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供物の儀式


 レエモンが部屋から出ていった後も、ヒャクリキはしばらく椅子から立ち上がれないでいた。


 体がひどい脱力感に支配されていて、どうすることもできない。


 レエモンがヒャクリキに使った“ソーマ”は、改良された医療用だった。

 かつてヒャクリキが使った“ソーマ”とは少し成分が異なり、鎮痛作用はやや落ちるものの、問題だった強力な精神依存性がかなり抑えられている。神経系に与えるダメージも大きく緩和かんわされていた。

 その代わり、元の“ソーマ”の副作用が多幸感を与えるものだったのに対して、医療用は強い脱力感を生じさせるものへと変わっている。


 ヒャクリキは今でもこうして時折襲ってくる禁断症状を抑えるために、“ソーマ”の使用をやめられないでいた。それがどうしても出費がかさむ主な理由である。


(最初に“ソーマ”をすすめてきたあの商人はなんという名前だったか?)


 それすら思い出せなくなるような時間を、ヒャクリキは“ソーマ”の禁断症状に悩まされながら生きて来たのだった。


 少しずつ体が動くようになって来たのを感じたヒャクリキは、意を決して椅子から立ち上がる。そして部屋の壁の方へよろよろと向かい、壁の近くに落ちていたメケどりを拾い上げた。


 それからヒャクリキは料理用のナイフを手に取ると、メケどりを祭壇まで持っていく。

 そして仕事でやるのとはまったく違う、メケどりの胸を切り開くやり方で、その心臓だけを綺麗に取り出した。


 ヒャクリキは指先につまんだその小さな心臓をまじまじと眺めてから掌に乗せると、炎の奥の像に向かってそれをかかげてしばらく祈った後、炎の中に放り投げた。


 彼が信仰する闘神ザラスに供物くもつを捧げる儀式である。


 いつものようにうやうやしく頭を垂れて、さらに続けてザラスに祈りながら、ヒャクリキはようやく捧げ物ができた事に安堵あんどしていた。



 闘神ザラス。

 戦争と火を司り、冥界から死と破壊を連れて来る無慈悲な巨人。


 ザラスへの信仰の表明である祈りや捧げ物をおこたったり、闘争の宿命から逃れようとした戦士は、その恐ろしい腕に抱かれて、冥界の深淵へと引きずりこまれる。


 ヒャクリキはその無慈悲な神を心の底から信じていた。

 なぜなら彼の神は、彼に奇跡を起こしてみせたからだ。



「これからまたダンジョンに潜ります。私が奪う全ての命はあなたに捧げます。私はあなたのしもべ、マハイ・ベージの戦士です。だから私をお守りください。私に戦う力をお与えください」



 ヒャクリキはかつて《ドラゴン・ベイン》に所属していた頃、ダンジョンに潜る前にいつもそうしていたように、


 それより若かった時分に傭兵をしていた頃、戦闘や略奪が始まる前にいつもそうしていたように、



 そしてもっと若かった頃、奴隷だった最後の夜、

 主人をこの手で殺す前にそうしたように、



 ザラスに供物くもつを捧げ、その加護を願うのだった。


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