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擦り潰す!


 武器が交錯こうさくするたび耳(ざわ)りな金属音が鳴り響き、衝突で散った火花は照明ボルトの光が弱まり始めた空間を、刹那せつなの時間だけ小さく照らす。


 ヒャクリキと冒険者二人の、決め手を欠く攻防が続いている。


 ボードゥアンと名乗った冒険者が手にしたカイトシールドにヒャクリキの攻撃はことごとく防がれ、そのたびにボードゥアンのメイスと、シュベルツと呼ばれた冒険者の槍による反撃がヒャクリキを襲う。


 ザラスから「奇跡」を与えられているヒャクリキは、負傷する事などお構い無しに攻撃を続けるが、手練てだれの冒険者二人による攻防一体の連携を前に、思うような戦いができていない。


「シュッ!!」


 流れる時間をぶつ切りにするような短い呼吸音と共に、鋭く槍が突き出される。


 槍の軌道は低い。狙いは明白、ヒャクリキの左足だ。

 ヒャクリキはかわす事無く、えて敵の刺突にその身を晒す。


 えぐり込むような槍の刺突は、チェインメイルの存在をまるで無視するかのような鋭さで、ヒャクリキの左太腿(ふともも)をあっさりと貫通した。

 

「ぐぅっ!!」


 ヒャクリキはひるまない。槍にい留められた左足にはしる痛みを無視するかのように右足を踏み出し、シュベルツに向けてウォーハンマーを振り下ろす。


 痛みと引き換えにシュベルツの頭部をウォーハンマーで砕くかに思えたヒャクリキだったが、太腿ふとももを貫通した箇所かしょを支点に跳ね上げられた槍の柄によって、その攻撃はあっさりと軌道をらされ、いなされてしまった。


 さらにシュベルツはそれとほぼ同時に蹴りを繰り出す。足の裏で押すようにしてお互いの体の距離を離すと、そのついでにヒャクリキの太腿ふとももから槍を器用に引き抜く。

 そして槍を引き抜く勢いのまま体を回転させつつ足の位置を替え、ヒャクリキから離れると、残心ざんしんの構えでピタリと動きを止めた。


 ヒャクリキもそれを深追いする事はせず、素直に後ろに跳び退すさって距離を取る。

 その瞬間、シュベルツと入れ替わりに攻撃して来るボードゥアンが振るったメイスが、ヒャクリキをとらえる事無く空を切った。

 


 三、四歩ほどの距離を空けてお互いの動きが止まる。

 攻撃と防御とが交錯こうさくする時間の合間の、軽い膠着こうちゃくが訪れる。



らちが明かねえ……)


 ヒャクリキは表情を変えずに心の中で思う。

 やはり敵は手練てだれだ。それも想像していた以上の。


 数度に渡る攻防の中で敵が見せた体捌たいさばきは、その全てが素早く、そう動く事があらかじめ決まっているかのような滑らかさだった。

 敵ながら「身体の使い方が上手い」とでも言うべきか、絶妙に力を抜いて、無駄な動きをぎ落としている事が見ただけで理解できる。


 そしてその体捌たいさばきに合わせるかのようにして繰り出される、あの槍の刺突。

 鋭いだけでは無い。ウォーハンマーで刺突の軌道をらそうとしても、ほとんどの場合でヒャクリキが思うようにはらしきれず、槍の穂先が体をかすめて来る。それだけの力が、あの刺突には乗っている。


 体捌たいさばきと槍(さば)き、その両方が見事に噛み合って隙が無い。なかなかこちらに有効な攻撃の機会チャンスを与えてくれない。



(強いな…………それこそ“間違いの無い”強さだ……)



