に光る眼光からは、角鬼たちとは比べ物にならないほどの凶暴性と殺意が感じられた。
メンバーの皆が一瞬で理解する。
紛れもなく、これまでに遭遇した事の無い、まさに脅威的な強敵だった。
大きな脅威生物の圧力に押されて後ろへ退がりかけたメンバーたちに、今度は後方から角鬼たちが迫る。
角鬼たちの壁に阻まれるような形で、《ゴールデン・ラット》の退路は塞がってしまった。
そこからは、今まで《ゴールデン・ラット》が一方的に角鬼たちを撃退してきたのが、まるで夢か幻だったかのように感じられるような、逆転した殺戮劇が繰り広げられた。
残ったメンバーたちも、次々と新しく登場した脅威生物の大きな武器の餌食になっていく。
もはや体勢を立て直すなどという状況ではなく、《ゴールデン・ラット》はなす術なく全滅へのカウントダウンを開始していた。
メンバーたちの恐怖に歪んだ表情。飛び散る血飛沫。肉と骨がまとめて引き裂かれる鈍く、湿った音。
残酷で、残忍で、あまりにも凄惨な、およそ戦闘とは呼べない、
それはただの殺戮だった。
大きな体躯の脅威生物は、大きな体格そのままの大きな手でメンバーの一人の頭部を鷲掴みにすると、そのまま何かの果実を潰すかのように、容易くその頭部を握り潰した。
冒険者の体を持ち上げ、握り込んだ大きな手の指の隙間から、形の崩れた頭部の一部がはみ出している。
「うっ、うわあっ!うわあああぁぁぁぁぁぁ‼︎」
それを見て完全に恐怖に飲まれた最後の一人のメンバーは、自分を囲んでいる脅威生物たちに背を向けると、橋からその下を流れる川へと飛び降りた。
派手に飛沫をあげて川底に着地したメンバーは、着地の際に足首を捻りでもしたのか、痛みに顔を歪めてなかなか立ち上がれない。
無情にもそこへ、群がった角鬼たちが手にする武器の、鋭利な先端が次々と突き刺さっていく。
「ぐえああぁぁぁぁ‼︎‼︎…………がふっ……」
苦しそうな悲鳴をあげて、最後のメンバーは力無く倒れ込み、その体は川の中に浸かって見えなくなった。
「ギョホギョホギョホギョホホ‼︎‼︎」
大きな体格の脅威生物が武器を頭上に掲げながら、奇妙な鳴き声を上げる。
体を大げさに揺すりながら声を上げ続けるその1体のまわりに、残った大きな2体と、小さな角鬼たちが集まり、同じように体を揺すりながら鳴き声を上げ始めた。
その様子はまるで、獲物を上手く狩場に誘導し、首尾良く仕留めた狩人たちが、喜びの舞を踊っているかのようだ。
奇妙な鳴き声はおそらくではあるが、誘導されて狩場に踏み込み、あっけなく全滅した“獲物”、つまり間抜けな冒険者たちを嗤っているのであろう。
笑っている角鬼たちのうちの何体かが、手にした武器で哀れな冒険者たちの頭部を切り離して生首にし始める。
さらにはその生首を槍の先端に突き刺し、高く掲げると、角鬼たちの奇妙な、笑うような鳴き声はより大きくなり、さらに激しく動き回りながらはしゃぎ始めるのだった。
そのままひとしきり騒ぎ続けた角鬼たちは、しばらくすると一箇所に固まっていたその場所をバラバラと離れ始めた。
そうして変わらず体を揺すって笑うような鳴き声を上げながら、持ち場であろう場所へと戻って行く。
角鬼たちの鳴き声が徐々に小さくなり、聞こえなくなった大空間に、数体の冒険者たちの首なし死体が無造作に転がって、寂しく取り残されていた。