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笑う“怪人”


 それはまるで悪い夢を見ているかのようだった。

 ダイソンの目の前で、“怪物モンスター”が暴れている。


 “ドラセルオードの怪人”と呼ばれていたその男は、それまでの劣勢が嘘のように勢いを盛り返し、《フーリガンズ・ストライク》のメンバーたちに襲い掛かっている。


 メンバーたちを圧倒する気魄きはくでウォーハンマーを振り回す“怪人”の姿は、まさに“怪物モンスター”と呼ぶに相応ふさわしい様相をていしていた。


 身に着けていたブリガンダインを脱ぎ捨てた“怪人”はその下にチェインメイルを着ていたようだが、力ずくで首まわりの部分を引きちぎり、そこから“凶刃”が切り裂いた場所にかけて、大きく乱れてはだけている。

 “怪人”はどういうわけなのか、チェインメイルの下に着込んだ戦闘服も派手に引き裂いたので、その上半身の前面は“怪人”の褐色の肌が何に守られる事も無くき出しになっていた。



 “怪人”の体には、どす黒い色をした霧のようなものがまとわり付いている。


 悪夢を見ているかのような現実感の無さはそれが原因だろう。あれは一体何なのか?

 ダイソンが見る限り「黒い霧」は、“凶刃”が“怪人”の体を一刀の元に、あわや両断するかと思われる勢いで切り裂いた、その傷から噴き出したようだった。


 ダイソンは確かにその目で見た。二つに割れんばかりに大きく切り裂かれた“怪人”の体を。


 横から勝利をさらって行った“凶刃”の一撃に、内心では「しまった!してやられた!」「クソッ!一瞬の油断でこれか!なんたるザマだ!」などといった感情が湧き上がったが、同時にそれらの感情がほとんどかすんでしまうほどに、それは見事な斬撃だった。



 ……暴れる“怪人”の体に傷は無い。切り裂かれたはずの体は、何事も無かったかのように元通りになっている。


 あらわになった“怪人”の上半身の、その褐色の肌には、元から付いていたと思われる傷痕きずあとがちらほらと見られるのみで、開いた傷も、そこから流れる血も見当たらない。


 信じられない事ではあるが、ダイソンには“怪人”が負った傷が、あの「黒い霧」の出現とともに、たちどころに消えてしまったかのように感じられた。

 それだけでは無く、まるで傷とともに冒険者たちが与えたダメージまでもが無くなったかのようだ。“怪人”の動きは明らかに、目に見えて速くなっている。


 肩のあたりまで伸ばしている黒髪を振り乱し、メンバーたちに鋭い一撃を浴びせ続けている“怪人”。その激しい動きに合わせるかのように、“怪人”の体にまとわり付く「黒い霧」もゆらゆらと、まるで生き物であるかのようにうごめいている。

 メンバーたちはその一撃を手にした槍で防いでこそいるが、“怪人”の異様な姿と気魄きはくされて反撃する事ができていない。


 “怪人”は標的をとらえる両目をギラギラと輝かせ、その眼光は狂気を宿しているかのように見える。力強く見開かれた目はひどく充血しているのか、「血走った」などという言葉では足りないほど、白目の部分が真っ赤に染まっていた。


 到底、普通の人間には見えないその姿は、数多あまたの死線を踏み越えて来たダイソンをして、充分に戦慄せしめるものだった。


「ローラン!槍に固執こしつするな‼︎ 片手が利かないならショートソードに持ち替えて、防御に専念しろ‼︎」


 “怪人”の一撃で肩を負傷しているメンバーに向かってダイソンは指示を飛ばす。

 “怪人”の激しい攻撃の前に、メンバーたちはタジタジといった有り様だ。連携して攻撃するどころではなく、反撃すらできていない。

 一方的に“怪人”を追い詰めていたのが嘘であるかのように《フーリガンズ・ストライク》全体が軽い恐慌状態におちいっており、このままでは“怪人”の攻撃によって負傷者、下手すると犠牲者すら出てしまいかねない。


「慌てるな!敵が一人なのは変わらない‼︎ 落ち着いて、包囲の線を立て直せ!無理に攻撃するなよ!カウンターをもらうぞ‼︎」


 続けて指示を飛ばしながら、ダイソンの頭にふと疑念が浮かぶ。しかしダイソンはその疑念を振り払うかのように、無理矢理思考を切り替える。


(良いぞ。“怪人”の勢いにされているとは言え、さすがは百戦錬磨の隊員たちだ。身体に染み付いた動きは崩れていない……)


