“ダンジョンコンクエスト”フリーク
「きゃああぁぁ‼︎良いわ!良いわよ‼︎その調子!そのまま“ちんちくりん”どもを轢き潰しなさい‼︎私たちこそが万物の霊長にして地上の覇者であると、奴らに嫌というほど思い知らせるのよ‼︎」
レエモンはクリスタルモニターに映し出された血の惨劇に釘付けになっている、“お嬢様”の姿に唖然としていた。
彼女はその細い腕をぶんぶんと振り回しながら、革張りの腰掛けからぴょんぴょんと小さなお尻を浮かせてはしゃいでいる。
その様子はまるで、劇場の最前列で二枚目の舞台俳優の演技に熱を上げる王都の小娘たちのようだ。
いや、小娘たちの方がある意味ではマシというか、健全だと言える。
なにしろ目の前で目をキラキラさせている“お嬢様”が見ているのは、舞台俳優ではなくクリスタルモニターに映る凄惨な戦闘風景なのだ。
ふと離れた場所に置かれた椅子に座っている例の執事の老人を見ると、彼は項垂れて額に手を当てたまま、顔を顰めている。
“道化”と“お嬢様”に呼ばれていた例の小男も、“お嬢様”の足元で革張りの腰掛けにもたれて三角座りをしているが、肩をすぼめて小さくなっている。レエモンの視点から見える彼の横顔は、明らかにゲンナリした表情をしていた。
レエモンは“ダンジョンコンクエスト”をちゃんと見るのはこれが初めてだったが、冒険者たちは彼が予想していたよりもかなり早く脅威生物と遭遇し、そのまま戦闘が開始されたのであった。
一番始めにダンジョンに潜ったチームが通路を通って広間のような場所に到達すると、わらわらと角鬼たちが現れ、あっという間にとんでもない数に囲まれた。
すぐに2チーム目が追いついて冒険者たちと角鬼たちとの大乱闘が始まったが、そのあたりから“お嬢様”はずっとこの調子なのだ。
さらにそこから後続の3チーム目、4チーム目が加わるごとに、彼女のテンションはヒートアップしている。
「いけっ!そこよ‼︎4チームも集まったんだから、もっと徹底的に叩きなさい‼︎ああん、もう、“ちんちくりん”どもが撤退し始めてるじゃないの。グズグズしてないで、はやく殲滅しなさいったら‼︎」
“お嬢様”はまわりの使用人たちやレエモンの視線にも気付かないほど熱中している。
不意に彼女は足元に座っている“道化”をぬいぐるみのように抱え上げると、熱中に身を任せてポカポカと“道化”の頭を叩き始めた。
“道化”はその小さな全身を、顔だけ出した着ぐるみのような奇妙な装束で覆っており、“お嬢様”の拳が降り注いでいるのはその頭巾の上からなので、彼女の見た目通りの非力さも相まってさほど痛そうには見えない。
しかし“道化”は“お嬢様”に抱えられた体勢のまま、首だけ動かしてレエモンの方を向くと、「助けてくれ」とでも言わんばかりの視線を向けてきた。
いや、そんな顔をされても、今日初めての客であるレエモンにはどうする事もできないのだが。
「ああー、撤退しちゃった…………。もう‼︎何よ、あの解説の男‼︎あの“ちんちくりん”どもは特別で、結束力が高いからなかなか撤退しないみたいな事言ってたのに、あっさり逃げちゃったじゃない‼︎」
興奮のあまり腰掛けから立ち上がった“お嬢様”は、視線をクリスタルモニターに釘付けにしたまま、頬を膨らませてぷりぷりと怒っている。
彼女が立ち上がった隙にその細腕の拘束から逃れた“道化”は、そそくさと離れた場所に移動し、また三角座りに座り直した。
「あれだけの数の脅威生物と冒険者のぶつかり合いなんて、そうそう見られるものじゃないって言うのに、すぐに終わっちゃったじゃないの‼︎きーーーっ‼︎腹立たしいったらありゃしないわ‼︎」
“お嬢様”は子供のように地団駄を踏んで、本気で悔しがっている。
「まあまあ、序盤で脅威生物どもが全滅などしてしまったら、あとは退屈な探索風景が延々と続くだけではありませんか。後にとっておける楽しみができたと思えば良いのではないですか?“お嬢様”」
執事アントニオがフォローを入れる。落ち着いたその声とは裏腹に、彼の顔は目に見えてくたびれた表情をしていた。
