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暴発の種火


 放映会場をざわめきが満たす。

 その場にいる者は誰も彼もが混乱していた。



 映像を消失し、黒一色に塗られたまま沈黙する6台の巨大なクリスタルモニターは、放映会場のあちこちにある篝火かがりびなどの明かりに照らされて、静かにたたずむばかりである。


 活動を止めてしまったクリスタルモニターのまわりで、観客たちのざわめきが乱れる水面のように波打っていた。


「皆様、会場の皆様!ただいま大会運営の技術班が発生したトラブルに対応中です!大変ご迷惑をおかけしておりますが、今しばらくお待ちください!」


 大会の実況役を務める女性が手元の「隠者の耳」を通してアナウンスしようとするが、「公示人の口」からは響かない。「公示人の口」はクリスタルモニターと同じく、沈黙したままでいる。

 そのため実況役の良く通る声は、彼女のまわりの会場全体から見ればごくちっぽけな範囲だけに、ただただ虚しく響くだけだった。

 

「どうして⁉︎ 魔導具が反応してないって事⁉︎ 機材全てがいっぺんに壊れてしまったっていうの?そんな!……一体、何が起きてるの⁉︎」


 実況役は「隠者の耳」を握りしめたまま思わず呟く。これでは会場の観客たちに彼女の声は届かない。

 そんな彼女の隣に座っている解説役のビクターは、クリスタルモニターの画面を見つめたまま口をポカンと開け、放心したように固まっていた。



 運営のスタッフと思われる者たちが忙しくそこかしこを走り回っている。

 観客たちは皆が皆、一様に困惑した表情を浮かべている。


 ざわめきは一向に収まる気配を見せない。

 波乱に満ちた大会がいよいよ決着したかと思われた、まさにその瞬間を台無しにするかのように発生したトラブルによって、観客たちの盛り上がりに盛り上がったテンションはぶつ切りに断ち切られてしまった。


 冒険者たちが攻略しているダンジョンとの中継が途切れてしまい、現場で何が起きているのかが全く分からない。最も肝心な「大会の結末」がハッキリとしない。


 そのせいだろう、会場を埋め尽くすざわめきの中には、明らかに観客たちの高まりつつある不満が混じり始めていた。


「何がどうなってるんだよ!画面が消えちまったぞ!早く映せよ!良いところだったのに‼︎」

「結局どうなったんだ?《エンシェント・ディバウアーズ》の勝利って事で良いのか?ちゃんと結果を見せてくれねぇと分かんねえだろうが!」

「何よ!お姉様のチームが“怪人”をやっつけようとしてたのに!横から邪魔するなんて、卑怯じゃないの!こんなの無効よ!無効だわ‼︎」

「順位はどうなるんだ?賭け金の払い戻しはどうなるんだよ⁉︎ これじゃ何も分からねぇじゃねぇか‼︎」


 観客席のあちこちから、そんな声が聞こえて来る。戸惑いが戸惑いを呼び、ざわめきは反響するように徐々に大きくなっていく。それはまるで会場全体を不穏な空気が覆って、さらにむくむくと膨張していくかのようだった。






「くそっ!一体何が起きてんだ⁉︎ 技術班は何やってンだよ⁉︎ 原因の特定はまだなのか?原因が分からなきゃ対応しようがねぇじゃねぇかよ‼︎‼︎ このままじゃ観客が怒り始めるぞ‼︎」


 即席の大会運営事務所にもなっている観覧席にルナルドの声が響く。「企画部長」という運営の中心とも言える立場である彼の焦りが、その粗暴な声と口調と、歪んだ表情から有り有りと見て取れた。


「くそっ‼︎‼︎ ここでこうしててもらちがあかねぇ‼︎ こうなりゃ俺が直接陣頭指揮を取ってやる‼︎ おいテメェら!ついて来い‼︎」


 ルナルドはそう言って、いつの間にかこの場に紛れ込んでいた「ルナルド商会」の手下であろう者たちに声を掛けると、観覧席を飛び出して行く。おそらく会場のクリスタルモニターなどの機材が設置されている場所に向かったのだろう。



(……行ったところで魔導技術に関する知識を持たないであろうあの男に、何ができるとも思えないが……まあ、確かにじっとしていられない状況ではあるな……)


 マンチェットはそんな事を考えながら、彼自身も運営委員会の一員として、抑えきれない焦りを感じていた。何もできないのは彼にしても同じである、という事を理解しているだけに何とももどかしい。


 大会のいよいよ決着の段階になって、こんなトラブルが発生してしまうとは。このままこの状況が続けば、《ドラセルオード・チャンピオンシップ》始まって以来最大の「放送事故」となってしまう可能性すら有る。

 突如発生した謎の現象により、この大会はイベントとしての窮地におちいってしまっていると言えた。


 しかしそれ以上に、冒険者組合の責任者であるマンチェットとしては現場の冒険者たちがどうなっているのかが気掛かりだった。彼らの安否はどうなっているのか?最終的にどれだけの冒険者が生き残ったのだろうか?

 角鬼ゴブリンたちの“大攻勢ヴァイオレイター”を退しりぞけたとは言え、かなりの数の冒険者が犠牲になってしまっている。今大会で“全滅”、もしくは“壊滅”の憂き目に会ったチームの数は《ダンジョン・コンクエスト》のイベント史上でも例を見ないほどに多い。

 ドラセルオードの冒険者組合にとっては体のあちこちをちぎり取られるほどの痛手であり、人材の損失だ。


 冒険者たちにしてみても、こうして運営から大会結果に関して何もアナウンスが無いままでは不安になるのではないだろうか?

