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冥界送り


『エカチュアーリ‼︎ 大丈夫か‼︎⁉︎』




 ???…………モルダルアの声が聞こえる……。


 なんだろう?何故か声がぼんやりと遠く聞こえる。


 視界が揺れている。揺れる?いや、ぐるぐるまわっているのか?


 あれ?……何が起きて……、エルケリオとルスタルボは、なんで倒れてるんだ?


 あれ?槍は?ボクの槍は、どこへ行った?


 目の前のアイツがくわえたまんま……アイツ?


 アイツ?……アイツって…………





「ハッ‼︎‼︎」


 目の前に迫った“怪人”のウォーハンマーの一振りを、リリアーネはすんでの所でかわす。

 ぶぅん、と鈍い音ともに通り過ぎた風が、リリアーネの顔を撫でる。


 間一髪だった。曖昧あいまいになっていた意識が戻らなければ、頭部をあのウォーハンマーで叩き潰されていた。


「くっそ!何が起きて……」


 混乱しているリリアーネにはお構いなしに、“怪人”は続け様に攻撃を仕掛けて来る。リリアーネが頭部を貫いた槍はどこへ行ったのか消えており、代わりに“怪人”はその口から「黒い霧」を吐き出していた。


 リリアーネは驚くほど反応が鈍い体を必死で動かして、ウォーハンマーの急襲を何とかかわしていく。意識は必死で動いているのに、足の動きがくにゃくにゃとおぼつかない。


かわし続けられない!防御しないと!……槍は……クソッ‼︎ 手放してしまっている!)


 自分が何も武器を手にしていない事に気付いたリリアーネは焦燥感の中で、左腰にげたショートソードを右腕で抜こうとした。


「ぐあっ‼︎‼︎‼︎」


 その瞬間、右腕の肘のあたりに激痛がはしる。

 痺れたような痛みのせいで、右腕を動かす事ができない。


(そうだ!確かボクは……アイツの攻撃を防ごうとして……)


 徐々に意識がハッキリとして来るにつれて、何が起きたのかをリリアーネは理解し始めた。



 おそらくは咄嗟とっさに頭部を守った右腕に、“怪人”が放ったウォーハンマーの一振りが命中したのだろう。

 地面に倒れている“三角包囲トロイツァ”に加わった他のメンバー二人は、“怪人”のあの回転攻撃で頭部を叩き潰されて即死したようだった。

 “怪人”が限界まで体をねじって溜めた力から放たれた、横薙ぎのウォーハンマーの一振りは、二人の頭部を吹き飛ばすかのように潰してもなお勢いを失わず、リリアーネに襲い掛かったのだ。

 どうやらその一撃を防御した腕越しに頭部へと伝わった衝撃だけで、意識が飛びかけてしまったらしい。

 反射的に槍を手放して頭部を守っていなければ、間違いなくリリアーネもやられていた。



 リリアーネは仕方無く左手で器用にショートソードを鞘から抜き放ち、“怪人”の攻撃を防ぐ。

 連続する“怪人”の攻撃は激しく、まともに受けていられない。リリアーネは飛んで来るウォーハンマーの軌道をショートソードでなんとからし、どうにかいなし、後ろに退がりながら命中を回避し続ける。

 しかしこれでは、とても反撃どころでは無い。


(くっ!足が……足が思うように動かない!)


 “怪人”がウォーハンマーを一際ひときわ大きく振りかぶる。

 それを見たリリアーネは自分から地面に倒れるようにして素早く横転し、“怪人”から大きく距離を取った。

 一瞬前までリリアーネが居た場所を、ウォーハンマーの先端が弧を描いて通り過ぎて行った。


(‼︎‼︎、しまった‼︎‼︎)


 横転からすぐさま起き上がろうとして膝立ちの態勢になったリリアーネは、自身が窮地におちいった事に気付く。自分からほんの少し離れた場所で、地面が途切れて無くなっている。


 “怪人”の猛攻にしやられるようにして、いつの間にか崖際がけぎわまで追い込まれていたらしい。

 底が見えないポッカリと空いた真っ暗な空間が、まるでリリアーネが落ちて来るのを待っているかのように口を大きく開けている。


(こんなところに崖⁉︎ どれだけ深いんだ⁉︎ 底が見えないぞ、まるで“谷”じゃないか‼︎ ここから落ちたらタダじゃ済まない‼︎)


 急いでここから離れないと!