「…………それもそうね。撤退して行ったって事は、たぶんあれが脅威生物どもの戦力の全てじゃないって事だろうし……。まぁ、次に期待といったところかしら」
“お嬢様”は、執事の言葉に落ち着きを取り戻したようだ。
おそらく執事アントニオはこうして数えきれないほど、彼女が幼少の頃からその癇癪を宥めて来たのだろう。
『さあ、ここで6チーム目の《アドベント・マーシナリィ》がダンジョンに突入したとの情報です!緒戦を見事勝利で飾った冒険者たちのダンジョン攻略は、いよいよここからが本番と言えるでしょう!』
クリスタルモニターから実況役の声が聞こえてくる。クリスタルモニターの大画面は四分割に区切られており、それぞれに俯瞰的視点と、何チームかの主観的視点が切り替わりながら映し出されている。
「それにしても、冒険者たちがダンジョンに突入したのがようやく半分。ねえ、これだと今回は明らかに冒険者側の戦力が過剰じゃないの?」
“お嬢様”は立ち上がったまま、クリスタルモニターの画面を見ながら言った。
「冒険者が一方的に脅威生物どもを蹂躙するってなると、それはそれで退屈なのよねぇ。こういうのはやっぱり、ギリギリのスリルがなくっちゃ……ねえ、あなたもそう思わない?レエモン」
“お嬢様”の機嫌が直って油断していたレエモンは、いきなり話を振られて戸惑う。「ええと……そう、ですね……」などと上手く返せずしどろもどろになってしまったレエモンを助けるかのように、執事が再び口を開く。
「“お嬢様”の仰る通りだとは思いますが、大会の運営側としては数年前に何度かあったような、ほとんどのチームがリタイア、もしくは全滅してしまうような“放送事故”は避けたいでしょうから、やむを得ない措置ではないかと私は思います……」
レエモンは執事の“助け舟”に感謝する。正直、このイベントをちゃんと見るのは初めてなのだ、意見を求められても困ってしまう。
「私としてはあれはあれでアガっちゃうんだけどね。間抜けな冒険者が悲鳴を上げながら全滅していく様なんて、ちょーウケる……」
その時、“お嬢様”の言葉の途中で、先ほどまで静かに彼女を諭していた執事の表情が一変した。その伸び放題の白い眉毛の下の細い目をクワッと開き、その能面のようだった表情を般若の表情に変化させる。
「“お嬢様”ァ‼︎‼︎なりませんぞ‼︎そのような、下賤な売女が使うような言葉をお使いになられては‼︎そのようなお言葉遣いをなさるのをもし旦那様がお聞きになられたら、どれほどお心を痛められる事か‼︎」
枯れ木のような老人とは思えないような大声で執事は“お嬢様”を嗜めた。彼の形相と声色の変化に、レエモンは驚いてしまう。
「お仕置きだー。お仕置きだー。悪い子にはお仕置きだー」
ちょこんと座っている“道化”がここぞとばかりに便乗して、棒読みで言った。
「分かってるわよ、アントニオ。ほんとうるさいったら。いつまで経っても子供扱いなんだから、まったく。それに、あんな自分の世界に引き篭もってしまってるような人間にも礼儀を尽くすんだから、ホント、召使いの鑑よね、あなたって」
ぜえぜえと肩で息を切らしている老人に向かって、“お嬢様”は涼しい顔でそう言った。執事の諫言などどこ吹く風、と言った表情をしている。
「アントニオが倒れちゃったらいけないから、私たちはおとなしく観戦に戻るとしましょうか、レエモン。どう?あなたもこの大会の面白さが分かってきたんじゃないかしら?私のような“ダンジョンコンクエスト”フリークになるのも、もうすぐね」
“お嬢様”は腰掛けに座り直しながら、笑顔でレエモンに話しかけてくる。
「ははは……。“お嬢様”についていけるよう、これから勉強していきたいと思います……」
(なんという不可思議な人間関係なんだ、この者たちは。今までは表側しか知らなかったが、貴族というものは裏では皆、こうなのだろうか?)
大会に熱狂する“お嬢様”の様子と、彼女たちの人間関係に戸惑うばかりで置いてけぼりになっているレエモンには、そうやって曖昧な返事を返す事しかできなかった。