 ダイソンの冷静な指示を受けて、メンバーたちは動揺を残しながらも再び“怪人”を包囲するべく移動を展開させ始める。

 お互いの死角をカバーし合う位置を確保しながら、“怪人”の攻撃を防ぎ、いなし、槍の穂先でその動きを牽制していく。

 少しづつ落ち着きを取り戻し始めたメンバーたちの動きによって、連携の繋がりと包囲の輪は、徐々に狭められていく。


(そうだ……そう、そう動いて…………良いぞ、あと……三手……二手……)


 脳内にチラつく疑念を押さえ込みながら、ダイソンは「王手」までの手数を数えていく。狙っているのは、もちろん“三角包囲トロイツァ”だ。


(一手……ここだ!良し‼︎ “三角包囲トロイツァ”完成‼︎‼︎)



攻撃開始アトゥーケ‼︎‼︎」



 頭の中の疑念を無意識のうちに吹き飛ばそうとするかのように、普段よりも大きな声でダイソンが吠える。

 それと同時に、包囲していたメンバーが一斉に“怪人”に向かって突撃を開始した。



 三方向から鋭い槍の刺突が、“怪人”目掛けて迫る。

 三角形を閉じるかのように、その頂点が一瞬で中心へと吸い込まれていく。


 “怪人”は両脚を開いて腰を落とし、両手を拡げて身構えた。


(馬鹿め‼︎‼︎ それではとてもかわせまい‼︎‼︎)


 ダイソンは勝利を確信する。

 するとその瞬間、



「うぅおおおおおおおあああァァァァァァ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」



 “怪人”は顔をやや上に向けたかと思うと、野獣を思わせる人間離れした大声で咆哮ほうこうした。






(今度こそ串刺しに貫いてやる‼︎)


 大音量の咆哮ほうこうを浴びながらも“怪人”へと突撃するリリアーネは、自身の意識を一本の槍のように、その一念に鋭く束ねる。


 “三角包囲トロイツァ”を形作っている他の二人のメンバーは、いつものように初撃と二撃目を受け持つようだ。《フーリガンズ・ストライク》の連携攻撃において、リリアーネが“三角包囲トロイツァ”に加わる場合は彼女が三撃目トドメを担当するのが常だった。

 理由はもちろん、攻撃の成功率が最も高いのが彼女だからである。


 先ほどは“怪人”の武器に刺突の軌道をらされてしまった。


(失敗してしまった……。ボクとした事が……クソッ‼︎)


 気に入らない。大人しく貫かれていれば良いものを。

 思わず槍を握る手に力が入る。


(今度は逃がさないぞ!ボクのプライドにかけて仕留めて見せる……っと、え⁉︎)


 突撃中の刹那せつなの瞬間、リリアーネはいぶかしむ。

 “怪人”は何を考えているのか、腰を落とした体勢を変えようとしない。

 ああまで体の重心を落としてしまうと、槍の刺突を横に動いてかわすのは困難になるはずだ。


 事実、初撃を担当するメンバーが突き出した槍の穂先は、“怪人”の太腿ふとももを深々と貫いた。


(⁉︎ かわさない、のか⁉︎)


 二撃目の刺突が、“怪人”の背後からその脇腹を貫く。

 リリアーネ側から見ると“怪人”のアバラから生えて来るかのように、槍の穂先が突き出した。


「ううおぉぉぉぁぁあああ‼︎‼︎」


 体の二箇所を貫かれた怪人はリリアーネに顔を向けたかと思うと、再度咆哮(ほうこう)する。


(まあ良い!これで終わりだ‼︎‼︎ 不気味な“怪人”め!死ぬが良い‼︎‼︎)


 リリアーネは突き出す槍を腰だめに構え、上半身を脱力する。


 狙うは一点、もちろん頭部、敵の脳髄だ。


 おあつらえ向きに“怪人”は咆哮ほうこうによって大きく口を開けている。まるで城門が開いているかのように、槍の穂先の侵入経路が示されている。


「ふっ‼︎」


 短く吐き出す呼吸いきとともにリリアーネの人並外れた瞬発力から繰り出された槍の一突きは、弓から放たれた矢を思わせる速度で“怪人”の頭部を貫通した。


 咆哮ほうこうを上げた口へと突き入れられた槍は“怪人”の頭部を突き破り、その後頭部から鋭い穂先の先端が突き出す。柄を握っているリリアーネの手に、“怪人”の脊椎が断裂した感触が伝わって来た。



