大空間
《ゴールデン・ラット》のメンバーたちは、通路の中、敗走する角鬼たちを追いかけていた。本来は後衛である射手の二人が一番前を走りながら、背中を見せて逃げていく角鬼たちをクロスボウで射撃していく。
二人の射手はボルトを撃ったクロスボウを、後ろを走るメンバーに渡す。それと入れ替えるかのように、後ろのメンバーはボルトを装填済みの別のクロスボウを射手に渡す。
後ろを走るメンバーはボルトの装填作業をしながら走り、前を走る射手が走りながら射撃するという、彼らが得意とする移動式分業戦術だった。
そうやって間断なく発射されるボルトが、次々に角鬼たちに命中していく。逃げる的に向かっての射撃が一撃で致命傷を与える事はそうそう無いが、体のどこかにボルトが命中して逃げ足が鈍った角鬼は、射撃をフォローするメンバーが持つショートソードで、すれ違いざまにとどめを刺されていく。
角鬼たちはどうやら緒戦の敗北以降、すっかり戦意が挫けてしまったと見える。迷路のように通路が交差するエリアに足を踏み入れた時には不安を感じていたメンバーたちも、その後の何回かの戦闘で角鬼たちを敗走させる事によって、その不安を払拭させているようだった。
「てんで歯応えがなくなったな。アイツら、もうずっと逃げてばかりじゃねえか」
「今気付いたけど、これって俺らが他のチームを押さえて先頭を進んでんじゃねえの?この調子だったら《フーリガンズ・ストライク》に追いつかれない限り、一番乗りできる可能性が高いと思うぜ」
大会で優勝するための必須条件とも言える「運営が設定したゴールポイントへの最初の到達」という条件をクリアできる可能性に、メンバーたちは興奮気味の表情を隠さない。
角鬼たちを追いながら口ぐちに彼らが話す言葉からも、戦意が高揚している様子が伺える。
「このままいけばその可能性は充分に有るぞ。《フーリガンズ・ストライク》に倣って攻略スピード重視の戦略に変えて正解だったな。奴らには悪いが、今回は俺たちがチャンピオン旗を頂くとしよう!」
リーダーらしき男はメンバーを鼓舞しようと、あえて「チャンピオン」という単語を口にする。
その途端にメンバーたちの走る足音は、より力が入ったものへと変化した。走るスピードも、前方の角鬼たちに追い付けとばかりに上がっていく。
いよいよ追いつこうかというタイミングで、角鬼たちのさらに向こうに、部屋のようなものが待っている事にメンバーたちは気付いた。走ってきた通路が途切れて開けているであろうその場所へ、角鬼たちが飛び込んでいく。
そして、そのまま角鬼たちを追って通路を抜けた《ゴールデン・ラット》の面々は、自分達の視界に広がったその場の光景に、思わず足を止めるのだった。
そこには広大な空間が広がっていた。
その空間の広さは、今まで通ってきたどの部屋も比べ物にならない。今まで潜ってきたこのダンジョンのイメージはどちらかと言えば「迷路」だったが、その奥にこれだけの広さの空間があるのはメンバー誰もが意外だった。
「はあー、こんな奥にこんな広い場所が有るのかよ。おいおい、この広さでも壁は全部レンガと石積みだぜ。ドラセル山の地下に、どうやってこんなの作ったんだよ。作ったヤツ、アタマおかしいんじゃねえのか?」
メンバーの口から自然とこの空間を見た感想が溢れる。
「建造用の資材とか、わざわざあの迷路みたいな通路を通ってここまで運んだのか?うおっ、よく見たら川が流れてるじゃねえか。これほどのダンジョンが、どうして今まで発見されてなかったんだ?」
「そりゃあ、ドラセル山は前王朝の時代には立ち入り禁止だったからだろ。山の頂上のお城がドラセルオード城だった頃の城主は、なんたってあの“気狂い公”だしな。地元の人間でも、よっぽどの理由がなけりゃあ、ドラセル山には好き好んでは入らねえよ」
メンバーたちはめいめいに思った事を口にする。
もしその場に足を運んだ事がある者が居れば、この空間の広さはちょうど王都に建っている“大聖堂”ほどだ、と例えたかもしれないが、《ゴールデン・ラット》の面子の中には、悲しいかな、そんな洒落た比喩ができる者は居なかった。
その大空間は、ほぼ箱型と言って良い形をしており、メンバーが言ったように、その壁はレンガと、巨石を切り出して積み上げた石で覆われている。
天井だけはどうやら馬鹿でかい岩盤を利用しているようで、松明を上にかざすと剥き出しの岩肌の凹凸に、松明の灯りが作る影を見る事ができた。
「よし、俺たちがここに一番乗りした事を観客に見せてやれ……って、おい、サークレットはどうしたんだ?」
リーダーらしき男がメンバーに向かって言う。
「えっ⁉︎……あれ⁉︎無くなってる⁉︎…………すまねえ、リーダー!さっき角鬼どもを追いかけてる時に落としちまったみたいだ‼︎」
それを聞いたリーダーらしき男はため息をついた。これでは観客にこの空間の情報を届けることができない。
“ダンジョンコンクエスト”という競技のランキングを上がっていく事は多くの冒険者チームの目標だが、なぜ上位を目指すのかと言えば、ランキング上位に入ることで人気を博し、その結果として最終的には有力なスポンサーを得るためだった。
スポンサーからさまざまなサポートを得る事によって、よりチームの力を強化することができる。スポンサーが付けば、攻略で使用する消耗品や備品なども、大抵の物はスポンサーに購入してもらえるようになる。
