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出発直前、イーブのテントにて


 僕は自分のテントに戻って出発前の装備の確認を済ませ、クロスボウの調整作業をしている。

 とは言っても、普段からこまめに手入れをしているのでトリガーまわりの機構も問題なく動作するし、僕のクロスボウは小型サイズの、中間支援を想定して設計されたものなので弦を張るのも容易い。

 僕が今しているのは、腕を怪我している事を考えて、普段より少しだけ板バネの張力を弱めに調整しておく作業だ。


「ふーん。イーブって、手先が器用なんだね」


 いきなりすぐ後ろから聞こえてきたカーラの声に驚いて、思わず僕は持っていたクロスボウを放り出してしまう。


「あっはははは。そんな驚かなくても。ごめんごめん、びっくりさせちゃったね」

 僕の驚く様子がおかしかったのか、カーラは明るく笑う。


「急に驚かさないでくれよ……」


 恥ずかしさを誤魔化すように僕は放り出したクロスボウを拾って作業に戻る。

 それはそうと、カーラは僕のテントまで、何の用があって来たんだろうか?ベランに見られてたら、後々面倒な事になりそうだ。


「ごめんねー、ベランが無神経なこと言って。パートナーのこと、あんまり悪く言いたくはないんだけど、あいつホント気をつかうってことを知らないからさー」


 ああ、なるほど、それが目的か。パートナーの発言でチーム内がギスギスするのを、彼女は望んでいないのだろう。しかし……


「そうやって作業してるの、見飽きなくてなんか良いね。何かの職人さんみたい」


 うん、…………近い……。距離が……。


 カーラはその愛嬌を強く感じさせる顔を、僕の顔のすぐ隣に持って来て、作業の様子を覗き込んでいる。

 彼女のクセのついた赤毛が、僕の頬を撫でてくすぐってくる。


 ……なんか良い匂いがするし……。


 そう、これだ。彼女のこういったところが近い将来、チーム内の人間関係の火種になるんじゃないかと僕は密かに心配している。

 カーラは良く言えば人懐っこく、他人との間に壁を作らないのだが、悪く言えばその分少し踏み込み過ぎというか、他人との距離感がおかしいところがある。そんな彼女の振る舞いがその奔放な性格も相まって、ベランの嫉妬心を煽りはしないかと不安になるのだ。


 それに僕はその不安の種が明確な形を持って出現しようとしているのを、この目で見てしまっていた…………。


「今日の探索、お互いがんばろうねー。じゃあ、また後で」


 しばらく作業を眺めたあと、彼女はそう言って僕のテントを後にした。僕はホッとしたような、少し残念なような、そんな不思議な気持ちになる。


「ホント、目のやり場に困るよな、あれは」


 カーラもすでに装備を整えており、いつもの革鎧を身につけていたのだが、その革鎧を窮屈そうに服の下から押し上げている彼女の胸。あれは何とかならないものだろうか。


「そりゃあ、あの人懐っこさであれを目の前に差し出されるんだ。キドルを責めるのは酷ってもんだよなあ……」


 僕は思わず小さな声で独り言を呟いていた。



 ……あれは二日前、ベースキャンプであるここに到着したすぐ後の事だ。


 僕とキドル、そしてカーラの三人が薪を集めて水を汲んでくる作業、そしてセリエ、ルーシア、ベランの三人がテントの設置と荷物の整理と、二手に分かれて行動していた。

 思ったほど薪として使える乾燥した枝が落ちていないので、使える枝を求めて、僕達三人は作業しながらも次第にキャンプから離れていった。


 しばらくして、ようやくまとまった量の薪を集め終わった僕が気付いた時には、思った以上にキャンプから離れてしまっていた。僕と同じく薪集めをしているはずの他の二人の姿も見当たらず、僕は慌てて元来たルートを戻り始める。

 その途中、丁度僕が離れた距離とキャンプとの中間地点くらいだろうか、キドルの声が聞こえたような気がして、僕は声のした方向に向かった。


 そして見てしまったのだ…………。


 なんとそこには半分以上着ていた服を脱ぎ散らかして、大木にもたれて密着し合ったまま「何やらよろしくやっているまっ最中」の、キドルとカーラが居たのである‼︎


 もちろん二人には僕がそこに居合わせた事は気付かれていないはずだが、あまりの衝撃的な光景に、僕はとっさに茂みに隠れるとしばらく見入って……ええい!はっきりと言ってしまえば二人の「行為」を覗いてしまっていたのだった。


 とはいえ自分を弁護させてもらうなら、覗いていたのはそんなに長い時間ではなかったはずだ。急に謎の罪悪感を覚えた僕は、二人に気付かれないよう静かに、それでいてそそくさとその場を後にしたのだから。


 おそらくだが、カーラの誘惑にキドルの悪い癖が乗っかったんだろう。

 チームを結成して以来、女性の冒険者は何人も加入したが、そのほとんどがキドルの女癖の悪さを原因とする痴情のもつれによって脱退して行った。


 そんなチームに結成時から在籍しているのは、キドルと僕を除けばルーシアだけだった。彼女だけはキドルの毒牙にかかっていないと僕は信じたい。


 脱退していった女性冒険者の内の二人に関しては、僕の知る限り完全にキドルに非があった。

 同じ村に生まれ育った幼馴染ではあるが、キドルのそういった部分に関しては僕も全く弁護する気になれないのだ。


 セリエという美人のパートナーがありながら、やはりキドルは悪い癖を改める気は無いらしい。

 考えたくはない事だが、カーラの今後の態度によっては、またチーム崩壊の危機が訪れるかも知れない。


 その後キャンプに戻った僕は、そこで作業している三人に「薪を集めるのは苦戦しそうだ、状態の良い枝がなかなか無い」と、あの二人の浮気者以外は誰も得をしない報告をしたのだった。


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