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闘神の依代、巨人の餐台


(やはり似ている……いや、同じだ!やはりアイツと同じ槍さばきだ!)


 予想以上に鋭く伸びてくる槍の刺突を、ヒャクリキはウォーハンマーを振って払いのける。その槍は全金属製なだけあって、ウォーハンマーを握る右手に伝わる衝撃も重かった。

 間髪入れず、返す一撃で“ジョエルと同じ動き”の男に反撃しようとしたヒャクリキだったが、男は払いのけられて流れた槍の穂先の動きに逆らわず、重心を落としたまま瞬間的に腰を切ると、槍を横にいで石突き側をヒャクリキに向ける。

 そして反撃の出鼻をくじくかのように、石突きでヒャクリキの左膝のすぐ上を強く突いた。


「ぐっ!!」


 剣や槍の穂先の刃で肉を裂かれるのとは違う種類の痛み、神経に稲妻がはしるような感覚が、ヒャクリキの左膝から全身に散って行く。

 その痛みでヒャクリキが体を硬直させているわずかな時間で、男はヒャクリキの攻撃範囲から逃れて距離を取った。

 そして槍の穂先をヒャクリキに向け直して構え、ヒャクリキを中心とした円を描くようにゆっくりとした足(さば)きで横に移動し始める。



(……やりにくい…………)


 ヒャクリキはそう感じている。全金属製の重厚な槍を軽々と取り回す、目の前の男との攻防が交錯こうさくするたびにとらわれる、まるで目に見えないワクのようなものにめられているかのような、存在しない鎖が手足に絡みついて来るかのような、そんな感覚のせいで思うように動けない。


 さてどうしたものか、と思った瞬間だった。ヒャクリキ目掛けてクロスボウのボルトと、青白く光る魔術による攻撃が飛んで来た。

 しかしヒャクリキは飛んでくる飛翔体を、反射神経であっさりかわす。幸いにもそれらはかなり距離が離れた場所から飛んで来たので、かわすには充分な余裕が有った。


 今のように“前衛”との交戦が途切れたら、その瞬間に“後衛”の「飛び道具」が飛んで来る。

 やはり敵は攻撃の手数でヒャクリキを押しつぶそうとして来ている。こちらはその狙いを、何とかして跳ね返さなくてはいけない。


(跳ね返す、か。本来なら単騎で多勢に勝つなど不可能、無謀、………………だが、できる!できるぞ‼︎ なぜなら今の俺には、ザラスの加護が、闘神の奇跡が与えられているからだ!)


 ヒャクリキは口元に笑みを浮かべる。

 奇跡が起こる前、傷の痛みとともにこの身を焼いていた焦燥感は、今は綺麗さっぱり消えていた。

 不安など無い。そうだ、不思議な事に相手がどれほどの多勢であろうと、今の自分はまるで負ける気がしない。


「そうとも。やるべき事をやるだけだ、いつも通りにやるだけだ。コイツらはザラスの餐台さんだいに捧げるための供物くもつ走破鳥チョボルと同じ、メケどりと同じ、何も変わらない、肉の塊。ただの供物くもつだ……同じように、いつも通りに、やるだけだ……」


 ぼそぼそと呟くヒャクリキに向かって、大楯を構えた冒険者二人が、挟み撃ちの格好で攻撃して来る。二人ともが構えた大楯でヒャクリキを挟みこまんばかりの勢いで踏み込んで来る。


 全身をおおってしまえるほどの大楯は確かに敵の攻撃を防御する分には頼もしい存在だろう。しかし同時に使用者の行動を大きく制限するかせにもなる。事実、この二人は動きも遅いし、手に持った槍による刺突も、てんで鈍い。

 ヒャクリキは自分に向かって突き出される槍を、空いている左手で横から殴るようにしてつかみ取った。


「なっ!畜生‼︎」


 大楯を構えたまま、冒険者が慌てた様子で柄の部分を握るヒャクリキの手を振りほどこうとして槍をグイグイと引っ張る。

 しかし振りほどくどころか、冒険者はヒャクリキの怪力によって槍ごと引き込まれ、その丸太のような腕を首に巻かれる形で拘束されてしまった。


「ああっ!この野郎!放しやがれ‼︎」


 もう一人の大楯を構えた冒険者が、仲間を助けようと慌てて向かって来る。しかしヒャクリキは拘束した冒険者を盾にするかのようにして、その体を攻撃しようとした冒険者へと向けた。


