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火焔御供


 ボードゥアンは他の冒険者たちと比較して明らかな重武装に身を包んでいるにも関わらず、それを感じさせない、今までに見せた以上の素早さでヒャクリキへと駆け寄り、距離を詰める。


 その意外な速さに慌てた様子で迎撃の体勢を身構えたヒャクリキに、ボードゥアンは駆け寄りざまにメイスの一撃を振り下ろした。


 大きく、勢いのある動作で頭上から振り下ろされたメイスを、ヒャクリキはウォーハンマーで受け止める。

 お互いの武器が衝突する瞬間、鈍い金属音と共に、火花が小さく飛び散った。


「ちぃっ!」


 ヒャクリキが苦しまぎれに放った反撃の前蹴りを、ボードゥアンはカイトシールドで受け止める。

 前蹴りで突き放して距離を空けるのがヒャクリキの狙いだったが、ボードゥアンはびくともしない。それどころか蹴りを受け止めた瞬間、その場で身をひるがえして回転すると、その勢いを利用してバックハンドの横薙ぎの一閃を放つ。


 ヒャクリキは反射的に左横に飛び退いて一閃をかわす。

 これもまた巨体に似合わぬ素早い動きだったが、メイスの先端はヒャクリキの腰のあたりをかすめ、ベルトに打ち込まれていた鉄のびょうが、幾つかちぎれて飛んで行った。


(クソがッッ‼︎)


 急な動作で体勢を崩し、転倒しかけたヒャクリキだったが、なんとか二本の足で踏み留まる。

 そして全身のバネを総動員し、反撃とばかりに無理矢理ウォーハンマー振りかざし、一撃をボードゥアンに叩き込もうとした。


 その瞬間、ヒャクリキの目の前にカイトシールドが立ちはだかる。


 しまった!と思った時にはもう遅い。

 ヒャクリキはカウンターをもらう形で弾き飛ばされ、地面に尻餅を付くようにして転倒した。


(ぐあぁッッ‼︎)


 ヒャクリキの胸部、腹部を中心とした体の前面に、強烈な、痺れるような痛みがはしる。

 しかしそんな事に気を取られている場合では無い。痛みに支配されそうな意識に鞭打つようにしてヒャクリキが倒れた体を横転させると、振り下ろされたメイスの先端が、土を派手に飛び散らせながら地面にめり込んだ。


 ヒャクリキは横転した勢いを利用し、弾けるようにして起き上がる。

 そして三歩ほどの距離を開けてボードゥアンと向き合って身構える。

 さらには、こびり着くように体に残っている痛みと衝撃を敵に気取けどられないように、反撃の意思と準備がある事をその表情と目付きで表明した。



 攻防の応酬が途切れ、またしても膠着こうちゃくの時間が訪れる。

 両者とも、身構えたまま向かい合い、無意識のうちに乱れた呼吸を整えていく。



(くそったれ!やっぱりおかしいぜ、一体何なんだ?あの技は。大してデカくもない盾なのに、まるで壁にぶち当たったかのような衝撃だ!)


 ヒャクリキは恨めしそうな目付きでボードゥアンのカイトシールドを注視する。厄介なのはあの盾だ。敵は大盾とは到底呼べない大きさのあの盾を器用に取り回し、鉄壁の防御でこちらの攻撃を無効化し続けている。


(防御が硬すぎる……ウォーハンマーでぶん殴れる気が、まるでしねえ……)


 決定打こそもらわないが、ヒャクリキの攻撃はまるで通らず、敵の攻撃をかわしてばかりの攻防が続いている。一見、互角のようにも見えるが、実際には敵だけが有効な攻撃を続けられる、ヒャクリキにとっては一方的に不利な状況が続いていると言えた。

 このままでは、致命的な一撃をもらうのも時間の問題だ。

 

 敵は盾を使った防御に絶対の自信が有るのだろう。盾でこちらの攻撃を受け止める瞬間、いや、その一瞬前には、すでに反撃に意識を向けているようにも感じられる。

 攻撃を盾で受け止めて防ぎ、ほとんどかわさない。かわさないからこそ体勢を崩す事無くスムーズに、防御から反撃へとつないで来る。盾という防具の特性を最大限に活かす。そういう戦い方の訓練を積み、またそれを訓練通りに実行している事が理解できる。


(このままでは“奇跡”が終わる。だからこそ……やはりこの方法しか、今の俺に打つ手は無いという事だ。そうだ、これはほとんど確かな事だが、アイツは俺の攻撃を()()()()()()()()()!一か八か、やってみるしか無い!)