 貫かれた左足の太腿ふとももを「黒い霧」が覆って傷をふさいでいく。

 それとともに、そこにはしる痛みは小さく、弱くなっていく。

 そして痛みが消えていくのと同時に、太腿ふとももの筋肉には小さく湧き出すように力が戻って来る。


 しかしヒャクリキは気付いていた。傷が治るのにしろ、痛みが消えていくのにしろ、その速さは明らかに鈍く、遅くなり始めている。


 ザラスに与えられた「奇跡」の効果は、明らかに弱まり始めていた。



(……まあ、な。奇跡もいつまでもは続かない……いつまでも頼る事はできない……そんな“甘え”を闘神ザラスは最も嫌うはずだ。神がそんな事をするのかどうかは分からんが、それこそ唾を吐きかけるほどにな……)


 膠着こうちゃくを挟みながら数度の攻防が繰り返されたが、いずれも目に見える戦果には結び付いていない。

 堂々巡(どうどうめぐ)りの展開が続いていた。


 このままの展開が続き、「奇跡」が終わってしまえば傷が治らなくなる。

 そうなれば、今よりもさらに窮屈な戦い方を余儀よぎ無くされる事は明白だ。


(やはり今の戦い方では足りない。文字通りの“捨て身”で掛かるしか、決着を付ける方法は他に無い。という事か……)


 ヒャクリキは頭の中で自分に言い聞かせるように言う。

 どうするべきなのかは分かっている。あとは覚悟の問題だ。


 そう、「奇跡」が終わる事に対して、彼は焦ったりなどしていない。

 敵との距離を調整するように動きながら、ヒャクリキは考える。


 そう、焦るとしたら、それは何かを恐れているからだ。

 ……恐れる?一体、何を恐れるというのか?



 痛みを。死を。敗北を。そして、何より戦い続ける事を。



 我ながら馬鹿な事を、にもつかない事を考えているな、とヒャクリキは思う。

 もっと集中しなければ。



 俺は……恐れたりなど決してしない。有り得ない。


 俺は戦士だ。“マハイ・ベージの戦士”なのだ。


 戦う事を恐れる戦士など居るものか!



 二人の敵を視界に収めるヒャクリキの目付きが鋭さを増す。

 それに呼応するかのように、敵の気魄きはくがゆらりと揺れる。


 数度の攻防で、あの厄介な槍の刺突にも段々と目が慣れて来た。

 残った奇跡を無駄にせず、文字通りの“捨て身”で、我が身を投げ打って、敵の攻撃と動きを止める。突かれようが斬られようが殴られようが、この身を持って受け止め、必殺の間合いに敵を捕獲する。


 やられる前に、やる。実にシンプルな作戦だ。


 ヒャクリキのその狙いを、目の前の二人も見抜いているのだろうか。

 必要以上に踏み込まず、慎重で堅実な攻撃に徹している。


 もしこの上ヒャクリキから「奇跡」が失われつつある事まで見抜かれてしまえば、二人の敵は現時点での「ヒャクリキの動きを止め、回復を上回る攻撃を加えて徹底的にその肉体を破壊する」という作戦を変更するかも知れない。


 ヒャクリキを「制圧」する事が可能な、よりリスクが低い作戦を採用する可能性が極めて高い。

 まだ生き残っている他の冒険者、魔術師や射手による遠距離攻撃でヒャクリキを消耗させる作戦に切り替えて、より確実に仕留めようとするはずだ。


 同士討ちを避けるためなのか、今は遠距離からの攻撃もんでいる。だが、「奇跡」が終わってしまってからそれらの集中砲火を浴びるような展開になれば、攻撃の数に押しつぶされてヒャクリキの勝機はほとんど無くなってしまうだろう。