「くそっ!きっ!汚ねえぞ‼︎」


 そう吐き捨てて攻撃を躊躇ためらった冒険者は、気付いているのかいないのか、ヒャクリキの攻撃の間合いに踏み込んでいる。


 ヒャクリキは動きを止めた冒険者が被っているグレートヘルム目掛けてウォーハンマーを振り下ろした。


 鈍い破裂音のような音とともにグレートヘルムはひしゃげてつぶれ、変形したのぞき穴から眼球が勢い良く飛び出す。

 一拍置いて、頭部を叩きつぶされた冒険者は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


「ヒッ!ひいぃぃぃ‼︎‼︎」


 それを見た拘束されている冒険者は情けない悲鳴を上げ、ヒャクリキの腕の中で暴れ始めた。

 槍も大楯も放り出して両手でヒャクリキの腕をつかみ、自身から引きがそうと必死で力を込めている。

 グネグネと身をよじり、宙に浮いた足をバタつかせ、踵でヒャクリキのすねを何度も何度も蹴って来る。


 しかし何をしようが、ヒャクリキの怪力の前には無駄だった。

 むしろ暴れれば暴れるほどに、ヒャクリキの腕が獲物に巻き付いた大蛇のごとく、冒険者の首を締め上げていく。

 そしてまるでそれに合わせるかのように、ヒャクリキの体にまとわりついている「黒い霧」が、拘束している腕を伝って冒険者の体へとふくれるように伸び始めた。



「今よ!“怪人”は動けない!ありったけの矢と魔術を、アイツに撃ち込みなさい‼︎」



 遠くで女の声が響いた。

 あのコーネリアとかいう女の声だ。


「そりゃダメだコーネリア!“怪人”に捕まってるアイツにも当たっちまう!できねぇよ‼︎」


 女の声に応えてどこからか声が響く。


「どうせ助かりゃしないわよ!今がチャンスなのよ!早く‼︎‼︎」


 コーネリアはヒステリックな感情をそのまま声にしたかのように叫んだ。


「ダメだって!他チームへの妨害だけならともかく、“同士討ち”は一発で失格!そんな事、アンタなら分かってるだろ⁉︎」


「ここにおよんでまだそんな事言ってるの⁉︎ とっくにルールなんて、有って無いような状況なのよ⁉︎ ミント!アンネ!構わないから撃ちなさい‼︎‼︎」」


 コーネリアの声が再度ヒステリックに響いたかと思うと、ヒャクリキ目掛けて無数のボルトと魔術による攻撃が一斉に飛んで来た。


 パァン!パァン!パパァァン‼︎


 それらに続けて空気を裂くように響く乾いた破裂音は、おそらくあの「不可視の攻撃」によるものだろう。


 射出された遠距離攻撃のほとんどは、動かない的と化したヒャクリキと拘束されている冒険者に見事命中した。

 数本のボルトが盾にした冒険者に、一本だけが冒険者を拘束しているヒャクリキの腕に突き立つ。

「不可視の攻撃」はヒャクリキには当たらなかったようだ。ヒャクリキの視点からは見えないが、おそらく盾にしている冒険者が受け止めたのだろう。


 拘束した冒険者の体は見事に盾としての役割を果たした。ただ、魔術による攻撃は冒険者の体を貫通して、さらにはヒャクリキまでも貫いた。

 ヒャクリキの胴体の数箇所に、槍で刺された時と同じような痛みがはしる。


「ぐぶ……うぅ……」


 暴れていた冒険者は哀れにも、味方からの攻撃で大人しくなった。しかしかすかに動いているところと聞こえて来る苦しそうな呼吸音から判断するに、まだ絶命はしていないらしい。


「くく、くっくっくくく……」


 冒険者を拘束しているヒャクリキの腕に力が込もる。冒険者のグレートヘルムと鎧がこすれ合って、きしむような鈍い、不快な響きの音が鳴る。


「は!は!は!ははははハハハハ!……」


 ヒャクリキは歯をいて笑い始めた。力を込める腕が、じわじわと冒険者にめり込んでいく。耳元に聞こえるギシギシときしむような音は、メキメキという破壊の音へと変化していく。

 音の変化に同調するかのように、魔術によってヒャクリキの体に開けられた穴もまた、ふさがっていくのが感じられる。痛みも同時に消えていく。


「ハハハハハハハハ‼︎ ハーッハッハッハ‼︎‼︎」


 ヒャクリキの視界の中に入って来るまでに膨張した「黒い霧」は拘束された冒険者の体をおおい尽くさんばかりだ。まるで何かの生物が、獲物を捕食しているかのようにも見える。


「ああああぁぁぁぁ!!!」


 消える直前に一際ひときわ強く燃え上がる蝋燭ろうそくの炎のように、拘束された冒険者が断末魔の悲鳴を上げた。

 そして間髪入れずにゴキン!と乾いた鈍い音が響く。


 その途端とたん、ヒャクリキの盾となった哀れな冒険者の体から力が消え失せ、暴れていた腕と脚、そして首を締め折られて支えを失ったグレートヘルムを被っている頭部が、重力に引かれるまま、だらんと垂れ下がった。


 ヒャクリキは腕から力を抜いて拘束を解く。

 “使い捨ての肉の盾”と化した冒険者の体がどさり、と音を立てて地面に落下した。


「……くっくっく…………ひでえ事をしやがるぜ、お前ら。コイツは仲間じゃねぇのかよ。見捨てて俺ごと攻撃しやがるなんて、まったく……まったく、ひでえ。ひでえ事をしやがる……」


