脅威生物「角鬼」解説
「“仮面被り”だ」
ブランドンがそう呟いた途端、観覧席に座る者たちの視線が一斉に彼に集まった。
急に注目されたのが気恥ずかしかったのか、ブランドンは一つ咳払いをして言う。
「……いやいや、自分で推薦しておきながら、ビクターから仕事を奪ってしまうところでした。余計な発言は慎まないといけませんな」
そう言って黙ってしまった。しかし彼の呟きを引き継ぐように「公示人の口」からビクターの声が響く。
「あれは“仮面被り”と呼ばれる角鬼ですね。あのタイプは例外なく角鬼の“呪術師”に率いられていますが、仮面をかぶっているのは“呪術師”が祀る、連中の邪神への信仰によるものだと言われています」
ブランドンの呟きを引き継ぐように解説している。
「一般的な角鬼に比べると、信仰心によって結束力を高めている上に“呪術師”を頂点とした組織構造、部族社会を構築しており、戦術という概念さえ理解する手強い難敵です。……しかし、“暗黒大陸”のダンジョンではお馴染みでしたが、このあたりにも出没するとは正直意外ですね」
「なるほど、普段私たちが見ている角鬼よりも強いんですね。しかしそうなると冒険者たちは大丈夫なのでしょうか?」
実況役の女性は不安そうにビクターに尋ねる。
「彼らが今戦っているのは“兵隊”ばかりなので、何とかなるとは思います。結束力が高く、なかなか撤退しないとは言え、数を頼んで襲いかかる戦法は通常の角鬼と変わりませんし、使う武器も原始的なものですから。ただ……」
「ただ?……」
ビクターが一旦話を区切る。どう情報を開示するか一瞬考えたのだろう、彼は解説を続ける。
「“呪術師”が率いるような角鬼の氏族には、大抵の場合は“戦士”が居るものです。“戦士”には突然変異で生まれる“強化種”がなる事がほとんどなのですが、“強化種”が相手だと非常に危険だと言わざるを得ません」
「危険……そんなに手強いんですか?」
「ええ、“兵隊”はご覧の通りの、人間の子供のような体格ですが、“強化種”は体高だけならオーク並み、いや、それ以上です。力もそれに比例して強いですし、体格からは考えられないほど動きも素早いですから」
「“呪術師”、“戦士”、“強化種”……ビクターさんはここからさらにそんな強敵が現れる可能性が有ると?」
「ええ、可能性は充分有ると思います。そうなると今回の攻略は、“突出して他のチームに先行する”というのはまずい戦略になりそうですね。他のチームと駆け引きしながらも、孤立しないよう慎重に攻略を進めた方が良いでしょう」
ビクターはそう言って角鬼の解説を締めくくると、今なお繰り広げられている冒険者と角鬼たちの戦闘の解説へと戻って行った。
画面の中の冒険者たちはビクターの予想通り3チームともが守りに徹して、4チーム目の到着を待っているようだ。
「さすがはビクター先生、見事な解説だな。しかし冒険者の女二人……いや、生き残った者も含めて三人か、あれらが“孕み袋”として使われたのだ。“呪術師”が調合する秘薬を使った上で、人間相手の交尾となれば突然変異の確率は跳ね上がるはず。間違いなく角鬼どもの“強化種”も“戦士”も居るだろう」
ブランドンがビクターの解説を補足するように彼の考えを述べる。
「それってつまりぃ、今回冒険者たちは経験した事のない脅威生物と戦わないといけないっていう事ぉ?大丈夫なのぉ?それってぇ?」
観覧席の一列前に座っているルナルドが後ろを振り返ってブランドンに聞いてきた。
「そういう事になりますね。しかし12チームすべて《ドラセルオード・チャンピオンシップ》の優勝を目指して出場しているのですから、それぐらいの試練には打ち勝ってもらわないと困ります」
「あらぁ、厳しいのねぇ。いよいよ危なくなったらオブザーバーとして、アドバイスくらいはしてあげてねぇ、ブランドンさん」
「まあ、大丈夫だとは思いますがね。なんだかんだ言っても冒険者側は12チームもの戦力なのですから」
ブランドンの口から「大丈夫」という言葉が出た事でその場の者たちは少し安心したようだった。
「しかし、そのおかげか観客は例年にない盛り上がりだな」
カーモーフ会長がそう発言する。会長として毎年この大会を運営して来た彼にとっても、今年の観客の熱狂はすでに凄まじいものになっていた。
「何しろこんな序盤でこれほど大規模な戦闘ですからな。むしろ中盤以降で戦闘が減ってしまわないか、そのせいで観客が萎えてしまわないか、そちらの方が心配ですわい」
チェイミー卿が続けて言う。この大会の評判が次回の市長選に間違いなく影響すると考えているのだろう。クリスタルモニターを見つめる視線はなかなかに真剣なものだ。
「おおーーーーっっ‼︎ついに!ついに到着です‼︎4チーム目の《ドラセル・パンツァーズ》が広間に到着‼︎先行していた3チームに加勢します‼︎これで冒険者有利となるでしょうか⁉︎」
実況役のよく通る声が広場に響き渡り、同時に津波のような歓声が湧き起こった。




