未知の脅威
槍の穂先が突き立った瞬間、柄を握っている利き手を絞って穂先を回転させ、肉を抉りながら素早く引き抜く。目の前の角鬼は悲鳴をあげる事も無く、傷口から血を噴き出しながらその場に蹲った。
リリアーネはすぐさま次の標的に引き抜いた槍の穂先を向ける。標的となった角鬼は手に持った棍棒をリリアーネに向けて牽制と防御の姿勢を見せるが、リリアーネが軽くフェイントを混ぜながら突き出す槍の穂先に、なすすべなく貫かれた。
通路を抜けて開けた部屋に出た《フーリガンズ・ストライク》の面々を10体ほどの角鬼が襲ってきたが、いくらも時間が経たないうちに勝敗が決しようとしている。
真ん中で分けて前に垂らした前髪を揺らしながらリリアーネが周囲を見渡すと、他のチームメンバーたちもまるで赤子の手を捻るように、手にした短めの槍で次々と角鬼たちを貫いていた。
《フーリガンズ・ストライク》のメンバーたちは素早く移動し続けて、槍による攻撃のために最適な位置を確保しながらも、それでいてそれぞれのメンバーがお互いの死角を常にカバーしあっている。
明らかに何かしらの訓練によって錬磨されたその連携は、角鬼たちの原始的で稚拙な集団戦法を、ズタズタに引き裂いていた。
誰の目から見ても、これではまともな勝負にすらなっていない。
《フーリガンズ・ストライク》による、一方的な蹂躙劇だった。
「よし、全滅させたな。先を急ぐぞ!」
リーダーのダイソンの指示で、メンバーたちは部屋の奥に開いた通路の入り口に飛び込み、そのまま駆けていく。
部屋の中には動かなくなった角鬼たちが蹲り、横たわり、転がって残されるのみだ。その小さな体を中心に拡がる血溜まりだけがじわじわと大きくなっていった。
ダンジョン内は天井にポツリポツリと突き出ている水晶のような物体が出す光で明るく照らされている。これなら走りながらでもトラップのスイッチらしきものが無いか、目で見て警戒する事ができる。
移動スピードを武器とする《フーリガンズ・ストライク》にはおあつらえ向きのコンディションだった。
ただ、彼らが駆けている通路は横穴とでも言えば良いのか、通路よりもやや小さめな道の入り口がところどころに開いていた。
リリアーネは先ほどからその横穴に近付いて通り過ぎるたびに、角鬼が飛び出して襲って来ないかそのつど警戒している。
メンバーたちは5人ともが槍の穂先を上に向けて肩に担いだまま、通路を駆けていく。
彼らの武装はほぼ同じもので統一されており、それはメインの武器として使う短めの槍も、補助の武器として装備しているショートソードも、ほとんど使う事が無い小型のボウガンも、身につけている防具も、腰のベルトに取り付けた小型の鞄もそうだった。
そして胴体に身につけているブリガンダイン、下半身の膝までを守るブリガンダインショース、肩から肘までを覆うブリガンダインポールドロン、さらには鎧下のガンビスンや革手袋、ブーツに至るまで黒を基調としたカラーリングで統一されている。
唯一と言って良い違いは、メンバーを瞬間的に見分けるためなのか、それぞれが首に巻いているスカーフの色だけだった。
ちなみにリリアーネはお気に入りの色である白いスカーフを巻いている。
メインで使っている槍は、軍隊で一般的に使われるような物と比べるとかなり短い。地面に垂直に立てると、彼らの肩までほどの長さだ。
逆に刃のついた穂先は長めで、槍の全長の三分の一弱ほどあった。
つまり一般的な槍に比べて柄はかなり短く、穂先が長い。
取り回しを重視した、狭いダンジョンの中でもあまり邪魔にならない長さの槍だった。
「⁉︎」
リリアーネの耳に空気を切り裂くような高音が聞こえたような気がした。
「あの音……指笛か?」
横を走るダイソンの耳にも聞こえたらしい。何の音だ?とリリアーネが思った瞬間、また同じ音が聞こえてきた。
「おそらく……いや、間違い無く角鬼たちが鳴らしているな」
その音は不規則な間隔と音の長さで響きながら、横穴を通ってあちこち違う方向から聞こえてくる。
何度か聞くうちに、リリアーネはピンと来た。
「もしかしたら角鬼たちが連絡を取り合ってるんじゃないか?ボクたちがランタンの灯りとかで送り合う信号みたいに……」
リリアーネは彼女の考えを述べる。
「なるほど、確かにな。すると奴らは組織的に連携して行動ができるという事か……。となると今までのような単純な襲撃はしてこないかも知れないな。より気を引き締めてかかるぞ!警戒を怠るなよ!」