 現場に取り残された形になっている冒険者たちの間で、面倒なトラブルなどが起きていなければ良いのだが……。


 マンチェットは焦りの中に身を置きながらも、今後の自身の取るべき行動について思案を巡らせつつ、現場との中継が回復するのを待っていた。



 すると変化しない状況に痺れを切らしたのか、観客のざわめきはその色を変化させ始めた。

 ざわめきの中でくすぶっているかのようだった観客の不満が、漏れ出すようにして明確に表出し始めたのである。


「ちっきしょうが‼︎ 早く優勝と順位を確定させろよ!なんで画面を映さねえんだよ!いつまで待たせやがんだ‼︎」

「わざとか⁉︎ もしかして運営がわざとやってんのか⁉︎ 俺たちが見えないからって、裏で何か細工してんじゃねぇだろうな⁉︎」

「おお‼︎ そうだよ!有り得ねぇ話じゃねえ‼︎‼︎ 払い戻しの額が少なくて済むように、ポイントと順位を裏でいじくろうとしてんじゃねぇのか⁉︎」

「とにかく何が起きてんのか、現場の状況を画面に映せよ‼︎ これじゃ何も分からねえだろうが‼︎」


 ざわめきの中に、ちらほらと不満と怒りの色が拡がって行く。

 いよいよいけない。運営側が対応して何か手を打たないと、このままでは観客の不満はふくれ上がっていく一方だろう。


 しかし、実際のところ運営側にできる事は限られていた。トラブルが発生している状況を観客に周知しようにも、アナウンスするための魔導具に不具合が発生しており、まともに動いてくれないのだ。


 運営の最高責任者であるカーモーフ卿を始めとして、運営の中心メンバーたちも皆が皆、雁首がんくびそろえてどう対処するべきなのか困惑した表情を浮かべている。


(いかんな、このまま時間ばかりが経つようだと……もしかしたら暴れ始める観客が出てくるかもしれない……)



「観客の皆様、落ち着いて、今しばらくお待ちください!ただいま機材トラブルで中継が途切れております!復旧に向けて技術班が対応しております!どうかお願いです!落ち着いて、今しばらくお待ちください!」


 魔導具での拡声ができないため、運営のスタッフたちが会場内を移動しながら出せる限りの大声で観客に声掛けをして回っている。

 しかし、その大声は周囲のざわめきの重さに押しつぶされてしまい、ほとんど観客には聞こえていないようだった。


「うるっせえ‼︎ 人の耳元でデカい声出すんじゃねえよ!このボケが‼︎‼︎」


 哀れにもスタッフの一人が観客に殴りつけられた瞬間が、マンチェットの目に飛び込んで来る。良く見ればあろう事か、殴りつけた者の周囲の観客までもがスタッフを取り囲み、袋叩きにし始めている。


(なんて事を‼︎ 悪いのはそのスタッフでは無いだろうに‼︎‼︎)


 観客の不満は抑えきれないレベルになりつつあるらしい。何もできない状況の中、マンチェットの心の中で不安と理不尽な状況への怒りとが、同時に湧き上がる。



 その時だった。



「わあぁっっ‼︎‼︎」


 どこからか束になったような悲鳴が聞こえて来たかと思うと、会場の一角がふと明るくなった。


(⁉︎ ……何事だ?)


 明るい光につられてマンチェットが視線を移動させると、光の源、その正体がすぐに判明する。


 そこに有ったのは並んで会場に設営されている出店だ。そのうちの一つが、燃え盛る炎に包まれて派手に火柱を上げている。


 なぜ⁉︎ どうして火があんな所に⁉︎ どうして小火ボヤを通り越して、いきなりあんな大きな炎になってるんだ⁉︎


 マンチェットの脳内を一瞬で疑問が駆け巡る。



「大変だ‼︎火事だ!火事だ‼︎ 燃え拡がる‼︎ このままじゃ燃え拡がるぞ‼︎‼︎」



 火元の近くで数人の観客の、恐怖に引きるような声が上がる。


「やっべえ‼︎ 火事だ‼︎ 火事だぞ‼︎ 早く逃げねえと‼︎」

「ひいぃ‼︎ 煙が‼︎ ダメだ!逃げろ‼︎ ここに居たら煙に巻かれちまう‼︎」

「ダメだ‼︎ あんなに燃えちゃあ、もう消せねぇ!逃げろ‼︎ 逃げるんだ‼︎」


 恐怖に取り憑かれた観客たちが、燃え盛る炎から距離を取ろうと押し合い、圧し合い、ぶつかり、踏みつけられたりしながらさきにと逃げ出そうとしている。


「なんて事だ!観客が密集したこんな場所で火事だなんて!マズいぞ!恐慌パニックが起こる‼︎」


 思わずそう言ったマンチェットが見つめる先で、燃え盛る炎は並んだ出店を飲み込みながら、瞬く間に大きくなっていく。



 あたりを覆う暗闇を引き裂くかのように、巻き上がる炎の熱と光が、夜空を焦がして行く。


 炎が上がった場所を起点にして湧き上がった恐怖が、恐慌が、破裂しそうな勢いでふくれ上がりながら、まるで水滴が水面に落ちた時にできる波紋のように、一斉に放映会場内に伝染し始めた。


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