「ハハッ!やった‼︎ ってやったぞ‼︎」


 今度は成功した‼︎ 思わずリリアーネの顔に笑みがこぼれる。


 さらにリリアーネは仕上げとばかりに、いつも通り手首を絞りながら槍を引き抜こうとして腕に力を込める。

 回転しながら引き抜かれる穂先の刃によって、“怪人”の脳神経はズタズタに傷付けられて破壊され、二度と立ち上がれなくなる事だろう。


 だが、しかし……



「‼︎‼︎、⁉︎⁉︎⁉︎……動かない⁉︎ なんで⁉︎ どうして⁉︎」



 引き抜こうとした槍は、何故か動かない。びくともしない。


 リリアーネが“怪人”の頭部を貫いたままの穂先を注視すると、いつの間にか“怪人”は咆哮ほうこうした口を閉じており、貫かれた状態のままその口で槍の穂先をくわえている。異常な力で噛み締めているであろう歯に挟まれている穂先は、まるで万力まんりきに挟まれているかのように、ガッチリと固定されていた。



 “怪人”の目がギラリと光る。


 真っ赤に染まった目の中心。そこに有る濁った灰色の瞳の中に、黒く収縮した瞳孔が怪しく鈍い輝きを放ち、射抜くようにリリアーネを見据えていた。


「う、嘘だろぅ……そんな‼︎ どうして⁉︎ ……どうして死なないんだ⁉︎」


 リリアーネの声が震える。


 リリアーネは何度も反動を付けて、さらには体重を懸けて槍を握る腕を後ろに引く。

 しかし何度槍を引き抜こうと力を込めても、槍と“怪人”の体はわずかに揺れるばかりでやはりびくともしなかった。


「くっ!クソォ‼︎」


 リリアーネの表情と目が、恐怖に突き動かされて歪む。


 するとそれを見た“怪人”の目が、ぐにゃりと歪んだ。

 穂先を噛んでいる口の、その口角が、くにゃりと上がった。



 笑っている…………



 自身の頭部を貫いた槍をくわえたまま、“怪人”が笑っている……。



 背筋に怖気おぞけはしるのを感じたリリアーネの目の前で、笑う“怪人”の鼻から、ぶしゅう、と「黒い霧」が勢い良く噴き出した。



「ほンほは、ほヒらほハンは……」


 “怪人”は口を閉じたまま聞き取れない言葉を喋った。

 そして動き始める。焦りと驚愕の表情を浮かべたままなおも槍を引き抜こうとして何度も腕に力を込めるリリアーネを、嘲笑する(わらう)かのように。


 にわかに“怪人”の首筋に、何やら模様のようなものが浮かび始めた。

 ぼんやりと赤黒く浮き出るそれは、血管のようにも見える。


 “怪人”はその口に槍の穂先をくわえたまま、右腕で槍の柄を押さえるかのようにして、握ったウォーハンマーを左肩に、たすき掛けでかつぐように構える。反対の左腕は拡げたまま背中側に引いて、上半身をねじるかのような体勢で固まった。

 そして腰を落としたまま、両脚は力強く地面を踏み締めている。どうやら“怪人”は体をねじったまま、力を溜めているようだ。


 その体にまとわりついた「黒い霧」が、不気味にうごめいてゆらり、と揺れる。


 “怪人”の白く濁った瞳と首筋に浮かび上がった赤黒い模様が、怪しく発光し始める。



「……いかん‼︎‼︎ そいつから離れろ‼︎‼︎」



 危険を察知したダイソンが大声で叫ぶが、遅かった。




 “怪人”はまるで溜めた力を爆発させるように一瞬でその場で一回転し、周囲に円を描くようにウォーハンマーを振り抜いた。




 折り重ねるようにして鈍く湿った、それでいてハッキリと大きな打撃音があたりに響く。



 その音から一拍置いて、“怪人”の太腿ふとももと脇腹に槍を突き立てていた二人のメンバーがその場にどしゃり、と崩れ落ちた。


 高速で振り抜かれたウォーハンマーの鎚頭あたまに顔のあたりをぎ飛ばされ、頭部をまるで真っ赤な、グロテスクな花が咲いているかのように凄惨な形に破壊された二人の体は、地面に倒れたまま動かなくなった。


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