青年たちは冒険者へと至る
遅すぎますね。
もっと頑張ります。
「ほら、やっぱり人でいっぱいじゃない。言った通りでしょ?」
琥太郎の隣に立って、シエテがそう問いかける。琥太郎は頷いた。
彼女たちが経っているのは、昨日の夜は酒場だった建物だ。昨日はシエテが思いっきり突入してしまったため、全貌を見る余裕がなかったので、改めて初めてその建物の外観を見渡す。
立派な木の建物だった。まるで昔の西部劇に出てくるかのような、本当に古風な、木でできた建物。
ギルドと酒場のどっちもやっていますよという意思を簡単に伝えるものなのか、入り口の上、一番上の目立つところに描かれていたのは木のコップと二本の剣。
これには文字が読めないものへの配慮も入っているのではないか、と琥太郎は考えた。
シエテに言われたことを思い出す。
アルヴィレアには多種多様な種族がいると。
外を太陽の光が照らす中、昨日ぶりに向かった酒場は明るい中でもたくさんの人がいた。
扉の外から見ても、がやがやしている声や木の床に響くカツカツとした足音などが聞こえてきて、盛況ぶりがはっきりと見て取れる。
ひょっとしたら、夜の酒場よりも繁盛しているのでは? そう思わせるに十分な盛況であった。
「少なくとも、この街では冒険者という職業は大いに成り立っているとは思ったな。お前が春を売るよりは稼げるとは思う」
「まだそのネタを引っ張るわけ? 冗談、若気の至り、一瞬の気の迷いだっただけのことよ! 知らない奴に春を売る女神なんて冗談じゃないわ」
シエテは琥太郎の言葉に不満げな声を漏らす。本当に見た目と言動だけは、一人前の女神だ。言動に実力の一切がここまで成り立っていないのは、奇跡に思えるほどだと、琥太郎は感じた。
たとえあの時提案した春を売るという行動を実行したとしても、見た目で選ばれることはあるだろうが……。一瞬で敬遠されるだろう。口を開けばがっかりさせられる。ある意味それが、シエテの才能なのだろう。
「そういうことにしておくか。とりあえず……行くしかないだろ」
「私の体、誰にも触らせるもんかってのー!」
二人並んで立っているわけにもいかないし、隣の女神がぎゃあぎゃあここまでうるさいと、色々な人に怒られそうでもあった。強引に会話を打ち切って、琥太郎は目の前の扉を開ける。背後で叫び声が聞こえたが無視した。無視するとすぐについてくる。
「こんにちは……でいいのか? 昨日はなぜか話が通じたが」
扉をガチャリと開けて、琥太郎はそう告げた。そういえば昨日日本語で話してしまったことに少し後悔の念を抱きながらではあるが。
返事がない。あまりにも奇妙な状態で、琥太郎は首をかしげる。もう一回あいさつした方がいいだろうか。そう思いながら前へと踏み出そうとしたときだった。
「やっほー、今日も来てあげたわ!」
「おー、女神の姉ちゃん! 昨日ぶりやなあ!」
隣からシエテが、いっきに酒場へと乗り込んでいく。昨日仲良くなった男が、すぐに話しかけていた。 こういう点は、シエテの少ない長所なのかもしれないと琥太郎は感じた。
「ほーら、琥太郎も止まってないで来なさいよ。そんな怖い人じゃないわよ!」
「あ、すまん。止まってただけだった。それで……えーと」
「なんやあ、昨日姉ちゃんと一緒にいた兄ちゃんやないの。偉い神妙そうな顔して、どうしたんかぁ? 昨日はお酒飲まへんかったのは気になったんけど」
「お酒は……。俺はそもそも未成年なので、飲めないんですよ」
そう答えて、ふと気になった。
シエテっていくつなのだろうかと。少なくともお酒は飲める年齢だ。けど、見た目的には自分と同じ、10代、もしくは20代ぽく見える。
やっぱり女神だと、年齢の区切りもなくなるのだろうか。少し考えたけど、考えるのをやめた。それを
考えると仕方ないから。
「ほーほー……そりゃあすまんかったなあ。俺ぁ、酒好きで酒飲みのろくでなしやけど、そう言った奴に酒勧めることはしない……。そいつは酒の神様に裁かれるべきクズや。ゴミや。俺はそんなんじゃない……。盛り上がったんも、姉ちゃんが酒好きだったからよ」
「すごく楽しかったし、それはいいわよ。それで……。アンタらを見込んで、大事な質問があるわ」
そんな表情もできるのか。そう思わせるほどに凛とした表情で、シエテは目の前の男へと言葉を紡ぐ。
男は真面目な顔をして、目の前の女神を見つめた。その表情は張りつめている。どっちも真面目ムードになっている。
「私達、ここの冒険者になりたいわけなのよ。ここは夜は酒場で、それ以外は冒険者ギルドなんでしょう? なんか登録できる方法ってあるかしら? 教えてほしいの」
シエテがまじめに質問する。これが、目の前の相手が。本当にあの駄女神なのかとさえ思わせるほど、しっかりした表情を浮かべている。
「なあるほどぉ」
目の前で話を聞いていた男はそう唸るように答えると、しかしその張り詰めた表情をやめて、穏やかな表情へと変えた。そして、
「っ、はっはっは!! そうか、そうか……姉ちゃんたち、ここで冒険者になるときたやなあ」
柔和に笑い声を響かせながら、シエテたちにそう告げた。
「笑うことないでしょ! 笑うことはあっ! というか、そもそも……。私達そうじゃないとすごく困るの! 大惨事なの!」
「大惨事ときたか! そう言えば、俺たちと宴会してたからなあ、姉ちゃん!」