「奇跡」が起きる前の状況に逆戻りだ。それは避けたい。


 残された機会チャンスは多くは無い。

 覚悟を決めて、数少ないそれに賭けるしか無い。




つぶしてやる……」


 ヒャクリキが口の中で小さく呟く。


 その瞬間、敵は再び攻撃を開始した。




 ヒャクリキの予想に反して、攻撃して来たのはボードゥアンの方だった。

 あの厄介なカイトシールドを前面に押し出すように構えたまま、こちらの視界をふさぎつつ、死角からメイスを振るって来る。


「くたばるが良い‼︎ この邪教の徒め‼︎」


 そう叫びながらボードゥアンが振るうメイスの一撃、一撃には狂気的な気魄きはくが乗っている。

 厄介な事に、カイトシールドにメイスの振り始めを隠されて、どの角度からメイスの鎚頭あたまが飛んで来るかが分からない。

 気付けばヒャクリキは自然と守勢に回っており、ボードゥアンの怒涛どとうの攻撃にやや押し込まれる状況になっていた。


 攻撃してくるボードゥアンの背後には、攻撃の機会をうかがっているであろうシュベルツの姿がチラチラと見え隠れする。


(むう、コイツはコイツで厄介な…………だが、どこかに必ず勝機が生まれるはずだ!)


 ボードゥアンの攻撃に押し込まれながらも、ヒャクリキの眼光は鋭さを失わない。

 その瞬間が訪れる事を信じて、ジリジリと後退しながら攻撃を弾き、らし、いなし続ける。


(焦るな!待て!待つんだ!必ずその時は来る‼︎ )


 そう自分に言い聞かせながら、何度か攻撃をいなしたその時だった。

 

 大振りのメイスの一撃が空を切って空振りし、ボードゥアンがその体勢をわずかに崩す。


(ここだ‼︎‼︎)


 状況に反応してヒャクリキの脳神経が発火する。

 その瞬間は、守勢に回っているヒャクリキの体勢の方が明らかに優位な状態だった。

 直立した体幹の正中線によって重心は安定しており、両の足はしっかりと地面を踏み締めている。


 ついに訪れた千載一遇せんざいいちぐう好機チャンス

 ボードゥアンのメイスをらすために構えたウォーハンマーの鎚頭あたまはその瞬間、き腕である右手とは逆の方へ流れていたが、そんな事は問題にならない。

 逆袈裟ぎゃくけさの要領で振り下ろそうと、ヒャクリキはウォーハンマーを左肩にかつぐ。


 しかし、


(やられた!これは罠だ‼︎)


 ボードゥアンの体の輪郭りんかくから飛び出すようにして、シュベルツがいきなり目の前に現れた。

 体勢を崩したかに見えたのは、ヒャクリキの反撃を誘うためのボードゥアンの演技だった。シュベルツの攻撃が本命の、意表を突いた連携攻撃だったのだ。


 それを刹那せつなの瞬間で理解したヒャクリキに、シュベルツの槍の刺突が襲い来る。

 完全にシュベルツの間合いに入っていた。しかしヒャクリキが有効な攻撃を加えるには、わずかに少しだけ、半歩だけ遠い。


(ふん!上等だ‼︎)


 自身の首元目掛けて、飛んで来るかのような勢いで迫り来る槍の穂先に対して、ヒャクリキはウォーハンマーでの迎撃を選択しなかった。代わりにウォーハンマーを握る右手とは反対の空いている左手を、掌を広げて突き出した。


