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逃れられない呪い


 マーテルは憂鬱な気分を表には出さないよう、意識して無表情を保っていた。


 結局彼女はブランドンの意向には逆らえなかった。仕方がない。

 考えてみれば自分が今日ここに来たくなかったのは完全に個人的な理由だ。あんな理由でブランドンを説得できるはずが無い事は、自分が一番良く分かっていた。


 しかしそれでも、やはり来たくはなかったのだ。


 冒険者稼業に関わるものにはもう、心の底から近付きたくなかったのだ。


 観客の歓声が聞こえてくる観覧席に座りながら、彼女はずっと自分がひどく場違いなところに迷い込んでしまったような感覚にとらわれている。


(冒険者たちはもちろん自分が身を置いている稼業のリスクを理解している。確かに理解はしているわ。でもそれは、本当に“分かっている”という事にはならない……)


 クリスタルモニターに映る冒険者たちの主観視点の映像を見ながら、マーテルは自然と映像の中の彼らに《ドラゴン・ベイン》の一員として、ブランドンの所有物として、ダンジョンに潜っていたあの頃の自分を重ねていた。


 角鬼ゴブリンたちの体に、その浅黒い土色の肌に食い込んで切り裂いていく鋭利な鋼の塊。

 そこから噴き出す角鬼ゴブリンたちの、人間と変わらない色の血液。

 冒険者の振り下ろすメイスが角鬼ゴブリンの頭部にめり込む。

 明後日の方向を向きながら倒れていく角鬼ゴブリンの割れた仮面の奥から、どろりとした脳漿のうしょうが血に混じってこぼれていく。


(なんというおぞましさなの。命が散っていくさまを、こうして見世物にするなんて……)


 もちろんマーテルは冒険者としてダンジョンに潜っていた頃、“仮面被り(マスクド)”を何体もその手で殺した経験がある。

 冒険者時代のほとんどを救護役としてチームに同行していた彼女だが、殺さなければ殺される、そんな場面にはうんざりするほど遭遇した。


 今画面に映っているような角鬼ゴブリンたちなら、冒険者を引退して久しい今の彼女であっても2、3体くらいまでならおそらく対処できる。《ドラゴン・ベイン》が戦ってきた脅威生物モンスターのほとんどは、あんな生やさしいものではなかった。


(今思い返しても、こうして命がある事が奇跡だわ)


 マーテルがブランドンの所有物として奴隷商から買い取られたのは、チームが結成されたすぐ後だった。

 最初の頃は“従者”として雑用をこなしながら、戦闘ではブランドンの肉の盾として彼の近くに立つ。それが彼女の役目だった。


 最初の戦闘を生き延びた彼女が知ったのは、

「今の立場のままでは近いうち確実に命を落としてしまう」という現実だった。


 それからマーテルは必死に努力した。死ぬのが怖かったから。


 酒保しゅほ商人たちから道具の知識を学び、チームに帯同していた床屋から治療の技術を学んだ。

 自分で医術に関する書物をあさり、睡眠時間を削って勉強した。


 そして……寝ているブランドンの毛布の中に、自分の体を投げ出した。


 努力の甲斐あって、しばらくすると彼女はチームの救護役の地位を得た。救護役はリーダーの次に高い優先度で敵の攻撃から守られる。


 しかし、そこからの日々も、彼女の心に安寧をもたらしはしなかった。

 彼女の腕の中で、一体どれだけのメンバーが命の灯火ともしびを儚く消していっただろう。


 始めのうちは戦闘のたびに泣いていた。


 確かに彼女の治療で命を救われたメンバーも居る。


 しかしそんな救いが簡単に消し飛んでしまうほど、彼女の目の前で数えきれないほどのメンバーが死んでいった。


「何でだ?起き上がれねえ、まだ戦えるんだ、俺はまだ戦える……背骨か?なんか背骨がヘンなんだ。なあ、マーテル、どうなってんだ?俺の体……?」


「痛え、痛えよぉ…………もう、もう殺してくれよぉ、マーテル、お願いだ、ひと思いに殺してくれよぉ……」


「うぅ……、なんで俺がこんな目に……。ちくしょう‼︎冒険者になんかなるんじゃなかったぜ……あのまま普通に働いてりゃ、今頃はアイツと所帯を持ててたんだ!神様!おねがいだよ、やり直させてく……ぐぶっ」


 今でも死にひんした彼らの声が彼女の長い耳にこびりついて離れない。

 夢に見る事もある。忘れる事などできるわけがない。



 これではまるで呪いのようだ。



「ああ……ああ……寒い、寒いよ……マーテル。手を、ちゃんと手を握ってくれているか?感覚がないんだ。…………寒い……寒いよ……怖い。怖い。怖いよ……死にたくないよ…………ううぅ……ああああ‼︎怖いよ‼︎‼︎ママ‼︎‼︎死にたくない‼︎‼︎」


 真っ青な唇を震わせながらそんなふうに泣き叫んだのは誰だったか、マーテルはもう覚えていなかった。


 覚えているのは、その叫び声を聞いても、涙が一滴も流れなかった事だけだ。


 そんな地獄を、彼女はあまりにも長く、数多くその目で見てきた。


 ブランドンが冒険者から引退すると彼女に言って来たあの時、胸を通り過ぎていった、あの苦くてくらい、どろりとした感情を、マーテルは忘れる事ができない。


(この人の栄光の下には、一体どれだけの報われない死が積みあがっているのだろう……)


 冒険者たちだけではない、彼らが倒してきた脅威生物モンスターたちの命もそうだ……。


 横に座るブランドンの存在を意識しながら、マーテルはそんな事ばかり考えてしまう。


(そういえば、あの人も…………最後は治療することすらできなかった……奴隷という立場を経験した辛さはチームの誰よりも知っていた私なのに……何も……何もできなかった……)


 思い出したくないことを思い出してしまい、憂鬱な気分が膨らんでいく彼女の耳に、観客の一際大きな歓声が聞こえて来た。


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