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朝食をとりながら作戦会議


 二つ起こしたき火、その一つに掛けられた鍋ではお湯が静かに沸き始め、その周りには長い鉄串を打った塩漬けのベーコンが立ててある。焚き火の炎との距離を上手く調節して焦げないようにジリジリとあぶられているベーコンの表面には、てらてらと脂が浮かんでいる。


 もう一つのき火の上には四つの角に細い足を取り付けた薄い鉄板がえ付けてある。

 その炎に焼かれている鉄板がもう充分に熱をためたと判断した僕は、表面に脂を塗り広げるとその上にメケどりの卵を割って落としていく。卵の白身は鉄板の熱に焼かれてすぐに白く固まっていき、香ばしい匂いがあたりに拡がった。


 脅威生物モンスターとの戦闘で主力としてチームに貢献できない僕は、食事の準備を自分から買って出ている。幼い頃に母さんが死んで以来、家族の食事の準備は僕の仕事だったから、料理するのは苦ではなかった。


 まあ正直言って面倒だけど、ルーシアがいつも手伝ってくれる。カーラもチームに加入して初めのうちは手伝ってくれていたが、ベランとくっつくとすぐに準備に参加しなくなった。

 しかしこうして毎日少しづつルーシアと同じ時間を共有してきた事が、二人の距離を今の近さまでゆっくりと縮めてくれていたんだろう。そう考えれば、この面倒な仕事にだって、やりがいも出てくるというものだ。


 そんな事を考えながら、僕はルーシアの顔をチラチラと盗み見ている。パンを切る手元に集中している彼女の顔を見ていると、後ろからキドルの声が聞こえて来た。


「おっ、もうすぐ出来るな。イーブはメシ作るのがホント上手いよな。匂いを嗅いだだけで腹が鳴り始めたぜ」


 いつも食事が出来上がる頃を見計らったかのように現れる彼に嫌な感情を抱けないのは、同じ村の幼馴染だからというだけでなく、事あるごとにこうやって僕の料理を褒めてくれるからだろう。


「ホント、腕のいいコックを抱えてるウチのチームは幸福だぜ。……っと、ベランとカーラも匂いに釣られて起きてきたぞ」


 首にかけた派手な銀の首飾りをいじりながらそう言うキドルの視線を辿たどると、キドルとセリエのテントとは別のテントから、二人が姿を現したところだった。


「‼︎……ッッ!」


 ベランの後に続いてこちらに向かって歩いてくるカーラの姿を見た僕は、慌てて手元の目玉焼きに視線を戻す。

 そのまま袋から取り出した塩をパラパラと目玉焼きに振りかけていると、カーラがほとんど下着姿のような格好で、ベランと並んでき火の前に腰を降ろした。

 ベランも腰に穿いた下着一枚の格好だ。まるでわざと割れた腹筋を見せびらかしているかのように感じる。


「……ベランはともかく、あなたはもう少しつつしみってものを知った方が良いんじゃないかしら?」


 いつの間にかキドルの横に座っていたセリエは少しとげを含んだ声の調子でカーラに向かって言う。そう言うセリエは几帳面な彼女らしく、すでに身支度を整えていた。化粧も済ませている。

 彼女の真ん中で分けたロングの金髪が木漏れ日を反射して輝いていた。


 そんなセリエの隣に座るルーシアも、できた料理を木皿に乗せて皆に渡しながら、なんとも複雑な表情をしている。ルーシアはさっきまで後ろで結んでいた髪を解いて、いつものボブヘアーに戻っていた。


「ごめんごめん、ご飯食べたら大急ぎで準備するからさ。あ、イーブ、アタシにもパン取ってー」


 微妙に噛み合ってない受け応えをしながらカーラは僕に向かって手を伸ばす。

 名前を呼ばれた僕は意識して視線を彼女の顔に固定したまま、自分の震える手から心の動揺を悟られないように注意しつつ、パンを一切れ手渡した。


(ホント、なんて格好なんだよ、目の毒だ)


 カーラの体は……なんと言うかとても健康的な肉付きで、特にその胸は彼女がいつも着ている服の上からでもとんでもないボリュームである事が分かる。

 ちゃんと服を着ていてもそんな状態なので、こんな格好をされると正直言って、目のやり場に困るのだ。


「さて、それでは諸君、食事をとりながら聞いてくれたまえ。諸君の粉骨砕身の働きによって、ついにダンジョン探索の準備は整った」


 キドルが役者じみた口調で話し始めた。この口調はチームのリーダーとしての存在感を皆に示すため……とかではなく、彼のお調子者な性格によるものだ。

 ともかく、いつもこうしてキドルの口上で僕達のチームの作戦会議が始まる。


「いよいよ我々は前人未到のダンジョンに、新たな一歩を刻もうとしている。テントを張っているこのダンジョン入り口手前をベースキャンプとして、今日から本格的に探索を開始する」