 リリアーネは慌てて立ちあがろうとするが、膝から力が抜けて行く。


(クソぉッ‼︎ こんなんじゃ……ハッ!そうだ!“怪人”の動きは⁉︎……)


 見れば攻撃を大きく空振りした体勢のままの“怪人”は、顔だけをくいっ、とリリアーネに向けると、ギラつく視線で彼女を見据えた。

 赤一色に血走った目の中に、白く濁った瞳が光る。


(くそっ‼︎ 化け物め‼︎‼︎)


 リリアーネは言う事を聞かない自身の両足に意識して力を込める。“怪人”はそんなリリアーネの方にゆっくりと体を向けたかと思うと、そのままゆっくりと歩き始めた。






 ダイソンは自身の疑念が正しかった事を確信していた。


 間違い無い。あの“怪人”は今、“不死身”、もしくはそれに近い存在と化している!


 頭部を槍で貫かれて平然としていられるなど、まともな生物では有り得ない。

 どういうカラクリなのかは不明だが、“凶刃”が切り裂いた体が元通りになっている事からも推測できる通り、体を傷付けられてもたちどころに治してしまう摩訶まか不思議な力が、あの“怪人”に働いているとしか思えない。


 そうであれば、「制圧」など到底不可能だ。

 自分たちは今、正真正銘の「怪物モンスター」と相対している事になる。


 危険を察知して警告を発しはしたが、明らかに遅すぎた。メンバーが二人もやられてしまった。

 《フーリガンズ・ストライク》という冒険者チームを存続させるため、かくなる上は生き残った二人とともに、ここから撤退するしか無い。


 “怪人”の猛攻は凄まじく、ついにはリリアーネを崖際がけぎわまで追い込んだ。

 さらに追撃しようと歩き出す“怪人”を見たダイソンはとっくに駆け出している。

 とにかく今はリリアーネを助けなければ!



 そしてダイソンは歩み寄る“怪人”と、崖際がけぎわで膝立ちから立ちあがろうとしているリリアーネとの間に、飛び込むようにして割って入った。

 リリアーネはこめかみの近く、眉尻まゆじりのあたりを負傷したらしくそこから血を流しているが、幸運にも軽傷で済んだようだ。目の光もしっかりしている。

 ホッと小さくため息をついたダイソンは、改めて“怪人”の方へと向き直る。



 目の前の“怪人”はその大きな体に「黒い霧」をまとい、赤い両眼をギラギラと白く光らせていた。

 腰のあたりに魔煌まこうランタンの青白い光が、ぼうっと浮かび上がっている。

 そして伸ばした黒髪から覗く首筋、その褐色の肌には、ぼんやりと赤黒く光る血管のような模様が浮き出ていた。


 “怪人”は、ゆっくりとダイソンとリリアーネが居る場所へ迫りながら、体にまとわせている「黒い霧」を、口からもぶはぁ、と吐き出す。その顔には、狂人を思わせるような、引きるように歪んだ笑みを貼り付けている。


「ッッ‼︎ ……この!……化ぁけ物がぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」


 頭では無駄だと理解していながら、ダイソンは槍を“怪人”目掛けて突き出す。

 恐怖を振り払うかのように。


 突き出した槍は“怪人”の体を深々と貫いた。貫いたのは間違い無く心臓が有る場所のはずなのだが、しかし槍を引き抜こうとするダイソンにもお構いなしに、“怪人”は歩みを止める事無く、貫かれた状態のまま前に進み続ける。


 攻撃しても無駄なのは分かっていたが、異様な光景を目の当たりにしたダイソンの脳は、やはり理解を拒もうとしていた。

 理解できない現実を目の前にして、必死で押さえ付けようとしても、どうしようもなく恐怖が膨らんでいく。


「クソッ!」


 ダイソンは手早く槍を手放すと二歩ほど後退しながらショートソードを抜き放ち、その切っ先を“怪人”へと向けた。

 背中にピタリと背負うようにしてリリアーネをかばう体勢で、“怪人”を待ち受ける。こうなったら腹をくくって、“怪人”を迎撃するしか無い。


 “怪人”はウォーハンマーを大きく振りかぶった。ダイソンは一撃を防ごうと、予測される攻撃の軌道上にショートソードを構える。


 あの鋭い一撃が飛んで来る。ダイソンが冗談混じりに“剛撃”と呼んだ一撃が。


 首尾良く受け止める、もしくは軌道をらす事ができるだろうか?

