スタンピード
炎は大きくなっていく。
放映会場の一角、出店の一つを包んで燃え上がる炎は瞬く間にその高さを増したかと思うと、今度は並んだ他の店に燃え移り、横にも拡がり始めた。
始めのうちこそ大会運営のスタッフが広げた粗布で炎を叩いたり、どこから運んで来たのか、バケツに汲んだ水をかけて消火しようとしていたが、それはささやかな抵抗としか言えないものだった。
消火活動に当たっていた者たちは早々に炎を消す事を諦め、まだ燃えていない出店を解体する事で延焼を食い止める作戦に切り替える。だが、みるみるうちに燃え拡がり大きくなっていく炎の成長の速さと、それが生み出すあまりの熱量に、こちらの作戦もすぐに頓挫してしまった。
炎は膨れ上がっていく。
中央広場の観客たちは、完全な恐慌状態に陥っていた。
出店は広場の外周をぐるりと取り囲むように、大きな円のようになって並んでいる。そのため広場の外へと逃れようとしても燃え盛る炎が壁となり、出店が燃えている場所近くの出口からは逃げられない。
観客たちは夜の闇を切り裂きながら煌々(こうこう)と輝く炎の光と、空気を焦がしながら膨れ上がっていく熱の、その両方から必死の形相で逃げ惑う。
皆が我先にと押し合い圧し合いしながら安全な場所へ向かおうとするのだが、いかんせん放映会場であるこの中央広場に詰めかけた夥しい観客の数は、それこそ尋常なものでは無い。
逃げようにも大勢の他の観客が壁となって、行く手を阻んでいる。
広場の出口付近の観客も発生している異変に気付き、何が起きたのかを理解して広場の外へと逃げ始めた。
しかし恐怖に支配されたその動きはてんでデタラメでバラバラで、何ヶ所か有る出口周辺は混乱した観客によって動線がほとんど遮断された状態になってしまっていた。
その結果、広場の外へ出ようとする観客たちの大きな動きの流れは、出口付近で目詰まりを起こしたかのように停滞している。
炎は拡がる。炎は伸びる。
更に、更に。大きく、大きく。
大会運営のスタッフが大声で発する避難誘導の声など、誰も聞いていない。
混乱し、恐怖に支配された人波の暴力。それに押し倒された観客が下敷きになり、無数の足に踏みつけられている。
自身の体を破壊しながら通過していく重量に耐え切れず上げられる、哀れな観客の苦悶の悲鳴は、狂奔する群衆の騒乱に虚しく掻き消され、消えていく。
輪のような広場の外周に燃え拡がる炎は、気付けばその輪の三分の一ほどを、既に侵食して燃えていた。
そして炎に侵食され続ける輪の中である放映会場は、観客の恐慌から出現した地獄絵図によって、その空間を塗り潰されている。
「なんて事だ……。このままではドラセルオードの歴史の中でも最大級の大惨事になってしまう‼︎」
バルコニーから広場の惨状を見下ろしながら、マンチェットは呟いた。
彼の視界の中で、炎は輪を描くようにしてどんどんと拡がっていく。渋滞した出口からスムーズに流れ出ない人波のせいで、広場の中に残っている観客たちの恐慌は更に深刻なものとなり、完全な混沌とでも呼ぶべき様相を見せていた。
もはや出口に向かうどころか、まるでデタラメな方向へ逃げている観客の姿がチラホラと見受けられる。
何を思ったのか、燃えている出店の中へ飛び込んでいく者の姿も見えた。やけくそになったのか、一か八かと考えたのか、炎を突っ切って広場の外へ出ようとしたのだろうが、飛び込んでいったきり、その観客は燃え盛る出店から出て来る事は無かった。
(こんな落とし穴が潜んでいたとは‼︎ この街で最大の面積を誇る中央広場を放映のメイン会場にした事が、まさかこんな形で裏目に出てしまうとは‼︎)
年々拡大する《ドラセルオード・チャンピオンシップ》の規模に合わせて、放映会場に選ばれる場所も同じく年を追うごとに広く、大きくなっていった。
今大会で予想された観客数に対応できるような会場は、このドラセルオードの街において、もはやこの中央広場しかなかったのは確かである。
