獅子の尾より犬の頭
前回から場面は大きく変わり、周りに街が広がる小高い丘となっている森の中にある神社にある瀕死の少年と蛇のオヤジが運び屋の妖怪・カシャによって担ぎ込まれてきた—
ウンギョウ「ふぅ…とりあえず"子の加護"は馴染んでくれた。あとは無事目を覚ますかだな。そっちはどうだ?」
ヤマタノオロチ「んお、こっちも大丈夫そうだぜ〜!…でも、切れた尻尾と剣は戻ってこないか… そうだよなぁ…」
地支神社と呼ばれる神社の拝殿内。
そこに担ぎ込まれた瀕死の少年と"ヤマタノオロチ"と名乗る蛇のオヤジ。
地支神社の狛犬の片割れであるウンギョウは"加護"と呼ばれる十二支それぞれの文字が書かれた木簡の一つを取り、彼らの身体に当て、治療を施す。
ヤマタノオロチ「てか、これって何?
触れた瞬間身体に吸い込まれたけど。
しっかし、力が全盛期まで戻ったような清々しい気分だわ〜。酒飲も」
ウンギョウ「あぁ、言ってなかったな。これはここに祀られていた神が、ある元旦の日にやってきた十二匹の動物に与えた加護。"十二支の加護"が実体化したもの。その加護を受けたものには世界を安定して運営するために必要な力が与えられるんだ」
ヤマタノオロチ「へぇ…だからこんなに元気になったんだね〜。でも良いの?おじさんたち、悪い子だよォ〜?」
そう言ったヤマタノオロチの瞳から光が消え、それぞれ自由に動いていた他の7つの蛇たちが一斉にウンギョウの方を見つめる。
それはまさに捕食者の姿。
???「その"加護"を受けてる限り"悪さ"はできないわよ。というか させない と言った方が正しいかしら」
ヤマタノオロチ「ふぇ?そうなの?」
部屋の奥、少し高くなった場所に備え付けられた椅子に頬杖を突きながら気だるそうな顔つきで苺大福を頬張る薄い桃色で獅子耳の少女が口を開いた。
ウンギョウ「こら、アギョウ!そこに座るなといつも言ってるだろ!」
アギョウ「はぁ…。"この席は私たちが守るべき神の場所だから"って?あんたも私もその"名もなき神"のことなんてこれっぽっちも憶えてない癖に。……どうでもいいわ」
アギョウは心底嫌そうな顔でウンギョウを黙らせた。
ウンギョウ「はぁ…。まったく……。あ、そうそう、話を戻すとそれは一種の契約なんだ。加護・力を与える代わりに俺たちのために働いてもらうぞみたいな。それと適合する者を召喚することもできる」
ヤマタノオロチ「うわ、なんか詐欺られた気分…。おじさんたち首輪つけられるみたいなの一番ムリなんだが?分霊も各地で鬼や天狗って呼ばれるくらい自由にさせてもらってるんだけど」
ウンギョウ「すまん、こっちから召喚していればあんたらが倒される前の万全の状態だったかもしれないのに…」
ヤマタノオロチ「いやいや、問題はそこじゃない」
???「いや、おそらくだけど普通に召喚していても今の状態だったと思うわ」
先程まで誰もいなかったはずの方向から突如メガネをかけた女性が現れた。
ウンギョウ「おかえり、ヘレナ。そうなのか?」
ヘレナ「ただいま。ちょっと向こうのマハマト達のゴタゴタに巻き込まれてしまって
くたびれてしまったわ」
言葉とは反対にとても元気な様子でヘレナと呼ばれる女性は手に持つ大きな本の頁を捲る。
ヘレナ「えぇ、そう。彼らヤマタノオロチは倒される者としての信仰が大きいの。
でもそれより、それ以前の彼らが喚びかけに答えてくれるとは到底思えないわ」
ヤマタノオロチ「いやぁ…あの頃はおじさんたちもヤンチャしてましたし…納得です」
3人で談笑(?)を繰り広げる中、少し高い位置から見ていたアギョウは業を煮やした様子でその口を開いた。
アギョウ「そんなことはどうでも良いけれど、貴方達は一体ここへ何をしにきたのかしら?」
ウンギョウ「アギョウ!言い方をもっと考えろと…」
アギョウ「うるさい」
ウンギョウ「……」
ヤマタノオロチ「ウンギョーくんいいのいいの。かわいい女の子に罵られるのも悪くないってぇ」
アギョウ「キモい」
アギョウのそんな言葉にも屈せずヘラヘラした様子のヤマタノオロチは続ける。
ヤマタノオロチ「あ、えーっと……おじさんたちはなんか死にかけてたら、炎の?人力車の?化け猫?に連れてこられたというか……。んで、ネズミの坊主は人力車の先客だったってわけ。まぁ坊主も瀕死だったけど」
