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密猟組合の男


 レエモンは倒れたヒャクリキに覆いかぶさるようにして彼の耳元に話しかける。

 目を強くつぶってガタガタ震えながら歯を食いしばっているヒャクリキの様子からは、レエモンの声が聞こえているかどうかさえ分からない。


「旦那、“あれ”を持って来てます!報酬と代金の計算は後でやりますんで、使っても良いですか?使いますよ?良いですね⁉︎」


 レエモンはそう言うと彼が抱えていた鞄から小さなガラス瓶を取り出した。

 人間の小指にも満たないサイズの、その瓶の先端についている樹脂をちぎり取ると、そこから表れた針をヒャクリキの尻に向けて、服の上から軽く突き立てた。


「旦那!もう大丈夫ですよ!医療用なんで、少し効きは遅いかもしれませんが……旦那!聞こえますか?旦那!」


 しばらくするとヒャクリキの体の震えが収まり始める。その呼吸も少しずつ、落ち着きを取り戻して行った。


「……効いて来たんですね。もう大丈夫ですよ。すぐに楽になるはずです」


 そうヒャクリキに告げるとレエモンは立ち上がる。


 彼は部屋の入り口の扉が開きっぱなしになっている事に気が付くと、静かに歩いて行き、そっと扉を閉めた。


「助かったぜ。……良い、タイミング……だった…………」


 声がした方にレエモンが向き直ると、ヒャクリキが体を起こそうとしている。“ソーマ”の副作用で体に力が入らなくなるせいだろう。なかなか起き上がることができないでいるようだ。


  見かねたレエモンは再びヒャクリキに近付いて行くと、彼が上体を起こして床に座ろうとするのを手伝ってやった。


 それにしても、脱力しているとは言え、この男の体はなんという重さだろうか。“ソーマ”依存に陥った中毒者ジャンキーは、たいてい生白い肌の、痩せこけた体をしているものだが、この男の体はまるで違う。

 その体に秘めている、まるで獣のような野生が服の布地を透過とうかしてレエモンの手に伝わってくる。


 あぐらをかいて座ったヒャクリキの体が安定しているのを見たレエモンは、床から鞄を拾うと、部屋の壁に寄せられている小さなテーブルの上に置いた。

 ついでに被っていた三角帽を脱いで、その隣に置く。


 そしてヒャクリキに渡す“ソーマ”と、硬貨が詰まった皮袋を鞄から取り出し、「取引の精算」の準備をし始めた。


 レエモンが肩越しにヒャクリキの方を見ると、彼は暖炉に向かって何やら祈っているようだった。

 祭壇と言うべきか、おそらく何か宗教的な意味合いがあるのだろう。暖炉のまわりには何やら動物の骨や、色のついた鳥の羽根などがごちゃごちゃと飾られている。

 レエモンは原始的な意匠の祭壇の中で燃え続ける炎に向かって、うやうやしく頭を垂れて祈るヒャクリキの姿を、眉をひそめながら眺めている。


(まったく、こんなところを「神殿」の異端審問官にでも見られたら、一発で連行されてっちまうよ……)


 そう思いながらも、レエモンは有力な取引先の一人であるヒャクリキが、彼の神への祈りを済ませるまで、静かに、大人しく待っているのだった。





「ああ、お祈りは済みましたか?」


 レエモンが硬貨の枚数を数えて確認していると、ヒャクリキがこちらに歩いてきた。


 まだふらついている足取りで近付いてきた彼は、テーブルを挟んだレエモンの向かいの椅子に、どっかりと腰を下ろした。

 薄暗い部屋の中、レエモンが火を着けた燭台しょくだい蝋燭ろうそくの炎と、暖炉の中で燃えている炎の明かりが2人を照らしている。


「じゃあ、取引の精算を始めますよ、旦那。ちゃんと確認して下さいね」


 手元の羊皮紙で確認しながら、レエモンは硬貨の山を動かし始める。


「ええと、まずは前回旦那から買い取った品の報酬がこれだけあります」


 レエモンは種類ごとに積み上げられた硬貨の山を指差しながら言った。


「そこから旦那に依頼された装備の修繕の費用がこれだけ掛かってるので、それを引かせてもらいます」


 積み上げられた硬貨の山から幾分かを離れた場所に動かす。


「それから前回お渡しした“ソーマ”の代金がこれだけと……前回はツケでしたからね、ちゃんと引かせてもらいますよ。それからさっき使ったのと、今回お渡しする“ソーマ”の分が合わせてこれだけ……これだけ引くと、旦那の取り分はこうなります」


