新しい世界で青年たちは無力っぽい件
有言不実行……それじゃダメですね……。
もっと頑張ります。
神界に住む神々にとって、このアルヴィレアと言う世界は目の下のたんこぶのようなものだったという。
目の下のたんこぶ。いうならば、できれば近寄りたくないがどうしても触ってしまうもの。神界にとっては近くにあって生活を送りやすい場所。人間にとっても異世界と聞いて想像しやすいため転移とかもさせやすい場所、と人気のある世界。
にもかかわらず豊かな自然や多すぎる種族のせいで混乱が起きまくっている、触れたくとも触れるとケガする。そんな辛い場所というイメージを持たれているようだった。その場所を見ることができれば、管理することができれば……。神々にとっては最高の名誉たりうるものなのは確かなので……。神はこぞってアルヴィレアへと向かおうとするのだが、混乱を収めることはなかなかできていないようなのである。
その理由はやはり、広いから。色々広すぎて神ですら見ることができない。だからこそ、一つの場所で小さな混乱が起き、また一つの場所で小さな混乱が起きる。その混乱を潰しているうちにまた小さな混乱が起きていく。混乱が散発して起きること。そのせいで一気につぶせないこと。それが、神々にとっては一番つらいことらしい。
青年が目を覚ますと、そこは一面緑の場所だった。
そよそよとした風が体を撫で、緑色の草がそれに揺らされる。辺りには小さな木も何本かあって、木の枝も静かにはらはらと踊っている。
あたりを見渡せば、そんな自然の風景がはっきりと見えた。
「……なるほど、こういう場所か」
青年、相丘琥太郎は風に言葉を乗せるようにそう呟いた。
自分がかつて住んでいた街には、そういった自然はあまりなかった。鉄筋とコンクリートでできた家と、広い道路と、自動車、バス、電車。機械によって作られたテクノロジーが闊歩する。自分の周りはそういった場所だった。
例えるならそれは田舎の光景だ、琥太郎はそう思った。
農道と畑と、果樹園。不便だけど心安らぐ豊かな場所。琥太郎は心の中でそう感想を述べた。
自分の立っている場所を見れば、整備もされていない土の道路。自分のところでは全く見たことのない地形。ずいぶん古っこい場所だ。そういうところも、田舎だなと思わされる。
「……取り敢えず、俺は何を持っているか」
自分の体をまさぐるようにして、今の自分の姿を確認する。普通に考えたら目が覚めたら新しい場所だったというのは発狂して、絶叫して……。そう考えるものだが、琥太郎は違った。もちろん、異世界転移をした。ということ自体に驚きはあるが、それを感情に出すことはない。感情にはあまり出ない。
それは恐らく、さっきまで会っていたシエテとかいう女神を名乗る女が、相当なダメっぷりを見せつけてくれたからだと思った。あまりにもダメダメすぎて、脳や心が驚きを感じなくなった。衝撃が何も感じなくなるくらい、あの女神のような奴はポンコツすぎた。それがあるから、琥太郎はあまり驚きもしないようだった。
「……持ち物も普通だな。服は制服、リュック……。リュックの中身には弁当、財布、ノート、筆箱。それぐらいか」
登校中に異世界転移したという状況からか、持ち物だってあまりにも普通過ぎた。無人島に何か持っていくものがあるか? という質問で真っ先に選ばないようなものばかり。
「……そうだ」
ふと、青年は何かを感じて、バッグから物を取り出す。財布だ。それを開けて、中身を確認する。
「……彼女はアルヴィレアで通用するお金が入っていると言っていたが」
シエテが言っていた、アルヴィレアで通用するお金だけあげるわといった言葉。女神らしい彼女との契約でもらった、唯一の材料が先立つもの。お金といったものだった。それがあるとないとでは、何もかも違う。だから確認する必要があった。
財布にあったのは、ポイントカード、図書館の利用者証。食堂の回数券……。普段から使うものの、異世界では全く役立たないだろうモノばかり。それにはさすがに目をくれない。
一番上の部分を見る。
「……思ったより力技だなこれ」
そう言葉を吐いた。お札がごっそり、見たことない絵柄の紙に変わっている。見たことある肖像画が姿を消し、変な動物の絵柄が刻まれていた。アルヴィレアの紙幣なんだろうなと、順当に理解できた。
「と。なると……」