ヤマタノオロチは床でスヤスヤと眠るボロボロの漢服を着た少年を一暼する。
彼は先程ウンギョウの治療により"子の加護"を受けたネズミの少年である。
ヘレナ「この子のことは…ちょっと見た目だけじゃ分からないけど、その連れてきた化け猫?さんにお2人は心当たりあるのかしら?」
ウンギョウ「あぁ、そいつはカシャだ」
アギョウ「ほんっと、カシャのやつ毎度なに考えてるのかさっぱり分からないわ。ここは地獄じゃないと何度言えば分かるのかしら。てかアイツ元々車輪だったわよね?いつのまにか人力車引いてるし…」
ウンギョウ「次はバスも考えてるらしいぞ」
アギョウ「そうなの?!……って、そういう話じゃなくて」
ウンギョウ「でもまぁ、十二支が居なくなって困ってたところに十二支の加護に適応する彼らを連れてきてくれたんだし、何か協力してくれてるんじゃないか?」
ウンギョウがそう言った途端、アギョウの表情が曇る。
アギョウ「……そう。アンタはいいのね…」
ウンギョウ「だって仕方ないだろ!使い魔としての十二支も八卦も居ない、使えるべき主人のことも思い出せない!それでも、狛犬としてここを守り通さなきゃいけないんだから。アギョウだって知らないって言っていつもそこに座る癖に!」
アギョウ「私は………」
現実から目を背けるようにウンギョウから目を逸らすアギョウ。
ウンギョウも言い過ぎたことを後悔してる様子ではあるが言葉が口から出てこない。
そこに誰も口を挟むことができず、境内の鶏たちの身じろぐ音がイヤに大きく聴こえてくる。
???「………?…ここ、ドコ?」
沈黙を破ったのは先程までぐっすり眠っていたネズミの少年。
まだ開ききってない大きな目を眠そうに擦りながら周りを見渡している。
その様子を一同は見つめる。
???「……?!ッ!!」
大勢から注目されていることに気付いた少年はその小さな体をビクッと跳ねさせて部屋の隅っこまで逃げる。
???「お、オマエら、カソの皮を採りに来た奴の、な、仲間カ?」
恐怖に震えながらも窮鼠が猫を噛むが如くウンギョウたちを睨みつける。
先程までとは違った空気の中、口を開いたのはヘレナだった。
ヘレナ「カソの皮…。あなたは中国の妖鼠・カソね!落ち着いて頂戴?私たちはあなたの大切なものを奪ったりしないわ」
カソ「……!俺はシ……いや。うん、そう、カソだゼ。決して消えない火山の中に棲む…」
そう力なく答えるカソの代わりにヘレナは本の頁を捲りながらこれまでの経緯とカソという生物の解説をする。
ヘレナ「………そして、カソというのは"火鼠"と書く通り火のネズミ。決して燃え尽きないとされる不尽木の中に棲む妖怪で彼の持つ"火鼠の皮"は決して燃えることのない素材として世界中から宝物として求められたの」
カソ「そう。俺はこの皮を求めてやってきたヤツらに水をかけられて死にかけだったんダ…。オマエらはそんな俺を助けてくれたんだな?」
状況が飲み込めたカソは落ち着いた様子で会話を続ける。
ウンギョウ「あんたがネズミでほんとによかった!"子の加護"は水の属性だからそれを付与されたあんたは水に耐性ができたんだろう」
ヘレナ「そうね!本来カソは水をかければ死んでしまうそう。でも"子の加護"を受けたおかげで死なずに済んでるんじゃないかしら?」
カソ「そうなのカ!本当にオマエらは俺の命の恩人だゼ…!ありがとう!!」
ワイワイと3人が専門的な話が盛り上がる。
五行がどうたら十二支と八卦がこうたら…
そんな中、微妙な顔をした約2名ほどがヒソヒソと
ヤマタノオロチ「ねぇ、アギョウちゃん。あの話ついてける?」
アギョウ「貴方と意見が合うなんて気分が悪いけれど、同感よ。ウンギョウだけでもウンザリだったのにオタク気質なのがまた増えたと思うと…先が思いやられるわね」
ヤマタノオロチ「あれぇ〜?"先が"ってアギョウちゃんってもしかしなくてもツンデレだよねー」
ヤマタノオロチがアギョウをニヤニヤとした顔で小突く。
ハッとした顔のアギョウはヤマタノオロチから距離を取り、すぐにキッと眉間に皺を寄せた。
アギョウ「私はあんたたちを十二支だなんて絶対に認めない!……………でも」
少し俯くアギョウに寄り添うように肩に手を置き言葉を続ける。
ウンギョウ「改めて。なぁ、オレらを助けてくれないか?」