マンチェット・トリダーの憂鬱
冒険者組合の事務室の中に置かれた自分の机で、マンチェットは遅い昼食を取っていた。
下手したら夕食と言ってもいいような時間になっている。事務員が淹れてくれた黒茶をすすりながら、腸詰めと野菜を挟んだパンを齧る。
ここへ帰る途中に買ったものだが、具材に絡んでいるソースはスパイスがよく効いていて、空腹だった事を差し引いても期待以上に美味かった。
しかしマンチェットの表情は冴えない。
今日は例の会議からずっと、憂鬱な事ばかりが続いている。
あの会議の後、マンチェットは委員会の広報班の担当者と救護院まで同行し、全滅した冒険者チームの生き残りに引き合わせた。
ガリガリに痩せ細り、憔悴し切ってまるで廃人のように見えるその女性冒険者は、自分で起き上がる事もできない状態らしく、ベッドに仰向けになったままの彼女から話を聞く事になった。
ルーシアと名乗った彼女は雑談をしている間はポツリポツリとこちらの質問にも答えていたのだが、あのダンジョンで何が起きたのかを聞いた途端、いきなり半狂乱になって暴れ始めた。
まるで発狂したかのようなその有様に、マンチェットも広報班の担当者も唖然としてしまい、結局ほとんど情報を得る事が出来ないまま、早々に聞き取りを打ち切って退散したのであった。
よほど恐ろしい目に遭ったのだろう。
完全に自分というものを失って暴れていた彼女の姿が目に焼き付いて離れない。
手足の腱を切られた彼女の暴れ方は、まるで人間の動きとは思えないようなでたらめなものだった。
そんな彼女の様子を広報班の一人は退散するギリギリまで、ずっと魔導具の「隠者の眼」で撮影していた。
撮影していた男にしてみれば「良い画が撮れた」といったところなのだろうが、彼女の人間としての尊厳は、一体どこへ追いやられてしまったのだろうか?
憂鬱な気分の原因はそれだけではない。
救護院で担当者と分かれてからここまで戻って来るまでの街の光景も、マンチェットの気分を滅入らせた。
潰れた商店がまた増えている。
子供たちに何か買って帰ってやろうと思って立ち寄った馴染みの雑貨屋は、もぬけの空になっていた。
呆然と立ち尽くすマンチェットに、おそらくは近所の住人であろう中年の女性が、どうやら夜逃げしたらしいと親切に教えてくれた。
心なしか空き家も増えているような気がする。とにかく街に活気が無い。
とはいえ、そんな光景はこの国の主要都市ではもはや当たり前になりつつある。
二十年前の手痛い敗戦以来、この国は明らかに、緩やかな衰退を続けていた。
食事を終えたマンチェットは、机の上にある「ドラセルオード・レポート」の夕刊を手に取る。
「王都の美術館で魔術の暴発テロが発生!反体制過激派組織が声明を発表」
「ダイコーン帝国が軍備を拡張か⁉︎周辺各国で高まる緊張」
「魔導協会が新技術の開発に成功 革命的な魔導術式の技術転用とは?」
「チェイミー卿、次期市長選に出馬の意向を表明」
「ヴァルスラッグ銀行が石工組合への融資を決定 建設不況の救世主となるか?」
そんな記事を流し読みしていると、ある記事に目が止まる。
「荒廃を止められない農村 深刻な後継者不足」
そのタイトルを見れば内容をある程度は予想できるのだが、マンチェットはその記事を頭から読み始める。
……予想通りの内容だ。記事を要約すれば、農村の若者が都市に移り住み、親から農地を継がないケースが急増しているというもので、このままではこの国の食糧生産力の衰退が加速してしまうと、危機感を煽るような内容だった。
マンチェットはこの二、三年で冒険者志望の若者の数が何倍にも増えている事を、職業柄知っている。
そしてその若者の大部分がこの記事にある通り、農村から出てきた若者たちである事も。
確かに農村の衰退は良くない事だとマンチェットも思う。しかし日々の業務で冒険者たちに接している彼には、その若者たちが何を考えているのかが良く分かるのだった。
若者たちは惹き寄せられているだけだ。冒険者稼業というものに。
泥と汗にまみれながら黙々と畑仕事をする事よりも、剣を手に取り、ダンジョンに潜って脅威生物を討伐する事を選んでいるというだけの話なのだ。
逆に言えば、なぜ若者たちは先祖伝来の農地を捨ててまで冒険者稼業に身を投じるのだろうか?
その理由は、かつて「冒険」だったダンジョン攻略を「娯楽」に変えてしまった革新的なビジネス、“ダンジョンコンクエスト”にあった。