ダイソンの言葉に、メンバー全員がより警戒の姿勢を強めながら《フーリガンズ・ストライク》は通路を駆けて行くのだった。
「音で連絡を取り合っている?」
思わずブランドンは呟いていた。
広場の大きなものとは別に観覧席用に設置された、一般的な大きさのクリスタルモニターには《フーリガンズ・ストライク》の視点が映し出され、小型の「公示人の口」からは彼らが拾った音が聞こえて来ていた。
ブランドンが《フーリガンズ・ストライク》のメンバーの会話を聞いていると、彼らは聞き捨てならない事を言い出したのだった。
ブランドンは怪訝な表情を作る。
彼の現役時代、確かに“暗黒大陸”のダンジョンで遭遇した“仮面被り”たちは、角笛を吹いて敵の襲来を知らせたり、仲間を呼んだりはしていた。
しかしそれは音を使っているとは言え、単純に仲間に警告を発したり、助けを求めているだけだった。
音で信号を送り合う。
つまり一方的な警告音や救難要請ではなくて双方向的な意思疎通。
《フーリガンズ・ストライク》のメンバーたちの会話の内容を聞く限り、このダンジョンの角鬼たちは、より高度な情報伝達の手段を持っている可能性が有る。
「どういう事だ?“仮面被り”とは言え、所詮は角鬼。いくつかの集団が、まるで軍隊のように組織的に連携を取って行動するなど……そんな事が有り得るのか?」
無意識のうちに考えている事を小さな声で呟いてしまう。
ドラセルオード近郊のダンジョンには今まで対処の難易度が高い脅威生物は出現しなかった。ダンジョンそのものの難易度も“難関”と呼べるようなものは、ひとつも無い。
そんな中ポンと現れた新規のダンジョンに、このあたりでは見慣れない“仮面被り”が出現し、さらには未知の行動を取ってくる。
(いや……有り得なくは無いか。脅威生物の知能を我々人間は基本的に侮りがちではある。しかしなんだこの違和感は?どうにも不自然な気がする)
ブランドンはそこに何か作為的なものを感じずにはいられなかった。
「やっぱり今回のダンジョンの脅威生物ってぇ、ブランドンさんから見ても厄介なのぉ?」
ブランドンの呟きを聞いていたのだろう。ルナルドがブランドンの方へ向き直って聞いてきた。
ルナルドの大きな丸い頭。その中央に寄った顔についている二つの丸い目が、ブランドンを見つめている。
「厄介、と言うべきなのでしょうか……。ただ、角鬼があのように連絡を取り合うなどというのは、私の経験にも無い事です。一体どういう事なのか……」
正直ブランドンも解説席に座っているビクターに、今すぐ問いただしたいところだった。
ビクターは《フーリガンズ・ストライク》の会話に気付かなかったのか、他のチームが角鬼と繰り広げている戦闘の解説を続けている。
気付かないのも無理はない、彼は解説役として広場の中央に座り、クリスタルモニターに映し出される6個もの映像を追っているのだ。
「もしかして冒険者たちにとって何か危険な事態が起きる可能性が有るのでしょうか?だとしたら早急に対応しなくてはなりませんが……」
マンチェットが真剣な表情でブランドンに話しかける。
いくらダンジョン攻略という危険が付き物のイベントに協力しているからといっても、あまりにも大きな危険が冒険者に及ぶのは冒険者組合の責任者として見過ごすわけにはいかないのだろう。
「しかし対応とは言っても、今さら大会を中止する事などできんぞ。仮にそうするとして、あの熱狂する観客たちになんと言って説明するつもりなのだ?」
チェイミー卿が横から口を挟んで来た。彼にしてみればいよいよ佳境に差し掛かろうかというこの段階で大会を中止するなど、考えられない事だろう。
彼らのやり取りを聞いていたカーモーフ会長が口を開く。
「未知に遭遇し、それに挑むのが“冒険”というものだろう。危険は最初から織り込み済みのはずだ」
その言葉を聞く限り総責任者のカーモーフ会長の判断も、今さら中止など有り得ないというもののようだ。
「エフロイド殿も、かの“キュルケゴルダ迷宮の攻略”では、それまでどんな冒険者も遭遇していなかった“カースドラゴン”を、初見で見事に討伐しているではないか。冒険者たちが《ドラゴン・ベイン》の伝説を追うと言うのなら、まだ見ぬ脅威に簡単に屈してもらっては困ると言うものだな」
そう言ってカーモーフ会長は言外にマンチェットを牽制した。
それを聞いて、言葉に詰まったマンチェットはどうする事もできずに、すごすごと浮かせた尻を椅子に落として、退きさがるしかないようだった。




