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青年たちは初めての街で色々学ぶ

日を跨ぎました。

一日が48時間だったらいいのに。

「っは、はぁ……っ。はぁっ……。もう見えなくなったかしら?」

「大丈夫だろう。もう奴らは後ろにいない」


 必死の逃避行をしてしばらくたった。まっすぐな道でさえも、走り続けるとやはり恐ろしいくらい体力がとられるものだと思う。シエテも琥太郎も、動きを止めて息を整えていた。シエテに至っては、ぐでーんとその身を投げ出して、倒れ込んでしまっている。


 さっきまでの緊迫した状況が全く嘘みたいなほどに、無防備な姿だ。そもそも、逃避行をした原因となったのは、シエテの魔法によるものだったのだが、もうそれは頭の片隅に消えてしまったようだ。


 いや、そもそも大したものとは考えてないかもしれない。この無防備な状況を見たら誰だってそう思うだろう。


「そう? ほんとに? ……ほんとだぁ」


 琥太郎の言葉を確かめるようにシエテは首を横に向け、そして安堵する。目線の先にはスライムの大群は何一ついない。どうやら自分たちは逃げ切ったようだ。ほっと溜息をついて、嬉しそうににへらと笑う。


「良かったではないな。少なくとも……。まったく何も風景が変わっていない」


 琥太郎はしっかり周りを見渡す。相変わらず草原と木が生い茂る自然があるだけだ。


「俺たちは街があると信じて走った。走り続けてきたのだが……。風景が何もない。ということは、今のところ、何も場所を見つけられていないということになるな」

「えっ、ということは、このランニングは無駄だってことなの……!? そんなー!」


 シエテが声を上げて不平を叫ぶ中でも、琥太郎は冷静だった。街がない、訳がないと思っている。たとえ土でも、走っているのは、立っているのは道だ。整備された道だ。だから、その道に沿って歩けば必ず街にたどり着ける。少なくとも、琥太郎はそう思っている。


(山で遭難した時には、川沿いを歩け。とよく聞くが……。それと似たようなものだな)


 琥太郎はそう思案する。するだけで、シエテには伝えない。あの駄目女神のことだ。『遭難』というおどろおどろしい言葉だけで、混乱しまくってしまうのは目に見えている。


 走りまくって疲れてしまっている現状のなかで、彼女を混乱させるとろくな目には合わないだろう。自分もイラついてしまうだけだ。


 だから、センシティブなマイナスワードは心の中で秘めておく。マイナスワードを知るのは自分だけでいい。プラスになりそうな単語だけを、シエテには伝えておく。


「いいや、無駄じゃない。状況は変わってないということは、悪化もしてないということだ。怪我とかしていなくてよかったな。まだ歩ける。さすが女神だ」


「……と、当然よ!体が売りの私よ! 女神というのはそういうものよ! 体力? そんなもん無限大に決まってるでしょ!」


 がばっと立ち上がり、胸を張って叫ぶ。おだてられれば一瞬で体力が回復するらしい。都合の良い女神だなと、琥太郎は心の中で思う。


「それじゃ、続き行くわよ! どうしたの? 行かなきゃ置いていくわよ!」

「分かってるよ」


 シエテが前へと歩き、琥太郎へと急かすように叫ぶ。


 やれやれと思いながらも、琥太郎は前へと歩き出していった。



「……やっとね。やっと何か見えてきたわ……」


 勇気ある一歩を踏み出して、さらに数分後。


 汗を拭ったシエテの目の前にあったのは、火のともった柱だった。


 これは木と石でできた簡易的なものだ。その柱が道の端っこに一定間隔に並べられている。それは間違いなく自然でできたものじゃない。


「人造の何かだな。これがあるということは……おそらく街だ。そこに街がある」

「やっと街ね!! やったー! ようやく街―!」


 活力が思いっきり湧いてきたのか、シエテはくるくる回りながらそう叫び、柱の方へと走り出していく。歩き続けてきた琥太郎自身も、街があったこと。そこにたどり着いたことに対する嬉しさはかなり大きいのか、表情に少しの笑顔があった。


「歩き続けて来たかいがあったわねー。そうよ、私が歩く先には栄光というものがある! それが私、女神シエテのことよっ」


 ふんふふーんと鼻歌交じりに、そう彼女は言う。その声は高らかに響いていた。讃美歌のように、伸びのある、綺麗な歌声だった。歌っている内容が変な内容でなければ、聞きほれていたかもしれない。


「さぁて、私達の旅、その最初の通過点となる場所よ。私を迎えなさい、そして私を崇めなさい!」

 そういいながら上機嫌のシエテ。すぐに柱の先へと歩き出そうとして……


「お待ちください!」

「きゃああぁっ! ……ってぐええっ」


 早速目の前に何かを突き付けられた。鋭い金属の塊。槍だ。長槍だ。それが襲い掛かってきた。思わずシエテは飛びのいて,その勢いで思いっきり地面へと倒れ込む。尻もちをつく形になり、痛みで涙が出そうになる。


