「カースドラゴン」
《ドラゴン・ベイン》のメンバーたちは《キュルケゴルダ迷宮》内の、石造りで囲われた通路を最奥部へと向かって進んでいた。
キュルケゴルダ砦の地下に広がるこの巨大な迷宮は、横だけではなく縦にも延びて拡がっている。つまり階層が何段にも重なって、地下へ地下へと無謀な冒険者たちを誘い込んでいる。
通路を歩くメンバーたちの足取りは重かった。何しろダンジョンに潜ってからかなりの時間が経過している。
経験豊富な冒険者は日の光がない地下にあっても、潜り始めてから何日が経過したか、大体把握している。その大雑把な感覚に頼っても、おそらくすでに6日は経っているはずだった。
皆の顔に疲労の色が強く出ていた。
無理もない、彼らはとっくに前人未到の深度、領域まで《キュルケゴルダ迷宮》の攻略を進めているのだ。
度重なる脅威生物の襲撃、悪意にまみれたトラップの数々。それらに対処しながらここまでの深部に到達できたチームは間違いなく過去に居ないと断言できる。
しかし、偉業と言えるラインをすでにクリアしたにも関わらず、それでも彼らはさらに奥を目指す。
なぜなら今回の攻略の目的はこの迷宮の、“ダンジョン・コア”を制圧する事だったからである。
彼らが攻略対象に選ぶようなダンジョンはどれも大規模で、凶悪な脅威生物がうろついているようなものばかりだった。いわゆる難関ダンジョンと呼ばれる部類のものである。
難関ダンジョンともなると、ダンジョンの心臓部と言える“ダンジョン・コア”のある空間が必ず存在する。
“ダンジョン・コア”が持つとされる魔素集積と増幅の機能無しには、凶悪な脅威生物が必要とする魔素の量をダンジョン内に維持する事ができないためだ。
“ダンジョン・コア”を制圧してしまえば、少なくとも出現する脅威生物はコアからの魔素の供給を絶たれて大幅に弱体化する。
それゆえにダンジョン・コアを制圧する事で、初めてそのダンジョンを完全に攻略したと言えるのだった。
最難関ダンジョンに潜りながらも、《ドラゴン・ベイン》のメンバーはまだ一人の脱落者も出していなかった。
その事実は、百戦錬磨のメンバー個々人の能力の高さや、参謀であるビクターの作戦の妙もさることながら、なによりリーダーであるブランドンのリーダーシップと決断力の賜物であると言えた。
ヒャクリキは先頭を歩くジョエルのすぐ後ろを歩いている。
先ほどの小休止中に他のメンバーから隠れて打った“ソーマ”がまだ少し効いているのか、意識ははっきりしていながらも少し体がフワフワするような感覚があった。今は体の痛みも消えている。
(生きて戻ったらチームを抜ける。報酬をぶん取っておさらばする……)
このダンジョンに潜ってから彼が考えるのはそればかりだった。
「‼︎……前方に部屋がある。脅威生物が持ち伏せしているかも知れない。警戒しろ」
異変に気づいた槍手のジョエルが後ろを振り向いてメンバーに警告した。
途端に皆が武器を構えたり、手の甲に拡げた精神高揚の秘薬を嗅いだりしている。
ヒャクリキも腰に提げていたウォーピックを手に取った。
一行は警戒の態勢を保ったまま部屋に入っていく。
非常に広い部屋だった。向かいの壁が見えない。そして松明を掲げても暗くて見えないほど天井も高い位置にあるようだ。
床には石畳が広がり、太い柱が何本も天井へ向かって立っている。そのうちの何本かは折れてしまっており、中途半端な柱が地面から生えていた。
「皆一定の距離を保ったまま、周囲を調べろ。離れ過ぎて孤立するなよ」
ブランドンから指示が飛ぶ。メンバーたちはその指示に従い、情報の収集と索敵のため、周囲を探索し始める。
脅威生物の姿もトラップのスイッチらしきものも今のところ見当たらないが、ヒャクリキの勘は、何かがこの部屋に居ると告げていた。
こういった時の彼の勘は、どういうわけか今まで外れた事が無い。
「妙だな。何も無い。ここまで潜ってこれだけの広さの部屋に何も無いってのは、さすがになんか気持ち悪いな……」
罠師のリョーカが言う。おそらくメンバー皆が同感だと思っているだろう。
「何だよ、気を張って構えてたのに、これじゃ拍子抜けd…………」
弓手のガースが言葉の途中で急に声を出すのをやめた瞬間、皆が異常を察知して彼の声がした方を向いた。
メンバー皆の動きが止まる。何人かがかざした松明の明かりに照らされたその場所に、その巨大な“何か”の全身が露わになっていた。
そいつは折れた柱の上に、その巨体を丸めて乗っかっていた。
長い首、長い尻尾、胴体はやや太く、4本脚、平べったい大きな頭には前の方に小さな3本の角。
全身真っ黒な色の表皮は松明の灯りを反射して、ぬらぬら、てかてかと鈍く光っている。その背中にはまるで魚のもののような形の大きな背びれが生えていた。
全身のフォルムは背びれを除けばトカゲが近いだろうか……、いや、どちらかと言えばヤモリだろうか。脚の指の先が丸くなっており、柱に吸盤のようにくっついているようだ。
いつの間にこんな近くまで接近されたのだろう?全く音がしなかった。
モゴモゴと動かしているそいつの口から、ガースのものと思われる足が突き出し、隙間から血がボタボタと滴り落ちている。
それを見たメンバーたちは反射的にその場を離れて散らばった。
「ユージン!照明弾を天井に向かって撃て‼︎」
ブランドンが大声で言う。数秒の後、射手のユージンが彼のガストラフェテスで撃ったであろう照明弾が天井に命中し、その瞬間あたり一帯が強い光に照らされる。
そいつは光に驚いたのか、折れた柱の上を離れて、部屋の壁に貼りついた。
あの巨体から推測される体重はかなりのものと思われるが、ピッタリと壁に貼り付いて落ちて来ないどころか、こちらに頭を向けたまま壁を這い回っている。
それを見たヒャクリキは、あの脅威生物はおそらく普段は天井に貼り付いて部屋の様子を伺っており、部屋に侵入して来た自分たちを餌だと判断して降りて来たのだろうと、何が起きたのかを理解した。
「ビクター‼︎なんだアイツは⁉︎知っているか⁉︎」
チーム随一の脅威生物に関する知識量を誇るビクターに向かって、ブランドンが大声で尋ねる。
「分かりません‼︎あんなバケモノ、見た事も聞いた事もない‼︎」
誰もあの脅威生物に関する情報を持っていない。これではどう対処すれば良いのか分からない。
驚きから体勢を立て直せないメンバーたちをよそに、壁に貼りついたままでいる謎の脅威生物の黒い体に変化が起きる。
その黒い表皮の表面に、まるで血管を思わせるような青白い模様が浮き出たかと思うと、そのまま発光し始めた。
「キュルルルるるるるる……」
脅威生物は奇妙な鳴き声をあげたかと思うと、口の周りにチラチラと青白い炎のようなものを噴き出し始める。
「‼︎‼︎‼︎…………黒い体色、発光して浮き出る血管、青白い光を放つ冥界の炎……。そんな馬鹿な……こいつはまさか……」
ビクターの知識の検索に引っかかったものがあったらしい。
「神話の中にしか存在しないと考えられていた、カースドラゴン‼︎⁉︎」
ビクターが大声でそう言ったその瞬間、
脅威生物はメンバーたちに向かって青白い炎のブレスを吐いてきた。