 皆が改めて言わなくても元々その予定だっただろ、と言うような表情を浮かべて口を動かしながらキドルの口上を聞いている。

 彼の言葉どおり、今回僕たちが「潜る」のは、組合のリストに情報が載っていないダンジョンだった。


「数々のダンジョンで経験を積んできたこのチームなら問題無く探索は進むだろう。それではチームの副リーダーであるセリエ嬢、意気込みをどうぞ」


 キドルはそう言っていきなり会話のバトンをセリエに渡す。


「え……私?というか、もう話すのが面倒くさくなっただけでしょ……まあいいわ。ええと……コホン、意気込みというか、今回の探索の目的について提案なんだけど」


 セリエはいつもこうしてキドルが始めた会議をまとめていく役割に回る。王都の魔導学院を修了している彼女は、キドルが他所よそのチームからスカウトして来てから今日まで、チームの頭脳としての役割をしっかりと果たしていた。

 脅威生物モンスターとの戦闘では得意の魔術で後衛の主軸を務めており、そしてキドルのパートナーでもある。

 都会育ちらしい洗練された美人、というのがチームに加入した時から変わらない彼女のイメージだ。


「今回のダンジョンは今までと違って事前に得られている情報がほとんど無いに等しいわ。どんな脅威生物モンスターひそんでいるかは不明。内部の構造も不明。だから、今回はダンジョン攻略と言うよりは、慎重に探索して内部情報の取得をメインで行うのが良いかと私は思います」


 そこまで言ったところでベランが口を挟む。


「でもよお、そうやって俺らが苦労して手に入れた内部の情報を組合に持ち帰ったところで、組合が本格的な探索隊を結成したら、そっちに攻略の手柄もうま味も持っていかれちまうじゃねえか。せっかく手付かずのダンジョンが目の前に有るってのに、それってなんか損してねえか?」


 短く刈り込んだ髪をガリガリきながらそう言うベランはおそらくだが、情報を手に入れる事が目的の「探索」よりも、ダンジョン内に眠る(と思われる)財宝を手に入れる事や深部に到達する事が目的の「攻略」に重きを置きたいのだろう。


 話をさえぎられて少しムッとした表情を浮かべたセリエを抑えるかのようにキドルがフォローを入れる。


「別に組合に情報を渡すかどうかは探索が進んでから考えてもいいだろ?もし俺たちだけでなんとか攻略できそうなダンジョンなら、めぼしいお宝は俺たちで頂いちまって、それから組合に報告すればいいんじゃないか?」


 キドルはそう言うが、本来それはルール違反だ。組合に所属するチームには、新しいダンジョンと思われる洞窟や遺構などを発見した場合、内部を探索するよりも先に組合に報告する義務が有る。


 ただ、だからこそベランが言っている事にも一理あるのだ。

 一応、発見者としてチーム名が残るという名誉と、「心ばかりの褒賞金」が組合から与えられるのだが、ハッキリ言ってそんなものでは全然、している苦労に対して割が合わない。


「セリエが言ってるように今回は情報がぜんぜん無いんだよー。どんなトラップが仕掛けられてるかも分からないんだから、変に欲を出さずに、まずは探索に徹した方が良いとアタシは思うなー」


 黒茶をすすりながらカーラが思いのほか冷静な意見を言う。それを聞くとベランは急にばつが悪そうな顔をして大人しくなった。


 カーラがチームに加入してからおよそひと月が経とうとしているが、彼女は持ち前の人懐っこさですぐにチームに馴染んだかと思うと、ガツガツ彼女にアタックしていたベランと、驚くほどあっさりとパートナーになった。ベランははたから見ても分かりやすく彼女に夢中になっている。


「治療用の水薬ポーションはいつも以上に準備してるけど、だからといって慎重さを欠いて良い理由にはならないわ。イーブの怪我だってまだちゃんと治ってるわけじゃ無いんだから、焦りは禁物だと思います」


 ルーシアも探索案を支持する。これでチームの意思は決まりだろう。


小鬼インプぐらい無傷で撃退して欲しいモンだぜ。チームがいよいよこれからって時に足を引っ張られちゃあ、かなわねえよなー」


 自分の意見を押さえつけられたベランは不満の矛先ほこさきを僕に向けてきた。常に先頭に立って脅威生物と戦っている彼に対して、僕は何も反論できない。


 僕は無表情を顔に貼り付けて平静を装いながらも心の底には黒い感情が湧いてくるのを自覚していたが、ルーシアもベランの言葉に眉をひそめているのを見て、少し気持ちが楽になる。


「まあまあ、とにかくしょぱなから無駄に力んでも空回りするだけかも知れないし、とりあえずは内部を探索しながら具体的な攻略法を考えようじゃないか。今日は初日だし、まあ、ボチボチやってこうぜ」


 キドルは得意の当たりさわりのない発言で場の空気をうやむやなものにしようとする。もちろんベランの悪意から僕を守ってくれてもいるんだろう。


 そんないつも通りな感じの進行で、今日の作戦会議の結論としては「慎重な探索」が採用されたのだった。


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