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マーテル


 昼食を兼ねた会食が終わり、客人の見送りを済ませたブランドンがテーブルに戻ると、厨房の人間たちがメイドと一緒に皿を片付けているところだった。


「ご苦労様、ついでに食後の黒茶をれてくれないか?」


 メイドに頼むと了解して厨房に戻って行く。椅子に座り直したブランドンに、厨房から姿を見せたシェフが話しかけてきた。


「お客様は料理にご満足されておりましたでしょうか?」


 かなりの高待遇で迎えた彼は、こうやってよく料理の感想を聞いてくる。


「ああ、とても満足していた。丁寧な仕事を褒めていたぞ。私も自分の手柄でもないのに鼻が高いよ」


 ブランドンがそう答えると、シェフは「ありがとうございます」と言った後、何かに気付いたような、何かを思い出したような素振そぶりを見せる。


「ああ、そうだ。お忙しい旦那様に甘えてご挨拶がまだでした。……おい!イーブ!こっちに来い。旦那様にご挨拶しろ」


 そう言って一人の若者を呼びつける。どうやら新入りのようで、見た事のない顔だった。


「こいつが先日新しく雇い入れた丁稚でっちです。ほら!ちゃんとご挨拶しないか」


 シェフの後ろに隠れるようにして立っていたおとなしそうな若者は、おずおずとブランドンの前まで進むと「イーブと申します。よろしくお願いいたします」と小さな声で挨拶した。

 ブランドンが何者か知っているのだろうか、どうやら異様なほど緊張しているようだ。


「厨房の下働きをさせてますが、思ったよりもスジが良いんで、もう下拵したごしらえの半分ほどはコイツに任せてます。良かったな、お客さまもお前の仕事を褒めておいでだったらしいぞ」


 イーブと名乗った若者は褒められて嬉しいのか嬉しくないのか、よく分からない様子で「ありがとうございます、ありがとうございます」とうつむきがちに繰り返している。


 そうこうしているとメイドが黒茶を運んできた。見ればメイドの横には何故か家令が並んでいる。


「ブランドン様、書斎でマーテル様がお待ちです」


 家令はブランドンにそう告げてきた。






 書斎に入ると窓際に立っていたマーテルはブランドンの方へ向き直り、「おはようございます」と挨拶してきた。


 昨日の雨から一転して晴れた空から降り注ぐ光が、彼女の姿をやや薄暗い書斎の中に浮かび上がらせている。

 エルフである彼女がそうして窓際に立っていると、とても絵になるというか、サマになっていた。

 美とはこうあるべき、と言っているかのようだ。


「何か用事か?今日の予定で残っているのはカーモーフ卿の夜会に出席するぐらいだろう?その格好を見る限りは待ちきれなくて来てしまいました、というわけでもなさそうだしな」


 椅子に腰掛けながら冗談混じりにブランドンは言う。


「ブランドン様、やはり私は《ドラセルオード・チャンピオンシップ》に同伴させていただくのは辞退申し上げたいのですが……」


 マーテルは言いにくそうな様子で用件を話す。


「……またその話か、もう運営側にもお前の席を用意させているんだ。駄目に決まっているだろう。何がそんなに気に入らないんだ?」


「気に入らないと言うわけでは……。私はただ、冒険者稼業に関わるものから距離を置きたいと思っているだけです」


「………………」


 まったく、つまらん事を言い出したものだ、と表情を変えずに心の中でブランドンは思う。


(こいつも昔はもう少し可愛げがあったのだが……)


「もう私はあの頃の事をなるべく思い出したくないのです。もちろん、だからと言ってブランドン様から受けたご恩を忘れてしまったわけではありません」


「くどいぞ。お前は俺に同伴して明後日の大会を観戦するんだ。これはもう決まった事だ。当日体調が悪いなどと抜かしても、首に縄をかけてでも連れて行くからな」


 美しいエルフを横に立たせる事で自分が「成功者」であると周囲にアピールする。

 そうする事で人が寄ってくる、チャンスが舞い込んでくる。

 ブランドンにしてみれば子供の我儘わがままのようなマーテルの申し出は、はいそうですかと受け入れられるものではなかった。


 自分の願いが聞き入れられる望みが無いと知ったマーテルはうつむいて固まっている。

 ブランドンは椅子から立ち上がって彼女に近付くと、その細い体を後ろから抱き締めた。


「最近相手をしてやっていないから不満なのか?嫉妬も結構だが、それでお前の立場が良くなるわけでも無い。それはお前も分かっているだろう?」


 マーテルは答えるでもなく、ただじっと固まっている。


「そうだな、まだ時間はある。寝室へ行こうか。……それともここでするか?もしかしたら、新鮮な気分で楽しめるかもしれんぞ」


 ブランドンがマーテルの耳元でそう言った瞬間、マーテルはブランドンの拘束を振りほどくと、早足で部屋から出て行ってしまった。


「……ふん。全く、可愛げの無い」


 マーテルの態度に変化が起きたのはひと月ほど前、とある貴族の令嬢との縁談が持ち上がったとブランドンが彼女に告げてからだ。


 元々ブランドンと居ても滅多に明るい顔をする事の無い彼女は、それ以降それまで以上に距離を感じさせるようになった。どこかよそよそしい。


(奴隷商から買い取って、食事と寝床を与え、冒険者を引退してからは奴隷から解放までしてやったと言うのに……)


 ブランドンは窓の方を向いて、外の景色を眺める。

 一般市民には到底手にする事の出来ないような金額で購入した、この郊外の邸宅のまわりには、小さな森が拡がっていた。


 ブランドンは冒険者時代にチームの一員だったマーテルを、引退してからは秘書兼愛人として側に置いていた。


 思えばもう長い付き合いだ、良くも悪くもお互いが関係にれ切って、主従がうやむやになってしまっているのだろう。

 愛人の態度をブランドンはそう結論づける。


(……可愛げが無いといえば他にも居たな。冒険者だった頃、事あるごとに俺に楯突いて来た奴が)


 ブランドンの思考は彼の記憶をさかのぼり始める。彼が回想するのは若かりし日の、燃えるような冒険の日々だった。


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