そして大会開催前に数えきれないほど開かれた運営委員会の会議の中で、こういった緊急事態が発生した場合の対応について、もちろん協議はされてきた。
しかし、これほどの事態は委員会メンバーの誰も予想だにしなかったし、会議で立案された対応の方法は、目の前の惨状が示している通り、実際には何の役にも立たなかった。
(炎を消す事はもはや不可能だ。こうなってしまっては混乱する観客を、何とかして安全な場所へ避難させるしかないのだが……)
カーモーフ卿を始めとする運営委員会の上層部の面々は、呆然と立ち尽くすばかりで誰も動こうとはしない。
これでは被害は拡大していく一方だ。大会の運営委員会が機能不全に陥ってしまった今、この状況を打開できるのは……。
(チェイミー市長!彼なら衛兵たちを動かせる‼︎)
マンチェットはチェイミー卿の姿を探す。ほどなくして街の警備隊長らしき人物と話しているチェイミー卿の姿を見つけたマンチェットは、足早に近付いて話しかけた。
「チェイミー市長!こうなってはもう大会どころではありません‼︎ もはや運営委員会の手には負えない事態です。衛兵たちを総動員して対処するよりないかと思われます!どうか出動のご指示を!……」
言葉に反応してチェイミー卿がマンチェットの方へ振り向く。
チェイミー卿は、張り裂けそうな緊迫感をそのまま形にしたような表情をその顔に浮かべているが、大きく見開かれた目からは、この緊急事態に対処するために最大限の集中力を振り絞り、頭をフル回転させているであろう事が窺えた。
「観客……住民たちの避難誘導と、火災が拡大しないように周辺の建物を解体する。被害を最小限に留めるため、この街の全ての衛兵で事に当たるべきだと私は思います!それができるのはチェイミー市長しか……」
しかし捲し立てるように話すマンチェットを、何故かチェイミー卿はいきなり片手を挙げて制した。
そして眉間に皺を寄せて、腹痛に耐えるかのような表情で、苦しげに絞り出すように、マンチェットの言葉に答える。
「……もちろん分かっておる。分かっておるが……しかし、しかしだな…………その、事に当たるための、肝心の衛兵たちが、だな…………」
途切れた言葉の続きを待ちながらも、チェイミー卿が何を言わんとしているのか、その意味を理解した瞬間、マンチェットはまるで雷に打たれたかのような衝撃を感じた。
(あぁ‼︎‼︎ あ、あ………………そ、そんな…………そんなバカな‼︎‼︎)
状況を理解したマンチェットを、絶望感が襲う。
「そう、そうなのだ……。あの“大攻勢”が発生した時だ。勢いに乗った角鬼どもが街へと向かって来る可能性が有るから、それに対処しなければならん。それと可能であれば冒険者たちの救助を……そう考えてほとんどの衛兵を、街の守備隊を、あろう事か街から出してしまっておるのだよ……」
チェイミー卿は変わらず苦しそうに、絞り出すように言葉を続ける。
街の外部からの脅威に備えて守備隊を動かしたせいで、内部で発生した問題に対処する事ができなくなってしまっているという現実。その偶然と言うには出来過ぎなあまりのタイミングの悪さに、マンチェットは愕然とする。
「もちろん衛兵たちを呼び戻すため、とっくに伝令を送っている。送ってはいるのだが……おそらく守備隊はほとんどダンジョンに到着するほどの位置まで、既に移動してしまっていた事だろう。戻って来るのにどれほどの時間が掛かるのかは……まったく分からん」
あの時チェイミー卿が取った対応は、ドラセルオード市長として妥当なものだとマンチェットも思った。間違った判断では無いと思うし、むしろ対応の早さに感心していた。
それが、こんな形で……。
歯車が噛み合うようにして、最悪の形で、見事に裏目に出てしまった。
これは運命の悪戯としか、そうとしか言いようが無い。
(なんて事だ……こんな……こんな事が起こるとは…………)
それ以上チェイミー卿に話す言葉を失くしてしまったマンチェットは、半ば呆然とした状態でバルコニーの方へ振り返る。
