一流の会食
「ふう〜ん……この前菜、見た目もすごく綺麗だったけどぉ、食べてもとっても美味しいわぁん。まるで王都の一流店で食事してる気分よぉ。さすがは伝説の冒険者。雇ってる料理人も一流ねぇん」
ナイフとフォークでカチャカチャと音を立てながら、ルナルドが言った。
お世辞を言うのは呼吸をするのと同じようなものである彼の言葉だ、どこまで本心で言っているのかは分からないが、「ルナルド商会」の会長として国中に足を運ぶ彼が言うのであれば本当にそうなのかも知れない。
「この季節野菜とスコフィエ鴨のテリーヌ、それに添えられたオーヴィール鱒のマリネ、ミュールのピュレ、シュプレモソース、それぞれがとっても丁寧に仕上げられてるし、それらが調和する事で複雑でありながら豊かな風味が口の中に広がる……まるで宝石箱だわぁ」
ダンジョン内で食べていた、いわゆる“戦闘食”に慣れきったブランドンの舌ではこの料理の味の良し悪しなどまるで分からないが、頼んでもいないのにそうやって感想を述べられると、本当に美味いもののように感じてくるから不思議なものだ。
「ご満足いただけたようで何よりです。“ダンジョンコンクエスト”を資金と企画の立案、その両方で支えてくださる大切なお客様に失礼があっては、私の面目も丸潰れですからね」
ブランドンも取って付けたような言葉を返して、やんわりと今日の客であるルナルドを持ち上げる。ただ、自分の邸宅で出す料理を褒められるのは、正直悪い気はしなかった。
「いやはや、一流の冒険者ともなると、このような素晴らしい料理を食べておられるのですな。なんとも羨ましい限りです」
ルナルドと一緒に招待した客が後を追うように言う。彼は魔導協会の幹部だ。
「フィリクス様にも今回のイベントでは魔道具や器材の提供のみならず技術者の派遣など、大変なご協力をいただきました。改めてお礼を申し上げます」
ブランドンにとってはどちらも蔑ろに出来ない相手だった。とはいえ、この食卓を囲む三者は《ドラセルオード・チャンピオンシップ》の成功を願うという点では同じ船に乗る運命共同体と言える。
ルナルドは出資している投資額を、イベントを通しての広告で事業の宣伝をする事によって事業収益から回収し、更なる利益を狙う。
魔導協会幹部のフィリクスは魔導具を提供する事で、頭の硬い有力者の老人たちが敬遠しがちな魔導技術をより広く普及させるきっかけを作る。
そしてブランドンは、オブザーバーとして参加する事で“ダンジョンコンクエスト”に関わる組織や重要人物への影響力を増し、さらに名声を高めて得られる利権や利益を享受する。
それぞれの思惑が絡み合い、自然と協力するようになった三人は、事あるごとにこうして食卓を囲んで情報の交換や共有を行っていた。
「そう言えばぁ、今年は賭け札の売り上げが既に去年の五割増しになってるって言うじゃなぁい。まったく、賭け屋たちはウハウハでしょうねぇ、羨ましいわあ」
これは混じりっ気なしの本音だろうと思われる言葉をルナルドが口にする。
「冒険者チームの全滅を公表した効果が間違いなく出ておりますね。ルナルド様
がそのアイデアを最初に提案された時には私も正直驚きましたが」
フィリクスが続いた。
「それもこれも、先遣隊に同行して得られた情報を親切に教えてくれたブランドンさんのおかげよぉん。企画部長として、お礼を申し上げるわぁん」
ルナルドはブランドンに向かってウインクした。
「いえいえ、私はただ、気のおけない友人の前で、ついうっかり口を滑らせただけですよ。組合の者たちも、私が情報の出どころとは夢にも思わないでしょう」
ブランドンはそう言いながら、会議に出席していた組合の主任の青ざめた表情を思い出していた。
あの男の名前もブランドンはもう覚えていないが、それにしてもあの顔は傑作だった。
今思い出しても笑いが込み上げそうになる。