 極限の精神集中によって時間の流れがねばつくように遅くなる。

 槍の刺突の線上に、ヒャクリキの大きな手が立ちふさがる。

 鈍く輝く穂先の刃とヒャクリキの掌とが、真っ向からぶつかり合った。


 槍の穂先の先端が、左手を覆う手袋の革と掌の皮膚を難無く突き破り、穂先はそのまま骨の間を通り抜け、筋肉を割るようにして左手へ侵入していく。

 ぶつかる相手が鋼の穂先の刃では、ヒャクリキの左手は当然のごとく、盾としては到底機能しなかった。


 穂先はヒャクリキの掌を貫いてなお勢いを失わず、その先端はヒャクリキへと向かって来る。


「があああぁぁぁぁァァァァァァ‼︎‼︎」


 左腕全体を貫くようにはしる痛みをまるで握り潰してき消すかのようなイメージで、ヒャクリキは無理矢理左手に力を込める。

 貫かれたヒャクリキの左手は、甲から突き出した穂先のすぐ後ろ、槍の首あたりの柄を全ての指で包むようにして握り込んだ。

 掌を槍の柄が滑りながらも刺突の勢いは吸収され、ヒャクリキの頭部へ到達するギリギリの距離で、穂先の先端がピタリと止まる。


 ボードゥアンの体勢が崩れてから一呼吸というわずかな時間の攻防の結果、ヒャクリキは見事、作戦通りに敵を捕獲したのだった。



 ヒャクリキはにらむようにしてシュベルツを見る。

 ボードゥアンを盾にしつつ繰り出した攻撃によってヒャクリキの動きを止められると確信していたのだろう。その顔には予想外の結果に驚きを隠せない表情が貼り付いていた。


「捕まえたぜ……」


 低く呟いたヒャクリキの声にはささやかな歓喜の響きがにじむ。

 その声でシュベルツはハッと我に返る。


 シュベルツは攻撃が失敗に終わった事に、一瞬だけ呆然ぼうぜんとしてしまった。しかし、その一瞬が命取りになった。

 自身がヒャクリキの攻撃の間合いに囚われているという事に、シュベルツが気付いた時にはもう遅かった。


 頭上から落ちて来るウォーハンマーの鎚頭あたま

 シュベルツは咄嗟とっさに槍から手を離し、両腕で頭部を守る。

 さらに後ろに飛び退すさろうとするが、間に合わない。


 ヒャクリキのウォーハンマーの鎚頭あたまが、ついに敵をとらえた。

 確かな手応てごたえを右手に残しながらウォーハンマーを振り抜くと、シュベルツは吹き飛ばされるように、派手に転がるようにしながら後方に転倒した。


(トドメだ!る!る!ってやる‼︎)


 それは膠着こうちゃく均衡きんこうを破って、ついに訪れた歓喜の瞬間。

 地面に倒れ込んだ敵がさらす、無様ぶざまで哀れなその姿。

 ヒャクリキは全身の血液が沸騰するかのような感覚にとらわれる。


 闘争本能、嗜虐しぎゃく心、憎悪、攻撃衝動、破壊衝動、そして明確な殺意。


 それらの内のどれとも呼べるような、いやむしろ、それら全てをない混ぜに混ぜ合わせたとでも言うべきような感情。


 抑えられない!

 抑えられない!

 嗚呼ああ‼︎ そうとも!抑えるなどできない‼︎

 抑える必要など、どこにも無い‼︎‼︎


 そんなたぎるような、爆発的な、暴力的な感情と衝動がふくれ上がり、密度を増し、ヒトのカタチを成したもの。


 今のヒャクリキは、まさにそれだった。



 起き上がれるなどと思うなよ‼︎

 そのままつぶして、地面と一つに混ぜてやる‼︎‼︎



 倒れ伏したままの敵に向かって、弾かれたようにヒャクリキは駆け出す。



 そのまま動くな!

 叩いて!砕いて!つぶして‼︎

 闘神ザラス餐台さんだいへと、貴様を送ってやるからな‼︎



 一歩ごとに勢い良く距離を詰めながら敵へと迫るヒャクリキ。


 動けない敵は、もうすぐ目の前だ。あと一歩で止めの一撃を加えられる。



つぶす!つぶす‼︎ つぶす‼︎‼︎)



 しかしその瞬間、ヒャクリキの視界の中に、いきなり“何か”が現れた。


 そしてほぼ同時に全身を襲う、馬にねられたかのような衝撃。


 強烈な衝撃によって、途端とたんに自身を突き動かしていた感情から意識がめる。



(がっっt !!!!…………あぁ、そうか、俺とした事が、忘れていたぜ……)



 めた意識と、衝撃に遅れてやって来た全身を押しつぶすような痛みの中でそんな事を考えながら、



 気付けばヒャクリキは、宙を舞っていた。


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