 ヒャクリキの意識がボードゥアンのカイトシールドから、自身の左手に移っていく。


 ヒャクリキはその左手に液体が入った緑色の瓶を、瓶の首の部分を持って、まるで短い棍棒のようにして握っていた。






 ボードゥアンは自分が徐々に“怪人”を追い詰めつつあることを実感している。

 だからこそ同時に、いまだこの戦闘の決着を付けられない事に自分がれ始めていることも感じていた。


(あの大きな図体で想像以上に素早く動く。そのせいで的はあれだけ大きいのに、どうにも攻撃を当てにくい。“怪人”め、忌々(いまいま)しいほどにしぶといな……)


 こうして一対一で戦ってみても、自分が負ける気などまるでしない。

 攻防が交錯こうさくするたびに“怪人”の動きも見えるように、予測できるようになっているし、段々とこちらの攻撃が相手に当たるようにもなって来ている。

 それだけに決定打を与えられない事が、何とももどかしい。


(それにしても、何だ?あれは……)


 そんなれったい心中を表には出さないようにしながら“怪人”の動きを目で追っているボードゥアンは、先ほどから“怪人”が、ウォーハンマーを握る右手とはついになる左手に握っている、緑色の瓶に意識を向ける。


(何のつもりだ?空いている左手に瓶を持って……“二刀使い”の要領で戦うつもりか?それとも盾の代わりにでもするつもりなのか……どちらにせよ、貴様が握っているそれは、狙い通りの機能を果たせるような代物しろものだとは到底思えんがな)


 ボードゥアンは“怪人”の変化を一瞬だけいぶかしんだが、すぐにそれは苦しまぎれの行動だろう、と思い直す。おそらくだが“怪人”には、武器でも何でも良いから少しでも戦闘を有利にできる可能性が有るような“安心材料”を手にしていたい、そんな思いが有るのだろう。

 それにしても“安心材料”としては、あの瓶は余りにも貧弱に過ぎるような気もするが。


 ともかくだ。それは“怪人”も自身が追い込まれているのを理解している、という事を表している。

 つまり裏を返せば、“怪人”には切り札として使えるような策が、もう何も残っていないという事だ。

 そう結論付けたボードゥアンは改めてカイトシールドを体に引き寄せて構え直し、メイスを握る右手に力を込める。


(もしかするとあれを投げ付けて来てこちらの出鼻をくじき、機先を制するつもりかも知れんな。それだけは警戒しておくとしよう。……では行くぞ!“ドラセルオードの怪人”よ‼︎ いい加減に決着を付けさせてもらうとしよう‼︎)


 カイトシールドを前面に押し出して、ボードゥアンは突撃を開始した。

 その勢いのまま、“怪人”の頭部目掛けてメイスを振り下ろす。


 それはウォーハンマーで防御されるか、後ろに下がってかわされるかすると想定して、やや軽めに振った一撃だった。半分はフェイントだ。


 だが“怪人”は意外にも首を傾けて脳天への直撃を避けるのみで、ほとんどまともにその一撃の威力を、その肉体で受け止めた。

 “怪人”の黒髪に隠れた耳のあたりをえぐるような感触とともに、メイスの鎚頭あたまが“怪人”の首の付け根にめり込んで、その動きを止める。


(!?……かわさない、だと?)


 疑問を感じると同時に、ボードゥアンは“怪人”の反撃に備えて咄嗟とっさにカイトシールドを構える。

「肉を切らせて骨を断つ」。“怪人”はまたしても捨て身の作戦に打って出て来た。ウォーハンマーによる反撃を予想したボードゥアンだったが、しかし次の瞬間カイトシールドを構えた左手に伝わって来たのは、何故か想像したよりもはるかに軽い衝撃だった。

 そして同時に「パリン」という、何かが割れるような、乾いた音が聞こえて来る。


「!!!???」


 さらに何かの液体が、ボードゥアンに降りかかって来た。何だこれは?