炎はさらに拡がり続けているらしく、その光によって中央広場は赤々と照らし出されていた。
燃えている。
燃えている。
恐ろしく、不気味に蠢きながら、大きな炎が燃えている。
マーテルの体は微かに震えていた。
彼女が見つめる中央広場の炎は、あれよあれよと言う間に大きく伸びて膨れ上がっていく。
炎は広場の外周に沿って設営された出店に次々と燃え移って拡がっていき、その様はまるで広場に残されて逃げ遅れた観客たちを、取り囲んで飲み込もうとしているかのようだ。
飲み込まれようとしている観客たちは皆がまるで正気を失い、狂ったかのように広場の中を逃げ惑っている。
マーテルの脳裏に、かつての記憶が甦る。
彼女が主人であるブランドンと出会う切っ掛けとなった出来事。
彼女が奴隷という身分に貶められる事となった原因。
彼女が暮らしていた村が「奴隷狩り」に襲撃された時の、その記憶が。
村に有った家という家が「奴隷狩り」の無法者たちによって火を放たれ、
抵抗した大人たちは無惨に殺され、女たちは犯され、
子供だったマーテルは捕まって、奴隷商へと売り渡された。
あちこちから聞こえてくる悲鳴、泣き声、苦しそうな呻き声。
鼻を突く血の匂いと、肉が焼けるあの嫌な匂い。
そして、炎に包まれて燃え落ちていく、いくつもの家屋。
あの時の凄惨な光景が、その忌まわしい記憶が、今現在の目の前で繰り広げられている光景に重なるようにして、彼女の脳内にありありと甦った。
体全体が恐怖で収縮したかのように竦んで動けない。
呼吸は無意識に速く、浅くなり、顔を嫌な汗が伝って流れ落ちる。
バルコニーの床に膝をついた体勢のまま、体に力が入らない。
「い……嫌。こんなのは、嫌……」
やはりここへ来るべきではなかった。
何としてでも、どんな手段を使ってでも、ブランドンに同伴する事を断るべきだった。
おそらくはブランドンも気付いているであろう、両者の間に刻まれた溝。
その溝の深さが結果としてお互いを断絶するほど深くなったとしても、やはりここへ来るべきではなかったのだ。
映像が途切れてしまったので今どうなっているのかは分からないが、結局はマーテルの願いも虚しく、彼女の予感に従うかのように、ヒャクリキが冒険者たちに「制圧」、つまり「殺害」されてしまう光景を見せられる事になった。
そして続けて起こった謎のアクシデントによって大会が中断され、観客たちの間に不穏な空気が漂い始めたかと思うと、今度はいきなり発生した火災とともに地獄絵図が彼女の眼前に出現し、忘れたい過去の記憶が喚び起こされてしまった。
彼女が望まないような事ばかりが次々と起こる。
まるで呪われているかのように。
やはりこの場所は良くないところ、やはりこの大会は良くないものだったのだ。
そんな後悔に包まれる彼女に、悲しみと恐怖と絶望が、波濤となって容赦無く押し寄せる。
押し寄せる波のあまりの重さに、彼女の細い体は押し潰されてしまいそうだ。
そんな小さくなって動けない彼女とは対照的に、目の前の中央広場の恐慌と狂騒と混沌は、ますます激しさを増していくばかりだった。
(しっかりしろ!マンチェット‼︎ ここでボケっとしていてもどうにもならない!どうすればいいんだ⁉︎ 今、私は何をするべきなんだ⁉︎)
マンチェットの焦りはますます大きくなるばかりだった。
このままでは広場に残された大勢の観客は、大きな輪を描くようにして拡がった炎に包囲され、煙に巻かれ、焼死するか窒息死するしかない。
(考えろ、考えろ。観客たちが広場の中でデタラメな動きをしているのは炎から逃げる流れ、動線が無いからだ。広場を俯瞰できるここからなら分かるが、広場の中にいる観客たちはどこへ向かって逃げれば良いのか、混乱の中で見えなくなっているのだろう……)
最悪の未来を回避すべく、マンチェットは思考を回転させる。