 この“怪人”の馬鹿力は、すでに充分過ぎるほどに知っている。

 ダイソンの全身に、ヒリつくような緊張がはしる。



 “怪人”は振りかぶったウォーハンマーをダイソン目掛けて力一杯に振り下ろす、


 ……かのようにダイソンが感じた瞬間、


 なぜか飛んできたのは足の裏、ブーツの靴底だった。



「なっ!馬鹿な‼︎」



 腰のあたりに飛んできた“怪人”の前蹴りによって、ダイソンの体はリリアーネごと崖際がけぎわから空中へ、何も無い虚空こくうへと押し出された。


 ダイソンは一瞬、時が止まったかのような感覚に包まれる。

 足元に地面が無くなっている。


 落ちる。俺は今からリリアーネ(エカチュアーリ)を巻き込んで、この崖を転がり落ちて行く。


 ゆっくりと動く視界の中、目の前の“怪人”が不敵に笑う。

 これまたゆっくりと笑顔に歪む“怪人”の顔の動きを、ダイソンはその瞬間ハッキリと見て取った。



「うわっ‼︎‼︎ あああぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎」


「うぉわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎………………」



 ダイソンはそのまま、巻き込んだリリアーネと自身の上げる悲鳴とともに、深い深い闇の中へと落ちて行く。

 二人が上げる悲鳴は、崖の岩肌に反響しながら地の底へと引きり込まれるかのように下へ下へと、小さくなりながら消えて行った。





「………………ふん。……」


 冒険者二人がポッカリと口を開けた闇の中へと転がり落ちて行くのを見届けたヒャクリキは、崖に背を向けて反転し、ゆっくりと歩き始める。


 歩みを向ける先では、黒い装備の五人組の中で一人残された冒険者が、ショートソードを構えてヒャクリキを睨み付けていた。


 ヒャクリキに向けるその視線こそ激しい憎悪に燃えているものの、その冒険者からまともな戦闘力がうしなわれているのは明らかだった。


「クソが!この化け物め‼︎ くたばれ!隊長のかたき‼︎」


 冒険者の斬撃がヒャクリキのき出しの肌を切り裂く。

 しかし利き手に力が入らないのだろう。ヒャクリキを斬り付けた一撃には鋭さも力も、ちゃんとは乗っていなかった。


「無駄な事だ……」


 ヒャクリキは呟くように言うと、ウォーハンマーを振り下ろす。

 破裂するように勢い良く頭を割りつぶされた冒険者は膝から崩れ落ちたかと思うと、地面に女座りするかのような体勢のまま固まって動かなくなった。




「フッ、……クク……ククククク…………」


 こらえる事ができず、ヒャクリキから笑い声が漏れる。

 大きな体を揺すりながら、ヒャクリキは小刻みに息を噴き出す。



 どうだ、見たか!目に物見せてやったぞ‼︎

 コイツら好きなように俺を小突き回してくれたが、どうだ!……お返しにこの黒いヤツら一人残さず、物言わぬ、冷たい肉塊に変えてやった‼︎


 ああ、そうだ!送ってやったぞ‼︎‼︎

 一人残らず、冥界に送ってやった‼︎‼︎


 ヒャクリキは顔を上に向け、るようにして天をあおぐ。



「ザラス‼︎ ザラスよ‼︎‼︎ 見ているか‼︎⁉︎ 見ているよな‼︎⁉︎ ……捧げるぞ‼︎ 貴方あなたに全て捧げるぞ‼︎‼︎ 俺がつぶしたコイツらの命‼︎‼︎ まとめて冥界へ連れて行くが良い‼︎‼︎‼︎」



 そしてビリビリと空気を振動させながら空間に響き渡る、野獣を思わせるような大声で、ヒャクリキは咆哮ほうこうした。


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