若い冒険者たちの青春
「はい、包帯の交換終わり。治癒水薬がちゃんと効いてるみたいだけど、無理に動かしたら傷口が開いちゃうから気を付けてね」
そう言うとルーシアは布の上に広げていた道具を片付け始める。
朝日が登り始めたばかりの森の中、あたりがまだ薄暗い中を魔煌ランタンのぼんやりとした灯りで照らしながら、彼女は僕の治療中の傷に巻かれた包帯を取り替えてくれていた。
「水薬の効果って凄いんだな。もう痛みも殆ど感じないよ」
僕はそう言って包帯が巻かれた右腕の肘を曲げて、肩を支点にゆっくりと大きく回してみせた。
その様子を見てルーシアは微かに笑う。そんな彼女の表情に、数日前までには無かった感情が滲んでいる事は、キドルやカーラに「ニブい」と言われる僕でも確かに感じ取る事ができた。
(うん……この感じ……いいぞ、なんかいい感じだ!)
キャンプを襲撃して来た小鬼から、身を挺して彼女を守ったのは無駄じゃなかった。おかげで結構な怪我をしてしまったけれど、それを手当てしてくれるルーシアの表情や声色は、明らかに以前のそれとは違っていた。
今だって、包帯を取り替える手つきからは、何か大事な物を扱うような優しさと丁寧さが感じられたような気がする。
「水薬の効果は確かに凄いけど、限界はあるんだからね。ひどい怪我だと治療もこんなに簡単には行かないから……だから、無理はしないでね」
やっぱりだ。ルーシアの僕に向ける声には、今まで以上の優しさと、ほんの少しだけ弾むような響きが混じっている。
そんな彼女の顔を、僕は無意識のうちに見つめてしまっていた。
鞄に治療道具を仕舞い込む彼女の伏せた目を見ると、睫毛がけっこう長いのが分かる。細い首元が描く滑らかな曲線が、そのまま滑らかに彼女の服の襟元に吸い込まれていく。
そんなふうに見つめていると、ふとこちらを見たルーシアの視線と僕の視線とが、ばっちりとぶつかり合う。
目と目が合った状態でお互いが固まった。ように感じた一瞬のあと、
「じゃ……じゃあ、お大事に。みんなもそろそろ起きてくるかな……」
慌てたように視線を逸らしてルーシアはそそくさと立ち上がる。
間違いない。そのはにかんだ表情と、後ろで髪を結んでいるから見える彼女の耳には微かな朱色が差している。
立ち上がって歩いて行く彼女の後ろ姿を目で追う僕の心は、自分でもハッキリと分かるほどに、どうしようもなく浮き足立っていた。
(やった!やったぞ!村を出て冒険者になったのはやっぱり正解だった!これなら、あと一押しでルーシアとパートナーになれる‼︎)
僕は確信する。これで寂しい独り者の身分ともおさらばだ。キドルやベランの同情混じりの視線や態度も気にしなくて済むようになる。
そう考えると、浮かれて暴れ出そうとする心をどうにも抑えることができない。
先ほどの彼女の言葉と声を頭の中で思い出しながら、僕の表情筋はやはりどうしようもなく我慢が効かずに緩んでいく。
チームが結成されてから二年が過ぎようとしている今になって、ようやく僕にも春が訪れようとしているらしい。
そんな事を考えながらルーシアの後ろ姿を追っている僕の視界。その視界の中にある遠くに設置されているテントから、キドルとセリエが出てくるのが見えた。
思ったよりも起きてくるのが早い。
僕は柔らかな春の風に包まれているかのようなさっきまでの気分から、思考を現実に切り替えて、火を起こすために立ち上がった。