そう呟いてすぐにチャックを開ける。自分の推理だったら、おそらく……。
そしてその予想が的中したのを確認して、完全に財布を閉める。
慣れ親しんだ硬貨が、銀や金でできた変な模様の硬貨に成り代わっていた。
「紙幣や硬貨がここまで変わるか。外国に行ったかのように思えるな……」
財布をしまい、そう呟く。硬貨も、紙幣も。何もかも変わってしまった状態だ。ここで英世や諭吉と永遠に別れることになった、と考える。異世界に生きるものとしては当然の処置とはいえ、あの一目でお金だと分かるようなものが無くなったのは、少し寂しくもある。少し寂しくなるが、仕方ないと言えば仕方ないことだ。
すべてを確認すると、琥太郎は歩き出した。とりあえず歩けば、街にはたどり着くだろう。ずっと長い道が続くとは到底思えない。
そうやってまっすぐな道を一人歩く。誰とも会わない、静かな道を歩いていく……。はずだった。はずだった、のだけれど。
「んー!? んん-ーーっ!!」
叫び声が聞こえた。目の前で叫び声が聞こえて……。そこには。
地面にさかさまに埋まって足だけになっていた、何かがそこにいた。
琥太郎はそれを一目で見て……
「……それじゃ、頑張ってくれ」
それだけ言ってスルーしてまた歩きだすのだった。
「んんんんんっ!!? んーーー!!」
あまりにもな反応にさらに声にならない叫びをあげる。本当に困っている様子で、助けを求めていると感じられる。
「……仕方ない。そこまで困っているのか」
琥太郎は足を止める。そのまま足だけになった何かを、思いっきり引っ張る。
「んっ……!! んんぅぅ……!」
「静かにしろ、痛いのは分かるがこのままひっぱる。そうじゃなければ埋まったままだぞ」
「んーーーー!!!」
もはや言葉も聞かず、思いっきり埋まった何かを引っ張った。
すぽーんっと音を立てたかどうかは分からないが、すぐに埋まっていた何かは取り出され、その全貌を表す。
「……まぁ分かってたようなもんだけどさ」
その姿を見て、そう言い放つ。げんなりした顔だ。
「お前、馬鹿だろ。ほんと馬鹿だろ」
「何が馬鹿よ! ……って、そんなこと言ってる場合じゃないか。ありがとね……ははは……」
金色の髪の毛、乙女のような顔を泥まみれにしつつ、苦笑する……さっき会った女神の姿がそこにあった。
「思ってなかったわよ……。まさか、滑って杖が発動して宙を舞って、そのまま地面に突き刺さるなんて……」
「安心しろ、俺も思わない。馬鹿だとは思うが」
ぱんぱんと泥を払いつつ、口をとがらせるシエテへ、冷たい声音で告げる。本当に馬鹿な事実が、そこにあった。アルヴィレアへやってきた理由が、まさかこういったものだったなんて。一応、目の前にいるのは女神だ。女神の筈だと、思うのだが。
「女神だなんて思わないって? 失礼ねー。一応女神って奴よ。アンタにお金あげたでしょ」
「お札や硬貨がそっくりそのまま、異世界使用に変わっているとは思ってなかったがな」
「仕方ないでしょ。アンタのお金、そのまんまじゃ使えないんだから。そもそも異世界生活はお金なんて全没収か総とっかえ。没収にならない後者を、アンタは選んだんだから。恵まれてるようなもんよ。納得しなさい」
「……仕方ないか」
財布に入ったものを思い出しながら、そう答える。本来使えないものが出回るというのはまずいのだろう。既存のものをぶっ壊す羽目になる。理由を考えればわかることだから納得できる。むしろ、元から先立つものを手に入れることができたのだから、それはそれで嬉しいとは思う。
「……それで、琥太郎? アンタは街へ向かうんでしょう?」
「そうだけど? それがどうした?」
「えーと……ね……えーと……」
「……」
「えーと、その……。あれよ、あれ……」
「あれってなんだよ」
「あれったらあれよ。えーと……」
「はっきりしないなら置いてく。それじゃあ」
「一緒に連れてってください!! ひとりじゃさすがにつらいしさみしいんですうううぅ!!」
シエテは土がつくことも気にしない姿勢で思いっきり身を投げ出す。
あまりにも。あまりにも綺麗すぎる土下座だった。そんなものを見せられては、さすがに断ることは出来やしない。
「……分かったよ。そもそも、一人では辛いのは俺も一緒だ。旅は二人の方がいい」