「そういうことっ。それでお金がごっそりなくなっちゃったわけ! もう完全に一文無しで……昨日は救世の旅だのなんだの言ってたけど、先立つものが無いから救世の旅なんかもうできないのよぉ……!」
「がっはっは! 姉ちゃん、それはすごい失敗したやなぁ! かく言う俺も若いとき、初の酒場で湯水のごとく金使って、死んだ母ちゃんが送ってくれたモン全部無くして思いっきり手紙で叱られたもんよ! 若いうちにそう言った失敗をするのは悪くないってことや、あんま気にするもんやないで」
「そうだぜ姉ちゃん! なんせこいつはジジイになった今でさえ金すっからかんにするまで飲むことはしょっちゅうじゃからな!」
「ここで飲んだやつはみんな仲間ってやつよ、同じ酒を飲み、食らい! そういったことをした奴らはァ、俺たちゃ永遠に忘れねえぜ!」
「あ、アンタら……」
その激励を聞いた時、シエテの心がじぃん、と温かくなる気がした。
なんか、悩んでることがどうでもよくなるような。すごく感動したような。名演説を聞いた時のような、そんな心もちになる。
「……仲が良いのはいいことだし、優しいとは思うんだけどさ」
そんな中で、置いてけぼりになっていた琥太郎がぽつりと小さく呟く。相変わらずの無表情だ。
そして無表情のまま、言葉の刃を振り下ろす。
「ぶっちゃけて言うと、シエテも含めて、あなたたちってみんな、まるでダメな人間の集まりじゃないかなって思うんだけど……」
「ぐはあっ!!」
「それをいうなーーーーっ!!」
言葉の刃に切り裂かれて無残に倒れる男たちと、それに共感していた駄女神の叫び声が思いっきり響いた。
「……まぁ、それはさておいてってやつなんやけど」
正論の刃で切り裂かれていた男が戻ってきた。木の長椅子に座った状態で、二人を眺める。
「お前らは、色々やりたい事があるけど、お金がなくて首回らん状態やってことやろ?」
「はい。いろいろ手段は考えたのですけど、先立つものもなく」
琥太郎は男に対して正直に話した。言葉の違いとか、そういったものを考えることは、もうしなかった。目の前の相手は優しいし単純だから、話しやすかったというのもある。
けれど一番は、相手の言葉もなぜか日本語に聞こえたからだった。そう思うと、それに流されることにした。
「実は、救世の旅を続けていくにあたって、ものを買って売ってを繰り返す、商人になろうと考えていたんです」
「何それ、聞いちゃいないんだけど」
自分の考えをしっかりと話したシエテが聞いてないと反応するが、それは無視。聞いていないというか、最初から言うつもりはなかったから。
琥太郎が考えてた商人というのも、本格的なものではない。例えば……自分のリュックの中にあるものの中に、珍しくて高く売れるものがあったら売って金の足しにするつもりだった。
だが、売れなかった時のリスクを考えると……。それもまた先立つお金がないとどうしても難しくなる。そのためのお金は、全部なくなってしまった。だから、自分の考えた行動を実行することは出来ない。
「商人になるってのは、リスクも高すぎやからなあ。お金がたくさんある連中の仕事や。稼いだ金を納める、商業組合っていうところもある……。今更初心者がそれやりたいって言っても弾かれるだけやろなア」
「そういうことなので、自分たちは、自分の力で稼ぐ方になろうかと思ってまして……。結局、その道しか選べなかったから……。シエテ、あの女神の意見なんですけど」
「そういうことなんやなぁ、いい判断やでェ!」
途端に男が立ち上がって、そう叫んだ。
「冒険者っていうのはすごくいいもんや。金もない、コネもない、何もないダメな連中でも、己の体一つあればなんだってできる!簡単に始められて、しかも自分が頑張った分だけ報われるって奴や! 俺も、そういうもんが好きで、冒険者やってるようなもんやからな。始まりは金も地位もなんもない、ただの一庶民よ、でも今は一端の冒険者ってやつや。そこに賭ける思いを知って俺たちも参加したいっていうのなら、仲間に入れてっていうんなら、俺たちは全力で歓迎するで!」
男は自分の体をアピールするように、ドンと足を椅子の上にのせて叫んだ。服の外から見てもはっきりわかる。盛り上がった筋肉は、鍛え上げた証だ。己の力を信じ、己の腕のみを信じ、鍛え上げてきた結果がこれなのだ。自分から見ても、男の生きざまを見ているように見えて、ものすごくかっこよく見えた。
「おぉぉ……! まじすっげえリスペクトっす……! すっごく尊敬っす!」
隣の女神なんてもっと感動して、きらきら目を輝かせてみてしまっている。
「てなわけで、冒険者になるっていうなら、俺は賛成するし、歓迎するで」
「そういうことなら、私はまんざらじゃないわ。琥太郎もそうでしょう?」
「そうだな……俺も構わないよ」
「お、新しい冒険者が来るってのはうれしいで! 俺の名前はゴウスっていうんや。東の国からやってきた男やで。よろしくな!」
「よろしくお願いします。ゴウスさん」
目の前の相手に、琥太郎はそう言って手を伸ばす。
男は、ゴウスはにっかりと笑顔を浮かべて、そのごつごつの手のひらでやさしく、彼の手を握ってみせた。
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