「いたたた……っ。もう、何なのよアンタたち……! 女神よ! 女神ってやつよ! 女神たる私を通さないってことかしら!?」

「たとえ女神様であろうとも通せないのです! ここは通せません!」

「通せないですって!? このまま奇跡……いやいや魔術で吹き飛ばされたいのかしら!? アンタの種族は人間っぽいけど、アンタの先祖を誰が作り出したか……!!」


 やばい、ひと悶着が起こり始めている。というか女神が逆切れしまくって、目の前の相手を困惑させているだけだった。


 これじゃただのクレーマーだ。


 大問題になる前に、琥太郎が動く。


「すみません。私達は旅のものでして……。別の場所から来たものなので、まだ私達はここのことなど何もわからず……。この女神を名乗るおかしな子は私の妹で……。少し機嫌が悪かったようです。あとできつく言い聞かせておきます」


 ひょいっとシエテの体をもって自分の方へと引き寄せる。少し自分より背が低いくらいなのに、すごく軽い。これが女神ということなのか。


(女神を名乗るどころか……! というか、ちょっとアンタどこ触って……)

(首根っこだ。このまま力を入れて思いっきり引っ張れば倒れる。また尻もち付きたいか?)

(嫌ですごめんなさい!!)


 耳元で会話をする。会話というよりただの痛みによる脅しだったが、涙を流しかけたシエテにはよく聞くようだ。ぷくーっと頬を膨らました状態ではあるが、押し黙ってくれた。


「は、はぁ……。親御さんでしたか……。すみません、こちらも中々融通が利かず……。えぇ、この門を通っていいのは、通行証をもらっているものか、許可を得た者だけなのですよ」

 門兵であるだろう男性がそう答えた。困る。通行証なんて持っていない。


「通行証を持っていないんですけど、その場合はどうすれば……」

「その場合は通行料をお納めいただければ……。大人で金貨2枚ですね」

「金貨か。あったかな……」


 リュックに手を出し、財布を取り出す。中身を広げてみれば、そこにあったのは金貨や銀貨。


「……ちょうど四枚あった。これでいいですか?」

「えぇ、ダイジョブですよ。お二方入ります。開門!」

 兵士が金貨を受け取って叫ぶ。ギギギと門が開かれる中、すぐに二人はその中へと走り出した。


「それでは、旅の方。良い滞在を!」

「……べーだ!」


 去り際に、手を振る門兵へ向かって、シエテが思いっきりアカンべーをしたのがとても気になったが、気にしないことにした。



「ひゃっほー! ようやく街にやってきたわね」


 街の入口へと入って、すぐに歩き出す。


「で、ここはなんだかんだ言ってすごく大きいわね……」

 シエテが呟いた言葉は、非常に正しい言葉だった。


 琥太郎もそれに合わせて周りを見れば、大勢の人が行きかい、市場が並んでいる。非常に整備されている街だ。どこかの旅の拠点かもしれない。そう考えると、最初にここにたどり着いたのはラッキーなんじゃないかと思えてくる。


「さて、ここで何しようかしら……」

「そうだな……まずは」

「まずは武器屋の確認でしょう! 冒険者たるもの、最初の準備は必要! 子供の頃そう教わったんじゃないかしら!」

「いや、違うんだが。そもそもそんなの教わってない。まずは……」

「琥太郎! すぐ武器屋行っちゃうわよ! はーやーくー!」


 無理だった。相手のことを収めることもできない。即決即断。そこに考えは何一つ入らない。

 子供っぽい奴だ。でもそいつが女神なんだ。女神を名乗る何かなんだ。そう考えながら、シエテについていく。


 シエテのいた先には、武器屋があった。正直文字は何が書いてあるかわからないが、店先に並んでいる鎧が、間違いなく武器屋だろう。と思わせてくれる。


「この剣デカくてかっこいいわねー。私が持つにふさわしいもんだと思わないかしら?」

 シエテが指さした先には壁にかかっている巨大な剣。人ほどの大きさがあるそれは、金属だか、石だか……とにかく硬そうな素材でできていて、人くらい確実に殺せそうな、そんな大剣。


