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白髪の少女


 日も暮れかけた頃、ヒャクリキはドラセルオードの街から“非人窟ひにんくつ”へと戻って来た。


 朝の混沌としながらもある意味眠っていたかのような“非人窟ひにんくつ”の風景は、この時間になると一変していた。


 水で薄めたような酒ばかりを出す安居酒屋のまわりで、おそらくは昼頃まで眠っていたであろう酔っ払いたちが、活動を再開している。彼らの濁声だみごえ、笑い声が、そこかしこから聞こえてくる。


 道端には粗末な屋台がいくつも立ち並び、「それは衛生上問題無いのか?」と言いたくなるような料理を売っていた。

 子供たちはそんな屋台に取り付いて、屋台のおやじの作業を見守ったり、横から手を伸ばして怒鳴られたりしている。


 見渡す限り、ヒャクリキが配達をした料理屋周辺の様子とはまるで違う猥雑わいざつさが風景の中に広がっていた。


 見れば道端で男二人が取っ組み合いの喧嘩をし、そのまわりに人だかりができている。

 酔っ払い同士の喧嘩には力も技も見るべき所がまるで無く、小さな子供の喧嘩がそのまま大きくなったような有様だった。二人とも泥まみれになってもつれあっている。


 そしてそんな人だかりの外周に立っている酔っ払いの男に、おそらくは立ちんぼだと思われる女が何人か話しかけていた。


 そんな喧騒を通り抜けてしばらく歩くと、ヒャクリキの家が見えてきた。

 正確には間借りしている自室のある建物と言うべきか。


 石の階段を上がって自室の扉の前へ。

 扉の取っ手に手をかけると、ヒャクリキの視界の端で、ふわふわと何やら白いものが動いたような気がした。


 ヒャクリキはつられてその白いものに目を向ける。


 そこには一人の少女が居た。


 ヒャクリキが気を取られた白いものは、その少女の髪の毛だった。

 少女の肌も髪と同じように白かった。まるで冬の雪のようだ。


 真っ直ぐ立てば腰のあたりまで伸ばしているだろう少女の白い髪は、彼女が動くのに合わせてふわふわと動いている。


 見れば細長い手足をしたその少女は、道端の石を拾ってはぴょんぴょん跳ねながら、その拾った石をおおざっぱな動きで家屋の屋根の上に放り投げていた。


 その様子を見たヒャクリキは、自然と怪訝けげんな表情になる。


 確かに少女、ではあるが、彼女はどう見ても13〜15歳くらいに見える。

 小さな、それこそ5歳くらいの子供がああいう遊び?をしているのならまだ分かる。ただ面白がって悪戯いたずらをしているだけだろう。

 しかし少女の見た目は明らかにそれよりも年嵩としかさに見える。それこそ茶屋などで働いていてもおかしくないような年齢としか思えない。

 彼女のしている事と、その見た目が組み合わさると、なんとも言えない気持ちの悪い違和感が感じられるのだ。


 少女は石を投げるのに飽きたのか、今度はくるくる回りながら歌を歌い始めた。

 くるくると回りながらあっちへ行き、こっちへ行きしている。


 どうにも気になってヒャクリキが見ていると、少女は急に動きを止めてこちらを向いた。


 ヒャクリキと少女の目が合い、そのままお互い動かない。


 ヒャクリキはその少女の顔を見るなり、今までの彼女の行動に感じた違和感の正体に気が付いた。


(白痴か……なるほどな)


 少女はほうけたような、キョトンとした締まりの無い表情でヒャクリキを見ている。

 大きく見開いた目の中に、赤い瞳が怪しい輝きを放っていた。


(このあたりでは見ない顔だが……まあどうせ、そのうち姿も見なくなるだろう)


 “非人窟ひにんくつ”は子供が一人でうろつくには危険すぎる場所だ。人攫ひとさらいにさらわれたり、変質者の標的になっていつの間にか姿を消してしまう。

 ここ数年は“非人窟ひにんくつ”のあちこちで辻斬り事件も起きている。


 親は近くに居ないのだろうか?

 そんな事をヒャクリキが考えていると、


 ドクン!


 と、いきなり彼の心臓が大きく跳ねた。


 心臓はそのまま、ドクンドクンドクンと、強く拍動し続けている。だんだんと速くなっているようだ。


 ヒャクリキを強烈な不快感と焦燥感が襲う。


 ヒャクリキは自然と体をくの字に曲げて、その不快感から自分を守ろうとした。

 しかし不快感は彼の抵抗などお構いなしに襲ってくる。


 手が震え始めた。ヒャクリキの額に脂汗がにじみ、呼吸が荒くなる。膝から力が抜けていく。

 ついにヒャクリキはその場にへたり込んだ。


(やはり来たか。悪夢を見始めた頃から予感はしていたが……)


 ヒャクリキは今までに数えきれないほど何度もこの状態を経験している。なので恐怖を感じたりはしないが、こうなるたびにその苦しさに気が狂いそうになる。


 それは“ソーマ”の禁断症状だった。


 かつて冒険者チームに所属していた頃に、傷の痛みから逃れるために何度も使用していた“ソーマ”は、いつの間にか彼の神経を致命的なまでにむしばんでいた。

 ……いや、かつて使用していたという表現は正しくない。


 ヒャクリキは体の震えと荒い呼吸、激しい動悸に耐えながら、それらが弱まるのを待つ。

 禁断症状が表れても、それには波がある事を彼は経験から知っている。

 しばらく耐えていると、あれほど苦しかった症状がいきなりフッと弱まった。


 その瞬間、動けるようになったヒャクリキは弾けるように起き上がり、扉を壊れそうな勢いで開くと自室に勢いよく飛び込んだ。


 足をもつれさせながら暖炉、いや祭壇のあるところまで転がるように駆けて行き、ついにはバランスを崩して転倒する。その拍子に放り出された、手に持っていたメケどりは壁にぶつけられた後、床に転がった。


 ヒャクリキは転倒した体勢のまま、焦りを隠せない動きで発火石はっかいしを打ちつける。

 早く、早く火を着けてザラスに祈らないと!また症状の波が襲ってくる‼︎


 震える手で種火たねびに木片をくべていく。ヒャクリキの焦りとは裏腹に、火は簡単には大きくなってくれない。


 ギリギリでなんとか祭壇に火をともすのが間に合うと同時に、ヒャクリキの体に次の波が襲ってきた。

 ヒャクリキは床に横たわったまま体を丸めて、ぶるぶると震えながらザラスに祈り始める。


嗚呼ああ‼︎ザラス‼︎ザラスよ‼︎お願いだ‼︎この苦しみから解放してくれ‼︎)


 苦しい‼︎苦しい‼︎なんて苦しさだ‼︎もしアイツが今夜ここへ現れなければ、俺はおそらく朝までこのまま、この苦しみに耐え続けなければいけない‼︎


 大きな体を縮こまらせて、ヒャクリキは祈り続ける。


 脂汗は全身から噴き出し、ヒャクリキの肌をダラダラと流れていく。

 ヒャクリキが自分の意識が朦朧もうろうとし始めるのを自覚したその時、


「旦那、大丈夫ですか?旦那⁉︎」


 心配するようなレエモンの声が聞こえてきた。


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