「うおおおぉぉっ!! ありがとうござますぅぅ……! このご恩は一生、一生忘れませんでえぇぇぇ……!」
「この姿で寄らないでくれ。服が汚れる」
涙とよだれで突いた土を泥水に変えて洗い流しながら、すり寄ってくるシエテを押さえていたのだが、
「!!」
ガサッ。急に大きな音が草むらから響いた。そしてそこから姿を見せたのは……。
「……あれは、スライムか?」
プルンプルン、柔らかい感触がしそうな水色の物体。間違いない。紛れもない。ただのスライムだった。
「いや、あれはただのスライムじゃないわ。アルヴィレアのスライムは人に飛び掛かるのが好きで、なお癖その体はプルンプルンしている割にはクッソ重量がある。丸腰でのしかかられたらその重さで倒れ込み、怪我して病院行きになってしまう。そんなヤバいスライム……と聞いたわ」
「伝聞でしかないのかよ」
「伝聞でもないよりはましでしょ! つーかアルヴィレアのモンスターは大抵どいつもこいつもヤバいのよ! ってこっち襲い掛かってくる!?」
「————!!」
叫び声をあげ、ぴょいんっと飛び掛かってくるスライム。思わずシエテと琥太郎はジャンプしてよける。
「この……怪我したらどうするのよ、この馬鹿スライム! もう怒ったわ……! やってやるんだから!」
そう叫ぶと、シエテは自分の白い服から何かを取り出した。これは……前もっていたものとは、違う杖だ。いや、これは……先端に大きな布がついている。
杖というよりこれは……旗に見えた。
「自慢じゃないけれど、私はかつて立派な神様になるために、学校に毎日欠かさず行っていたわ。特に神の魔法……神的魔術にトップクラスの適性があってね……!」
旗の先端が、途端に変色した。白い布に、黄色が浮かぶ。中心が光りだし……。バチバチィ! と音が響き渡る。
「食らいなさいな……。神の雷、裁きの一撃……『サンダーボルト・ストラーク』!!」
シエテが旗を振るった瞬間、旗に刻まれた雷が一気に爆ぜて……巨大な稲妻へと変わっていった。
ビシャアアアァァァン!!
強烈な音がして、その稲妻がスライムへと叩き込まれる。
その威力によって……スライムの体は一瞬にして蒸発した。
「どうよ。この一撃……。えぇ、かつて最強の神童といわれた私の、雷魔法!」
「……すごいものとは思ったよ」
「そーでしょう!? そーでしょう!? もっと褒めていいのよ、もっと崇めてもいいのよ! これが私、これが女神シエ……ふああ」
有頂天の状態で自分の力を誇示するように叫ぶシエテだったが、すぐにふらりと倒れ込む。ぺたん、と体をぴったり地面につけている。
「力使い果たしたかもしれないわ……。昔からそう、私は力をセーブすることがあまりできずに、先生に叱られまくったわね……。でも、これでスライムも死んでいった……はず……」
そう呟いて前を見たシエテだったが、周りから聞こえるガサガサガサ!! という音で顔面が真っ白に変わっていく。
そしてその音と共に一斉に飛び出したのは……
「———!!」
「ひいいいやああぁぁぁぁ!!?」
そう、飛び出したのは無数のスライムたちだった。動けないシエテへと、一気に襲い掛かろうとする。
「誰か……誰でもいいから助けてえええ!!」
「仕方ないか……。そのままの状態でいろ!」
叫ぶシエテに、気にせず飛び掛かるスライム。そのスライムを見ていた琥太郎は、何かを目の端に捉えた。それを思わずつかむ。
「必殺……近くにあった石!」
尖った石を思いっきりスライムの一体に投げる。それがスライムにぶち当たり、シエテの前で着地する。
スライムの動きが止まった。いくらスライムでも、痛いときは痛いかもしれない。
「……逃げるぞ、とりあえずまっすぐだ!」
「ふにゃぁっ!?」
力が抜けたところで、ギュッと手を掴まれて驚くシエテ。だがそれも気にせずに、琥太郎は続けて云う。
「まっすぐ行く。まっすぐ行けば街につくはずだ。道があるならその先に街はあるだろうからな」
「え、えぇ……分かったわよ……。とりあえずスライムから逃げたいし」
ギュッと手を引っ張られると、シエテはすぐに手を放す。
すぐに琥太郎とシエテは、スライムの方から反対方向へと、走り出していく。
こうして女神と青年の初異世界は、スライムにすら勝てないぼろっぼろの状態から、スタートすることになったのであった。
追記:書けませんでした。17日までに書きたいと思います。