(人の流れが渋滞して目詰まりを起こしているのは、広場と街路が繋がっている広場の出入り口付近だ。その周辺に設営されている出店が、元々広くない出入り口の幅を、さらに狭くしている)
事実、広場の出入り口周辺は、そこから広場の外へ脱出しようとする観客たちでダンゴ状態になっており、そのせいで僅かな人数しか広場から出て行けない。
我先に助かろうとする個人の意思が集まって集団となった結果、自分の首を絞める結果になってしまっているのだ。
(となると炎から最も遠い……あそこだな!あそこの出入り口‼︎ あのまわりに設営されている出店を解体して、避難経路を確保する!それしか無い‼︎)
考えがまとまったマンチェットは、まわりに居る大会運営のスタッフたちに呼びかける。
「君たち!私に付いて来て、手伝ってくれないか?あのあたりの出店を解体するんだ!手斧やナイフ、ノコギリを使って、協力して避難の障害になっている出店をバラバラにして道を作る。そうすれば今よりは状況がマシになるはずだ‼︎」
機能停止してしまった上層部からの指示が途絶えてしまっているせいか、多くのスタッフたちは変わらず呆然と立ち尽くしていたが、数名がマンチェットの呼びかけに応えて、出店を解体するための道具を探し始めた。
「解体するのはあそこだ!分かるな⁉︎ 道具を持ったらあそこに移動して、解体に協力してくれ!私は一足先に行って待つ‼︎」
目的の場所を指差してそう言うのが早いか、マンチェットは駆け出していた。
観覧席であるバルコニーから部屋の中を突っ切って飛び出し、二階から階段を駆け降りて、清掃用の道具などが仕舞われている部屋の扉を蹴破った。
そして乱雑に置かれた道具の中から手頃な手斧を見つけると、それを持って建物の外へと飛び出す。
「目的の場所は……あっちだな!クソッ‼︎ 人が邪魔だ!」
運よく広場から脱出できた観客たちが、マンチェットの目の前を横切り、ぶつかりそうになりながら、いや、実際に何度もぶつかって来て、マンチェットの行く手を阻む。
自身の安全の事しか頭にない観客たちに邪魔されながら、避けて回り道をしながら、それでも襲い来る荒波を掻き分けるかのようにして、マンチェットは目的の場所に何とかたどり着いた。
解体するつもりの出店の前に立ったマンチェットは、自身の考えが甘かった事に気付く。
上から眺めている時には分からなかったが、いざ目の前にしてみると出店は思ったよりも大きく、その造りも想像以上に堅牢そうだった。
「これを解体か……私の体力からすると、これは骨が折れる仕事だな。しかし……今はとにかくやるしか無い‼︎」
マンチェットは出店の柱と梁を括って固定しているロープの束に、手斧の刃を打ち付ける。
十回も手斧を振らないうちに、マンチェットは掌に痛みを感じ始めた。
しかし彼はお構い無しに、続けて何度も手斧を振り続ける。
(くそっ!ロープが切れない!こんなに頑丈なのか!しかし、手を止めるわけにはいかない‼︎)
慣れない作業に、マンチェットの全身から汗が噴き出す。
ようやく最初に狙いをつけた場所のロープがちぎれてほどけた頃、幸いにも彼を追いかけて来たスタッフたちが、応援とばかりに合流した。
「良し、来てくれたな!ありがとう‼︎ 道具を持っている者は要所にあるロープを切ってくれ!何人かは支えを失った梁や柱を支えて、他の者が怪我をしないように補助して欲しい!」
指示を出しながら、マンチェット自身も休まず手斧を振るう。
自分一人だと終わりが見えない気がした作業は、人数が集まると目にみえる速さで進み始めた。
ついに出店が解体されると、それによって空いたスペースから観客たちがどっとなだれ出て広場の外へと逃げ始める。
確かに逃げられる観客の数は増えたが、しかし一つの出店が解体された程度では効果はたかが知れていた。
周囲のほとんどの観客たちは依然ダンゴになって固まっており、避難の流れの渋滞は未だ解消されていない。
(それでも解体を続ける。少しでも多くの観客をこの場から避難させる!)