さらにメンバーたち個人も潤う。“ダンジョンコンクエスト”上位入賞の賞金は、大きなイベントでもない限り、まず大層な金額は貰えない。一定額しか期待できない賞金と違って、スポンサー収入は上手く行けば天井知らずだ。
「観客を意識した行動」の積み重ねが、チームの人気を確実に押し上げていく。
単純に勝つだけでは駄目なのだ。勝ちが人気に結びつかないのでは、イベントに参加する意味はあまり無い。
勝つことで人気が出て、人気が出てスポンサーからの援助を受けることで、さらに勝ちやすくなる。
そのサイクルに上手く乗る事こそが成功法則であるという認識は、今や冒険者たちの中での常識となっていた。
現にここ二、三年は、「自分達がしている攻略の上手い魅せ方」というものを考えられないような意識の低いチームは、結果的に上位チームにはまず食い込めなくなっている。
「……まあ、サークレットを紛失したからといって減点されたりするわけでも無いし、気持ちを切り替えて先に進むしかないな。探しに戻る、なんていうのはどう考えてもナンセンスだ」
ゴールである最終目標地点までは、運営が設置した「隠者の眼」が要所要所にあるはずなので、少なくともその映像が自分達の順位を証明してくれる。
このくらいのアクシデントなら無視して、とにかく先へ進むべきだ。
そう決断を下したリーダーらしき男は、空間内の状況を確認し始める。
《ゴールデン・ラット》のメンバーたちが立っている場所から一段低くなっている大空間の底の床には、さらに一段低く川が流れている。
彼らから見て、川を挟んだ向こう岸と言える場所との間には、幅が広めの石造りの橋がかかっていた。
その川はもちろん剥き出しの地面に流れているわけではなく、川底までレンガが敷き詰められており、“川”と言うよりは“水路”と言った方が相応しいかも知れない。
空間の左右両面に、川の流れの入り口と出口にあたる大きな穴が、ポッカリと空いていた。
大規模な都市には大抵存在する、地下水路とでも呼ぶべき建造物。それとほぼ変わらないイメージが、この空間からは感じられた。
そして十数本の、レンガで覆われた柱が空間のあちこちに立っており、その柱には、今までの通路にあった例の光を放つ水晶が、天井に近い位置に設置されている。
水晶の光は変わらずハッキリと強いが、この広い空間をくまなく照らすにはさすがに光量が足りないらしく、そのためか大空間内は今まで通ってきた部屋や通路に比べると、やや薄暗いように感じられた。
「向こうにあるのが、さらに奥へと向かう通路だな。目標地点に有るという“首のない女神像”はここには無いようだし、目指す場所はもう少し先のようだ」
リーダーらしき男はそう言った。
空間内をよく見れば、川の通り道として開けられた大きな穴、奥へと向かう通路の入り口の他にも、そこかしこに入り口のようなものが見える。
おそらくあの迷路のようなエリアから伸びる何本かの通路が、ここへ通じているのだろう。
「ぼやぼやしていると、他のチームもそのうちここに到達するな。よし、追いつかれる前に先へ進むぞ。警戒は怠るなよ」
リーダーらしき男の言葉に従い、メンバーたちは階段を降って空間の底面に降り立ち、向こう岸に渡るため橋へと差し掛かる。
ゆったりと流れる川面は水晶の光を反射してゆらゆらと揺らめいていた。流れている水は透き通って橋の上からでも川底のレンガがハッキリと視認でき、川の深さはそれほどでもない事が分かるのだった。
すると橋の中央まで進んだタイミングで物音がしたかと思うと、両側の川の通り道の穴から、なんと角鬼たちがパラパラと現れ始めた。
まるで《ゴールデン・ラット》の面々が、橋を渡るのを待っていたかのようなタイミングだ。
それを見たリーダーらしき男は、角鬼が現れた事には驚かなかったが、角鬼たちの武装が変化している事に気付くと表情を少し曇らせた。
今までに遭遇した角鬼たちは木製だったり動物の頭蓋骨を加工した仮面を被り、腰巻一枚巻いて、手足にバンテージを巻いたり、腕輪をつけているくらいだったのに対して、新しく登場した角鬼どもは、より本格的な武装をしている。
その多くがどこから拾ってきたのやら、面当てを備えた金属製の兜を被り、チェインメイルを切り取ってポンチョのような形に仕立てたものを着込んでいた。
持っている武器にも金属製の武器がちらほら混じっているのが見て取れる。驚いた事に、ゴーツフットレバー式の小型のボウガンを手にした個体まで居るようだ。
《ゴールデン・ラット》のリーダーらしき男は、新たに現れた角鬼の集団を見て、嫌な予感が湧いてくるのを感じている。ああやって人間のような武装をしているという事は、あの角鬼たちは少なくとも今まで見てきた角鬼よりも、さらに人間に近い知能を持っているという事だ。
救いはそこまで角鬼たちの数が多くない事か。
しかしそんな事を考えている彼の耳に、メンバーの震える声が聞こえてきた。
「はあっ⁉︎……な、何なんだ、あのデカいのは……何だありゃあ‼︎⁉︎」
その声に釣られて、声の主であるメンバーが見ている方向を見ると、いつの間にやら向こう岸、奥へと向かう通路の入り口付近に、大きな体躯の脅威生物が3体、姿を現していた。
今回のエピソードを投稿した後に、前話との矛盾点の存在に気付き、やむなく前話「違和感」の一部を修正しました。今後はより厳密な推敲を心掛けたいと思います。申し訳ありません。