 ボードゥアンはその液体が、“怪人”が左手に握っていたあの緑色の瓶の中身である事に一瞬の思考で思いいたる。乾いた音は瓶が割れた音だろう。

 “怪人”がカイトシールドをウォーハンマーの代わりとばかりに殴り付けて粉々に割れた瓶。そこからこぼれ出た液体は、派手に飛散しながらボードゥアンの上半身をカイトシールドごと、あちこちまばらにらした。


(これはどういう事だ?……“怪人”は何を考えて……)


 軽く混乱するボードゥアンの思考に付け入るようにして、“怪人”がさらに動く。

 何が起きているのか理解できず動きを止めたボードゥアンに、“怪人”はまるで正面から抱き付くようにして組み付いて来た。


(いかん‼︎ 組み付かれた‼︎ 俺を倒して上に乗るつもりか‼︎‼︎)


 “怪人”の怪力と体重がボードゥアンの体にのし掛かる。このまま地面に投げ倒されるか引き倒されるかしてそのまま馬乗りになられてしまえば、ボードゥアンと言えども絶体絶命の危機におちいってしまう。

 “怪人”はこれを狙っていたのか!ボードゥアンは反射的に腰を落として重心を安定させ、両足に力を込めて踏ん張る。


(……??)


 しかしどういうわけか“怪人”はボードゥアンを投げる事も引き倒す事もしない。ボードゥアンに抱き付くかのような体勢のままその身体を拘束し、動こうとしない。

 それに気付いた瞬間、混乱したままのボードゥアンの鼻腔びくうに、体に降りかかった液体から立ち昇る、何とも不快な刺激臭が匂って来た。


(これは……“燃える水”⁉︎)


 匂いからそう判断したボードゥアンのすぐ目の前に有る、視界を覆う“怪人”の顔が動く。


 “怪人”は口を大きく開けていた。

 一体、何を考えているのだろうか?


 理解が追い付かず、ボードゥアンは自然と“怪人”の大きく開いた口の中を注視する。

 その口の中、片側の奥歯の上に、何やら小さな石ころのような物が乗っている。


(これは……“発火石はっかいし”?………………まさか‼︎ しまった‼︎‼︎‼︎)


め……‼︎‼︎‼︎」


 “怪人”の狙いが何なのか?


 それをボードゥアンが理解し、思わず制止の声を上げた瞬間、“怪人”は勢い良くその大きく開いた口を閉じる。

 驚愕から大きく見開いたボードゥアンの目に、強く噛み締めた歯に打ち付けられた衝撃によって“発火石はっかいし”から小さな火花が飛ぶのが見えたその瞬間、



 まるで火柱が上がるかのような爆発的な勢いで、ボードゥアンの上半身は暴れ狂う大きな火焔かえんに包まれた。







「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎」


 悲鳴が耳に心地良い。


 目の前の敵、苦しげに身悶みもだえしてうごめく、まるで火焔かえんに足が生えたかのような“それ”が上げる悲鳴は、ヒャクリキの耳を、鼓膜を、何とも甘美かんびな振動で震わせる。


「ククク……、俺とした事が、肝心な事を忘れていたぜ」


 唾液に濡らさないように注意しながら口に含んでいた“発火石はっかいし”を、ぺっ、と地面に吐き出すと、ヒャクリキは口角を上げながら、さも痛快そうにそう言った。


「そうだとも!ザラスに捧げないとな‼︎ 貴様らのその命、その肉体、その哀れな魂を‼︎そのためには炎を起こす。こんな当たり前の事をうっかり忘れるなど、“奇跡”を与えられておきながら、とんだ不信心だ!危ない所だったぜ‼︎」


 ヒャクリキの声には隠しようも無い愉悦ゆえつの響きが混じっている。

 ウォーハンマーによる攻撃が通らないなら、“燃える水”を浴びせて着火し、敵を火ダルマにする。それはたまたま近くに転がっていた“燃える水”の瓶を見た時に思いついた、天啓てんけいのような策だった。

 そして彼がイチバチかの勝負を賭けたその起死回生の策は、こうして見事に成功したのだ。


 そうだ、成功だ。大成功だ!