 さらに硬貨の山から幾分かを移動させる。残ったのはヴァルスラッグ銀貨が一枚と、あとは銅貨が数十枚ほどだった。

 レエモンはその横に数本の“ソーマ”の瓶を並べる。


 残った硬貨の山が最初の山と比べてあまりにも小さいのを見ると、ヒャクリキは露骨に顔をしかめた。


「別に誤魔化したりはしてないですからね、旦那。旦那は上得意なんで、つまらない手数料は一切取ってないですし。……ちなみにこちらに明細を記してあるんで、確認して下さい」


 そう言ってレエモンは羊皮紙をヒャクリキに渡す。


 ヒャクリキは羊皮紙を受け取った後、それに目を通すでもなくいつもの仏頂面をして黙っていたが、しばらくするとレエモンに言った。


「実は明日から、また潜ろうと思っている……」


 その言葉を聞いたレエモンはすぐさま反応する。ヒャクリキが「潜る」と言っているのはダンジョンへ潜って狩りをし、素材を持ち帰ってくるという意味だ。


「おっ、良いですね。また取引させていただけるんで?……しかし、そうなると立て続けですね。まあ、こちらとしては有り難い話ですが」


「だからその分の報酬から、いくらか前借りできないか?このままでは次にお前と取引の精算をして報酬を受け取るまでに干上がってしまう」


 ヒャクリキの言葉を聞いたレエモンは「そりゃそうだろうな」と思う。そう言われる事は予想の範囲内だった。


 ヒャクリキにも手下というか、仲間が居るはずだ。まさか一人でダンジョンに潜っているわけではあるまい。そうなると、ヒャクリキの前に残った硬貨の山では、その誰かさんたちに支払う報酬としては、まるで足りない。完全に大赤字だろう。

 しかし、それをヒャクリキがどうやって補填ほてんするのかは、レエモンと彼が所属する密猟組合には何の関係も無い話だ。


「旦那、申し訳ありませんがね。ウチの組合は、そういうの厳禁なんですよ。ご存じでしょ?それに、これは大変失礼な物言いにはなってしまうんですが、旦那が生きてダンジョンから戻って来る保証はどこにも有りませんからね。いくら旦那でもそのお願いを聞くわけにはいきません」


 冷たいようだが、そう言うしか無かった。こちらも商売なのだ。

 毎回の取引ごとに必ず利益を確定させる。それが密猟組合の鉄則だった。本来前借りや掛けでの取引など、彼の組合では有り得ない。

 前回獲物を受け取る際に渡した“ソーマ”のツケや、装備の修繕費の立て替えをヒャクリキから頼まれた時に“特例”として了承したのは、単にその金額が自分でリスクを負える範囲内だったからだ。


 ヒャクリキは腕を組んだまま、仏頂面を崩さない。


 それにしてもレエモンはこの男に会うたびに思うのだが、いつ見てもなんともいかつい顔だ。

 太い眉、大きな鼻、唇は薄いのに大きく存在感のある口角の下がった口、そしてその目……輝きを失くした瞳が色濃くかげを落とすその眼差し。

 全体的に骨張り、角張った顔の形とがっしりとした顎。

 どこか遠方の、異国の出身であることが明白な顔立ちだった。


 その表情を見ながら、レエモンは「この旦那と取引できるのも、良くてあとニ、三回かもな」と考え始めていた。

 有力な取引先だけに、少々惜しい気はするが。


 しばらくそのまま時間が過ぎて行ったが、ふとレエモンの頭にある考えが閃いた。


「旦那、今回は何日くらい潜るご予定で?」


「……三日、だな。それ以上は潜れん」


「ではこうしましょう。実は私、もう一件出向かないといけない取引先を抱えておりまして。なのでそちらの件が片付いた後、この街でしばらくお待ちします。旦那が無事に戻られたら、改めてまた取引といきましょう。そうすれば、獲物と交換で手持ちの金からいくらか前払いとして都合させていただきます」


 一つの街に長く滞在するのは少々危険だが、この男が相手なら待ってみる価値はある。レエモンはそう判断した。


「四日経っても旦那が戻らなかったら、残念ですがその時は街を離れます。どうですか?この条件では?」


 こちらとしてはこれ以上は譲歩できない。そう思いながらレエモンは返事を待つ。


「……分かった。そうしよう」


 契約成立だ。


 今回の滞在は、思いのほか稼げるかも知れない。レエモンは鞄に硬貨の袋をしまいながら予想外だった収入の可能性に心を踊らせる。


「では旦那、私はこれで失礼します。今回の獲物も期待してますよ」


 レエモンはテーブルに置いていた三角帽を被るとそう言って部屋を出て行こうとしたが、入り口まで歩いて扉を開けたところでぴたりと足を止めた。


 そしてヒャクリキの方を向くと、


「ご武運を」


 と言い残して部屋から立ち去った。


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