マンチェット・トリダーの憂慮
マンチェットはバーを出ていく男の姿が完全に見えなくなるまで、その背中から目を離すことが出来なかった。
バーのマスターが言った通り、おそらくは王都の人間なのだろう。この辺りでは見ない顔だったし、都会のセンスに洗練された服装をしていた。
ただ、その男の顔に、言いようの無い「狡猾さ」とでも呼ぶべきものがあったのが強く印象に残っている。眼光の鋭さも堅気の仕事をしている人間のものとは思えなかった。
思わず会議の席に座っていたブランドンの目付きを連想する。
一体どんな人間なのか?興味を引かれたマンチェットだったが、その男はマンチェットとほとんど入れ替わりに出て行ってしまった。
「それにしても、今年は12チームも出るんですねえ。おかげでどこのチームに賭けようか、目移りしてしょうがねえや」
マスターがクリスタルモニターに視線を釘付けにしたままそう言った。
「なるほど、確かにこれだけ居たらどこのチームに賭ければ良いのか、まるで分からないな。ただでさえ私の予想は当たらないし」
マンチェットがマスターに答えるともなく言う。
そう、イベントを運営する側であるマンチェットの憂鬱の種の一つが、年々増えていく参加チーム数だった。それら参加チームとそのメンバーたちを管理、監督するだけでも大変な仕事なのだ。
第1回の時には参加チーム数は5チームだった。それが12チームにまで増え続けているのは、それだけこのイベントが毎年成長を続けているという確かな証拠でもある。
そしてそんなイベントの成長に合わせて、それに付随する賭け屋や映像の制作を請け負う広告屋なども、規模の拡大を続けていた。
この街だけではない、市街地の近郊にある程度の数のダンジョンが存在する都市なら、どこでも大会が開かれている。
“ダンジョンコンクエスト”は衰退を続けるこの国に突如出現したかと思うと、国の情勢に逆行するかのように急成長を続け、今や立派な一大産業へとなりつつあった。
自分の頭が仕事について考え始めた事に気付いたマンチェットは、それを振り払うようにカクテルグラスに残った乳白色の液体を飲み干し、空になったグラスをマスターの前に置いた。
「おかわりで良いですか?あのお客さん持ちなんで、もうちょい良い酒でも大丈夫ですよ」
マスターはそう言ったが、マンチェットは同じ物を注文する。
しばらくして目の前に“イミソーマ”と呼ばれるカクテルが置かれる。
ごく微量の“ソーマ”が含まれたリキュールをベースに作るそれが、ここ数年のマンチェットのお気に入りだった。これを飲んだ夜は、驚くほどストンと眠りに落ちる事が出来る。
「今はあんな若い人達が出場してるんですねえ。着てる鎧もなんていうか、どんどんカッコ良くなってきてないですか?」
「そうだな……出場者の見た目はどんどん良くなって来ているな、見た目はな」
マンチェットは半分吐き捨てるように小さく呟いて、カクテルをあおる。
「おっ、なんか引っ掛かる言い方ですね、旦那。気に入らないような口ぶりに聞こえますよ」
「…………彼らがやってる“攻略”は紛い物だよ。おままごとだ。私が知ってる“冒険”は、あんなもんじゃない」
「ははは、さすがはもともと冒険者志望だった旦那、辛口ですねえ。どういったところが違うんで?」
マスターはマンチェットの様子がいつもと違う事に気付き、少し興味を引かれた。おそらくそれほど酒に強くはないマンチェットは、どちらかと言えば静かに、ゆっくりと飲むタイプだった。
「……何もかもさ。少なくとも私が若い頃の冒険者たちは、見世物になるためにダンジョンに潜っていたわけじゃない。ある者はダンジョンに眠る財宝に一攫千金を夢見て、またある者はダンジョンそのものに“冒険”とロマンを求めて、だ」
「……うーん、ワタシにゃ違いが良く分からんですね。今映ってるあの人たちも、冒険者としての成功だとかロマンだとか、自分たちの夢を追っかけてるように見えますがね」
確かに外側だけを見れば、同じように見えるのかも知れない。
しかし、かつて冒険者を夢見ながらも、肺の病のせいで諦めざるを得なかった、それでいてなお「冒険」が持つ魅力から離れる事ができずに冒険者組合の一員になった過去を持つマンチェットにとっては、そこに大きな隔たりが感じられるのだった。
「結局、彼らが潜っているのは組合が管理するダンジョン、作られた舞台なんだよ。いくら脅威生物がどこからともなく湧いてくるとしてもね。そこに有る危険性も、過酷さも、昔の冒険者が潜っていたようなダンジョンとはまるで違う。要は本物じゃあないんだよ、あんなのは」
マンチェットは自分の視界が揺れ始めている事を自覚していた。かなり酔っている。
しかしそれを自覚しながらも、自分の口から出てくる言葉を止める事が出来ない。
「…………そんなだから、いざ管理されてないダンジョンに潜った途端に全滅なんて目に遭うんだよ……」
小さくそう呟いて、マンチェットはカクテルの残りを飲み干した。
「私が夢見ていた冒険者稼業はただの見世物に堕してしまった。そんな不本意なものを作り出すのが、今の私の仕事なんだ。若者たちはその多くが現実の……世の中を動かしていくような手堅い現実の仕事からはそっぽを向いて……一見すると華やかな、紛い物の世界に憧れ始めている」
マスターは「あ、こりゃいかん、」といった表情を浮かべる。
「何かが間違ってはいないだろうか?何かが。何か恐ろしく間違っているような気が……私はそんな気がしてならないんだ……」
「旦那、悪い酒になってますよ。私としちゃあ、旦那はもっと自分の仕事を誇って良いと思いますがね。もうすぐ主任から次長に昇格するんでしょ?ちゃんと出世だってしてるし、それで家族を食わせてるじゃあないですか」
そう話しかけながら、マスターは水の入ったグラスをマンチェットの前に置いた。
マンチェットは急に静かになり、その白髪混じりの頭をゆらゆら揺らし始めている。
こりゃあ下手すると酔い潰れて寝ちまうな、そう思いながらマスターはクリスタルモニターに視線を移す。
モニターの映像の中では、冒険者チーム《フーリガンズ・ストライク》のリーダーがインタビューに応えていた。