 どうだ、見たか‼︎ またまた、またしても見事に、してやったぞ‼︎

 苦しいか?ああ、苦しいだろうな。

 苦しめ、

 苦しめ‼︎

 苦しむが良い‼︎‼︎

 苦しむ貴様のその姿を、闘神ザラスはさぞかしおよろこびになるだろう‼︎


 ヒャクリキの体のところどころで、彼自身にも降りかかった“燃える水”が小さな炎を上げて燃えている。

 しかしブスブスと炎が体を焦がしているそこからは同時に「黒い霧」がかすかに立ち昇り、ゆるやかな速さではあるものの、できた火傷を端から治していく。


「ザラスよ……私の捧げ物は、貴方あなたにちゃんと届いておりますか?貴方あなたに与えられた“奇跡”に報いるにはささやかに過ぎるかも知れませんが、どうぞ、お受け取り下さい」


 火焔かえんに包まれ、身悶みもだえする敵。その炎はなお大きさを増し、敵の下半身を膝の辺りまで覆い始めていた。


「ぐうぉぉぉぉぉォォォォォォ‼︎‼︎‼︎」


 人の形をした火焔かえんは、その動きでも炎そのものを表現するかのようにして、ぐにゃぐにゃと苦しげにうごめいている。

 いかにも苦しそうに悲鳴を上げているが、炎の熱は気道を通って肺をも焼き、おそらくは呼吸もままならないはずだ。

 その体を焦がす火傷の痛みの前に、酸欠によって息絶えるだろう。


 そんな事を考えながら目を細めるヒャクリキだったが、火焔かえんはいきなりヨタヨタと、どこかに向かって歩き始めた。


「おいおい、どこに行く?動けば動くほど苦しいだろう?無駄な事は止めて、ここで大人しく死んだらどうだ?」


 ヒャクリキの言葉が聞こえているのかいないのか、人型の火焔かえんはメラメラと燃えながら、足を引きるようにして、一歩一歩、ゆっくりと歩いて行く。

 動いている方向から判断するに、どうやらこの空間の入り口を目指しているらしい。

 崖に向かって歩き、苦痛から逃れるためにそこから身投げするというのであればまだ理解できるが、何を考えているのだろうか?


「まあ良い……もう着いた勝負だ」


 興味を無くしたかのようにヒャクリキは火焔かえんから視線を離す。

 人型の火焔かえんはなおも歩き続け、弱り始めた照明ボルトの光で頼りなく照らし出された空間の中を、赤々とした光を放ちながら、ゆっくりと移動していく。


「さて、そろそろ仕上げの時間だな。“飛び道具”を打つのなら打って来い!もちろん残った貴様らもまとめて“つぶし”て、先にった奴らが寂しくないように、ザラスの餐台さんだいに送ってやるぞ‼︎」


 遠巻きに見つめる冒険者たちに向かって、ヒャクリキは大声で吠えるように言う。


 冒険者たちは一人残らず引きるような、歪んだ表情を浮かべたまま、芋虫のような速度で歩いていく火焔かえんと、ヒャクリキとの間で視線を行ったり来たりさせている。


 冒険者たちの数的有利はいまだ続いているにも関わらず、彼らはすっかり恐怖にみ込まれてしまい、力無い“恐慌きょうこう状態”へとおちいっているようだった。



 巨人の蝕餐しょくさんは、冒険者たちの運命をまるで嘲笑あざわらうかのように、無慈悲に飲み込んでいく。



 それは後に「ドラセルオード大火たいか」と並んで語り継がれる事となる、この街の歴史の悲惨な1ページ。


「“ドラセルオードの怪人”による冒険者の殺戮さつりく劇」


 その“最終章”の残酷な幕開けだった。


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