探索の道中
探索を開始してからおよそ半刻、薄暗く少しジメッとした空気の中、僕達は六人で歩くには少し狭い通路をゆっくりと進んでいた。
今までに「潜った」ダンジョンにもこれぐらいの狭さの通路はあった。これよりも狭かったり、六人が横に拡がってもまだ余るような幅の通路もあった。
ただ、今までのダンジョンと違ったのは、通路の壁が積み上げたレンガで綺麗に整えられている事だ。
天井も大きな石を切り出して作ったのだろうか、おそらくは板状に加工されているであろう石が、両端の壁に渡すような形で伸びており、それが何枚も何枚も、奥に向かって続いている。
床も加工された石が敷き詰められた石畳になっている。
今まで僕らが潜ってきたダンジョンは、古代王朝の遺跡である地下水路の跡を除けば、そのほとんどがそれなりの規模の洞窟や廃棄された坑道の名残りに、脅威生物が住みついたものばかりだった。
このダンジョンが何者かの手によって「建造」されているのは明らかで、しかもその手の込み具合いは、今までのダンジョンとは比較にならない。
僕が気になっているのは、天井から床に向かって突き出た、人間の拳くらいの大きさの水晶のような物体だ。石の板が何枚か続いた一定の感覚を置いて、ポツンポツンと何個も天井から突き出ている。
「なんか……すげーな、今回。入り口も石とレンガだったし、こんなの造ろうと思ったら、どんだけ人手と金が要るんだろうな」
魔煌ランタンの青白い灯りに横顔を照らされたキドルが言った。
「昔の王様とか、少なくとも領主クラスの人物のお墓とかじゃないかしら?壁のレンガの積み方とか、石畳とか、使われてる技術は割と原始的っぽいけど」
セリエが彼女の分析を交えた推測を口にする。
「もし墓なんだったら、アンデッドってヤツが出てくるんじゃないか?我らの眠りを妨げるものは誰だー、ってな」
松明を掲げて先頭を歩くベランが悪戯っぽく言う。
アンデッドなんて聞いても、セリエもカーラも全く怖がりそうにないが、ルーシアは怯えるかもしれない。
そう思ってルーシアの方にちらっと視線を向けると、手に持った粗紙に今まで歩いてきたダンジョン内の構造を書き込んでいるようだ。横からセリエが覗き込んでチェックしている。ここまで完全な一本道だったのでチェックが必要かは正直疑問だが。
「王様のお墓とかだったら、荒らされてなければの話だけど、何かとんでもないお宝とか出てくるんじゃないの?アタシ一度でいいから山盛りの金貨とか、この目で見てみたいんだよね」
カーラも好奇心に溢れた視線で周囲をあちこち見回しながら進んでいる。
もっとも彼女はトラップ探知が得意なので、警戒も兼ねているのだろうと思われるが。
「でも、もしそうだとしたらこの建造の手の混み具合から見ても、あまり規模は大きくないのかも知れないな。下手したらダンジョン認定されないかも……」
僕は思い付いた事を口に出してから、皆の期待に水を差すような事を言ってしまったとすぐに後悔した。
ただ、ダンジョンを発見したと思って意気揚々と乗り込んだら、しばらく進んで小さな祠を見つけて終わり、なんて事はよく聞く話なのだ。
「まだ潜り始めたばかりだし、警戒はしておかないと。魔煌ランタンの灯りもハッキリしてるから、このダンジョン内の魔素が濃いのは間違いないわ」
僕の不用意な発言をカバーするかのようにルーシアは皆に警戒を促す。
確かに今のところ脅威生物の姿は見えないが、魔素に惹かれて集まるヤツらの習性を考えれば、居ないなんて事は考えにくい。
「脅威生物が出てきても、今の俺らなら問題ないだろ。今までのダンジョンに出てくるような雑魚どもだったら、もう楽勝で対処できるしな」
何とも勇ましいベランの発言だ。
確かに僕が怪我をさせられた小鬼程度なら、彼は自慢のバスタードソードで斬り飛ばしてしまう。着ている鎧も胴を守るプレートタイプのキュイラスを中心に、手足もしっかりとリベットで補強した革鎧で武装している。
彼が正面切っての戦いで脅威生物に後れを取ったところは見た事が無い。彼は自他共に認めるチームの攻撃の主軸だった。
「そうそう、今までのランクのダンジョンじゃあ、いくら攻略しても“ダンジョンコンクエスト“出場には漕ぎ着けられないからな。今回の《ドラセルオード・チャンピオンシップ》にはさすがにもう無理だけど、来年は絶対に出場するつもりだぜ、俺は」
キドルも続いて彼の野望を口にする。
結成からもうすぐ二年、僕らのチームの目標は“ダンジョンコンクエスト”への出場とそれの常連チームになる事、そして年に一度の一大イベント《ドラセルオード・チャンピオンシップ》出場の資格を得ることだった。
“ダンジョンコンクエスト”とは、簡単に言ってしまえばダンジョン攻略を競技にしてしまって、その様子を魔導具の力で中継、放映して、一般の人たちでも楽しめるようにしたものだ。
昔はダンジョン攻略という「冒険」は冒険者だけのものだったが、今はその「冒険」を皆で共有できるようになった。数年前から人気に火が着いて、今ではドラセルオード市民の中でもポピュラーな娯楽になりつつある。
年中“ダンジョンコンクエスト”の大会や様々なイベントが開かれているが、《ドラセルオード・チャンピオンシップ》はその中でもひときわ大きい、街総出で盛り上がるお祭りのような大会で、一年の集大成であると言える。
そこに出場できるのは本当にランキング上位のチームのみであり、それは僕たち冒険者にとって、とても名誉な事なのだ。
まあ、ウチのチームの場合、その目標に向かう道にはいろいろな問題が横たわっているのだが……。
「開催まであと二週間ちょっとかー。アタシ、今回は《フーリガンズ・ストライク》が絶対チャンピオンになると思うんだよね」
へえ、カーラが予想する優勝チームはあそこか、確かにあのチームの勢いを考えれば、それは充分に有り得る話だ。
「私はやっぱり《エンシェント・ディバウアーズ》が連覇すると思うわ。あそこの方がチームのバランスが良いし、経験も実績も申し分ないから。ただ、気になるのは今回どのダンジョンに潜るのか、未だに発表されてないのよね」
セリエが話題に乗ってきた。クールな印象が強い彼女もやはり気になるのだろう。
「それな。ダンジョンによっては攻略に最適な戦略が大きく変わるし、チーム構成とダンジョンの相性で大きく有利不利が出てくるからな。あー、今回はどこのチームに賭けようかなー。前回はマジで大損こいたからなー」
キドルが続く。その言葉を聞いて、僕にはピンと来るものがあった。
そういえばチームの食料購入予算をえらく減らされた時期があったけど、まさかチームの資金に手を付けていたんじゃないだろうな。
キドルが女だけじゃなく金にもだらしないのは良く知ってるけど、もしそうなら結構問題だぞ、それは。
そのまま“ダンジョンコンクエスト”に関する話題で僕らは盛り上がる。ルーシアだけは話に参加して来ない。
チームの救護役であり、血を見る事にも慣れているはずの彼女だが、その性質上どうしても野蛮な色が拭えない“ダンジョンコンクエスト”には興味を持てないのだろう。
優しいルーシアらしいなと僕は改めて思う。
そんなこんなで特にトラブルも無く僕達は通路を進んでいく。
しばらくすると、目の前に大きな部屋のような空間が現れた。