そうマンチェットが思った時だった。
出店が解体されるのを目の当たりにして気付いたのか、押し寄せる観客の中から男たちが次々と、今解体されたもののまわりに有る出店に取り付き始める。
そしてさらに数人がかりで出店の柱を押しては引いて、力ずくで揺さぶりながら、解体しようとし始めた。
(なんと!これは予想だにしなかったが、嬉しい誤算だ!あまりにも多すぎる観客の数が全体の避難の足枷になっていたが、その人数のうち幾らかでも出店の解体に加われば、むしろ避難経路をさらに速くこじ開けて拡大できる‼︎)
ふと気付いたかのように遠くを見たマンチェットは、そこでも観客たちが出店を破壊しようとしている事に気付く。
まさに逆転、起死回生と呼ぶべき事態だった。
マンチェットの使命感と勇気から起こした行動が呼び水となって、多くの観客を火災から救出できる希望の光が見えたのだ。
(いいぞ!ここで出店が解体されたのを見て、あちこちで観客が同じように近くの出店を破壊しようとしている‼︎)
しかしそう思った瞬間、マンチェットは違和感を覚える。
出店に取り付いている観客たちの様子は、何かがおかしい。
(破壊⁉︎……解体ではなく、破壊?……)
そう、そうなのだ。
マンチェットと、彼に従った数名のスタッフたちによって、出店は「解体」された。
しかし今、出店に取り付いた観客たちがしているのは……、
数人掛かりの力づくで押し倒した柱は、他の観客を巻き込んで下敷きにしながら倒れていく。
出店の上部を覆う天幕は力に任せて引き裂かれ、ズタズタに破られていく。
出店に設置されたカウンターや商品を収納している木箱などが、次々と壊されていく。破壊された木箱から溢れ出たその中身を、数名の観客が奪い合っている。
バラバラになった建材の中から拾ったであろう手頃な角材で、狂ったように近くに有る物を手当たり次第に叩き壊している者が居る。
そう、観客たちがしているのは「破壊」だった。
マンチェットの眼前に広がる光景のあちこちで、居並ぶ出店が次々と「破壊」され始めている。
「破壊」に参加している観客たちの表情からは、単純な恐怖によるものだけではなく、それとはまるで別の感情が混じっているのを読み取る事ができた。
憤怒、失望、悲嘆、絶望。そして……憎悪。
「ふざっっけんなよ‼︎ 大会もパァ!優勝も順位もパァ!そんでもって俺の賭け金もパァじゃねぇか‼︎ どうしてくれんだよ!」
「もう無茶苦茶じゃねぇか!こうなった責任は、一体誰が取るんだよ⁉︎ どうするつもりなんだよ⁉︎ 運営はよぉ‼︎‼︎」
「これが狙いだったのか⁉︎ 俺たちから金を吸い上げるだけ吸い上げといて、あとはどうぞ火事で焼け死んでくださいって、そういう事なのか⁉︎ あぁ⁉︎」
「そうだぜ!そうに違いねぇ‼︎ きっと最初から金だけ取って、後の事はこうやって有耶無耶にする算段だったに違いねぇ‼︎‼︎ 出店してる商会の連中は保険に入ってるだろうから、店が燃えたって何も損はしねぇだろうしな‼︎」
「自分たちだけ儲けようったって、そうはいかねぇぞ‼︎ 良いように利用されて、そのあげくに殺されてたまるかってんだ!」
「破壊」に参加している観客のうち数人が、炎が燃え移った細い角材を松明のように掲げている。
観客たちの「破壊」から商品を守ろうとしている商会の店員と思われる者が、数人に寄ってたかって暴行されている。
おかしい、何かがおかしい。
観客たちの「破壊」には、明らかに“生命の安全が脅かされ、追い詰められた事によるもの”以上の激しさ、無軌道さが表れている。
マンチェットの視界の中のあちこちで、どう見てもやり過ぎとしか言えないような「破壊」が繰り広げられていた。
ついには何を考えているのだろうか、燃える角材を掲げた者の一人が、破壊された出店の残骸に、角材の炎で火を着けて回っている。
炎に追い詰められた者が、あろう事か自ら炎を拡散させ始めたのだ。
そこに在るのは、狂気。
マンチェットの眼前で繰り広げられる光景。
それは剥き出しになった狂気に支配され、自制心が完全に消え失せた群衆による純粋な「破壊」だった。
これを表現する言葉が有るとするなら……。
「暴走…………」
ぼそりと呟いたマンチェットの背筋を、冷たいものが疾っていく。
燃え上がる炎が呼び起こす恐怖のせいなのか、それとも尋常ではない炎の熱に当てられ、それに酔ってしまったのだろうか?
群衆となった観客たちは、狂気に取り憑かれたかのように、「破壊」を拡大させ始めた。