 それを持ってドヤ顔しても、シエテには似合わないだろうな、脳内で琥太郎はそう思う。


「誰か、これ持っていいかしら?」

「大丈夫でっせ。こいつは売り物だが、そのために飾ってる」


 白いエプロン、麻のボロ服。それを着こなした筋骨隆々の親父が、シエテの質問にそう答えた。

 恐らく武器屋の店主だ。あまりにも余裕しゃくしゃくの表情が、やけに気になる。


「ふふん、私に扱えないものなんてないんだから……せーのっ……!!」 

 気合を入れて叫ぶと、シエテは両手を使ってこの剣を持ち上げようとする。

 だが、全く持ち上がらない。びくともしない。


「っぐぎぎぎぎぃ……!!」

 歯を食いしばって、精いっぱいの力を入れる。女神とはとても思えない、みっともない顔。

 それを使っても、大剣は持ち上がることがなかった。


「はぁ、はぁ……っ」

 あきらめたのか、息を何度もはいて剣から手を放す。そして。


「おっっっ……もっっっ!!!」 

 思いっきり吠えた。叫んだ。怒りと怨みを込めて、叩きつけた。


「おもったい!! なにこれ!? 本当に金属!?」

「ははは、やっぱりなって思ったんよ!」

「やっぱりって!?」


 武器屋の外から笑い声がして、シエテは不機嫌になりながら振り向く。琥太郎も一緒に声のした方へと向くと、二人の男がそこに立って、


「こいつはツヴァイハンダーっていうもんや、大の大人ですら持つに苦労するモン。細腕の姉ちゃんが持てるわけがないっつう奴だな!」

「今までどれほどの力自慢が何人、こいつを持ち上げようとして失敗したことか。少なくとも今後何百年は持つ奴は来ないわな!」

「っぐ……つう゛ぁいへんだー……。こんな剣に私の力が負けてしまうなんて……。すっごく悔しいわ……」


 二人の男にそう告げられて、シエテはくやしさ全開。右こぶしをぎゅっと握り、自分への怒りをあらわにする。


「いいわ! 待ってなさい。絶対いつか持ち上げるんだから、こいつのこと!」


 びしいっと指を突き付け、剣に叫ぶ。武器屋のおやじに誓う。


「おう、頑張れ。こいつを持ち上げることができたら……。そうだな、こいつをただでやるよ!」

「言ったわね! 女神に不可能はない!! あとで無しって言っても聞かないんだから!」

 にぱっとうれしそうな表情を浮かべながら、そう言い放つ。


「……あのジジイ、この言葉今までここに来た全員に言ってるやん」

「それほど自信あるってやつよ。俺たちには無理だったしな」


 後ろで見ていた男たちが、ひそひそ声で語る。

 多分ずっとやっても無理だろうなと、琥太郎も思うのであった。



「ここ……。なんかずいぶん楽しげな雰囲気じゃない?」


 武器屋で遊んだあと、シエテが目線を移したのは、巨大な建物だった。どんちゃん騒ぎする音が聞こえる。


「酒場だな。酒場……。俺たちが行くところじゃない。違うところへ……もういない!」


 目を離すと、またシエテが消えていた。シエテはどこ行った? きょろきょろと目を見渡して探す。


 もうすでに、シエテは目の前の建物。酒場の扉を開け、中へと入ろうとしていた。


「たーのもー! 私が来てやったわよ、何か楽しいことやっているなら混ぜなさーい!」

 バンっと扉を開け、すぐに笑顔で叫ぶシエテ。


 その次の瞬間、シエテを迎えたのは無数のぎろりとした視線だった。


「っひぃ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 自分クソ以下の女神様でごめんなさい……!」

 瞳に睨まれて、思いっきりトーンダウンするシエテ。土下座するような勢いのポーズを決めて、完全に謝罪ムードだ。


「っふふ……! そんな謝るこったねーべ姉ちゃん!」

「せやせや、驚かせてすまんかったのォ。そうするつもりはなかったんがじゃ」

 どすの効いた低い声が響く。そのどれもが、目の前の女神にたいして悪い印象は持っていない。


「ねえねえ琥太郎! みんなすっごく優しい!」

「……よかったな」


 ぱあっと表情を輝かせるシエテを、冷めた目で琥太郎は見ていた。目の前の奴等がどうしても荒くれものにしか見えなかったからだ。ガハハ、ガハハって笑っているのが見える。絶対怒らすと怖い奴だ。


 怒らせるつもりはないが……近づきたくもない。遠ざかりたい。できれば相手もしたくないほどに。


「おー姉ちゃん、兄ちゃんも……。この変じゃ見ないもんだが……。旅のもんか?」

「えぇ、そうよ!世界を救う旅って感じね」

「わぁお! こんなわっけえ姉ちゃんが二人、世界救済の旅たぁ。今じゃそんなんみないがのぉ」


 しかし、そうは問屋が卸さないようだ。既にシエテが荒くれものどもと、仲良くなり始めている。なんというか、仲良くなるのが早すぎる。波長が合うのか、人の話を聞かなそうなもの同士。彼らも絶対自分本位っぽいし。


「姉ちゃん気に入ったで、今日は無礼講や! 一緒に騒ぐでぇ!」

「えぇ、騒ぎましょう! 盛り上げるのは得意なのよ、昔からね!」


 そしていつの間にか、女神は狂乱の中心になっていた。


 その姿を、琥太郎は苦労するな……といった様子で見つめているのであった。



 そしてそんな苦労している琥太郎の姿を、何かが捉えていたが……。その姿は、一瞬で影となって消えた。

このシエテ、女神というか、駄目女神だ。

これからもよろしくお願いします。

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