 首が有り得ない方向に曲がり、あちこちにボルトが突き立った冒険者の死体は、まるで加減を知らない子供が遊びで壊した人形のようにも見える。それを見ていた視線を上げると、ヒャクリキは遠くに居る冒険者たちに向かってそう言った。


「そんな……命中したハズなのに!矢はともかく、魔術もまるで効いていないって言うの⁉︎」


 遠距離から攻撃して来た冒険者たちは目を見開いて、驚愕の表情のまま固まっている。

 攻撃が通用しない。何の痛痒つうようもヒャクリキに与えられていない。

 その現実をの当たりにして、彼らの表情に絶望と恐怖が混じっているのを見て取ったヒャクリキは、自身の心の中に、小さくではあるが「痛快さ」とでも呼ぶべき感情が生まれている事を感じ取った。


(ようやく理解できたようだな。闘神の御力おちからの偉大さが。その恐ろしさが。……そうだ、奇跡を与えられた今の俺は言うなれば闘神の依代よりしろであり、この空間は今、哀れな供物くもつである貴様らがにえとしてその魂を捧げるための、闘神の餐台さんだいと化しているのだ!)


 ヒャクリキの体にまとわりついている「黒い霧」が、ヒャクリキのたかぶりに呼応こおうするかのようにザワザワと怪しくうごめき始める。



(光栄に思うが良い!巨人の“蝕餐しょくさん”、そのにえとなれる事を‼︎ 恐れおののくが良い!冥界の主人である闘神と、その尖兵せんぺいであるマハイ・ベージの戦士に‼︎ 自分たちがいかに小さくもろい存在であるか、その身を持って思い知るが良い‼︎)



 今度はこちらの番だ!とばかりにヒャクリキは槍を構えている男へ襲い掛かる。

 ヒャクリキの気魄きはくに圧されたのか、男は迎撃する事無くウォーハンマーでの一撃を素直に金属製の柄で防御した。


 つぶす!

 つぶす‼︎

 つぶす‼︎‼︎


 何かに取りかれているかのように、ヒャクリキはさらに何度も、連続してウォーハンマーを振り下ろす。

 その気魄きはくと攻撃の回転の速さのせいか、男はひたすら防御に徹している。だが、その鋭い眼光からは、男が守りを固めながらも反撃の糸口を探っている事が読み取れた。


 固い防御をこじ開けるため、ヒャクリキはさらに力と重さを乗せた一撃を繰り出そうとしてウォーハンマーを大きく振りかぶる。

 しかしその瞬間、ヒャクリキは何かとてつもない力で全身を横から殴られたような衝撃に襲われた。


 気付けばヒャクリキの視界は横に流れ、空中に吹き飛ばされた体は地面に顔からすべり込む形で派手に転倒する。


(くそったれ!攻撃に夢中で忘れてたぜ!)


 ヒャクリキは手袋の甲で顔についた砂をぬぐいながらすぐさま起き上がった。

 今の衝撃には覚えがある。馬にね飛ばされたかのようなあの衝撃。

 起き上がって力がぶつかって来た方向を見ると、ボードゥアンと名乗った男がカイトシールドをかかげ、ヒャクリキに向かって身構えていた。


「シュベルツ!“怪人”を槍でい止めろ!そうしてヤツの動きを止めたところを、俺がメイスで滅多メッタ撃ちにしてやる!“怪人”が怪しげなわざを使ったところで、要は傷が治るのを上回る早さでヤツの肉体を破壊すれば良い話だ!」


 ボードゥアンが男に指示を出す。口に出した事によってヒャクリキに彼らの狙い、作戦が丸分かりになってしまうわけだが、それは作戦を知られてもなお、それを成功させる自信が彼らには有るという事なのだろう。


「おうよ!ボードゥアン!防御カバーもよろしく頼むぜ!“怪人”め、これで終わりだ!“豪槍”と呼ばれた俺の妙技みょうぎを喰らいやがれ‼︎」


 二方向から挟撃の形で敵がせまって来る。

 しかしヒャクリキは慌てず、感覚を確かめるかのようにウォーハンマーを握り直すと、敵を迎え撃つために身構えた。



 無駄な事を。貴様らの運命はすでに決まっているというのに。


 そう、この場は既に闘神ザラス餐台さんだいと化しているのだ。


 貴様らはただ、にえとしてむなしくその命を散らすだけ。魂を闘神ザラスに捧げるだけだと言うのに。


 可哀想かわいそうな奴らだ。結局、貴様らにはそれすら理解できないのだろうな。



 シュベルツと呼ばれた男が槍を突き出す。その刺突は風切り音さえ聞こえて来そうなほどの鋭さだ。


 ヒャクリキはコンパクトに、これまた鋭くウォーハンマーを振り抜く。


 ウォーハンマーの鎚頭あたまと槍の穂先とが、激しくぶつかり合い、耳障りな衝突音とともに小さな火花を散らした。


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