「しかし、もし我々の関係に冒険者組合が気付いた場合、エフロイド様が疑われるという事はないのでしょうか?もちろん、私もこの関係が露見しないように、細心の注意を払ってはおりますが……」
どうやらフィリクスは心配性のようだ。
「もし仮に組合が何かしら勘付いたとしても、私に何か言ってくる事はまず無いでしょう。お二人にも累が及ぶような事は無いはずです」
事も無げにブランドンは答える。仮に何か疑われたとしても、シラを切り通せば済む話だ。
彼にとって冒険者組合は、かつて所属していた古巣とも言えるが、冒険者を引退した今となっては、もはや義理を果たす必要性など感じていない。
彼はもともと一介の冒険者で終わる気などさらさら無かった。
冒険者として勝ち取った栄光をもとに、更なるキャリアアップを望むのは、「勝者」である自分の義務であるとさえ思っている。
(組合も、そこに所属する人間も、もはや俺にとってはただの踏み台だ。社交界デビューを果たし、上流階級の仲間入りもした。貴族の令嬢との縁談もちらほら出始めている。上手くいけば爵位を得て貴族になる事も夢ではない)
野望を思い描くたびに、ブランドンの口元に微かな笑みが浮かぶ。
「話は変わりますが、先遣隊は脅威生物と遭遇しなかったとの事。イベント本番でも姿を見せないなんて事は無いのでしょうか?」
本当に心配性だな、ブランドンは少し鬱陶しく思いながらフィリクスの質問に答える。
「先遣隊はかなりの人数で固まっていましたから、脅威生物たちも警戒したのではないかと思われます。あのダンジョンにいるのはおそらく角鬼どもでしょうが、奴らの繁殖力はとんでもないですからね、本番では間違いなく出てきますよ」
そう答えながらもその瞬間、ブランドンの思考に、心に引っかかっていたとある事実が浮かび上がって来る。
先遣隊に同行して目撃した、冒険者チームが全滅していた現場の広間。そこに拡がっていた血溜まりは、明らかに冒険者たちだけの血の量では有り得ない大きさだった。
まるでその広間を塗りつぶすかのように拡がっていたのだ。しかも広間だけではなく、入口に向かう通路、奥へと向かう通路、そのどちらともの途中まで、赤黒く固まった血溜まりが伸びていた。
バラバラ死体は男二人分だけだったし、広間からかなり奥に進んだ場所に放置されていた女二人の死体については、手足に傷があるとはいえ流した血の量などたかが知れている。
冒険者たちの反撃によって倒れた角鬼たちの血であろう事は容易に想像できるが、「孕み袋」にされて使い捨てられたであろう女二人の綺麗な死体を見る限り、冒険者たちがそれほど奮闘したとは思えない。
彼らはほとんど一方的に全滅させられたはずだった。
冒険者たちの血ではない……あの血溜まりのほとんどが角鬼たちの血によるものだとして、なぜあれほどの大きさになったのか?
もしかすると他の冒険者チームが全滅したチームに同行していて、その者たちが角鬼たちを殺したのだろうか?
だとしたらなぜそのチームは組合に報告しない?
角鬼たちは仲間の死体をそのままにはしておかない。かつて仲間だった物でも、ヤツらは平気で腹に入れてしまう。
だからどれだけの角鬼が死んだのかは分からない。
ただ、かなりの数の角鬼があの場で死んでいる事だけは確かだ。
あの広間で一体何が起こったのか?
もはや誰にも分からない。
行方不明になっている一人が何か知っているのだろうか?
その一人が生きていればの話だが。
「全然別の話になるんだけどぉ、チェイミー卿がまた献金をねだって来てるのよねぇ。一回渡しちゃうとたかられるって話、本当だったのねぇ。付き合いもあるから無視もできないし……ホント嫌だわぁ」
ルナルドのその言葉で、自分の思考に沈んでいたブランドンは現実に引き戻される。
答えの出ない事を考えても仕方がない。
そう思ったブランドンの意識は、食卓の会話の中に戻っていった。